第245話 戦場へ
そして幹太の次に挨拶に立ったアンナは、用意していたスピーチ内容を大幅に削って、舞台裏へと速攻で戻ってきた。
「これまでの人生で一番恥ずかしかったです…」
さすがのアンナも、自分への愛をざんざん語られた後に、国民の前に立つのは恥ずかしかったようだ。
「うん。幹ちゃんのあの挨拶の後でよく頑張ったよ、アンナ」
アンナにそう言う由紀も、今だにかなり顔が赤い。
「ってか私たち、これから外に出る時はどうすればいいの〜?」
由紀は頭を抱えてしゃがみ込む。
「フフッ♪大丈夫ですよ〜」
「大丈夫って…どうしてソフィアさん?」
「幹太さんとアンナさんはともかく…私たちの顔はまだそれほど皆さんに知られてませんから〜♪」
「いや…そりゃ無理があるだろ…」
そう言ったのは、亜里沙だった。
「うん。そんなことないよ、ソフィアさん」
「ほぇ?どうしてですか〜?」
「だって、みんな幹ちゃんと一緒に働いてるじゃん」
実際、幹太やアンナと一緒に他の三人も代わる代わる働いていたため、市場に出入りする人の間では五人はずいぶん前から夫婦という印象だった。
「ソフィア様、私もバレバレだと思いますよ…」
その証拠に、クレアの護衛であまり手伝いに来れないゾーイでさえ、姫屋の大将の奥さんと呼ばれることがあるのだ。
「えぇ〜!そうなんですか〜!?」
「まぁ悪い印象じゃないだろうし、いいんじゃね?」
「亜里沙、人ごとだと思ってるでしょ?」
「だって、実際そうじゃん♪」
「それはそうだけど…」
「アンナ様、ひとまずこれでパーティーは終わりですか?」
「えぇ、そう…ですよね、シャノン?」
「はい。ですから、花嫁の皆さんは一旦着替えに戻ってください」
「幹ちゃんはどうするの?」
と、由紀は挨拶を終えてから椅子にへたり込んだままの幹太に声をかける。
「俺?俺もとりあえずは着替えてくるよ」
「そっか。だったらまた後でかな?」
「そうだな。時間があったら由紀も食べに来てくれよ」
「フフッ♪りょーかい♪」
と、由紀はなぜかニヤニヤしながら返事をする。
「えっと…アンナ、待ち合わせは姫屋でいいのか?」
「もちろんですっ!」
「あ、そっか…これから屋台やんだっけ?」
ラーメン常識人の亜里沙は、何度聞いても、今日この日に新郎新婦がラーメン屋台をやるという事実を、どうしても脳が受け付けてくれないのだ。
「えぇ♪ですから、私にとってはこれからが本番です♪」
「おい…あんたんとこの姫、こんなこと言ってるけど…?」
呆れた亜里沙は思わずシャノンにそう聞いた。
「あれだけ歌の練習をしておいて、これからか本番ですか?」
「もちろんです、お姉様♪
私はみんなの王女でもありますが、その前に一人のラーメン屋さんなのです♪」
「一人のラーメン屋って…普通は一人の人間でしょう?」
「違いますよ。私は人である前にラーメン屋さんなんです♪」
「フフッ♪アンナ、完全に幹ちゃんに毒されたね♪」
「あのな由紀、いくら俺でもさすがにラーメン屋である前に人間だぞ…」
どうやらアンナのラーメンに対する情熱は、すでに師匠の幹太を越えているらしい。
「幹ちゃん、今日はどこでお店出すの?」
「ん〜?おれもまだお城の前の大通りとしか聞いてないんだけど…」
城の前の大通りとは、以前、ローラのチャリティーバザーが行われた通りである。
「ひょっとして…アンナは知ってる?」
と、幹太はすでに衣装部屋へと歩き始めたアンナに問いかける。
「フフッ♪もちろん知ってます♪」
アンナは振り返ってそう答えた。
「やっぱりか…」
「では、先に着替えてきますね♪」
「あ、じゃあ私も♪」
「私も行ってきます〜♪」
「芹沢様、まだ後で…」
「あ、あぁ、また後で…」
そしてそれから三十分後、仕事着に着替え、すっかり酔いも覚めた幹太のところへ、いつもの仕事着に着替えたアンナがやってきた。
「ようやくお披露目だな…」
「えぇ、やっと完成しましたね♪」
「ここまで長かったなぁ〜」
「フフッ♪今回はかなり苦労しましたからね♪」
アンナはそう言いつつ、荷車で運んできた麺箱を姫屋に積んでいる。
「うん。アンナの麺もな」
「ですけど、苦労しただけあって自信作です♪」
「うん」
今回アンナが作った麺は、幹太にはまったく思いも付かなかったアイデアが盛り込まれている。
「よし。そんじゃ行こうか?」
「あ、ちょっと待って下さい」
アンナは御者台に向かう幹太を引き留めた。
「こんな大切な日なのに、私と二人だけで行くつもりですか?」
「おぉ!そうだった!
えっと…まずはいつも通りソフィアさんだろ…あとは…あ、」
今日は国を挙げてのイベントだけに忙しくなることは間違いないのだが、昨日まで新しいラーメン作りに没頭していた幹太は、誰かに手伝いを頼むのをすっかり忘れていたのだ。
「マズったなぁ〜、ニコラさんとか臼井さんにも手伝いを頼めばよかった…」
「大丈夫、それなら心配いりません!」
「もしかして…アンナが頼んでくれたのか?」
「ニコラさんと亜里沙さんは違います!
ですけど、今日の従業員ならバッチリです!」
「えっ?ってことは、誰が来るんだ?」
そう言う幹太の脳裏には、なぜかエプロン姿でバリバリ働くローラの姿が浮かんでいた。
「フッフッフッ♪今日は花嫁全員です♪」
アンナは腰に手を当て、自慢げにそう言う。
「花嫁全員…ってことは、由紀とソフィアさんとゾーイさん?」
「ハイ!幹太さん大正解〜!」
それはアンナが前々から決めていたことだった。
「今日は芹沢一家、全員で姫屋をやります♪」
アンナは掴んだ幹太の手を引き、キッチンワゴンの後方にある屋台の入り口まで連れて行く。
「さぁ皆さん!準備はいいですかー!」
アンナがそう声をかけた先には、由紀、ソフィア、ゾーイの三人が白地に赤で漢字の毛筆体で姫屋と書かれたTシャツを着て立っていた。
「もちろんだよ!さすがに今日は幹ちゃんを手伝わないとね♪」
「ですね〜♪売り上げ一番を目指しましょ〜♪」
「えぇ♪今日はクレア様にも負けません♪」
三人はそう言って、キッチンワゴンに乗り込んでくる。
「芹沢一家…?」
「フフッ♪そうだよ、幹ちゃん♪」
「由紀…」
「私は元から幹ちゃんの家族のつもりだったけど、今日から私と幹ちゃんは苗字も同じになったんだよ♪」
「そっか、由紀ももう柳川じゃなくて…」
「うん。芹沢由紀、私、芹沢由紀になりました♪」
「あぁ…」
幹太は喜びのあまり、崩れ落ちるようにして由紀を抱きしめた。
「フフッ♪そんなに喜んでくれるんだ?」
「うん…」
「ありがとう幹ちゃん。私もすごく嬉しい♪」
「あぁっ!ズルいですよ、由紀さん〜!
幹太さん、私!私も今日からソフィア・芹沢ですよ〜♪」
「わ、私もゾーイ・芹沢です」
「ハハッ♪ありがとう、みんな♪」
正直に言えば、結婚式よりも何よりもそのことが一番、四人と家族になったことを幹太に感じさせてくれた。
「って、そうだ!こんな風に喜んでる場合じゃなかった!
そろそろ出店場所へ行かないと!」
「そうです!幹太さん、今、時間は?」
「えぇっと…」
幹太は王宮の塔にある時計に目をやる。
「もう四時半過ぎてる!」
幹太たちの結婚記念のお祭りは、式が全て終わった夕方五時から始まる予定である。
「急ぎましょう!」
「あ、そっか…だからさっきクレア様は急いでたんだ」
「えっ!由紀さん、クレアがどうしたんです?」
「いや…なんかさっき大急ぎでマーカス様を連れて出て行ったから…」
「あー!やられました!
マーカスはこの国の奥様たちにめちゃめちゃ人気があるんです!」
商魂たくましいクレアは、愛する兄さえも客引に使うつもりなのだ。
「もしかして…花嫁全員で姫屋をやることもバレていた…?」
と、アンナはゾーイの方を見る。
「わ、私…クレア様に今日はみんなで姫屋をやるんですって伝えちゃいました…」
「やっぱりですか…」
「申し訳ありません、アンナ様…」
「大丈夫ですよ、ゾーイさん。むしろ望むところです」
そもそも店を出してしまえば、遅かれ早かれクレアには気づかれてしまうのだ。
「でしたら、今日は私たちの姫屋とクレアの紅姫屋の一騎打ちです!
皆さん!気合いを入れていきましょー!」
「「「「「「おー!!」」」」」
そうして新生芹沢一家は、クレアが待つ大通りへと向かった。




