第242話 共通の意志
「き、緊張するね、幹太…」
「はい…」
ダニエルと幹太は、テーブルの反対側から固唾を飲んで二人の王妃の様子を見守っている。
「うん♪おいしいわね♪ローラはどう?」
「ちょっと待って、ジュリア」
この国王の食事を一手に引き受けているローラは、まずスープの香りを嗅いでいた。
「うん。いいわね…すごく良い香りだわ♪」
そしてそのままスープを口にする。
「わっ!美味しい!」
「ね♪美味しいでしょ」
「すごいわ…幹太さん、これはお魚のスープよね?」
「はい。そうです」
「こんなにおいしいスープに、どうやってしたの?」
「今回、俺はスープのベースを作っただけなんです」
「えっ!そうなの?」
「はい。ですので、ここからの説明はダニエルさんにお願いします」
「…となると、これだけ爽やかなスープができたのは、元々こちらあったお料理の技術のおかげということなのかしら?」
ローラはダニエルに聞いた。
「そ、そうだと思います。私の父が普通に使っている料理法ですから…」
「それを教えてもらうことはできる?」
「もちろんです」
「フフッ♪良かった♪
なら、後で教えてちょうだいね?」
「はい。喜んで」
「じゃあ次は麺ね…」
そう言って、ローラは麺を啜る。
「うん♪麺も美味しいわ♪
でも…いつものラーメンよりずいぶん太いわよね?」
「はい。豚骨と合わせたとはいえ鰹節がメインのあっさり系スープですから、麺の方に食べ応えを持たせました」
今回のコラボラーメンの麺は、アンナではなく幹太が打ったものだ。
「なるほど食べ応えを考えたのね…」
「だからこんなにモチモチなのね♪」
ジュリアは幸せそうな顔で麺をチュルッと吸い込む。
「で、このお団子とリーキ…」
そして最後に、ローラは具を食べ始めた。
「これは…お魚をたたいたのね?」
「はい。それに牛蒡と大葉を入れています」
「この変わった切り方のリーキも、シャキシャキで歯応えがとってもいいわね」
「あ、それは幹太の世界の切り方です」
「すごいわ♪このラーメン、スープと麺と具が最高に良く合ってる。
ジュリアもそう思わない?」
「うん♪なんか海の美味しさがこの一杯にぜーんぶ入ってるって感じね♪」
どうやら舌の肥えた二人の王妃にも、このラーメンは好評なようだ。
「じゃあそろそろ皆さんの分も作ってあげてちょうだい♪」
「そうね。みんな待ちきれないって顔してるわ♪」
そう言ってローラが見た先には、その言葉通り物欲しそうな顔をしてこちらを見ている招待客達がいる。
「良かったですね、ダニエルさん」
「うん♪こりゃ急いで作らないとだ♪」
そうして幹太とダニエルは屋台に戻り、お互い職人ならではの阿吽の呼吸でみるみる内にコラボラーメンを大量に作っていく。
「フフッ♪幹太、さっきよりもいい顔してるね♪」
「えっ!さっきって…宣誓式の時ですか?」
「うん。さっきは青ざめちゃててすごかったよ」
「そ、そうだったんた…」
自分としては平静を装っていたつもりだったが、どうやらそうではなかったらしい。
とそこで、花嫁たちとクレアが屋台へとやってきた。
「フフッ♪さっきの幹ちゃんも素敵だったけど、やっぱり私はこっちの幹ちゃんが好きだなぁ〜♪」
幹太はタキシードの上着を脱いでワイシャツを腕まくりし、ズボンの上から前掛けをしている。
「本当に?まださっきの方がカッコ良くない?」
「それは違いますよ、クレア。
幹太さんは、前掛け姿が一番魅力的なんです。
お二人もそう思いますよね?」
と、アンナはソフィアとゾーイに話を振る。
「ですね〜♪」
「わ、私はタキシード姿も好きです…」
「ハハッ♪すごいね、幹太。当たり前だけどモテモテだね♪」
ダニエルはそう言って、幹太の脇腹を肘てつつく。
「で、幹ちゃんとダニエルさんが二人で作ったラーメンがこれなんだね」
「あぁ」
「一つもらっていい?」
「うん。いいぞ」
由紀はカウンターの上にあったラーメンを手袋をはめたままの手で器用に一つ取り、屋台の隣にあるテーブルに持っていく。
「みんなの分もあるから、とりあえず由紀と一緒に座っててくれ。
ダニエルさん、ちょっとお願いします」
「うん」
幹太は屋台の前に周り、ダニエルがカウンターの上に乗せたラーメンをテーブルに運んでいった。
「結局、麺は太麺にしたんですね♪」
と、アンナは箸で麺を持ち上げる。
先ほどローラも言っていた通り、今回のコラボラーメンの麺はかなり太めの縮れ麺である。
「うん。アンナのアドバイス通り、かん水多めの太麺にしたんだけどどうかな?
王妃様たちには好評だったんけど…」
「では、いただきますね」
アンナは麺をすすり、先ほどのローラと同じくゆっくり噛み締める。
「うん♪すっごく美味しいです♪
やっぱりさっぱりスープには水分多めモチモチ麺の方が合いますね♪」
どうやらダニエルと幹太が打った麺は、麺打ち王女のお眼鏡に叶ったらしい。
「クレア、これが私たちのラーメンですよ♪」
アンナは隣で無心でラーメンを食べているクレアに話かける。
「ふぅ…そうね、これなら完璧だわ♪」
「フフッ♪だってさ、幹ちゃん♪」
「いや、今回はダニエルさんの手柄だよ」
幹太はそう言ってダニエルの肩に手を置く。
「ダニエルさんが二人の王女とお互いの国のことを考えてこのラーメンを作ったんだ」
「アンナとクレア様とお互いの国…?」
「あぁ…この世界に来て会った王族の人たちはいつだって国のことを一番に考えている人ばかりだったのに、俺はコラボラーメンっていう名前ばかりを意識して、そっちに目がいってなかったんだよ…」
「そうなの…かな?
僕としては、アンナ様とクレア様のことを考えてたら、なぜかこういうラーメンが出来上がったって感じなんですけど…」
たぶんそれは、ずっとこの世界で暮らしてきたダニエルだからこそできたことなのだ。
「クレア様がいつも一生懸命リーズを良くしようとなさってるのは、国民の皆さんが知ってることですからね♪」
そう嬉しそうに言ったのはゾーイだ。
「アナがシェルブルックを心から愛しているのも、国民の皆さんは知っていますね…」
「うん。二人がそんな王女なのは俺だってわかってたはずなのにな。
たぶん俺だったら、今回のダニエルさんみたいに、アンナとクレア様の容姿に囚われないラーメンは作れなかったと思う」
「幹太が…?そうかな?」
「うん。だから今回はすごく勉強になったよ。
ありがとう、ダニエルさん」
「うん。本当にそうなら、お役に立てて嬉しいよ♪」
「…アンナ様、お話中に申し訳ありません」
と、そこに現れたのは王宮の女性看護師だった。
「どうしました?」
「ダニエル様の奥様が産気付きました…」
「えぇっ!本当ですかっ!?
でしたら、ダニエルさん今すぐ…」
そう言いながらアンナが振り返ると、すでに屋台の中にダニエルの姿はなかった。
「か、幹太さん…ダニエルさんは?」
「いや…ダニエル様の奥様って辺りでもう扉に向かって走ってたけど…」
そう言う幹太の手には、直前までダニエルが持っていた麺ザルが握られていた。
「そんじゃソフィアさん、こっからは二人で頑張りましょうかね?」
幹太は頭にタオルを巻き、エプロン姿のソフィアを手招きする。
「ハイ〜♪」
「でしたら私も手伝います!」
と、すかさず手を上げたアンナの手を由紀が掴む。
「なに言ってんの、王女なんだからアンナはダメでしょ。
だったら私が…」
「あ、ズルいですよ、由紀さん!」
「でしたら、私が…」
「あなたは私と一緒にいてくれなくちゃダメよ、ゾーイ♪
それにそんな格好で手伝だったらヤケドちゃうわ」
「クレア様…そ、そうですよね」
その後アンナと由紀が張り切りすぎたため、トラヴィス国王が来た時には麺が売り切れていたというハプニングなどが巻き起こりつつ、五人の結婚披露パーティーは後半へと突入していく。




