第232話 結婚式前夜
ついにここまでやって来ました!
そうしてあっという間に時は過ぎ、結婚式の前夜。
「や、やりましたー!」
いつもの女性陣の前で体重計に乗ったアンナは、歓喜のあまり飛び跳ねた。
「すげぇな…だいたい元の体重に戻ったってことだろ?」
と、体重計を見て驚く亜里沙の言う通り、アンナは見事に約五キロのダイエットに成功していた。
「体重が落ちたのはいいけど、肝心のドレスは着れるわけ?」
「あ、そうでしたね♪」
「だったら、あたしが一緒にいくよ」
「はい♪ありがとうございます、亜里沙さん♪」
花嫁たちはそれぞれのドレスを見たことはあるものの、お互いがそれを身に纏った状態をまだ見てはいない。
なので皆で行くより、すでに全員のドレス姿を見ている自分だけが行くのが良いだろうと亜里沙は考えたのだ。
「フフッ♪亜里沙、すっかりこっちに慣れちゃったみたい♪」
由紀はそう言いながら、腕を組んで衣装部屋に向かう二人を見送る。
「でも、ずいぶんあっさり痩せたんだね、アンナ?」
「うんにゃ、そうでもないぞ」
由紀の質問にそう返事をしたのは、体重計に背を向けて立っていた幹太である。
「なにせめちゃめちゃ食事制限したからな」
「あはは…食いしん坊だもんねぇ、アンナ…」
そうなのだ。
基本的にジッとしていられない性格のアンナに必要だったのは、運動よりも摂りすぎるカロリーの制限だった。
「アンナがチャーシューのヒモを自分の腕に巻き始めた時には、正直もうダメかと思ったよ…」
「…うん。なんか最後の方、目つきがヤバい日があったよね…」
それほどまでにアンナは精神的に追い詰められたのである。
「幹太さん、アンナさんが前より痩せて見えるのはどうしてでしょ〜?」
「それはたぶんドレス用に身体を絞ったからかなぁ〜?」
「えぇっ!そんなことができるんですか〜?」
「う、うん。できるけど…」
と、前のめりで聞いてきたソフィアに驚きつつ幹太はそう答えた。
「…ということは、ウェストだけ絞ることも可能ですか?」
そう聞いたのは、明日一日お腹を出す予定のゾーイである。
「そう。っていうか、アンナもウェストと二の腕を集中的に絞ったんだよ」
ボクサーの幹太からしてみれば、その二箇所をある程度絞るメニューを作ることなど朝飯前のことだった。
「せ、芹沢様…そういうことは早く言って欲しかったです…」
「そうですよ〜!」
と言って涙を流しながら、ゾーイとソフィアは幹太にすがりつく。
「なんでさ?二人はダイエットなんて必要ないでしょ?」
こちらに帰って来て以来、試食と称して肉や麺を食べまくっていたアンナは仕方ないにしろ、ゾーイもソフィアも体型が変わったようには見えない。
「必要か必要でないかではなく、私としてはウェストがもう少し細い方がベストなんです!」
ゾーイは一生に一度の晴れの日に最高の自分で臨みたかったのだ。
「わ、私の場合は衣装が…衣装の形が〜」
肌の露出の多いゾーイとは逆に、ソフィアの花嫁衣装は幾重にも重ね着をする和服のようなタイプだった。
「まったく…どーして今頃言うかな、幹ちゃん」
「そうね…完全に幹太が悪いわ」
「えぇっ!」
呆れたように由紀とクレアからもそう言われ、幹太は愕然とする。
「はぁ…まぁダイエットの話はいいとして、ラーメンはどうなったの?」
「えっと…それはどっちのですか?」
「フフッ♪街のお祭りで出すラーメンの方はダニエル達から聞いてるのよね♪」
幹太とダニエルが協力して作ったアンナとクレアの二人の姫コラボラーメンは、明日、幹太たちの結婚式に合わせて行われる祝賀祭で、ひとまずは紅姫屋の商品として売られる予定であった。
「だから私が聞きたいのはあなたたちのラーメンの方よ♪」
そう言って、クレアは幹太にウィンクをする。
「…いや、それは明日まで内緒にしておきましょう」
「えっ!なんでよ?」
「私も気になるよ、幹ちゃん!」
「芹沢様、わたしも気になります!」
「フフッ♪私は幹太さんに賛成です〜♪」
「フフッ♪そうですね、私も明日の方が面白いと思いますよ」
この場にいる女性陣の中で、ソフィアとシャノンだけは幹太とアンナがどのようなラーメンを作ったのか知っている。
「それに明日は早いのですから、皆さんそろそろ休みませんか?」
「そういえばそうだったわね…」
明日の結婚式では、クレアの義兄であるマーカス・ローズナイトも招かれている。
クレアはその最愛の兄を迎えるにあたり、朝から色々と準備することがあるのだ。
「しかも国の代表として、なぜか私がスピーチするのよね…」
それは家族ぐるみで仲の良いシェルブルック王家とリーズ公国公爵家が、満場一致で決めたことだった。
「じゃあもうお部屋に戻りますか、クレア様?」
「そうね。あなたもそうした方がいいでしょ、ゾーイ?」
「はい」
「それじゃ私たちも部屋に戻る?」
「あぁ、そうだな」
「そうしましょう〜♪」
「でしたら、私はアナと亜里沙さんを迎えに行ってきます」
そうして幹太たちはそれぞれの寝室に戻った。
そして深夜。
「幹太さん…、幹太さん…」
「ん…あ、誰?」
眠りに落ちる寸前だった幹太は、誰かが自分の布団に潜り込んできたことに気づいた。
「アンナ…?」
「プハッ!はい♪アンナです♪」
Tシャツと短パンの寝巻き姿で布団に潜り込み、幹太の隣に顔を出したアンナは、なぜか泣いた後のように目が赤かった。
「こんな時間にどうした?まさか…明日のラーメンに何か!?」
と、翌日使うスープに何かあったのではないかと思った幹太は、急いでベッドを飛び出そうとする。
「ち、違います!違います!」
アンナはそんな幹太の腕を掴み、ベッドの上に座らせた。
「なんだ…良かった…」
「フフッ♪幹太さんって、どんな時でもラーメンが気になるんですね♪」
「そりゃそうさ。
けど、だったらアンナはどうしてここに?」
「…ちょっと緊張して寝れなくなっちゃいまして」
「お、アンナにしちゃ珍しいな」
これまで王家の一員として色々な行事に出席してきたアンナは、普段あまり緊張しないのだと幹太は聞いていた。
「いくら私だって、自分の結婚式の前の晩ぐらいは緊張しますよ。
それに明日は歌とスピーチもありますし…」
「ハハッ♪そっか、そりゃそうだな」
「そうですよ!眠りかけてた幹太さんの方がおかしいんです!」
「そういや、俺もなんか話さないといけないんだったな…」
「えっ!まだスピーチの内容考えてなかったんですか!?」
「うん。そっか、そうだよな…初めっから考えとくんだった…」
そう言って、幹太は今になって何を話す考え始める。
「なんだか…由紀さんがおっしゃっていた話と違いますね」
「違うって?由紀はなんて言ってたの?」
「幹ちゃんなら大丈夫だよ♪って…」
と、アンナは最近かなり似てきたモノマネでそう言う。
「あぁ…由紀は俺がそういうことしたの聞いたことあるからかな?」
「そういうことって…皆さんに向けてのご挨拶とかですか?」
「あぁ」
「そんなこといつ…あっ、ごめんなさい!」
アンナは思わず自分の口を押さえた。
幹太がしたことのある唯一のスピーチは、自分の父親の葬儀のご挨拶である。
「あーいや、ぜんぜん謝らなくで大丈夫だよ…」
アンナは言っている途中で、そのことに気付いたのだ。
「確か…ありゃ急に挨拶しろって言われてその場で考えながら話したんだよなぁ〜」
父親が死んだ直後で頭が真っ白だった幹太は、親戚の誰かがやってくれるものと勝手に思い込んでいたのだ。
「えぇっ!それで大丈夫だったんですか!?」
「たぶん。由紀がそう言ってくれてるなら大丈夫だったんじゃないかな…」
ちなみにその時の幹太の挨拶は、聞いていた参列者のほとんどが涙してしまうほど見事なものだった。
「…できるなら、お義父様とお義母様にお会いしたかったです」
「ハハッ♪そうだな、きっと俺の両親もアンナやソフィアさんやゾーイさんに会ってみたかったと思うぞ♪」
「フフッ♪本当にそうだったら嬉しいです…」
「けど、よく考えたらあれだな…俺、明日から父親と母親が一気に増えるんだよな…」
「ええっと…ウチが三人であとは皆さん二人づつですから…イチ、ニ…九人の義父と義母になりますね♪」
「九人!そりゃすごい!」
「ハイ♪ですからゾーイさんのご両親にもご挨拶に行かないとです♪」
「おぉ!そうだったな!
いや〜なんだか俺まで眠れなくなりそうだよ♪」
小学生の頃から父親と二人で暮らし、二十歳なる前に父親を失った幹太は、たとえ義理であろうと家族が増えることを心から望んでいたのだ。
「フフッ♪まだ結婚式前なのに、なんだかとっても幸せです…」
そう言って、アンナは幹太の肩に寄りかかる。
「もう眠れそう?」
「…まだもうちょっと一緒にいていいですか?」
「あぁ…けど、なんかあったか?」
幹太はアンナの目が赤いのは泣いたからに違いないと考えていた。
「いいえ…ここに来る前にお父様に会ったぐらいです」
実はこの部屋に来る前、アンナは父親であるトラヴィス国王の部屋を訪れていたのだ。
「…そうか」
「はい…」
「…ちょっとここで横になる?」
「ハイ♪アンナ、ここで横になりましゅ…」
そう言いつつ、アンナはネチャ〜っとした笑顔を浮かべる。
こうして心優しい幹太は、まんまとアンナの術中に嵌ったのである。




