第225話 融合
このお話で年内最後の更新になります。
来年も引き続き、よろしくお願い致します。
皆さま、良いお年を。
「ダニエルさん、もしかしたらそれでいけるかも…」
「えっ!リーキのラーメンってこと!?
それはなんか…ちょっと物足りなくないかい?」
「大丈夫。
ダニエルさんの腕があれば、長ネギ…リーキでも十分メインの具になるよ」
「ふーん、そうなんだ…」
これまでダニエルが注文のたびにリーキを刻んでいたのは、単純にその方が美味しく、さらにそれができる技術があっただけであり、決して具のメインにしたいとかそういう理由でしていたわけではなかった。
「じゃあ幹太なら、どうやってリーキを使うの?」
「それは…ちょっと包丁とリーキをお借りしていいですか?」
「うん」
ダニエルは包丁と新しいリーキをまな板の上に載せ、調理台の前を幹太に譲った。
「えっと、まずは長ネギを適当な長さに切って…」
幹太はまずリーキを五センチほどの長さに切った。
「そんで、それを縦に置いて…」
そして、切ったものを縦にして並べる。
「あ、横じゃないんだね?」
「はい。で、そのまま薄く刻んでいくと…」
と、幹太が説明しながら刻んだリーキは細長い短冊のような形だった。
「これが俺たちの世界で言う白髪ネギです。
こうやって切ることで長ネギの食感を良くするんですよ」
ダニエルの包丁の腕を見た幹太は、ラーメンの具として白髪ネギならぬ白髪リーキが使えないかと考えたのだ。
「なるほどね…こんな切り方があるんだ。
えぇっと、まずはこうだね…」
ダニエルは幹太から包丁を受け取り、先ほど幹太のやっていたように適当な長さにリーキを刻んで縦に置いた。
「で、こう…」
ダニエルはブツブツ言いながら幹太よりも素早く均等な大きさでリーキを刻み始め、そして再びあっという間に一本のリーキを刻み終えた。
「ハハッ♪これ、なんだか楽しいね♪」
「た、確かに白髪ネギ切るのってちょっと楽しいけど、それにしても早すぎだよ!」
幹太は引き攣った笑顔でそう返事をした。
「とりあえず…これなら注文が滞る心配もなさそうだな」
「うん。慣れたらもっと早くできそうだし、大丈夫だと思うよ♪」
「幹太さんがさっき言っていたお店も白髪ネギだったんですか?」
と、アンナはダニエルの切った白髪ネギを摘みながらそう聞いた。
「いや、あそこは大きな輪切りって感じだったかな…」
長ネギの大きな輪切りはネギに対してナナメに包丁を入れ、薄くスライスするとできる。
「そのお店も毎回注文が入るたびに切ってたんですよね?」
「うん。所沢ってウチからちょっと離れた場所にある万龍ってお店なんだけど、そこはネギラーメンの注文が入るたびにネギを切ってたな」
「それはすごいです!」
まだまだ包丁使いで幹太にも及ばないアンナにとって、それは途方もない技術であった。
「あ、ちょっと慣れてきた♪」
二人の会話そっちのけで白髪リーキを切っていたダニエルは、すでに輪切りにしていた時と変わらないスピードで白髪リーキを切っている。
「マ、マジか…」
「手品みたいです〜♪」
と、みるみる内にリーキがバラバラにされていく様子を見て、ソフィアが声を上げる。
「幹太、これ、味付けはどうしょっか?」
「ん〜?ダニエルさん、スープはどうすることにしたの?」
「幹太が作ったカツオブシのスープに、ちょっと改良を加えた感じなんだけど…」
「それは今あります?」
「うん。
っていうより、今日のスープはそれしかないんだ」
ダニエルは寸胴鍋の蓋を開け、小さなお玉でスープをすくった。
「ちょうどいま沸いたところだから食べてみるかい?」
「もちろん!」
そうして幹太、アンナ、ソフィア、シャノンの四人は、元々幹太が作ったものにダニエルが手を加えたスープを味見した。
「おー!こりゃ美味いなっ!」
「ハイ♪すっごく美味しいです♪」
「美味しいです〜♪」
「確かに美味しいですね…」
「フフッ♪良かったわね、ダニエル♪」
「あぁ、メーガン。ようやくホッとしたよ」
ダニエルは幹太から未完成のスープのレシピを渡されて以来、ずっと気の抜けない日々を過ごしていたのだ。
「このスープ、鰹の風味は生きてるのに嫌な魚臭さは消えてる…俺のスープをどうしたらこうなるんだ?」
鰹節がメインだった元々の幹太のスープは、ほんのり魚介系のスープならではの魚介臭さがあった。
「これといって特別なとこはしてな…あ、そうだ!」
そう言って、ダニエルは屋台の裏からスープ用の食材の入った木箱を持ってきた。
「これは明日のスープ用のやつなんだけど見てくれないかい?」
「うん。ぜひ」
「はい♪見させていただきますね♪」
そしてアンナは、大きな動物の骨を手に取った。
「ダニエルさん、これはゲンコツですよね?」
「そうです、アンナ様。
幹太はカツオと鶏でやってたみたいだけど、それだともう一味足りない気がしたので、僕は豚を使ってみようと思ったんです…」
そう言いつつ、ダニエルは申し訳なさそうに幹太を見る。
「それでいいんだよ、ダニエルさん。
そういう風に自由にやってもらいたくて、完成途中のスープを預けたわけだし」
「そうかい。なら良かったけど…」
「けど…」
「えっ!な、なんか気になることがあるのかな?」
「豚骨ってわりには、なんか味も香りもスッキリしてる気がしないか?」
と、幹太はアンナに聞く。
「えぇ。スープもすごく澄んでますし、幹太さんが日本で仕込んでいるものより味もあっさりしてますね…」
それぞれ好みあるラーメンということもあり、いつでもあっさり系さわやかスープが良いわけではないのだが、今回のスープに関して言えば、幹太が元々仕込んでいた鰹節と鶏のスープよりも、ダニエルが手を加えた鰹節と豚骨のスープの方が美味しいというのが幹太とアンナの共通の評価だった。
「ん〜?なんでかな?僕としてはいつも通りやっただけなんだけど…」
ダニエルはそう言いながら、いくつか野菜を木箱から出した。
「玉ねぎでしょ、にんじんに…あとは幹太から聞いたリーキの青いとこだね」
「ダニエルさん、それはなんですか…?」
アンナが指先したのは、いくつかの種類の葉っぱを糸でまとめたものである。
「これはいくつかハーブをまとめたものですよ、アンナ様。
そういえば…これって幹太に習った中にはなかったよね?」
「ハーブをまとめたもの?
ダニエルさん、それちょっと解いていいかな?」
「うん」
ダニエルから葉の束を受け取った幹太は、ヒモを解いて調理台に並べた。
「ソフィアさん、これはセロリだよね?」
以前スープの牛骨スープの臭み消しでセロリを使ったことのある幹太は、その形を覚えていた。
「そうですね〜こっちはパセリ、こっちがローリエとタイム草です〜♪」
実家の庭で様々な植物を育てていたソフィアは、農作物だけでなくハーブにも詳しい。
「ハーブは幹太たちの世界にもあるのかい?」
「あります。
もしかして…こりゃブーケガルニってやつなのかな?」
あまり洋食の知識のない幹太は、当てずっぽでそう言う。
ブーケガルニとは、肉や魚の臭みを消すためにパセリやローリエなどのハーブをヒモでまとめてスープに入れるものだ。
「ソフィアさん、これってこっちじゃ良く使うものなの?」
「えぇ、私も実家にいるときはよく使ってましたよ〜♪
お肉やお魚の入ったスープなんかには必ず入れますから〜」
「マ、マジで…?」
「はい〜♪」
こんなに良いものを知っているなら、リーズで臭み消しに苦労していた時に教えてほしかったと、幹太はちょっぴりだけ思った。
「幹太は知らなかったの?」
「…うん。正直、セロリだけ使って満足してたから、組み合わせようなんて考えもしませんでした…」
幹太はがっくりと項垂れながら調理台に手をつく。
「そっか…じゃあラーメン屋さん的にはダメなのかな?
僕としては当たり前に使っちゃてたんだけど…」
「いえ、美味いんでぜんぜん大丈夫です…」
「他になんか変わってるものはあるかい?」
「このお肉は他のお料理用ですか?」
ダニエルにそう聞いたアンナは、カチカチに凍った骨つき肉の塊を持ち上げていた。
「あ、それもスープの食材ですよ」
「えっ!お肉もスープの素にしてるんですか?」
「はい。これは豚のあばらのお肉なんですけど、とってもいいダシが取れるんです♪」
つまりはスペアリブである。
豚や牛などの骨つき肉を一度焼き、それをスープに入れてダシを取ることは洋食においてごく普通のことだ。
「もしかして…幹太はこれも使わない?」
「鶏は丸ごと使ったりするけど、豚は使ったことなかったなぁ〜」
「考えてみたら骨つきのお肉ですから、スープにも使えますよね♪」
再会して早々にダニエルが披露した技術は、これまでラーメン一辺倒だった幹太やアンナが触れてこなかったものばかりだった。
「こりゃこれからが楽しみだ♪」
「ハイ♪」
ここへきて二人の姫のコラボラーメンは、一気に完成へと前進したのである。




