第二十三話 小姫屋
第一話より数カ所の修正をしました。
よろしくお願い致します。
キッチンワゴンの屋台が完成した日の晩。
「一応試しておかないと…。
出発してからじゃ、何が起こるかわからないからな」
幹太はキッチンワゴンの厨房でラーメンの仕込みを始めた。
屋台の設備をそのまま馬車に移したからといって、それがちゃんと機能するかは分からない。
また馬への負担も考えると、大量の水や食材などは運べないと予想していた。
そこで立ち寄る町ごとに食材を仕入れて、水も麺の仕込みで使う以外はその場所で使うだけ汲めばよいと考えていた。
スープだけは仕込みに時間がかかるため、常に一回分の食材を買っておき前日に仕込みをする予定だ。
その他もろもろのテストとして、幹太は仕込みをする事にしたのだ。
「うーん?分量はこのぐらいかな?
しっかしこのコンロ、火加減が難しいな」
スープは確実に一日で売り切れる少なめの分量で作っていた。
もともと屋台用の寸胴鍋なので移動中は蓋も固定できる。
またプロパンの五徳はかなりの重さになる為、アンナの提案で魔石で火をおこすコンロに替えていた。
「ふぅ〜よし、大体こんなもんかな」
やっと火加減が決まり、幹太は一息つく。
「幹太さーん?いらっしゃいますか〜?」
「おう!いるよ、って…」
とそこで、アンナが馬車の中に入ってきた。
彼女は風呂上がりらしく、頭にタオル巻いて、顔をほんのりと上気させていた。
日本から持ってきたTシャツと短パンという薄着で、首筋から汗を流すアンナの姿はとても色っぽい。
「幹太さん、お風呂交代ですよ」
「あ、ああ、もうちょい後で入るよ」
幹太はそんなアンナの姿を直視できず、鍋の中を見る振りをして誤魔化した。
「幹太さん、今回はどんなラーメンを作るんですか?」
アンナは幹太の隣でスープの入る鍋を覗き込む。
「そうだな、俺が日本でやってたラーメンに近いんだけど…。
うーん、名前を付けるなら街道ラーメンってところかなぁ。」
幹太はスープを混ぜつつ説明する。
「日本の大きな街道沿いにはラーメン屋が沢山あるんだ。
車だラーメンとかラーメンストアってのが有名でさ。
その街道沿いのラーメン屋のラーメンを参考に作ってみようと思うんだ」
幹太はキッチンワゴンを作っている時、いつ、どこで出してもちゃんと売れるこの旅の定番となるラーメンを作りたいと考えていた。
そこで思いついたのが、この街道ラーメンという案だった。
「街道ラーメンですか、楽しみですね♪」
「うん、基本は日本でやってたウチのラーメンだから、大失敗はしないはずだよ。
とりあえず何度か試作品を作って、出発した後にどこかの町で店を開いてみよう」
「いいですね♪そうしましょう。
じゃあ幹太さん、火の番は私がするんで幹太さんはお風呂に入って来てください」
「了解。ではよろしくお願いします、アンナさん」
そう言っておどけて敬礼し、幹太は馬車を降りていく。
そしてその後、風呂に入りながら、
『やっぱり誰かとラーメン屋をやるってすごく楽しいな。
昔、由紀に屋台を手伝ってもらってた頃みたいだ。
本当に…なんで島ではこれを忘れてたんだろう。
やっぱり俺は思い詰めるとロクな事にならないなぁ〜』
と幹太は思っていた。
一方サースフェーでは、
シャノンと由紀が漁港にあるニコラのラーメン屋台を手伝っていた。
ニコラの屋台は車輪のない据え付けの店舗であったが、幹太の屋台を見習って寸胴鍋や調理器具が使いやすく配置されていた。
「悪いね、二人共。今日はリンネが学校でいないから助かったよ。
これは早く店員を募集しないとダメだな」
と話すニコラは手ぬぐいを頭に巻いて前掛けを締めている。
すでに見た目は完全にラーメン屋のイケメンおやじである。
「大丈夫だよ、ニコラさん。
あたし、幹ちゃんの屋台の手伝いで慣れてるから」
確かにそう言った由紀の働きっぷりは、ラーメン屋の店員としてはなかなかのものであろう。
彼女は話をしつつも、ニコラが作った素のラーメンにパパパっと竜田揚げとチンゲン菜を乗せていく。
「よし、一丁あがり♪」
幹太は自分で竜田揚げを揚げつつ麺を茹でていたが、まだニコラにそこまでの技術はない。
それを手伝い初日に見抜いた由紀が、
「とりあえずニコラさんは最初に竜田揚げを作ってから開店しないとダメだよ!」
とアドバイスして現在の形になっていた。
「はい!シャノンお願いっ!」
由紀はそう言って、カウンターの上に出来上がったラーメンを並べていく。
「了解です!由紀さん!確か…これは奥のテーブルですね」
そしてシャノンがそれをお客さんに持っていき、食べ終えた人の会計をして帰ってきていた。
「いやまいった。こりゃ漁師より大変だ」
とニコラが嬉しい悲鳴をあげる。
幹太とアンナが島を出た後も、この店は千客万来であった。
先に揚げておいた竜田揚げも、それほど味が落ちるような事もなく、元祖姫屋の味を保っている。
ニコラの店の名は「小姫屋」。
愛するリンネと姫屋の分家という二つの意味が込められていた。
昼のピークを過ぎ、三人はカウンターに座って一休みしていた。
この一時閉店も由紀の提案だった。
「慣れるまで一時間だけ閉めて、午後の営業の準備をするのはどうでしょうか?」
確かに今のニコラの手際では一日中開店するのには無理がある。
一番ヒマな時間を思い切って午後の準備に使うのは店のクオリティーを保つ上で有効な手段だった。
「しかし由紀ちゃんは本当に幹太の幼馴染なんだな。
カウンターの拭き方が全く一緒だったよ」
幹太はカウンターを拭く時、カウンター正面の立ち上がり部分も一緒に拭く。
お客がラーメンを食べる時に一番目につく場所だからだ。
由紀は幹太のやり方を見ているうちに自然に身体が覚えていた。
『そういえば、思いっきり私が怒った後にやっと助けを求めるようになったけど…。最初はぜんぜん手伝わせてくれなかったんだよなぁ〜、幹ちゃん』
ニコラの発言をキッカケに、由紀が昔を思い出す。
「大丈夫だよ、由紀」
『あの頃の幹ちゃんの口癖だったっけ…』
幹太はそう言って結局自分が倒れるまで一人で働いた。
ある日、由紀が練習帰りにいつもの公園に寄ると幹太の屋台が無かったのだ。
前日に幹太が仕込みをしているのを知っていた由紀は、その光景にゾっとした。
すぐに家に帰り、合鍵を持って幹太の家へ行くと階段の下で倒れている幹太を見つけた。
「幹ちゃんっ、幹ちゃん!うそ!どうしようっ!?」
間違いなく由紀とって今までで一番恐ろしい事態だった。
由紀は幹太の名前を呼んでユサユサと揺さぶったが、幹太は唸るだけでしっかり返事をしない。
すぐに由紀は自宅に戻り、由紀の両親が幹太を病院に連れて行ったのだが、由紀はしばらく放心状態だった。
「疲労と栄養失調と…ん〜睡眠不足もかな〜?
この子どうしてこんなに痩せちゃってんの?」
と医者はあっさり言って、幹太に点滴を打った。
しばらくして幹太の状態は落ちつき、病室も空いていなかったために幹太は家に帰る事になった。
由紀の父は放心状態の自分の娘を先に母親と一緒に自宅に返し、幹太を自分の車で家に送った。
翌日、幹太さすがに働けなかった幹太がベッドの上で目を覚ますと、
いつも見慣れた由紀の背中がベッドの脇に座っているのが見えた。
まだ少しボーっとしていた幹太は昔の呼び名で由紀を呼んだ。
「ゆーちゃん?」
幹太が後ろからそう声をかけると由紀はバッと振り返る。
「幹ちゃん!もう、本当に心配した!」
そう言って振り返った由紀は泣いていた。
「ゴメン、明日からは…」
幹太がそこまで言いかけたところで由紀が強い口調で遮った。
「明日?明日もまだ一人で頑張るつもりなの!?」
幹太はこんなに大声を出す由紀を初めて見た。
「私、何度も言ったよ!手伝うって!」
由紀は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら幹太に詰め寄る。
その表情に幹太は自分がいままで由紀にどれだけ心配をかけていたのかを知った。
「本当に悪かった。
これから大変な時はちゃんと由紀に言うから…」
由紀は布団の中の幹太の手を握る。
「それじゃ駄目!明日から毎日絶対に幹ちゃんを手伝う!
幹ちゃんがなんて言ってもそうするから!」
幹太は間近にある由紀の目を見て、自分にはそれを認める以外他に道がないことを悟る。
「分かったよ、由紀。
それじゃこれからよろしく頼む」
幹太が素直にそう言っても由紀は幹太の手を離さない。
「私、幹ちゃんともうずっと一緒にいるって決めたから!
今度こんなことになったら私、幹ちゃんを許さない!」
昨日、幹太の体調が落ち着いたのを医者から聞いた由紀はそう決意していた。
「うん、ありがとう由紀。
その…由紀が一緒に居てくれて良かったよ。
明日もちゃんと休むから安心してくれ」
その言葉を聞いた由紀は少しだけ表情を緩める。
「明日だけじゃなくて、体調が戻るまではお店をやったら絶対駄目だよ。
とりあえず今日はお母さんがご飯を作ってくれたから、後で持ってくる」
「よろしく頼む。おばさんのご飯、久しぶりだな…」
「うん。お母さん、これから毎晩幹ちゃんの分も作るって言ってる」
その日からしばらくの間、由紀はラクロスの練習を終えた後に幹太の屋台を手伝っていた。
幹太の方も次第に由紀に仕事を任せることに慣れてきて、初めて誰かと一緒に働く楽しさを知ったのだ。
ちなみに幹太はそれ以来ずっと由紀の家で晩ご飯を食べて帰っていた。
『今思うと、あれはもう告白したも同然だったなぁ〜。よく考えたら私、かなり前から幹ちゃんのこと好きだったんだ…』
由紀は改めてその時の事を思い出して恥ずかしくなった。
「しかしシャノンちゃんと由紀ちゃんが居なくなると俺も寂しいな♪」
ニコラが二人の方を向いてニッコリ笑って言った。
そんな事をサラッと言う辺り、本当にこのおやじはイケメンである。
「あと二日で船が来るってお話でしたね」
シャノンは定期船の桟橋に通って運航状況を確認していた。
数日前に強風で欠航しており、予定日より島への到着が遅れている。
「ヤバいよなぁ〜今の客の半分くらいはシャノンちゃんと由紀ちゃんのファンじゃないか?
これは開店早々、小姫屋の危機だよ」
「大丈夫ですよ、ニコラさん。
小姫屋の看板娘はリンネちゃんですから♪」
実際に一生懸命働くリンネを応援するために、お店に通うニコラの漁師仲間は多かった。
「そうだな。親バカだけど、リンネがいれば大丈夫かな」
「そうですよ」
と由紀がそこまで言ったところで学校が終わったリンネが屋台に向かって歩いてきた。
「シャノンさ〜ん、由紀お姉ちゃ〜ん!お手伝いにきたよ〜!」
屋台までやってきたリンネの頭を、ニコラが優しく撫でる。
「よし、じゃあ午後も頑張りますか!」
ニコラはそう言って午後の準備をするために厨房へ戻っていった。




