第205話 お約束
お待たせ致しました。
引き続き宜しくお願いします。
「芹沢…?」
そして大方の予想通り、コテージの扉を開けた幹太は、一糸纏わぬ姿で目の前に立つ亜里沙を見て固まった。
「う、臼井さん…部屋の風呂入ってたの?」
「あ、あぁ…とりあえず砂とか塩を流そうと思って…」
この状況で、なぜか幹太と亜里沙は普通に会話を始めた。
どうやら友人の裸を見る、そして見られるという未知の事態に、正常性バイアスが働いてしまっているようだ。
「お、おぉ…ナイスマナー、臼井さん」
「そ、そっちは…?背中のシャノンさんはどうしたの?」
「い、いや、なんか気絶しちゃって…」
「あ…そうなんだ…」
「う、うん…」
「……」
「……」
「キャーー!」
とそこで、亜里沙はようやく体を隠してしゃがみ込んだ。
「せ、芹沢っ!とりあえず外出て!」
「は、はい!あ…」
すぐさま振り返ってドアに向かった幹太は、なぜかドアの前で立ち止まる。
「な、なんだよっ?どうして出ていかないのっ!?」
「いやシャノンさん!シャノンさんどうしようかなって!?」
テンパっている幹太は、シャノンを自分の背中から下ろせるということをすっかり忘れている。
「そこに下ろせばいいだろっ!」
「あ!そっか!」
「もー!早く出てっててばっ!」
「はい!」
幹太はその場にゆっくりとシャノンを横たえ、急いでドアから出ていった。
「ビ、ビックリした…って、そうだよ!シャノンさん!」
亜里沙はしゃがんだ姿勢のままズリズリと横たわるシャノンに近づき、ペチペチと優しく頬を叩く。
「シャノンさ〜ん、シャノンさ〜ん」
「う、うぅ…あ、亜里沙さん…?」
「そうだよ。
大丈夫?どっか痛いとことかない?」
「…はい。大丈夫そうです」
「なら良かった。連れてきた芹沢が気絶したって言ってたから…」
「あぁ…そうでしたね。
まったく…あの頃からアナはぜんぜん変わっていません」
シャノンはそう言いながら体を起こす。
「あの…それで亜里沙さんはなぜ裸なんです?」
「へ、部屋のお風呂に入ってたの!そしたら芹沢が…」
「幹太さん?まさか…幹太さんにその姿を?」
「う、うん、ちょっと…いや、だいぶ見られたかな…」
「…申し訳ありません、亜里沙さん」
シャノンはスッと正座して亜里沙に頭を下げた。
「ちょ、ちょっと!シャノンさんのせいじゃないだろ!」
「しかし、幹太さんだけ先にこちらに来ているのは、私を運んだからでしょう?」
「まぁそうなんだろうけど…そんなことより、シャノンさんが倒れた原因はなんなの?
なんか具合が悪いとかじゃないの?」
「いえ、そうではなく…海の生き物が苦手で…」
「あ〜それ、私もだよ」
「そうなんですか…?」
「うん。子供の頃に、沖縄でイルカと泳いでからなんとなくダメになっちゃってさ…」
「イルカ…?それでなんでダメになったんです?」
「いや一緒に泳ぐまでは良かったんだけどさ…ガイドの人に触ってみろって言われてやってみたら、なんだかヌルッとしてて…」
「…その気持ち、よくわかります」
シャノンは腕を組んでウンウンと頷く。
「うん。あと、やっぱり野生の生き物ってなんか怖いんだよ」
実際、稀にだが野生のイルカと泳ぐツアーでイルカに噛まれて怪我をすることはある。
「調子が戻ったなら、シャノンさんも一緒にお風呂行く?
なんかここ、すっごい広い温泉があるんだって♪」
「えぇ、ぜひ。
でしたら、私も体の砂を落としてきますね」
「うん。それじゃ私は着替えて待ってるわ♪」
「そういえば、幹太さんは外ですか?」
「あ、忘れてた!
私が声かけとくから、シャノンさんはシャワー浴びてきて」
「はい。ありがとうございます」
シャノンが脱衣所に入るのを見届けた亜里沙は、パパッと短パンとTシャツに着替えてコテージの扉を開けた。
「芹沢ー!」
「お、おう!ここだ!」
幹太は亜里沙が出てきたコテージと、その隣のコテージの間にあるベンチに座っていた。
「私とシャノンさんは大浴場に行くけど、芹沢も行く?」
「う、うん。俺も行こうかな…」
そう答えた幹太の顔は、今だに真っ赤である。
「だからもう忘れろって!」
「そうなんだけど…なかなか上手くいかなくて…」
四人も婚約者がいるというのに、幹太のウブさは亜里沙と出会った高校入学当初とさほど変わりがない。
「と、とりあえず芹沢も着替えといでよ。
アンタの荷物はそっちにあるみたいだからさ」
幹太と同じく、亜里沙は真っ赤な顔をして向かいのコテージを指さした。
「う、うん…じゃあ行ってくる」
そうしてコテージに入っていく幹太の背中を見ながら、亜里沙はフゥッと大きくため息をついた。
「まったく…私の裸なんか意識してる場合じゃないだろ…」
そしてそれから数分後、亜里沙、幹太、シャノンの三人は、だだっ広い温泉施設の中に入っていた。
「すっげぇよ芹沢!このデカさ!ちょっとヤバくない?」
と、興奮のあまり幹太の背中を叩きまくる亜里沙は、先ほど裸を見られたことなどすっかり忘れている。
「こちらの施設は最近立て直したばかりみたいですよ…」
「シャノンさん、やっぱりパンフレット貰ってきたんだ?」
「えぇ…」
幹太にそう返事をしつつも、シャノンはパンフレットから目を離さない。
「えっと…あちらが男性と女性に分かれた温泉のようです」
シャノンが手で示したのは、まさに南国といった感じの巨大な木造の建物だった。
「へっ?じゃあ混浴もあるの?」
ウブとはいえ男の子の幹太は、こちらはという言葉の意味を正確に理解したらしい。
「はい。たぶんあちらかと…」
と、シャノンが振り返った先には所々に湯気の上がる巨大な岩風呂があり、その中では水着の女性が気持ち良さそうにお湯に浸かっていた。
「てか芹沢、あれってソフィアさんじゃない?」
「えっ?」
亜里沙にそう聞かれた幹太は、手で庇を作ってよく目を凝らした。
「あ〜本当だ…あれ、ソフィアさんだよ」
「その隣にいるのはアナみたいですね…」
アンナとみられるその人物は先ほどと同じ水着を着て、ツルッとした大きな岩の上で思いっきり手足を投げだして寝転がっている。
「おぉ…ありゃ間違いなくアンナだな。
そういやウチの居間でもああやってよく寝てたわ」
「つーことは…もしかして、私らは着替えなくてよかったってこと?」
「そうなりますね…」
「砂とか落とす場所もあるのかな?」
「えぇ、ここに…」
シャノンは亜里沙の前にパンフレットを差し出し、外付けのシャワーの場所指さした。
「えー!じゃあ私、先に帰った意味ないじゃん!」
「そんなことはありません。
少なくとも幹太さんとっては、かなりの利益があったはずです」
「ちょっ!なに言ってんのっ!?」
まったく表情を変えずにとんでもないことを言い始めたシャノンに、幹太は全力でツッコミを入れた。
「すみません…まだイマイチ意識が…」
シャノンはワザとらしく額を押さえ、フラッと隣にいた亜里沙に寄りかかる。
「シャノンさん、ここまでめちゃめちゃしっかり歩いてたよねっ!?」
幹太の言う通り、部屋からこの温泉施設までの道のりを案内したのは、日本に行って以来、パンフレットを集めることが趣味になったシャノンである。
「シャノンさん…」
とそこで、亜里沙が寄りかかるシャノンの両肩を掴んだ。
「…利益などと言ってしまって申し訳ありません、亜里沙さん。
どうやら私も久しぶりの観光で少し気が緩んで…」
「私、水着とってくりゅ♪」
子供のように瞳を輝かせた亜里沙はそう言い残し、一目散にコテージへと駆けていく。
「う、臼井さん、思った以上に温泉好きだったな…」
あっという間に小さくなっていく亜里沙の背中を見ながら、幹太はちょっぴり引いていた。
「そういう幹太さんは水着を持ってきているのですか?」
「一応、持ってきたよ。
こっちの温泉ってそういうイメージだったし…」
幹太がリーズ公国で入ったブルーラグーンという温泉でも、水着で入る決まりだった。
「そうですか」
「シャノンさんは?」
「私はこの下に…」
そう言って、シャノンは着ていたバスローブの肩をチラリと捲って見せる。
「まぁ日本人なら、普通は裸で入ると思うもん…グェッ!」
と、幹太が突然ヒキガエルのような叫び声を上げたのは、マッハで水着を取ってきた亜里沙に思い切り背後から激突され、数メートル先までブッ飛ばされたからだ。
「ただいま♪シャノンさん♪」
「…おかえりなさい。は、早かったですね、亜里沙さん…」
「うん♪亜里沙、めっちゃ急いじゃった♪」
どうやら亜里沙の温泉好きは、自身のキャラクターを崩壊させてしまうほどらしい。
「でしたら、早速入りましょう」
「そうだね♪そうしよっか♪」
亜里沙は満面の笑みでシャノンの手を握り、脱衣所のあるの建物に入っていった。




