第202話 優しく力強く
更新が遅れまして申し訳ありません。
週末、親戚と久しぶりにラーメン博物館に行ってまいりました。
熊本の名店、こむらさきが入っていて驚きました。
ゾーイがそう言ったとたん、腕を組んで悩んでいた幹太はガバッと頭を上げた。
「塩を混ぜる…だと…?」
「だ、ダメでしょうか?」
「……」
「えっ?えっ?芹沢様…なにを?」
と、なぜか小刻み震えながらキッチンから出て来た幹太は、黙ったままゾーイの腰に手を回す。
「それだよゾーイさん!」
そして突然そう叫びながら、幹太はゾーイを高く持ち上げた。
「キャッ♪芹沢様…もしかして、気づいてなかったんですか?」
「うん。これまで塩同士を混ぜるなんてぜんぜん考えてなかったよ」
「ほ、本当に?」
そう聞きながら、ゾーイは幹太の首の後ろに手を回す。
「ハハッ♪本当、本当。
けどそうだよな…そりゃ塩なんだから混ぜて使えるよな」
「幹太さん…ひょっとして、ラーメン屋さんを始めてからずっと一種類の塩でなきゃダメだって思ってました?」
「いいや、ダメって思ってたっていうか…本当に今の今まで気づいてなかったんだよ」
すべての手本となった父親の正蔵が一種類の塩を塩ダレとして使っているのを見ていた幹太は、そもそも最初から塩と塩をミックスするという発想がなかったのだ。
「…んっ?けど、グルタミンなんかは塩と混ぜることがあるんですよね?」
アンナの言う通り、今しがた幹太は自分でそう言っていた。
「あぁ、でもあらかじめ混ぜておくわけじゃなくて、一つの器に別々に入れるってやり方なんだ」
「あ…向こうの味噌ラーメンのすりごまみたいなものですか?」
幹太が東京の屋台を出していた味噌ラーメンは、どんぶりにスープを入れる前に味噌ダレとすりごまを別々に入れていたのだ。
「うん。まさにそんな感じだな。
だから教えてくれてありがとう、ゾーイさん♪」
幹太はゾーイを持ち上げたままクルクルと回る。
「フフフッ♪どういたしましてです♪芹沢様♪」
そして翌日の姫屋の営業後、幹太とアンナは姫屋のキッチンで再び試食を始めた。
「そんじゃさっそく塩!混ぜてみっか!」
昨晩、ゾーイのおかげで新たな塩ラーメンの可能性に気がついた幹太は、仕事の後だというのにテンションブチ上がりだった。
「けど、どうやって組み合わせを考えるんです?」
もはやラーメン絡みでテンションの上がった幹太に慣れてしまったアンナは、特に何も気にせず話を先に進めた。
「ん〜?とりあえずはスープと同じように考えて…」
「そのまま足した味になるってやつですか?」
「そうそう。アンナに教えてたっけ?」
「教えられたというか…幹太さんがそう話していたのを覚えていたという感じですね♪」
「そっか…まぁ塩で同じになるかはわからないけど、とりあえずやってみよう」
「ハイ♪」
「んじゃ、まずはどれにしょっか?」
「私、ブリッケンリッジのお塩とどれかを混ぜてみたいです♪」
「お、じゃあ最初にものすごく味の違う二つをブレンドしたらどうなるか試すってことで、ブリッケンリッジ産の塩とサースフェー島の塩でどうかな?」
「やってみましよう♪
フフフッ♪なんだか楽しいですね、幹太さん♪」
「あぁ、化学の実験みたいで、なんかちょっとワクワクするよな♪」
幹太はブリッケンリッジの塩とサースフェーの塩を小皿の上で混ぜ、大さじ一杯弱ほどをどんぶりの中に移した。
「んで…これにウチのスープに入れて〜完成っと」
完成したスープは、薄く茶色がかった透明なスープだった。
「幹太さん、今回はどんぶりで試食するんですか?」
「うん。そろそろ入れる塩の量も決めないとだから、お客に出す量で試食しょうと思ってさ」
「あ、なるほど♪
でしたら…ちょっと待ってください」
そう言って一度屈んだアンナは、調理台の下に置いてある麺の入った木箱を持って立ち上がった。
「どうせですから、麺も入れてみませんか?」
「おぉ!そうだな」
そうして茹で上がった麺もスープに入れ、二人は試食をした。
「ん〜?美味しいですけど、あまり変化はない…って感じじゃないですか?」
「だな。大部分はブリッケンリッジの塩の味って感じがするな…」
「はい。大部分は…けど、ちょっとだけ味が弱い…いいえ…薄っぺらい感じ…?」
「おぉ!ナイス表現、アンナ!
うん、薄っぺらい…まさにそんな感じだ!」
「つまり、やっぱり足した味になるんですね?」
「みたいだな。
そんじゃ麺はどうかな?」
「そうですね。食べてみましょう」
そして二人は麺を啜る。
「う〜ん…余計ブリッケンリッジのお塩が際立ちますか?」
「うん。まだ出汁だけの方が変化がわかりやすかったな…」
「けど、麺はこれでも十分合う感じです」
「うん。アンナがいつもの醤油ラーメン用に作ってくれてるからだと思うけど…」
アンナが姫屋の屋台用に作っている麺は、ここブリッケンリッジのご当地ラーメンであるサイコロ角煮の豚骨醤油ラーメンに合わせて作ったストレートの細麺である。
基本的に醤油ラーメンに合う麺は、塩ラーメンとも相性が良いのだ。
「ですけど、まだまだ改良の余地はありそうです…」
そう言って、アンナは目を瞑りながら麺を味わう。
「よし!そんじゃこのまま続けてみよう」
「次はどうしましょう?」
「昨日と同じ感じで、まずはどちらかを残して新しいのと組み合わせるってのはどうかな?」
「それで全部合わせてみたら、次にもう一つと組み合わせるんですね?」
「そう」
「では、まずはブリッケンリッジの方を残して味見してみましょう」
「そんじゃ次はブリッケンリッジの塩とレイブルストークの塩を混ぜてみよう」
「私とクレアの町ですか…ちょっと複雑な気分です」
「ブッハッ!」
アンナの一言を聞いた幹太の頭の中では、なぜか青と赤のドレスを着て手を取り合う二人の姿が浮かんでいた。
「ハハッ♪けど、本当に仲はいいじゃないか♪」
「…それは認めますけど、できれば結婚式のラーメンには他の組み合わせがいいです…」
「まぁそう言わずに、とりあえずやってみないか?」
そう言って、幹太は優しくアンナの頭を撫でた。
「わ、わかました…美味しいラーメンのためならそのぐらい我慢のします」
「ありがとう、アンナ♪
そんじゃあレイブルストークの塩とブリッケンリッジの塩のミックス!
いってみよー!」
「おー♪」
幹太は先ほどと同じように同量の二つの塩を混ぜて、適量をどんぶりに移してスープを注いだ。
「麺も上がりました〜♪」
そしてそこにアンナが麺を入れる。
「よし。アンナ、食べてみよう」
「はい。では…」
二人はゆっくり味わうようにして、ほぼ一杯のラーメンを食べきった。
「…どうかな?」
「…お、美味しいです」
「だよな…コレ、けっこうイイ線いってるよな?」
「えぇ…残念ながらかなりイイ感じです。
レイブルストークのお塩の荒々しい塩っからさが、ブリッケンリッジのお塩と混ざることでより一層刺激的になってますね」
「うん。塩ダレでここまでのスープに負けないってのはなかなか無いよ。
俺はこのぐらい塩っからさにパンチが効いててもいいと思う」
「で、では次に!次にいきましょう!」
下手をするとこれで決まりかねないと思ったアンナは、素早く次の塩を手に取った。
「次はコレとコレですっ!」
「えっと…ブリッケンリッジとジャクソンケイブ…ってことは、どっちもこの国の塩だな」
「えぇ…正直この国の王女としては、食べる前からこの組み合わせでいきたい気分です」
「う、うん。その気持ちはわからんでもないけど、とりあえず試食してからな」
そうして幹太は再び二つの塩をミックスしてスープを作り、アンナの茹でた麺と合わせた。
「そんじゃいただきます!」
「いただきます♪」
幹太とアンナは時よりスープを舌の上で転がしたり、ゆっくりと麺を噛み締めたりしながら、今回もほぼ全ての麺とスープを食べ切った。
「幹太さん…」
「アンナ…」
と、二人はお互いの名を呼びながら見つめ合う。
「コレじゃないか?」
「コレじゃないですか?」
そう言い合うと同時に、見つめ合う二人は満面の笑みを浮かべた。
「やっぱりですかっ♪
これは私の願望がそうさせたわけじゃないんですね?」
「大丈夫。俺もこれが一番だと思う」
そう言いながら、幹太はどんぶりの底に残ったスープを飲み干す。
「うん…ブリッケンリッジの尖った塩の味と、優しいけど力強いジャクソンケイブの塩の味がうまい具合に合わさってる気がするな…」
「そうなんです♪
レイブルストークのお塩と合わせた時と同じぐらいきっちり塩味がするのに、それでいて角が取れてる感じです♪」
「けど、単独の味でいったらブリッケンリッジの塩よりリーズ産の塩の方が美味しかったのに、ジャクソンケイブの塩と混ぜるとこっちの方が美味しいなんて不思議だよなぁ〜」
「それって、塩湖のお塩のおかげですかね?」
「うん、そうだと思う。
やっぱりジャクソンケイブの塩湖は凄かったんだな…」
「優しくて力強い…まるでソフィアさんみたいですね、幹太さん♪」
「あぁ、なるほど…だからソフィアさんはあんな風に素敵な人なんだな…」
「ですね♪
ソフィアさんも塩湖のお塩も、バルドグラーセン山脈の雄大な自然の中で育ったからこそ、今のように優しく力強くなったんだと思いますよ♪」




