第191話 恥ずかし乙女
引き続き閑話的なお話です。
よろしくお願い致します。
「ゆ、由紀、ちょ、ちょっと待った!」
しかし、屋台村のある広場に着く寸前、亜里沙は由紀を引き止める。
「お前、もしかして手伝うつもりか?」
「え?そうだけど…」
この時、由紀は亜里沙の案内をしていることをすっかり忘れていた。
「もしかして…ソフィアさんもそのつもり?」
と、亜里沙は振り返るがそこにソフィアはいない。
「えっ!ソフィアさん!?」
「亜里沙、あっちあっち…」
「へっ?」
亜里沙は再び振り返り、由紀の指差す方を見た。
「はーい♪いらっしゃいませ〜♪」
とそこには、すでにエプロンを着けてお客の注文を聞くソフィアがいた。
「ソフィアさん、ありがとう」
と、幹太は大量のどんぶりにタレを入れながらソフィアに礼を言う。
「いえ〜♪様子を見に来てよかったです〜♪」
「ハハッ♪まさかこんなに忙しくなるとはな♪
ありがとよ、ソフィアちゃん♪」
亜里沙と由紀は、そんな姫屋の様子をしばらく屋台村の入り口から見ていた。
「あ!私、亜里沙を案内してるんだった!」
「…思い出してくれて良かったよ」
「ご、ごめんね、亜里沙」
「それでどうする?芹沢のとこ寄ってくのか?」
「う〜ん、お昼はそうしようと思ってたんだけど…これじゃあね」
先ほどの行列を見る限り、まだまだ姫屋は忙しそうだ。
「うん…できれば私もラーメン以外がいい」
というより、こちらに来て最初の外食がラーメンというのは悲しすぎる。
「う、うん…そりゃそうだよね」
「っていうか由紀って、この街のいいとことか知ってんの?」
「…あれ?あんまり知らないかも?」
「…やっぱりかよ」
亜里沙は由紀が案内をかって出てくれた時点で、なんとなくそうじゃないかと思っていた。
そもそも毎日王宮で仕事をしている由紀は、この市場ぐらいしかブリッケンリッジの名所を知らないのだ。
「由紀って東京にいる時から流行りものとかに興味なかったし…」
「大丈夫だよ、亜里沙♪
どっちにしろここはもう異世界なんだから♪」
「まぁそういうことにしとくか…」
「うん♪
じゃあまずはこの市場から見てみよっか♪」
さすがの由紀も、親友を放ってまで幹太を手伝うことはないらしい。
「あぁ」
亜里沙と由紀は姫屋のある屋台村を離れ、商店の並ぶ市場の狭い通路を歩き始めた。
「私、こういう市場って初めてかも…」
両手を頭の後ろで組みながら、ブラブラと由紀の隣を歩く亜里沙は、通路の両側に並ぶ様々な店舗を見ながらそう呟く。
「そうそう♪最初に来た時に色々な街に行ったけど、こっちってデパートみたいなおっきなお店がないの。
どこに行っても買い物するのは個人の商店とか、こういう市場だったんだよ♪」
「そっか、だから洋服なんかもここで売ってんだ」
と、亜里沙は鮮やかな色彩の服が吊るされた店の前で立ち止まった。
「そういえば…亜里沙、服ないんじゃない?」
「あ!そうじゃん!
着替えもないし、お金もぜんぜんない!」
混乱していて気がつかなかったが、よく考えてみれば亜里沙は昨日から下着すら替えていない。
その上、財布も日本の幹太の家にバックごと置いてきてしまったため無一文である。
「あったとしても日本のお金はこっちじゃ使えないよ」
「うわ〜どうしよう!」
と、亜里沙は珍しく不安そうな顔で由紀の腕を握った。
「大丈夫♪服はアンナがなんとかしてくれるよ♪」
「けど…アンナが貸してくれる服ってフリフリだったりしない?」
「あ〜どうだろ?
アンナ、最近日本で買った服ばっかり着てるからなぁ〜」
幹太や由紀は知らない事だが、アンナは最初に日本に来るまで、本当に毎日お姫様っぽいドレスを着て生活していた。
「えっ?じゃあ由紀の時はどうしてたの?」
亜里沙が聞いた話では、自分と同じく由紀も準備なくこちらの世界に来たはずだ。
「私?私は部活のバックも一緒だったからポロシャツとか下着とかあったし、あとはシャノンの軍服のブラウスとかスカートとか借りてたよ」
「だ、だったら私もシャノンさんの服…って、ダメか…」
亜里沙は由紀やシャノンよりも背が高く、線が細い。
「うん。たぶん亜里沙がシャノンのスカート穿いたら、すっごいミニになっちゃう」
日本人にしては珍しく、亜里沙の脚は付け根から膝までがかなり長い。
もし亜里沙がシャノンの普段穿いているスカートを穿いたとしたら、膝上が下着ギリギリまで見えてしまうだろう。
「背だけならソフィアさんと同じぐらいだろうけど…」
「そうだよ!ソフィアさんの服なら…」
亜里沙は先ほどソフィアが着ていたブラウスとロングスカートという服装なら、自分でもなんとかなると思った。
「けど、胸が…あっ!」
うっかりそこまで口走ってしまった由紀は、思わず口を押さえる。
「…そうだね。とりあえず私、芹沢にお金借りてくるわ…」
亜里沙は死んだ魚のような瞳で姫屋に向かい、しばらくして戻ってきた。
「なんか芹沢…売り上げ全部くれたんだけど…」
それは一切感情の感じられない表情をした亜里沙から、全ての事情を聞いた幹太の精一杯の優しさだった。
「じゃ、じゃあとりあえず下着から行こっか?」
「うん。私…あんまりおっきくないけど大丈夫かな?」
亜里沙は悲しげに自分の胸を持ち上げながらそう言って、自分の倍はあるであろう由紀の双丘を見つめる。
「だ、大丈夫だよ亜里沙!
アンナだってぜんぜんないし!」
最近クレアにバストサイズを抜かれたアンナは、この世界で一番オッパイが小さい。
「……」
「ご、ごめん…」
「いや、いいよ。
てか、こっちの下着って私たちの世界と一緒なの?」
「一緒だよ。私たちの世界の高級ランジェリーって感じだけど…」
「そりゃ良かった」
そうして由紀と亜里沙は、市場や街のあちこちでさんざん買い物をして王宮へと戻った。
「いっぱい買えたね♪」
「あぁ。付き合ってくれてありがとな、由紀」
「フフッ♪そんなにたくさん何を買ってきたんです?」
二人にそう聞いたのは、亜里沙の様子を見に客間を訪れたアンナだ。
「亜里沙のお洋服だよ」
「そうでした!すみません、亜里沙さん。
私、用意するのを忘れてしまって…」
「けど、私が着れるような服は…」
「はい♪たくさんありますよ」
「あ、やっぱりそうだったの?」
「もちろんです♪
それにここには仕立て職人もいますから、もし合わなかったとしても作れます♪」
「そっか…でも、芹沢にお金借りて買ったから大丈夫だよ」
「へっ?幹太さんにですか?」
「あぁ。私、こっちのお金持ってないからさ…」
「そうだ亜里沙、幹ちゃん、さっきお金返さなくていいって言ってたよ♪」
「えっ?本当に?」
「うん。迷惑かけちゃったお詫びだって」
「えー!羨ましいです、亜里沙さん!」
「あ!私も幹ちゃんにお洋服買ってもらったことないかも!」
「き、緊急事態なんだからしょうがないだろ!」
もしも今日新しい下着を買えなかったら、亜里沙は同じパンツを裏返しにして穿く覚悟だった。
「決めた!
ねぇアンナ、私たちも幹ちゃんにお洋服買ってもらおうよ♪」
「いいですね♪そうしましょう♪」
しれっと賛成しているが、アンナは最初に日本に行った時にすでに幹太に服を買ってもらっている。
「それで、今日はどんなお洋服を買ったんです?」
と、アンナは近くにあった紙袋を覗いた。
「ちょっ、それは…」
「わっ!すっごいっ!」
アンナはそう言いながら、中にあったヒモのような物を引っ張り上げる。
「あ…亜里沙さん?これは…?」
「な、なんか勧められちゃって…」
アンナが手にしているのは、赤いレースで作られている大事なところ以外が、黒いリボンのようなヒモで繋がっているショーツだった。
「け、けどこれって…明らかに誰かに見せるための下着ですよね?」
「…たぶん」
「亜里沙さん?まさか…」
「いや!芹沢に見せるためじゃないからっ!」
「で、ですけど…こちらの世界で幹太さん以外に男性の知り合いは…」
「えっ!そうなの亜里沙!?」
「だからちがうって!
ちょっとボーッとしてる間にお店の人に買わされちゃったのっ!」
環境の変化に疲れていた亜里沙は、今日の散策中も何度か眠気に襲われていたのだ。
「あ〜確かに疲れてそうだったもんね」
「だ、だろ」
「そうですか。でしたら…これ、ちょっと付けてみてくれませんか?」
アンナはそう言って、ビンッと亜里沙の顔の前で大人パンティを広げる。
「でしたらってなんでよっ!?」
「あ♪私もちょっと見てみたい♪」
「ゆ、由紀まで…」
「お願いです亜里沙さん♪」
「お願い亜里沙♪」
これから新婚生活が始まるアンナと由紀は、亜里沙の買った大人な下着に興味深々だった。
「…わかったよ」
後から考えれば、そんな二人の要求を受け入れてしまうほどこの時の亜里沙は疲れ切っていたのだ。
そして十分後、
「ど、どうかな…?」
裸よりもエロチックな下着を身につけて、真っ赤な顔の亜里沙はバスルームから出てきた。
細くて白い体を最低限隠している赤と黒のランジェリーは、荒っぽい印象のある亜里沙を、妖艶で色気のある女性に変えていた。
「亜里沙…綺麗…」
「は、はい…とっても綺麗です」
と、そんな亜里沙の姿に二人は息を呑む。
トントン!
とそこで、客間の扉をノックする音が響いた。
「おーい!由紀〜!臼井さ〜ん!
市場でスイカみたいな果物買ってきたから食べないか〜?」
どうやら扉の外にいるのは、今日の亜里沙の様子を見て心配になった幹太ようだ。
「せ、芹沢っ!?」
「幹ちゃん!ちょ、ちょっと待って!いま…」
「か、幹太さんっ!」
「おっ♪その声はアンナもいるのか?多めに切ってきたから一緒に…」
と、喋りながら笑顔で扉を開けた幹太は、どエロい下着を身につけた亜里沙を見てビキっと固まった。
「キャー!」
一瞬で羞恥の限界を突破した亜里沙は、目をつぶって俯いたまま幹太を力いっぱい突き飛ばす。
「プペッ!」
固まった状態で受け身も取れずに倒れた幹太は、思いっきり後頭部を床に打ちつけて気を失った。
「か、幹ちゃん!?」
「幹太さんっ!?」
「待ってって…由紀が待ってって言ったのに…バカ…」
亜里沙はスイカまみれで気絶する幹太に馬乗りになり、涙目でしばらく彼の胸を叩いていた。




