第183話 葛藤
次のお話に合わせて、少し内容を改訂いたしました。
そして出発の日。
幹太たちはギリギリまで出発の準備に追われていた。
「叔父さんのキッチンワゴンを置いてくのは、ちょっと寂しいな…」
「すみません、幹太さん。さすがに大きすぎて…」
幹太が叔父からもらったキッチンワゴンは、クイックデリバリーという宅急便でよく使用される車種である。
さすがのアンナとはいえ、その大きさのものを転移させるのは無理だったようだ。
「いや、こっちに帰って来た時に屋台がないと不便だし、それで良かったんだよ」
「はい♪」
「おはよー!二人は準備できた?」
と、元気よく芹沢家の庭にやって来たのは由紀だった。
「ていうか、由紀さんはそれだけですか?」
ラクロスの遠征や試合などで旅慣れている由紀は、人生最大の引っ越しにも関わらず小さめのスーツケースを一つ持っているだけだった。
「えっ!少ない?
これでもお母さんに色々持ってけって言われてずいぶん増えたんだけど…」
「まぁ長いこと暮らすんだったら、結局向こうのもので生活しなきゃいけなくなるしな」
そう言う幹太も、荷物は足元に置いてある大きめの旅行カバン一つであり、食材などは限られた物しか持ってきていない。
「他のみんなはどうしたの?」
「ソフィアさんとシャノンはあそこです」
と、アンナが指さす先には、麻紐と木の棒を使って地面に大きな円を描いているシャノンとソフィアがいた。
「クレア様とゾーイさんは?」
そう言って、由紀は庭を見回すが二人の姿はない。
「あ〜クレア様は…」
と、幹太が言いかけたところで、車庫の中からリアカーを引いたクレアとゾーイが出てきた。
「ちょっと幹太!ボーっと見てないで手伝ってちょうだい!」
「あぁ、はいはい」
幹太はクレアたちに駆け寄り、二人が曳くリアカーの後ろに回って押し始める。
「アンナ…あれって全部資料?」
「そうみたいですね…」
「一緒に送れる?」
「…絶対ムリです」
「だよね」
そしてアンナは、そんなデカいものは持って帰れないと汗だくになったクレアに告げた。
「ウソでしょ!?どうして早く言ってくれなかったのよっ!?」
「クレア…あれだけ魔石を節約していたのですから、ちょっと考えればわかりませんか?」
「えー!人と荷物は違うんじゃないの!?」
いつもは聡明な紅姫も、欲が絡むとちょっぴりおバカになるらしい。
「とりあえずそんなには持っていけませんからっ!
いいですね、クレア?」
「はーい。わかったわ、じゃあこれだけにする」
クレアが手にしているのは液晶タブレットだった。
「ク、クレア様…それは?」
そう聞いたのは、汗だくでリアカーに寄りかかるゾーイだ。
「ん〜、私もよく分からないんだけど、なんだかこの中にこの資料がぜーんぶ入ってるんだって♪」
「えぇっ!本当ですか?」
「クレア様、ちょっと見せて貰っていいですか?」
「はい。いいわよ♪」
由紀はクレアからタブレットを受け取ってホーム画面を開き、ファイルのアイコンをタップする。
「た、確かにめちゃくちゃたくさん資料が入ってる…」
アプリの中には、数ページに渡って大量のファイルが保存されていた。
「けどクレア様、これどうしたんですか?」
クレアのタブレットはノートパソコンほどの大きさがあり、明らかに耐衝撃、耐水のカバーがつけられていた。
「えっ?五郎にもらったんだけど、由紀は聞いてないの?」
「あぁ、やっぱり…」
由紀はその見た目から、このタブレットが父の物ではないかと思っていたのだ。
「えぇ。こっちのことを調べるならって、お仕事で使ってたのをくれたのよ」
「お父さん、なにしてんの…」
つまり下手をすると、自衛隊の備品ということもあり得るのだ。
「それでね、増えちゃった資料をどうしようか相談したら、五郎のお友達が全部この中に入れてくれたの。
すっごい助かっちゃた♪」
五郎はそのために、自分の部隊の人間を総動員していた。
「あ、でも向こうで電源はどうすんだ?」
幹太も由紀も一応携帯を持ってきてはいるものの、向こうにいる間は充電できないだろうと考えていた。
「そうそうジュウデンね♪
それならこれでできるって聞いたわ♪」
クレアはリアカーの荷台乗せたバックから、折り畳み式のソーラーパネルを取り出した。
「あぁ〜その手があったか!」
「うん!ぜんぜん気づかなかったね、幹ちゃん!」
大きなものは向こうに持っていけないだろうが、タブレットを充電するくらいのソーラーパネルならば手荷物程度で済む。
「クレア様、でしたらなんでこんなに紙の資料を?」
ゾーイは思わずそう聞いた。
なぜなら彼女は、数日前からこの山のような資料の分類や積み込みを手伝わされていたのだ。
「だって、壊れちゃったら大変でしよ?
それにこの中の資料だって、向こうに戻ったら全部手書きで写すつもりだし…」
「こ、これを全部…?」
「そうよ。大変だけど、ゾーイも手伝ってちょうだいね♪」
「…はい」
ゾーイはそそり立つ資料の山の前で、がっくりと項垂れた。
「と、とりあえずこれで全員揃ったね、アンナ」
「ほぇ?亜里沙さんと澪さんはどうしたんです?」
「あ〜見送りに来るって言ってたけど…」
由紀は振り返り、芹沢家の外を見た。
「あ!来たっ!」
ちょうどその時、柳川家の角を曲がって亜里沙と澪が現れた。
澪の前を歩く亜里沙は、昼前だというのに何故かとても眠そうである。
「おはよ…」
「おはよう、亜里沙」
「おはようございます、亜里沙さん。
もしかして…昨日は澪さんと一緒に?」
「あぁ。励まそうと思って澪んとこに泊まったんだけど、ぜんぜん必要なかったみたい…」
昨晩、色々と心配して澪の家に泊まりに行った亜里沙だったが、結局一晩中延々と幹太との昔話を聞かされただったのだ。
「お、おはよう。アンナちゃん、由紀ちゃん」
「うん。おはよ、澪」
「おはようございます、澪さん」
「いよいよなんだね…」
そう言って、澪は車庫にリアカーを戻している幹太を見た。
「あの澪さん…」
「アナー!そろそろこっちに来て確認を!」
と、アンナがなにかを言いかけたところで、魔法陣を描いていたシャノンがそう声をかけた。
「い、今行きます!」
「アンナちゃん、私に何か…」
「…すみません澪さん、とりあえずまた後ほど」
アンナはそう言って、魔法陣のある庭の中心に駆けていく。
「あら、魔法陣が描けたのかしら?
だったら起動する前に見に行くわよ、ゾーイ」
「は、はい」
と同時に、それを見たクレアとゾーイも魔法陣の方へと走って行った。
「こりゃ、まだしばらくかかりそうだな…」
「うん。前回もけっこう時間がかかってたから、今回もそうだと思う」
亜里沙の言葉にそう返事をしたのは、車庫から戻って来た幹太だ。
「芹沢は向こうに行かなくていいの?」
「うん。魔法のことは俺と由紀にはわかんないから、ジャマにならないように離れとくよ」
とそこで、首に下げたタオルで汗を拭う幹太のTシャツの裾を澪が引っ張った。
「せ、芹沢君…」
「広川さん…見送りに来てくれたんだ」
「うん」
「ありがとうな♪」
幹太は笑顔でそう言って、目の前に立つ澪を優しく抱きしめた。
「あ…芹沢君…」
「広川さん…俺、広川さんにはずっと大事にしてもらってたって、ようやく気づいたんだ…」
それは先日、亜里沙に澪をどう思っているか聞かれた日のこと。
「それに俺にとっても広川さんは大事な人だった…」
幹太は今の自分があるのは、澪のおかげであるとわかったのだ。
「け、結婚ってわけにはいかないけど、広川さんは本当に大切な幼馴染なんだって思ってる…」
「…うん、うん」
澪は幹太の背中に手を回し、涙を流しながら頷く。
「…私だって何より芹沢君が大切だよ。
だからどんな形でも大丈夫。
私はこれからもずっと、ずーっと芹沢君が大好き…」
そう言って、澪はより深く幹太の胸に顔を埋めた。
「あぁ。ありがとう、広川さん…」
「わ、私も澪が大好きだよ!」
二人を丸ごと抱きしめながら、涙を流してそう叫んだのは由紀だった。
「うん♪私も由紀ちゃん大好き…」
「おいおい♪だったら私はどうなんだよ?」
亜里沙はそんな三人に、必死で涙を堪えながら抱きついた。
「なに言ってんの!亜里沙も大好きに決まってるじゃん!」
「亜里沙ちゃんも大好きに決まってるでしょ!」
「臼井さん!好きだ!」
感情が昂りすぎた幹太は、勢いで大事な部分をめっちゃ端折った。
「ちょ、芹沢…本気なの?」
幹太からのまさかの告白に、亜里沙は乙女丸出しでそう聞いた。
「芹沢君?」
「幹ちゃん…?」
実を言うと、恋愛的意味ではないにしろ幹太が女性に直球で好きだと言ったのはこれが初めてである。
「ご、ごめん!友達としてって意味だったんだけど…」
「あ、あぁ〜まぁそりゃそうだよな…アハッ♪アハハ〜♪」
亜里沙は照れ隠しで笑いながら、真っ赤な顔をして幹太の背中をバンバン叩く。
「皆さーん!準備ができましたよー!」
とそこで、魔法陣の確認を終えたアンナが四人を呼んだ。
「お♪ついに魔法が見れるのか?」
「うん。ありゃすごいぞ、臼井さん」
亜里沙と幹太はいつもの調子で話しながら、アンナたちのいる方へと歩き始める。
「……」
「澪?」
「あ…な、なに由紀ちゃん?」
「大丈夫?」
「うん。たぶん…」
そう言って、澪は前を歩く幹太の背中を見つめた。




