第175話 さらなる高みへ
そしてその日の屋台の営業後、アンナの麺の試食会は始まった。
「なんだか久しぶりだねぇ〜♪
ね、シャノン?」
そう言ったのは、幼い頃からの指定席である芹沢家のカウンターの端に座った由紀だった。
「えぇ」
今晩の試食会には、シャノン、クレア、ゾーイの異世界組と由紀が、食べる側として参加している。
「けど幹ちゃん、麺は今のままじゃなくて大丈夫なの?」
「うん。そりゃ美味しくなるならぜんぜん問題ないよ」
「それもそっか…」
「それに、まずは食べてみないとな」
幹太は今回の麺の試食会用に、あらかじめ今日のスープを営業前に取り分けていた。
「ちょっと待って…これって全部アンナが作ったの?」
「アンナ様、すごい…」
と、三種類の麺が入った麺箱の前で驚いているのは、クレアとゾーイである。
「すみませんソフィアさん、今日は屋台も手伝ってもらったのに…」
「大丈夫ですよ〜アンナさん♪」
こちらの世界で働くのも楽しかったですから〜♪」
そう言いながら、ソフィアは今回の試食用のどんぶりを調理台の上に並べていた。
「ソフィアさん、すっごい人気でしたからね♪」
アンナは今日の営業で、一度屋台の前を通りすぎた男性が、明らかにソフィア目当てで戻って来るのを幾度となく目撃していた。
「あ…でも、私の時はそんなことないんですよね…」
そう言って、アンナはため息を吐く。
「いや、そんなことないぞ」
「へっ!本当ですか?」
アンナはガバッと振り向いて、隣でスープをかき混ぜていた幹太の腕に縋り付いた。
打ち粉がついたままの手でアンナが腕を掴んだため、幹太の二の腕は真っ白になっている。
「本当、本当。
アンナが一緒に働いてくれるようになってから、だいぶ女の子のお客が増えたからなぁ〜」
「あ〜確かにアンナってそんな感じだよね♪
同じ王女でも、クレア様とはファン層が違うっていうか…」
由紀の言う通り、綺麗だが可愛くもあるアンナは、異性だけでなく同世代の女子にも人気がある。
そして、アンナより見ためが幼く、苦労人のクレアは、親世代の男女に人気があるのだ。
「アナ、そろそろ始めませんか?」
「はい。では皆さん、よろしくお願いしますね♪」
シャノンに促されたアンナは、ペコッと頭を下げて、最初の麺をグツグツと沸き立つお湯に投入した。
「なんか元々のとは違った麺だったな?」
スープに気をとられてあまりよく見ていなかったが、幹太は今の麺がいつもの麺より黄色っぽいことに気がついた。
「はい。最初は変わったものと思いまして…」
そう返事をしつつも、アンナはタイマーから目を離さない。
「はい!完成です♪」
そして数分後、お茶碗ほどの小さなどんぶりに入ったアンナのラーメンが皆の前に並んだ。
「「「「「「「いただきまーす」」」」」」」
カウンターに座った女性陣と幹太は、さっそくラーメンを食べ始めた。
「あら、美味しいじゃない♪」
「はい♪
太い麺でもラーメンって美味しいんですね♪」
まずはクレアとゾーイが、そう感想を口にした。
「これは…モチモチの食感がたまりません」
次にシャノンが、一気に麺を啜った後にそう言う。
「…けど、これってどっかで食べた気がするなぁ〜」
モグモグと麺を噛みながら、由紀は記憶を辿った。
「由紀、たぶん調布の…」
「あ!喜多方ラーメンだっ!」
幹太と由紀の住む吉祥寺からバスで二十分ほどの調布には、坂内という喜多方ラーメンの店がある。
「えっ?そうなんですか…?」
しかし、どうやら当のアンナには、喜多方ラーメンの麺を作ったつもりはないようだ。
「へっ?アンナ、喜多方ラーメンを参考にしたんじゃないの?」
そう聞きながら、幹太は箸で麺を持ち上げる。
モチモチと水分が多く、かん水の黄色が鮮やかな縮れ太麺は、喜多方ラーメンによく使われる麺である。
「はい。だって私、キタカタラーメンって知りませんし…」
「えぇっ!そうだっけ!?」
そうなのだ。
東京やこれまでの旅で色々なラーメンを食べてきたアンナであるが、喜多方ラーメンはまだ食べたことがなかった。
「そっか…俺、連れてってなかったか?」
「はい♪
でも、こういう麺のラーメンもあるんですね♪
やっぱり日本はすごいです♪」
と、アンナは笑顔で言うが、
『お前の方がスゲェわ!』
と、この場いるほぼ全員が思っていた。
「まぁウチのメインは喜多方と同じ醤油ラーメンだし、合わないわけはないよな」
こちらの世界の幹太の屋台のラーメンは、元寿司職人だった父、正蔵が屋台で出していたラーメンをベースに、彼なりの改良を加えたものである。
自分の店と同じ豚、鷄、煮干しなどを混ぜてスープを取る喜多方ラーメン定番のちぢれ太麺が、自分のラーメンと合うことは大体予想がつく。
「では、次に行きましょう」
そうして全員の評価をあらかた聞いたアンナは、次の麺を茹で始める。
「はい♪どうぞ〜♪」
ソフィアがカウンターに置いた次のラーメンは、微妙に幹太の屋台のラーメンと違っていた。
「あぁ…ストレートにしたんだな」
幹太はそう言いながら、調理台に置かれたラーメンの麺を一口すすった。
「正解です♪さすがです、幹太さん♪」
「そっか、さっきの水の少ない麺はこれだったのか。
けど、これは…」
「うん。あんまり美味しくないわね」
と、幹太の言葉を引き継いだのはクレアである。
「なんだかいつもより味が薄い?」
幹太のラーメンを誰よりも食べている由紀も、その違いに気づいた。
「だろうな。細いつっても、ウチのは縮れ麺だからさ、スープによく絡まるんだよ」
実を言うと、幹太は過去にアンナが作ったような細いストレート麺を自分のスープで試したことがあった。
「やっぱり、ウチみたいな鷄ガラが多めのスープだと、歯応えのいいストレート麺じゃちょっと物足りなくなるんだよなぁ〜」
「そうですか。でしたら、これはダメですね」
「うん。そうだな。ウチの屋台じゃダメだけど…」
「けど、なんです?」
「…まぁ麺の試食をやってからにしよう」
「はい。では次にいきましょう♪」
そうしてアンナは、最後の麺を茹で始めた。
「見ためは全く同じじゃないか?」
隣の寸胴鍋の中でぐるぐると回る麺を覗きながら、幹太はアンナにそう聞いた。
「フフッ♪わかりませんか?」
「やっぱなんか違うのか?」
どうやら単純に工場の麺をマネして仕込んだのではないようだ。
「はい♪ではソフィアさん、いきますよー!」
「はい〜♪」
アンナは素早く湯切りをし、ソフィアが用意したスープの張られたどんぶりに麺を移した。
「はい♪召し上がってみて下さい」
「お、おぉ…?これ、ぜんぜんわかんないぞ?」
そうして出来上がってラーメンは、毎日作っていた幹太の目から見ても、これまでの自分の屋台のラーメンの麺となんら変わりがないように見える。
「ちょ…ちょっと色が違うか…?」
「あ!美味しい♪」
と、幹太がじっくり麺を観察しているうちに由紀が声を上げた。
「モグモグ…うん♪これ美味しいじゃない♪」
続いてクレアが、麺をよく味わいながらそう言う。
「本当だ。いつもの麺より美味い…」
遅れて食べた幹太も、二人と評価は一緒であった。
「なんか麺の味が強いけど、ウチのスープに合うっていうか…」
「フフッ♪それは良かったです♪」
どうやら麺の味は、アンナの狙い通りだったらしい。
「しかもこれ…かん水の匂いがぜんぜんしないぞ」
ラーメンの麺に絶対と言っていいほど必要なかん水には、独特の匂いがある。
人によってはアンモニア臭とも感じるその匂いを消すために、あっさりしたスープで作る昔ながらの東京ラーメンの店では、麺の匂い消しのためにお酢が置かれている場合もある。
「えぇー!マジかっ!?こんなことって出来るのかよっ!?」
いくら麺工場に好みを伝えて作ってもらっているとはいえ、世の中のほとんどのラーメンにあるかん水の匂いを消してもらうことなど不可能だろうと、幹太は当たり前のように思っていた。
「…アンナ、この麺、どうやって仕込んだんだ?」
自分が持てる全てを使ったとしても、今の幹太にこの麺は作れない。
アンナの麺打ちの技術が自分を上回っていることにはとっくに気づいていたが、まさか不変と思っていたラーメンの常識を覆すほどとは夢にも思っていなかったのだ。
年内の更新はここまでになります。
今年も一年ありがとうごさいました。
これからも応援、評価などよろしくお願い致します。
では皆様、良いお年をお迎えください。




