第十九話 告白
宿に帰った幹太とアンナは翌日の仕込みを終えて、部屋に戻っていた。
二人は機嫌良さそうに、並んでベッドに腰掛けている。
「このままの売り上げが続けば、定期船が復活する頃にはお金はなんとかなりそうだな」
「はい♪えっと…私達と屋台の分の船代。
あとは…そうですね、宿代もちゃんと支払えそうです♪」
アンナの話によると、この世界の旅客船の運賃は日本のフェリーよりだいぶ高額なようだ。
幹太とアンナと屋台で千シルバ。
日本円で十万円ほどかかるのだと言う。
宿代は日本の宿とあまり変わらないが、だいぶ長いこと泊まっているため、そちらもなかなかの額になっていた。
「いや〜疲れた…。今日はすぐに寝ちゃいそうだ」
「ずっと頑張ってくれてましたもんね、幹太さん」
このところの幹太は、夜も遅くまで厨房でラーメンの研究をしていて、まともな睡眠が取れていなかった。
「ですけど、さっきルナさんから、今晩は新ラーメンの成功を祝って食事会を開いてくれるって言われましたよ♪
まだちょっと頑張らないといけませんね♪」
「そっか、そりゃありがたいな。
そんじゃもうちょっと頑張ろう。
よいしょっと…」
幹太が立ち上がろうと腰を上げたところで、アンナが彼の腕を掴んで止めた。
「んっ?どした、アンナ?」
幹太が振り返ると、アンナは耳を真っ赤にして俯いている。
「あ、あのですね…、食事の準備にまだ時間がかかるようなので、もうちょっと部屋で休んでいきましょう」
そう言って、アンナは座っている自分の膝をポンポンと叩く。
『いやポンポンって!膝枕するってか!?本物の枕がそこに…』
しかし、そう思いつつも幹太はアンナの太ももから目が離せない。
アンナは何も言わず、下を向いて黙ったままだ。
『アンナさーん!あなたまだ着替えてないのですよ!
モモが…太ももが全部でちゃってま〜す!』
アンナは先ほどまでのショートパンツ姿のままなので、必然的に幹太の頭は、彼女の生足に乗ることになる。
『い、いいのか…?アンナはお姫様なんだぞ…』
幹太は必死で誘惑と戦っているが、なぜか身体がアンナの太ももの方に傾いていく。
『ふぁ〜気持ちいい…』
そして、すぐに幹太の頭はアンナの膝の上に乗った。
彼もやっぱり普通の男の子なのだ。
『あーダメだ。これはもう起き上がれない…』
幹太は目を閉じ、アンナに身を委ねた。
アンナはそんな幹太の髪を優しく撫でながら話す。
「…幹太さん、お疲れさまでした。
私のためにここまで頑張っていただいて…。
私、なにをお返ししたらいいですか?」
「うーん…お返しもなにもお互いさまだからね。
気にしないでいいよ…」
幹太はすでにウトウトしてきていた。
「そうですか…」
そう言ってしばらく考え込んだ後、アンナは再び話し始める。
「幹太さん、実は幹太さんに贈ったあの指輪は私の国で結婚の証となる物なんです」
アンナは遂にその事を幹太に伝えた。
「…最初は地球の世界に必ず戻ってくる証として渡しましたけど、今では幹太さんに本当の意味で受け取ってもらいたいと思っています」
それまで幹太の頭を優しく撫でていたアンナの手に、だんだん力が入り始める。
「私、ちゃんとお父様にお話します…た、大切な人ができたと。
元々、国の政治的なことは、留学しているお姉様がやる予定なんです。
で、ですからっ!私は幹太さんとずっと一緒にラーメン屋さんができたらいいなって!」
告白の恥ずかしさから、アンナの顔は真っ赤になっていた。
アンナが力任せにこねくり回したため、幹太の髪はもうグッシャグシャだ。
「だ、だから幹太さんっ!私と結婚を…って、あれ?幹太さん?」
とそこで、幹太があまりに反応しないのを不思議に思ったアンナは、視線を彼へと向けた。
「んぐぅ〜〜」
どの時点からかわからないが、幹太はぐっすりと眠っていた。
アンナの作戦はちょっとだけ成功して、ほぼ失敗したのだ。
「あーもうっ!幹太さんっ!」
アンナは幹太を揺さぶって起こしかけたが、すぐにその手がピタリと止まる。
「はぁ〜、まぁ仕方ありませんね。
まだまだチャンスはありそうですから、焦らずにいきましょう♪」
と、アンナはため息を吐いて、再ひ幹太の髪を優しく撫で始めた。
「ごはん〜♪ごっはん♪ばんごはん〜♪」
それからしばらく時間が経ち、リンネが二人を呼びに部屋にやってきた。
「幹太お兄ちゃん、アンナお姉ちゃん!ご飯だって〜!開けるよ。」
ガチャ!
「えー!!」
扉を開けたリンネが見たのは、うなされながら寝る幹太に、逆さまにしがみついて寝ているアンナの姿だった。
「それじゃ姫屋の開店を祝って!カンパーイ!」
「「「カンパーイ!!」」」
幹太の号令で始まった食事会は、前日のパーティー同様、大いに盛り上がった。
「よーし幹太っ!ジャンジャン飲むぞっ!」
「ニ、ニコラさん…俺はほどほどで…」
「今日の主役が何言ってんだよ!」
というのも、最初はなぜか大人しくしていた幹太が、ニコラに勧められたワインを飲んで豹変したのだ。
「幹太さん?大丈夫ですか?」
「ん〜あ、アンナかぁ〜」
最初のターゲットはアンナだった。
がっつり酔った幹太は、アンナと出会ってからこれまでを、集まった人たちに延々と語り始めたのである。
しかも、その時の自分の心情も込みである。
「倒れてるアンナを見たときは綺麗すぎで妖精かと思った…」
とか、
「お箸を不器用に使うのが可愛いかった…」
だのと、かなり明け透けに話していた。
「は、恥ずかしいですっ!」
もちろんアンナはみんなに散々からかわれ、一時はトイレに逃げ込んでしばらく出てこなかった。
次はリンネの番だった。
「リンネちゃんは賢いし可愛いっ!」
「誰のとこにも嫁には行かせないっ!」
など、幹太は完全におとん状態でリンネを褒めまくる。
「幹太お兄ちゃ〜ん…」
無邪気なリンネもさすがに恥ずかしかったのか、ルナさんの後ろに隠れてしまう。
そして、最後はルナだった。
「あなたのおかげで俺はここに居られるんです…」
と、なんだか最近聞いたことがあるセリフを言っていた。
「ちょ、ちょっと幹太ちゃん、旦那が見て…」
ルナもルナで、真剣に手を握り話す幹太にポーッと頬を染めてしまう。
「ははっ♪ルナ、酔っ払いのセリフを間に受けるなよ♪」
やはり海の男の器は大きいらしく、ニコラはニヤケ顔でルナにツッコミを入れていた。
それから数日後、
幹太とアンナのいるサースフェー島の対岸。
トラビス公国の町、ラークスの港では、シャノンと由紀が足止めをくっていた。
この港町に着くまでの二人の旅は、特にこれといった危険もなく、ずっと順調であった。
「はぁ…なかなか船が来ないね〜シャノン」
バシッ!
「ふっ!そうですね、由紀さん」
バシッ!
二人は海岸でラクロスをしていた。
「よっと!ナイス、シャノン!」
「なるほど、今の感じですね…はいっ!」
由紀とシャノンが使っている、クロスという長いラケットのような道具は、転移事故の際に由紀のバッグとともに巻き込まれたものだ。
「さすがに飽きてきたね〜シャノン」
「ですね〜由紀さん」
二人は簡単に言うと暇つぶしをしているのだ。
「私、この数日でこのクロスの扱いが上手くなった気がします」
「うん。シャノンはコツを掴むのが早いね〜。
このままこっち世界のラクロス第一人者になったらいいよ」
シャノンはクロスを見つめて、しばし考える。
「確かに…スポーツで発展もありですね。
由紀さん、あとで詳しいルールを教えてください」
「いいよー。もともとラクロスはネイティブアメリカンが昔からやってたスポーツだからね〜。
えーと、クロスは木と皮と〜あと紐があれば簡単に作れるよ」
由紀とシャノンは、数日前にこの町に到着していた。
そして到着後すぐに、シャノンと由紀は町の人々に聞き込みに向かった。
「サースフェー島にいるのは、アナと幹太さんに間違いなさそうですね」
「そうね。この世界でラーメンを出す屋台なんて、あの二人がやってるとしか考えられないわ」
幹太とアンナの情報はすぐに集まった。
この港町にいる漁師達は、サースフェーの市場に魚を降ろす事がある。
その漁師達が、ラーメンという料理を出す屋台の事を知っていたのだ。
彼等は麺類でなく、はっきりラーメンと言った。
「ただね…」
と、そこで由紀の瞳に闇が宿る。
「…やっぱりみんな夫婦の店って言うのよ。
しかも、なんだか子供がいるって話しまで…」
「ゆ、由紀さん…それはたぶん誤解ですよ…。
と、とにかく今は船を待ちましょう。
役所の話だと、今日の午後には新しい船が着くということでしたから」
不穏な気配を纏う由紀に、シャノンが慌ててフォローを入れる。
王宮から来たシャノンは、シェルブルックの押印が入った身分証明書を持っていたため、役所にも聞き込みに行っていた。
「そうね。それじゃあそろそろ港に行ってみますか」
シャノンのフォローが功を奏し、なんとか由紀の目に光が戻った。
すぐに二人はクロスをしまい、馬車へと走って向かった。
同じ頃、
定期船復旧の情報は、サースフェー島の幹太とアンナにも届いていた。
ここ最近、毎日来てくれる漁師の常連さんが、
「そだそだ、やっと定期船が対岸の港まで着くんだってよ」
と、話してくれたのだ。
「そっか、ついに復旧したんだ」
「良かったです♪この後ちゃんと確認してみましょう」
二人が仕事を終えた後、定期船の着く桟橋にある事務所まで行って確認すると、三日後の朝にはこちらの港やってくるという事だった。
「あと三日か…」
「たぶんあっという間ですね…」
桟橋からの帰り道、二人は並んで海沿いの道を歩いていた。
「お金は大丈夫。改めて計算したら、けっこう余裕があるぐらいだったよ」
「パイコー麺が大人気ですからね〜♪
定期船の復旧に間に合って良かったです」
新しくパイコー麺を販売して以来、姫屋の客足は格段に伸びていた。
今では、屋台のカウンターとテーブルでは数が足りない為、漁港の事務所でテーブルと椅子を借りて、客席を増やして営業している。
「あとは…みんなにお別れを言わないとだな」
「いっぱいお世話になりましたから、ちゃんとお別れしないとです。
う〜ん、何かいいお礼が出来ないでしょうか?」
アンナが手を頬に添えてうむぅと考える。
「あ、それならちょっと俺に考えがあるんだよ。
あのな…」
幹太はアンナの耳元でゴニョゴニョと囁く。
「それは名案ですよ、幹太さん!
きっと皆さんに喜んでもらえます♪」
「ははっ♪だといいな。
まぁまずは宿に帰って、定期船の事を報告しよう」
「はい!」
夕焼けの中、二人はかなりいい感じの雰囲気で帰っていく。
『すっごくロマンチックです♪
このままこの島で、幹太さんと一緒に暮らすっていうのもアリかも…♪」
これでまだ付き合ってもいないとは誰も思わないだろう。
そして、そんないい感じの二人を許さない存在が対岸まで近づいていることに、アンナはまだ気づいていなかった。
次のお話が日本、サースフェー編の最後になります。
新しい町でのお話もすでに書き始めておりますので引き続きお付き合いいただければと思っております。
よろしくお願い致します。




