第166話 ぜんぶ姫のせい
「…じゃあ、改めて報告ってのを聞こうかね…」
亜里沙はそんな澪を一瞬だけ見つめた後、話を本題へと戻した。
「そ、それは…」
「澪さん…」
と、由紀が言いにくそうに話しを始めようとしたところで、アンナがその肩に手を置いて澪に話しかける。
やはりこういう時に頼りになるのは、一国の王女であるアンナなのだ。
「私たちは幹太さんと結婚することになりました」
澪にそう言うアンナは、久しぶりの真剣モードである。
「…やっぱり、そうなんだ…」
「はい」
「ちょ、ちょっと待って澪!?
やっぱりってどういうことっ!?」
「えっ?だって、芹沢君だよ?」
そう言う澪は、なぜそんなこともわからないのかという顔をしている。
「いやいやいや!いきなり結婚って普通はありえないからっ!
それに私たちって、たちって何よ?」
「えっと…ここにいるみんなが芹沢君のお嫁さんになるんだよね、アンナちゃん?」
「はい」
「おいおい!澪はどうしてそんなにサラッとわかっちゃってんの!?
あたしゃにゃぜんぜんわっかんねぇよ!」
「だって、芹沢君…だから?」
と、澪は首を傾げる。
さらにその後ろでは、婚約者たちが揃って頷いていた。
「『芹沢君…だから?』っじゃねえよ!
なに可愛く言ってんだっ!?
なんだコレ!?私がおかしいのかっ!?」
ひとり理解に苦しむ亜里沙は、地団駄を踏み、頭を掻きむしる。
「ハァ!ハァ!」
「あ、亜里沙?大丈夫?」
「ハァ…ゆ、由紀には大丈夫なように見える?」
「…ゴメン」
「あ〜ちょっとまって、整理するから…」
そう言って、亜里沙は額に手を当てて考える。
「え〜と、アンナは別の世界の国のお姫様で、芹沢と結婚すると…?」
「そうです♪」
「んで、由紀とそこにいる二人も芹沢と結婚…ってことは、そっちの国は一夫多妻が許されてるの?」
「大正解です!亜里沙さん♪」
「よし。ここまではオッケー。
そんじゃあとは…由紀かな?」
とそこで、亜里沙は隣で真っ青な顔をする由紀を見た。
「由紀、あんた澪に申し訳ないって思ってんでしょ?」
「…うん」
「由紀ちゃん…」
幹太との結婚が決まって以来、由紀の心の中にはずっとその思いがあった。
「ごめん、澪!
私、抜けがけみたいなことしちゃって!」
由紀は勢いよくテーブルに頭をぶつけながら謝った。
「ねぇ、由紀ちゃん…」
そんな由紀に、澪はいつもと変わらない声で話しかける。
「こんなに急に芹沢君と結婚するってなったのはどうしてなの?」
「そ、それは…」
「それは主に私の都合ですっ!」
と、アンナが勢いよく手を挙げる。
「そっか、アンナちゃんは王女なんだもんね…」
「なるほどなぁ〜、そりゃお付き合いだけってのは無理だわ」
王女であるアンナにとって、男性とお付き合いすることは結婚することと同義なのである。
「それで由紀ちゃんも結婚したいって言ったの?」
「…うん」
「芹沢君もみんなで結婚しようって?」
「うん」
「マ、マジかよ、芹沢…あいつ、ボンヤリしてると見せかけて、やっぱ女好きだったんだな…」
「ちょ!亜里沙、そんな言い方…」
「芹沢君って、ちょっとそういうとこあるよね…」
「み、澪まで…?なんで?」
この同級生三人の中では、どう考えても自分が一番幹太と一緒にいたはずだが、由紀は最近まで彼のそういう一面を見たことがなかった。
「ハハッ♪そりゃ由紀にはわかんないよ♪
な、澪?」
「うん。たぶん芹沢君、由紀ちゃんにはそういうとこ見せないようにしてたから…」
「えぇっ!?」
それは由紀にとって、驚愕の事実であった。
「澪は幹ちゃんの…そ、そういうとこ見たことあるの?」
「ん〜?男の子たちで、ちょっとエッチな話してるとこは何回か見た…かな?」
「あ!それは私もある♪
あと芹沢って、スタイルのいい子のことすげぇ見るよな♪」
「ホ、ホントに?」
「「うん」」
と、亜里沙と澪は即答する。
「たぶん本人も意識してないと思うんだけど、芹沢君、由紀ちゃんが近くにいるとそういう話しないんだよ♪」
「まぁそりゃそうだ♪」
まだ性別など意識する前から一緒にいる女の子に、自分のそういう面を見せるのを恥ずかしと思うのは当たり前である。
「あ〜あ、私も幼馴染なのになぁ〜」
幹太が澪の前でも男子同士のバカ話をやめなかったのは、つまりは澪を幼馴染として認識していないということだ。
「あのね、さすがに生まれた時からのお隣さんにはどうやっても敵わないでしょ?」
「それはそうだけど…ずるいよ、由紀ちゃん」
「そうなんだ…幹ちゃん、エッチだったんだ…」
由紀としては、幹太が自分にそういう面を見せ始めたのは婚約してからのことだ。
「…けど、一夫多妻ってことは、由紀と芹沢はアンナたちの世界に住むんでしょ?」
とそこで、亜里沙がその事実に気がついた。
「うん。そのつもりなんだけど…」
「ひょっとして由紀、お姫様のアンナと一緒に住むの?」
「そうなんだよ…お姫様どころか、お城で王様と王妃様も一緒…」
「さ、さすがにそりゃやべぇな…。
けど、そもそもどうしてそんなことになったのさ?
話の感じだと向こうに行ってたみたいだけど、いつ行ってたの?
それに王族と結婚なんて、けっこう時間かかるんじゃない?」
「うん。私もそれが不思議だった。
だって、芹沢君が屋台やってなかったのってほんの何日かだよ」
そう言う澪は、今だに犬の散歩と称して幹太の屋台に寄ることを日課にしている。
「ハイ!それについては、私がご説明します!」
そう言って、アンナは立ち上がった。
「まずは…向こうに戻る時の転移の失敗からですね♪」
「えぇっ!アンナちゃん、失敗したのっ!?」
「しかもなんで笑顔…?」
「そうなんだよ…それで私と幹ちゃんも向こうに行っちゃったの…」
「あぁ、そういうこと…」
「芹沢君、だから屋台やってなかったんだね」
「うん」
「では、続きをお話ししますね♪」
そうしてアンナは、向こうの世界に行ってからこちらに帰って来るまでの事の次第を詳しく二人に話した。
「すっげぇ大事だったんじゃん!」
「せ、芹沢君、隣の国に攫われたの!?」
アンナの話を聞き終えた二人は、思わずそう叫んだ。
「はぁ…しかも、その誘拐を行った張本人は今日も日本を満喫してます」
そう言って、アンナはため息を吐く。
「その、ソフィアさん…もけっこう危ない目にあってるんだね?」
「フフッ♪そうですね〜危機一髪でした〜♪」
「そっか…由紀ちゃんたちは時間を遡って帰ってきたんだ。
どうりで色々進んでるはずだぁ〜」
「うん。ごめんね、澪。
私、澪の気持ち知ってたのに…」
と、由紀は再び澪に謝った。
「ううん。それはいいの…」
「へっ?ほ、ホントに…?」
由紀は頭を下げたまま、上目遣いでそう聞いた。
「うん。本当だよ。
いきなり結婚っていうのは、ちょっとビックリしたけど…」
それがちょっと済むのは、多分どちらの世界においても澪だけだ。
「そ、それはどうしてでしょう?」
「だって、いっせーので二人とも告白するのはぜったい無理でしょ?」
「それはそうだけど…」
「それにお互いに宣言してから告白するのもなんか変じゃない?」
「変…なのかな?」
「うん。ぜったい変。
それに…本当は私も芹沢君に告白しようとしてたの…」
「えぇっ!マジでっ!?」
そう叫んで澪の肩を掴んだのは、なぜか亜里沙だった。
「澪、それは一体いつの話?」
学部が一緒で一般教養の授業も同じ澪と亜里沙は、ほぼほぼ毎日夕方まで一緒にいたはずだ。
「せ、先週ぐらいまで毎日です…」
「あ、もしかして夜か?」
「きっちゃんのお散歩の時?」
亜里沙と由紀は、当然ながらここ数年に渡る澪の日課を知っている。
「はい…」
実はこの数ヶ月、澪は幹太の屋台に寄るたびに告白しようとしていたのである。
「私、アンナちゃんとお店やってる芹沢君を見て焦っちゃって…」
「まぁ、そりゃ焦るわな」
そう言って、亜里沙はアンナの方を見る。
「はて?私、何かしましたっけ?」
首を傾げ、頬に手を当ててそう言うアンナは、同性の亜里沙でもどうにかなりそうなほど可愛らしい。
「いや、なんでもないよ…」
「それから芹沢君に会うたびに告白しようとしたけど、やっぱり勇気がなくて…」
「ん〜?確かに…それは由紀と変わらない…のか?」
「うん。そうだと思う」
「そんな!私とは違うよ!」
「ううん。同じだよ、由紀ちゃん。
私、本気で告白しようって思ってた。
もちろん由紀ちゃんのことも考えなかったわけじゃないけど、きっとそれは勇気のない自分に対する言い訳だったから…」
「澪…」
結局、澪が幹太に想いを伝えられなかったのは、ただただフラれるのが怖かったからなのだ。
「ということは〜全部アンナさんのせいですね〜♪」
とそこで、ソフィアはこの問題の原因がすべてアンナにあることに気がついた。
「えぇっ!ソフィアさん、突然なにをっ!?」
「そうですね…アンナ様が由紀様と澪様を混乱させたから…」
「な、なぜゾーイさんまで…?」
と、いままで黙って話を聞いていたゾーイにまでそう言われ、アンナは愕然とする。
「だいたい…アンナ様はいつも芹沢様にくっつきすぎです…」
そんなアンナに追い打ちをかけるように、ゾーイは愚痴を言い始めた。
幹太と婚約するのがいちばん遅かったゾーイは、実はいままで色々と不満を溜め込んでいたのだ。
「えっと…?あの、ゾーイさん?」
「王女様ですから仕方ないかもしれませんけど…私だって、こ、婚約者なんですから、もうちょっと譲ってくれても…」
「あ〜わかる。
アンナっていっつも一番に幹ちゃんと腕組むよね〜」
「由紀さんだけには言われたくありません!」
「私も組みたいです〜♪」
「ソフィアさんはホテルでもっとすごいことをしましたよねっ!?」
「えっ!アンナちゃん、もっとすごい事ってなに!?」
昨日までの旅に参加していない澪は、当然ながらその時の状況を知らない。
「み、澪さん…それは、その…」
「そういえば…由紀様はちゃんと聞かれましたか?」
「ううん。私も裸だったってことと、幹ちゃんの貞操が守られたってことしか知らない」
「ええっと〜私、どこまでしましたっけ〜?」」
ソフィア自身もアルコールで記憶が定かではなく、クレアと幹太のいない今の状況では、あの部屋での出来事を覚えているのはアンナしかいない。
「そ、そんなこと、わたしの口からは言えませんっ!」
「「「えぇっ!」」」
「なんでですか〜?」
実は幹太のリトル幹太をエロス全開のソフィアが迎え入れる寸前だったなどとは、さすがのアンナにも言えなかった。




