第163話 宴
「まぁ、あれだ…ソフィアちゃんが一番ヤバいな…」
春乃が作った大量の料理を前に、五郎は傷だらけの顔でそう呟いた。
これはあの後、気絶した父親に涙目の由紀が何度もストンピングを食らわせてできた傷である。
「フフッ♪申し訳ありません〜♪」
そう言って微笑むソフィアではあるが、その目はまったく笑っていない。
「…ソフィアちゃん?許してくれてるんだよな?」
「ウフッ♪ウフフフフッ〜♪」
どうやら彼女の怒りは、まだ治っていないらしい。
「みんなごめんなさいね。この人、やるって言ったら聞かなくて…」
「だってそうだろ!娘さんを下さいってなったらああなるもんさ!」
義理の息子とのそういったやり取りに、五郎はずっと憧れていたのだ。
「だからって、幹ちゃんを殴るなんて…」
そう言う由紀は、イラつきを抑えるが如くハイペースで料理に手を付けていた。
「い、いや…いちおう手加減したんたぜ」
そうなのだ。
五郎の幹太への一発は、拳を握らず振り抜きもせずという、かなり手加減をしたものだった。
「そりゃそうだよ!
幹ちゃんだって、お父さんを本気で殴れるわけないんだからっ!」
「あぁ〜!だからあんなに遅いパンチだったのか!」
実を言うと、単に緊張で固くなっていただけで、幹太の先ほどの左ストレートはかなり全力のパンチだった。
「私、ぜったい幹ちゃんと結婚するからっ!」
「ハハッ♪まぁそりゃそうだろ♪
お前をもらってくれるなんざ、幹太にしかできねぇもんな♪」
「えぇっ!じゃあなんであんなことしたのっ!?」
「いや、だからちょとやってみたかっただけで…」
「もうっ!信じらんないっ!」
五郎は最初から、幹太と由紀の結婚を認めるつもりだったのである。
「ともあれ、これで私と由紀さんは確定です♪」
「あ、そっか…私…」
ここへきて由紀は、ようやくこの家を離れるという現実に気がついた。
「アンナさん、私も決まってますよ〜♪」
どうやら実家に報告の手紙を出した時点で、ソフィアの中ではそういうことになっているらしい。
「わ、私も決まってます…」
さらにゾーイに至っては、とある事情から、まだどこで暮らしているかさえ実家に伝えていない。
「おぉ…すっげぇな、幹太…」
改めて四人を見た五郎は、思わずそう呟いた。
「…由紀、おまえ大丈夫か?」
「お、お父さん…?それはどういうこと?」
「そうよね〜♪わたしもそう言ったのよ♪」
「お母さんっ!?」
「だってよ…まず、アンナちゃんは正統派美少女って感じだよな。
なんかアイドルの子って感じだ…」
「やだっ♪お義父様ったらそんな正直に♪」
アンナはそう言って、いやん、いやんと体をクネらせる。
「そんでゾーイちゃんは…クールビューティ系ってやつか?」
「あ、ありがとうございます♪」
「ソフィアちゃんなんかもう…バン!キュッ!ボン!って感じだし…」
「なにかわかりませんけど、たぶん褒められました〜♪」
「…お前、大丈夫?」
と、五郎は再び自分の娘を見る。
「ひ、ひどい…私がこうなのは二人のせいなのに…」
「大丈夫…ゆーちゃんは可愛いよ…」
とそこで、今までソファーの上で気を失っていた幹太が目を覚ました。
「あ!幹ちゃん♪」
「フフッ♪幹太ちゃんは昔から由紀にそう言ってくれるわね♪」
「だって、ゆーちゃんは昔から可愛かったから…」
「ハハッ♪すまん、すまん♪
そうだったそうだった、由紀は昔っから可愛いかったよな♪」
「おじさん…おばさん…」
幹太は起き上がり、皆の座るテーブルの前までやってくる。
「ゆーちゃんをお嫁さんに下さい!」
そして深々と頭を下げた。
「か、幹ちゃん…」
「これからもずっとずっと大切にします!だからっ…」
「おう!いいぞ!」
「へっ?おじさん…?」
「フフッ♪幹太ちゃん、その話はもう終わってるのよ♪」
「えぇっ!?どうして…?」
気を失っていた幹太は、今までのやり取りを聞いていなかったのだ。
しかし、
「あ、ありがとう、幹ちゃん…」
幹太の言葉は、目の前で涙ぐむ由紀にとって大きな意味を持っていた。
彼女はいつの日かこうして幹太が挨拶してくれる日を、心のどこかで待ち望んでいたのである。
「幸せすぎて、なんだか夢みたい…♪」
涙を拭いながらそう言って微笑む由紀は、アンナたち異世界組が息を呑むほど綺麗だった。
「ふぁ〜♪素敵です♪
そう思いませんか、クレア?」
「そうね♪私は前から綺麗な子だと思ってたけど♪」
「えぇ…由紀様、本当に綺麗…」
「由紀さん、良かった…」
「お綺麗です〜♪」
「そうね♪すっかり大人になっちゃったわ♪
ね、ゆーちゃん♪」
春乃は立ち上がって娘に近づき、背後ろからギュッと抱きしめる。
「お、お母さん…恥ずかしいよ…」
そう言う由紀の手は、母の手としっかり重ねられていた。
「よし!今日は飲むぞ!」
「ハイッ♪」
五郎の号令に、超ご機嫌で返事をしたのはアンナだった。
「ん?アンナちゃんはもう飲める年なのか?」
「ハイ♪アンナ、もうこっちでも飲める年になりました♪」
近々幹太が挨拶に来るだろうと聞いていた五郎は、先ほどの勝負とこの飲み会を、元々セットでやる気だったのだ。
「こっちのお酒ね…」
「クレアちゃんはどこかで飲んだことあるの?」
そう聞きつつ、春乃はクレアのグラスにオレンジジュースを注いだ。
「えぇ、自分の国ではね。
ただあんまり得意じゃないの…」
そもそもクレアの国、リーズ公国ではシェルブルックと同様、飲酒の年齢は定められていない。
「春乃様、私もそれを…」
「そうそう♪シャノンちゃんもノンアルコールだったわね♪」
「はい」
「あとはみんなお酒でいいのね?」
「もちろんです〜♪」
「おぉっ!ソフィアちゃんは酒好きか?」
それは五郎にとって、千載一遇の仲直りチャンスであった。
「はい〜♪」
「よっしゃ!だったら〜これだ!」
そう言って五郎がテーブルの下から担ぎ上げたのは、野球場などでよく見る、背負うタイプの生ビールサーバーであった。
「そ、そんなのどこから持ってきたのっ!?」
以前からビール好きなのは知っていたが、まさか生樽を背負うほど好きだったとは、実の娘とはいえ思っていなかったらしい。
「幹太が挨拶にくるかもって聞いて、近所の酒屋で借りちゃった♪」
「…借りちゃったって、バカじゃないの…」
「しかし残念だよな、まさか当の幹太が飲めなくなるとはなぁ〜」
「お父さんが殴ったからでしょ!」
「おぉ!そういやそうだった!
けど…生ビールで乾杯するのに今日ほどピッタリな日はないだろう?」
「それは…確かにそうだけど…」
結局のところ、五郎は二人の結婚が嬉しくて仕方ないのだ。
そしてその気持ちは、由紀にもしっかり伝わっている。
「ハハッ♪そうだろ♪」
そう言いつつ、五郎はいつのまにかソフィアの前に置いてあった大ジョッキに生ビールを注ぐ。
「ありがとうございます〜♪」
「ゾーイちゃんも飲んでみるか?」
「あの、私もお酒は…」
と、ゾーイはシャノンの方を見る。
「私もいますし、この家にいれば危険はないでしょう」
「はい♪
でしたら五郎様、お願いします♪」
そうして差し出されたゾーイのグラスにも、五郎は生ビールを注いだ。
「えっと…ゾーイさんはお酒大丈夫なんだっけ?」
と、クレアと大差ない背格好のゾーイに幹太は聞いた。
「大丈夫ですよ。実はちょっと好きなぐらいです♪」
「よし!そんじゃ乾杯するぞ!
それでは皆さん、グラスを掲げて〜」
という五郎の掛け声と共に、全員がそれぞれのグラスを掲げる。
「我が娘と息子の結婚を祝して!カンパーイ!」
「「「「「「「「カンパーイ♪」」」」」」」」
柳川家史上、最も盛大な宴はこうして始まった。




