第162話 柳川五郎
ここへ来てやっとしっかり由紀の父親を登場させることができました。
とても嬉しいです。
今後ともよろしくお願い致します。
「フフッ♪不思議です。
私がこの部屋を使っていたのは、ずいぶん前のはずなのに…」
そう言いながら、アンナは綺麗に畳まれたパジャマを手に取った。
今となっては仏間であるこの部屋は、アンナがこの家に住んでいた時に使っていた部屋でもある。
「えぇ、本当に…」
そしてそれは、アンナを迎えに来たシャノンも同様であった。
「そういや向こうに帰る日に二人が掃除してくれたんだったな…」
幹太たちにとっては一年ほど昔でも、地球の時間ではたった数日過ぎただけなのだ。
「よーし!正蔵おじさんと美樹おばさんに、ぜーんぶ報告しちゃおう♪」
「ですね♪」
アンナは由紀にそう返事をして、新しい水とお茶を仏壇にお供えする。
彼女が先ほどしっかり顔を洗っていたのは、このお供えをするためだった。
これは前回日本に来た時に、アンナが自分から願い出てやっていたことだ。
「ねぇ幹太、これって祭壇?」
と、仏壇を初めて見たクレアが聞いた。
「祭壇…になるのかな?
とにかく、亡くなった人を奉る場所だよ」
「ふ〜ん、うちにある墓石みたいなことかしら…」
クレアの住む宮殿には、敷地内に先祖代々の墓地があるのだ。
「じゃ、みんなでやろう」
そう言って、由紀は仏壇の前に正座して手を合わせる。
それに合わせて、他の全員も由紀と同じ姿勢をとった。
「このまま幹ちゃんのご両親に伝えたい事を頭の中で思い浮かべて…じゃ〜ハイ!」
由紀の掛け声と共に、幹太と婚約者たちは今は亡き義理のご両親に挨拶をする。
『お久しぶり…?です。アンナです。
私、幹太さんと結婚することになりました♪
これからもよろしくお願いします』
『おじさん、おばさん…ずっとそうなるって思ってたけど、私、幹ちゃんと一生一緒にいることになったよ♪
二人なら大丈夫だと思うけど…五人で結婚することを認めてくれると嬉しいな。
みんなで絶対に幸せになるから、安心してね♪』
『はじめまして、私はソフィア・ダウニングといいます。
私はアンナ様と同じ国の出身で、こことは遠く離れた世界の人間です。
どうかお願いです、私と幹太さんの結婚を認めて下さい…』
『芹沢様のお父様、お母様、私の名前はゾーイ・ライナスといいます。
この世界とは違う世界で幹太さんと出会い、結ばれたいと望む者です。よろしくお願いします…』
そしてクレアとシャノンは、
『あなた達の息子のおかげで、リーズには新しい文化がたくさんできたわ…彼をああいう人間に育ててくれたご両親に心から感謝を…』
『幹太さんと出会って以来、私の妹は前にも増してずっと幸せそうです。
ありがとうございます…』
と、感謝の気持ちを伝えていた。
「ハイ!みんな終わったー?」
「由紀…俺、まだ…」
と、気まずそうに幹太は手を挙げた。
「えっ?幹ちゃん…どうしたの?」
「い、いや、どう報告していいのか…」
「あ〜そっか…」
確かに四人もの嫁をもらい、異世界に住むなどなかなか両親に報告しようもない。
「フフッ♪そのままご報告するしかありませんよ、幹太さん♪」
と、笑顔で言ったのはアンナだった。
「そーだよ、幹ちゃん!
おじさんとおばさんに言えなくてどうすんの!」
「は、はい!」
由紀に檄を飛ばされた幹太は、再び仏壇に向き直る。
『と、とにかく、いま挨拶してくれた四人が俺の嫁さんになる人たちだよ。
みんないい子で絶対幸せにするから、ちゃんと見ててくれよな…』
幹太は目を開き、最後に両親の写真を見つめた。
「おじさんとおばさんにちゃんと報告できた?」
「あぁ…」
「じゃあ次ね♪」
と言うクレアの表情は、ものすごく楽しそうである。
「へっ?クレア様…次って?」
「それはもちろん、由紀のお・ウ・チ♪」
クレアはこちらに来て以来、ずっとこの時を楽しみにしていたのだ。
「きょ、今日行かなきゃダメかな…?」
と、幹太は縋るように由紀の方を見る。
「えっと〜とりあえず今日は二人とも家にいるよ…」
主婦である春乃はもちろん、きょうは自衛隊員である由紀の父親も在宅である。
「行ってしまいましょう…」
「えぇっ!なんでシャノンさんがっ!?」
「いえ、アナも関係することですから、なるべく早く…フフッ♪」
そう言うシャノンの口元は、久しぶりに緩んでいた。
実はクレア同様、シャノンも幹太がどのように挨拶するのかめちゃくちゃ気になっていたのだ。
「…でも、そうだな」
改めて考えてみれば、幹太が大国の王と王妃から結婚の許可をもらったのは何ヶ月も前のことである。
「そうだよ…まだ一人なんだ」
「うん。そーだよ、幹ちゃん♪」
つまりはあと二回、このような機会は必ず訪れる。
しかも今回は、気心の知れた由紀の両親だ。
少なくともここで尻込みしているようでは、過保護全開のソフィアの父親に結婚の許可などもらえるはずもない。
「よし!行こう!」
「うん♪」
そうして幹太と四人の婚約者、プラス二人の見物人は柳川家へと向かう。
「ただいま〜♪」
「おかえり〜♪」
と、いつも通り明るく娘の帰りを出迎えたのは春乃だった。
春乃は申し訳なさそうに娘の後ろに立つ幹太と、明るい表情の異世界の娘たちに目を向ける。
「た、ただいま…」
「フフッ♪幹太ちゃんも皆さんもおかえりなさい。
さぁとりあえず上がってちょうだい♪」
「う、うん」
「「「「「お邪魔します」」」」
そうして幹太たちは、柳川家のリビングへと上がった。
「えぇっと…アンナちゃんとシャノンちゃん…あとは〜ゾーイちゃんもわかるわ♪」
「ハイ♪」
「はい」
「はい、春乃様♪」
「で、このお二人が…」
「うん。クレア様とソフィアさんだよ、お母さん」
「まぁ♪まぁまぁまぁ♪」
春乃はそう言って、興味深げに二人の周りを見て回った。
「お二人ともすっごい綺麗♪
えっと…こちらがソフィアちゃんよね?」
「わたしです〜♪」
「ソフィアちゃんも幹ちゃんのお嫁さん?」
「はい〜♪」
「で、クレアちゃんは〜お姫様♪」
「えぇ、そうよ。でも、私は幹太のお嫁さんじゃないわ」
「うん。そうね、クレアちゃんは他に好きな人がいる感じがするわ♪」
「…な、なんでわかったの?」
「さぁ〜♪なんでかしら?」
それは恐るべき主婦の勘であった。
「お、おばさん!」
とそこで、こちらの家に入ってからずっと深刻な表情をしていた幹太が春乃に声をかける。
「なぁに幹太ちゃん?」
「さっそくだけど…話が…」
「…そうね、聞きましょう。
でもその前に…あなた〜!幹太ちゃんたちが来たわよ〜!」
春乃は表情を引き締めて幹太と由紀の前に座り、二階に声をかけた。
「おー!いま行く〜!」
「っ!」
幼い頃から聞いていた野太い声を聞き、幹太は思わず姿勢を正す。
「おぉ…女の子がいっぱいだ…」
ズンズンと音を立てて階段を下りてリビングにやって来たのは、幹太よりも背の高く、ガタイの良い坊主頭の男性であった。
「おかえり、幹太!」
「は、はいっ!五郎おじさんっ!」
「それでこの人たちが…」
由紀の父親、柳川五郎は改めて周りを見回す。
「そうだよ、お父さん…っと、その前に…」
由紀は五郎の肩に手をかけて、ソフィアとクレアの方へ向ける。
「クレア様、ソフィアさん、ゾーイさん、この人が私の父の五郎です」
「よろしくね、ゴロウ♪
私、クレア・ローズナイト。リーズ公国の王女よ♪」
「ソフィア・ダウニングです〜♪」
「ゾーイ・ライナスです」
「あぁ、よろしく」
とそこで、アンナが三人の前にひょこりと顔を出す。
「由紀さんのお父様♪お久しぶりです♪」
「五郎様…お久しぶりです」
「久しぶり…?
そういや…アンナちゃんもシャノンちゃんも、なんだか雰囲気が変わったか…?」
「ハイ♪アンナ、色々頑張りました!」
「私も色々振り回されました…」
「ハハッ♪よくわかんねぇけど、そりゃご苦労さまだ♪」
五郎は豪快に笑いながら、二人の頭を撫でる。
「お父さんお母さん、この人たちが向こうで出来た私のお友達…っていうか、アンナとソフィアさんとゾーイさんは同志かな♪」
「フフッ♪こんなに素敵な人たちとお友達だなんて…良かったわね、由紀♪」
「あ〜そっか…そういうことだったな…」
五郎は春乃から、だいたいの事情を聞いていた。
「…まぁあれだ…とりあえず幹太、表出ろ」
「へっ?でも俺…おじさんに話が…」
「いいから…庭に来いって言ってんだよ…」
そう言う五郎の目は、完全にすわっていた。
「アナ…」
「クレア様、私の後ろに…」
いきなり五郎から放たれた尋常ではない殺気に、護衛の二人は自分たちの姫を庇うように前に立つ。
「お、お父さん?」
「ゆーちゃん、ちょっと黙ってなさい…」
と、ただ事ではない雰囲気を醸し出す父親に話しかけようとする由紀を、春乃が引き止める。
「えっ?えっ?どういうこと?」
「そんじゃ行くぞ、幹太…」
「…はい」
実を言うと、幹太はこうなることをある程度覚悟していた。
『娘の父親…なんだもんな…』
一対一の結婚ならまだしも、自分は他に三人もの嫁をもらうというのだ。
それを黙って見過ごせる父親など、この日本のどこにもいないだろうと幹太も薄々感づいていた。
「そうだな…ヤバい急所はなしの立ち技のみ…でいいか?」
「はい!」
片や自衛隊員、そして片や元アマチュアボクサーの対決である。
「よし来いっ!」
五郎がそう言うと同時に、幹太は仕掛けた。
「シッ!」
と短く息を吐き、渾身の左ストレートを放つ。
軽量級ボクサーの幹太のパンチは、いくら自衛隊員とはいえ目で追いきれないスピードのはずだった。
「…甘いな」
しかし、五郎はあっさりとそれにカウンターの掌底を合わせる。
「グハッ!」
思いっきりタイミングよく顔面に入った掌底に、幹太はもんどりうって倒れた。
「おいおい一発かよ…お嬢さんたち、本当にコイツで大丈夫か?」
「お、お父さんっ!なにしてんのっ!?」
由紀は思わず駆け出し、グッタリと横になる幹太を抱き上げる。
「幹ちゃん!幹ちゃん!」
「お、ぉぅ…ゆーちゃん、おれ…」
由紀の腕に抱かれた幹太の頭の上にはピヨピヨと何羽ものヒヨコが飛び回っており、両鼻からはかなりの量の鼻血が吹き出していた。
「あ…あぁ、どうしよう…幹ちゃん…幹ちゃんが…」
「由紀、まだ離れてろ…」
五郎がそう言って、震える娘の肩に手をかけようとしたその時、
「あの〜これ以上は許しませんよ〜」
と、音もなく近づいたソフィアが彼の腕を掴んだ。
「お嬢さん、できたら今は邪魔しない…って、イデデデデッ!」
「私…許さないと言いました…」
「ちょっ!オイッ!由紀!この子の力どうなってんだ!?」
ソフィアが掴んだ五郎の腕には、彼女の細い指がガッチリ食い込んでいる。
普段ならこのような荒事を恐ろしく感じるソフィアだが、どうやら愛する人を傷つけられたことでブチ切れてしまったようだ。
「ソフィアさんの言う通りですっ!
いくら由紀さんの父親とはいえ、これ以上の乱暴は許しませんよ!
シャノン!」
「はい!」
「お、おいっ!さすがにそりゃ…グェッ!」
とソフィアに続き、アンナの指示を受けたシャノンが跪く五郎の首に腕を回し、仰け反るように締め上げた。
「…由紀様、すみません」
さらにそこへ追い打ちをかけるように、ゾーイがみぞおちに前蹴りを叩き込む。
「グッハッ!きゅ、急所はなしって…」
流れるように繰り出された連続攻撃により、五郎は白目を剥いて倒れた。
「あらあら、やっぱりこうなったわね…」
「あ、やっぱりハルノもそう思ってた?」
「えぇ♪」
「一発っていうのはちょっと情けなかったけど、花嫁の父親を殴るわけにはいかなかったってことでいいんじゃない?」
「そうね、クレアちゃん♪
ウチの人も倒れちゃったし、引き分けだわ♪」
「いいわね♪そういうことにしときましょ♪」
そうして幹太は、娘さんを下さいと言う間もなくその日の夜を迎えた。




