第161話 It's good to be home
幹太と由紀は、それから何度か運転と仮眠を繰り返し、翌日の昼頃にようやく東京、吉祥寺にある幹太の家に帰ってきた。
「おぉ…やっと帰ってきたぞ!」
「お疲れ様です〜♪」
「うん。ソフィアさんもずっと起きててくれてありがとう」
自宅の庭にキッチンワゴンを停めた幹太は、道中ほとんど助手席に座っていたソフィアに礼を言う。
幹太も昨晩気付いたことだが、向こうの世界で馬車で数日かけて村の農産物を卸しに行っていたソフィアは、長距離移動中の睡魔に対する抵抗力がハンパない。
一方、由紀が運転するドラちゃん号の中では、
「つ、ついた〜」
と、絞り出すようにそう言って、由紀がハンドルに突っ伏していた。
「お疲れ様です。頑張りましたね、由紀さん」
「由紀様、お疲れ様です」
「ありがとう…ふぃ〜無事に着いて良かった〜♪」
由紀の運転していたドラちゃんには、相変わらずのシャノンとゾーイ、そしてクレアが乗っていた。
「慣れちゃればこっちの車の方が楽だったわね♪」
「さて、それじゃあ降りますか?」
「「はい」」
「そうね♪」
そう言って由紀たちは車を降り、幹太の家へと向かう。
と同時に、幹太とソフィアもキッチンワゴンから降りてきた。
「あれ?幹ちゃん、アンナは?」
「後ろの席で寝てる…」
「へ?起こさないの?」
「いや、なにしても起きないんだよ。
まぁでも、昨日は頑張ってたからな…」
「あ、もしかしてお姫様ラーメン?」
「そう」
昨夜、テンションの上がってしまったアンナは、一晩中コラボラーメンの構想を練っていたのだ。
「アンナも成長したね〜♪」
「ハハッ♪そうだよなぁ〜」
「とりあえずあの子はほっといて早く中に入りらない?
そろそろ手足を伸ばせる場所でゆっくり休みたいわ」
「うん、そうだな。
それじゃあクレア様、ようこそ芹沢家へ」
「えぇ♪くるしゅうないわ、幹太♪」
そうして一行はアンナを車に残し、芹沢家のリビングへと入った。
「思ったよりキレイだな…」
見慣れた店舗兼自宅を見回した幹太は、これといって部屋が汚れていないことに驚く。
「あっ!もしかして幹ちゃん、気づいてなかった?」
「気づいてって…どういうこと?」
「私たちがこちらに戻って来た日は、前回の転移の翌日だったんですよ」
というシャノンの説明に、幹太は首を傾げる。
「つーことはつまり…なんだ?」
「だ・か・ら!あなた達がいなくなってからまだ数日しか経ってないってことよっ!」
「おぉ!そういうことか!ありがとう、クレア様」
「…どーいたしまして。
けど、やっぱりムーア様はすごいのね」
「それは時間も越えたってことがか?」
「そうね。
でも、導師様にとっては異世界に人を送るのも時間の流れを遡るのも同じ感じがするけど…」
「あ〜確かムーアがそんなこと言ってましたよ…」
そう言いながら家に入って来たのは、寝癖で髪がボサボサのアンナであった。
「あら♪おはよう、アンナ♪」
「ふぁ〜♪おはようございます、クレア。
それで…世界と時間でしたよね?」
と、大きなあくびをしたアンナは説明を始めた。
「簡単に言うと、一つの魔法で世界間と時間を超えてるらしいです…」
「ほら、やっぱり♪」
「それで転移の翌日に転移って…ん〜?ダメだ!魔法の使えない俺にはよくわからん!」
「えっとですね…ムーアの話では、世界間を越える前に時間を越えるゲートがあるみたいですよ」
「あ♪それわかりやすいかも♪」
そう言って、由紀は年代物の黒電話の置かれた棚からメモ帳とペンを取り出し、何かしらの絵を描き始めた。
「まずはここで…時間、それでぇ〜世界っ!」
そうして完成した絵には、道と車と二つの門が描かれていた。
「どう?幹ちゃんにもわかる?」
「う、うん。なんとなく理屈はわかったけど…それにしたって、どうやって時間と場所を指定してるんだ?」
「それはムーアにしかわかりません!
ですよね、シャノン?」
「そうですね。前回の時も、アナと私は導師に教えてもらった通りに魔法陣を描いただけでしたから…」
「ちょっと!導師様に何かあったらどうするつもりっ!?
せめてあなたたち二人だけでも、理屈ぐらいは理解してなさいよ!」
と、クレアはこの先の魔法文化にとってとても大事な忠告をする。
「だって、ムーアって教え方がヘタなんですもん…」
「ヘタって…アンナ、あなた本気で言ってる?」
「ん〜?シャノンならわかってくれますよね?」
「そうですね。導師は天才肌ですから、教え下手なのは仕方ないかと…」
「ウソでしょ!?シャノンまで…」
もちろん、ムーア導師は魔術の教師としても一流である。
問題があるのは、興味があること以外に集中力が続かない姉妹の方なのだ。
「はぁ…私があなたたちの国にいたら、毎日導師様に教えを乞うのに…」
クレアはそう言ってため息を吐き、隣に座るゾーイに寄りかかる。
「まぁ…なんとかなると思いますよ」
「シャノン様…なんとかって、どうなさるんですか?」
と、疲れきった主人の頭を撫でつつゾーイは聞いた。
「導師はここ何年か、自分の魔術研究の全てを書物に残す作業をやっています」
「そーですよ♪ムーアは今、こちらの世界で言うシュウカツをしてるんです♪」
「ア、アンナ…そんなに笑顔で言っちゃダメだよ…」
「へっ?そうなんですか?」
と、由紀に言われたアンナは、幹太の方へと振り向く。
「あ〜まぁ色々と整理して、スッキリした気持ちで人生の終わりを迎えようってことだから、明るい意味もあると思うよ」
「けど、出来上がった本があれば大丈夫ってわけじゃないわ。
あなたたちだって、それはわかってるでしょ?」
「えぇ。もちろんそれはわかってますよ、クレア」
「私もそれはわかっています」
「…ならいいわ」
と、即答する二人に一抹の不安を感じつつも、クレアはそれ以上何か言うことをやめた。
「さて、お話も終わったようですし、とりあえず顔を洗ってきますね〜♪」
アンナはそう言って立ち上がり、鼻歌を歌いながら慣れた様子で洗面所へと向かった。
「フフッ♪ムーアさんか…」
「うん?なに考えてんだ、由紀?」
「なんかムーアさんって、研究しすぎて不老不死のおじいちゃんになりそうだなぁ〜って♪」
「た、確かに…ムーアさん、ちょっとシワシワでゾンビっぽいしな…」
かなり失礼な話であるが、すでに幹太の頭の中ではゾンビ集団を率いるゾンビ導師の絵が浮かんでいた。
「怖いです〜♪」
と、ソフィアはどさくさに紛れて幹太に抱きついた。
「えっ?ソフィアさん、ゾンビってわかるの?」
「はい〜あの並んで踊るボロボロの服の人たちですよね〜?」
実は先日泊まった京都のホテルで、ソフィアはペイチャンネルを一通り堪能していた。
その中に、一昔前の洋楽を紹介する番組もあったのである。
「あぁ…あれ観ちゃったんだ…」
ソフィアが観たのは、たぶんキング・オブ・ポップのMVだったのだろうと由紀は当たりをつけた。
「あれに出ていたドレスの女の人がすごーく怖くて〜」
「そういえば、なんか白いドレスの…って、そうだ!」
と、由紀は突然立ち上がる。
「い、いきなりどうした!?」
「幹ちゃん!結婚だよっ!」
「へっ?そ、そりゃゆーちゃんと結婚はするけど…」
「結婚の挨拶っ!」
「ああっ!そうだ!」
長旅疲れからか、幹太たちは今の今までこの世界に戻ってきた理由をすっかり忘れていたのだ。
「フフフッ♪そうね、それがあったわね♪」
「ク、クレア様…?」
「由紀、この国って一夫一妻制なのよね?」
「はい。そうですけど…」
「フフッ♪楽しみだわ〜♪
幹太はあなたのご両親に、どう言って結婚の許可をもらうのかしら?」
「うぐっ!そ、それは正直に言うしか…」
「その前に…」
とそこで、先ほど洗顔しに行ったアンナが洗面所から戻ってきた。
首から下げたタオルで顔を拭った後の彼女の表情は、いつになく真剣である。
「…私たちには、誰よりも先にご挨拶しなければならない方々がいらっしゃいます…」
「あ!そうだよ!」
その一言で、まずは由紀が気がついた。
「そうでした〜」
次はソフィア。
「そうです。芹沢様の…」
そして最後にゾーイである。
「そうね。幹太のご両親…」
「私も姉として、しっかりご挨拶しなければなりません」
「そっか…親父と母さんに結婚の報告をしないとだ」
そうして幹太たちは、彼の両親の使っていた部屋へと向かった。




