第160話 記念撮影
そして夕方、
「シャノン、ここで待ち合わせですか?」
「はい、アナ。由紀さんがこの場所にと…」
アンナたち異世界組は、由紀の観光案内に従ってバスに乗り、嵐山にある渡月橋そばのバス停までやって来ていた。
「ねぇゾーイ、あれって木…なのよね?」
「はい。私にもそう見えますけど…」
「どうして壊れないのかしら?」
二人の住むリーズ公国では、大きな橋は全て石造りである。
実際には渡月橋の橋桁はコンクリート製なのだが、少し離れた場所にいるクレアとゾーイには全てが木製に見えていた。
「待っているのはここでいいんでしょうか〜?」
と、手で日差しを作りながら辺りを見回すソフィアの白いブラウスは、汗でうっすら透けている。
周りにいる修学旅行の男子生徒たちは、そんな彼女の姿をチラチラ見ながら顔を赤くしていた。
「ふ〜ん…こっちって色んな制服があるのね」
「私たちの国とは学校の数が違うんですよ、クレア」
「なんだか皆さんに注目されてます〜」
「そういえばそうね…なんでかしら?」
「そうなんです…私もなぜか日本にいると注目を浴びるんですよね。なんでなんでしょう?」
ここに来るまで本人たちは気づいていなかったが、アンナたちは今日、訪れた全ての場所で注目を集めていた。
「…シャノン様、アンナ様もソフィア様もわかってらっしゃらないんですか?」
「えぇ、残念ながら。クレア様もですか?」
「はい。相変わらず、自分ではお気づきになられていません」
シャノンとゾーイは、そんな三人を今日一日、一瞬も気を抜かずに警護していたのだ。
「ねぇ見て♪あそこの外人さんたち…」
「ヤバッ!ちょっとレベル高すぎじゃない?」
「銀髪の子と真っ赤な髪の子って、生まれつきなのかな?」
「バッカ、そうじゃなきゃあんなにツヤツヤなわけないでしょ!」
「黒髪の二人も日本人…じゃなさそう。
すっごいスタイルいいけど、モデルさんか女優さん?」
アンナたちは男子生徒だけではなく、実は女子生徒からも羨望の眼差しで見つめられていた。
そしてそんな眼差しを向けられていたのは、護衛の二人も同じだったのである。
「ねぇ幹ちゃん…」
「なんだ?」
「私たち、今からあそこに行かなきゃいけないんだよね…?」
「そ、そうだな…」
そんな異世界組の姿を、幹太と由紀は少し離れた場所で見ていた。
「しかし、やっぱり誰から見ても綺麗なんだな…」
「うん。私もちょっと忘れてたよ…」
「じゃ、行くか?」
「うん」
そうして幹太と由紀は、妙な緊張感に包まれているアンナたちの元へと向かった。
「アンナ〜!」
「はーい♪ここでーす♪」
由紀に呼ばれたアンナは、振り返って大きく手を振った。
「よかった♪みんなちゃんと来れたんだね♪」
「フフッ♪由紀さんの完璧なルート案内のおかげです♪」
「そう?ありがと、アンナ♪」
「で、どうしてここに集合だったの?」
「あ、やっぱり気になります?さっすがクレア様♪」
「フフッ♪とーぜんよ♪」
と、クレアは頬に手を当て、得意のオホホ笑いをする。
「私、みんなで撮った写真が欲しいんです♪」
「あっ!いいじゃない、それ♪」
王族であるクレア、アンナ、シャノンの三人と富豪の娘であるゾーイは、向こうの世界ではまだ浸透していない記念撮影を何度かしたことがあった。
「そっか、写真か…」
そう言われてみれば、こちらに戻って以来、幹太は今までこのメンバーの誰とも写真を撮った記憶はない。
「それで渡月橋だったんだな…」
「うん。そうだよ♪」
そう返事をしながら、由紀はタイマー撮影用に設置された台にカメラをセットした。
嵐山の桂川沿いには、この場所にやって来るたくさんの修学旅行生のために、記念撮影をする場所がキチンと整備されている。
由紀と幹太も通っていた学校も修学旅行の際、この場所で集合写真を撮っていた。
「んっとぉ〜どうしようかな?
ねぇアンナー!背の順で大丈夫ー?」
もしかして王族なりの並び順があるのではないかと、由紀は大きな声でアンナに聞いた。
「はーい!大丈夫ですよー!
だとすると…私とクレアとゾーイさんが前ですか?」
そう言いつつ、アンナはクレアとゾーイを引っ張ってカメラの前に連れていく。
「ゾーイさんがクレアの隣で…私はその隣に…」
「ダ、ダメですっ!アンナ様とクレア様で並んで下さいっ!」
いくら記念撮影の経験者とはいえ、こんなにも見目麗しい王女二人の間に挟まるガッツなどゾーイにはない。
「はーい!前はそれでオッケー!
それじゃ後ろの真ん中が幹ちゃんね〜!
幹ちゃ〜ん、ちょっと立ってみて〜!」
「おぉ、了解!」
カメラの液晶を確認する由紀にそう促され、幹太は三人に後ろに立った。
「それでソフィアさんは幹ちゃんの隣ー!」
「わかりました〜♪」
「由紀さん!教えていただければ私が撮りますよ!」
「大丈夫だよー!
こっちのカメラは自動で撮ってくれるからー!」
「なるほど。でしたら由紀さんはここの間に…」
シャノンはそう言って、ソフィアの反対側の幹太の隣に一人分のスペースを空けて立った。
「それじゃあ行くよ〜♪」
そしてシャッターを押した由紀は、素早く移動してシャノンと幹太の間に立つ。
「ハイ!みんな笑って〜♪」
由紀の掛け声と共に、幹太以外の六人が素晴らしい笑顔を見せる。
と同時に、周りの観光客たちから歓声が上がった。
「キャー!」
「うっわ!すっご…」
「ほら、やっぱり女優さんとかだよ。
私、サインもらってこようかなぁ〜♪」
「ちょっと!どこ見てんのよっ!」
「ご、ごめん!でも、あんなの仕方なくないか…?」
「それはそうかもだけど…」
その華やかさは、デートでこの場所を訪れていたカップルの女性が、思わず彼女たちに見惚れてしまった彼氏に対して怒る気を失うほどである。
「じゃあ見てくるね♪」
そう言って、由紀はカメラのある場所へと戻っていく。
「うん♪幹ちゃん以外は完璧♪」
「そうね…半目でニヤついてる男って、どうしてこんなに気持ち悪いのかしら?」
と、心底気持ち悪そうに、由紀の背後から写真を覗いたクレアが言う。
「二人ともヒドいっ!」
念のため由紀が連写モードにしていたにもかかわらず、幹太は全ての写真で半目になっていた。
「さて、次はどうしようか?」
「そういえば、由紀さんの案内もここまででしたね」
そう言いつつ、シャノンはここまで皆を導いてくれた由紀の観光案内をパラパラとめくった。
「つっても由紀、そろそろ宿に戻らないとだぞ」
「あ!今晩出る予定だったっけ?」
「うん」
「うっわ〜ぜんぜん忘れてた…」
「ハハッ♪実は俺も、今の今まで忘れてたよ」
幹太と由紀にとって、アンナたちのくれた時間はそれほどまでに楽しかったのだ。
「そうですか。ちょっと残念ですね…」
「うん?どうしたアンナ?」
「幹太さん、実は…」
と、アンナは先ほどの街中華で思いついたコラボラーメン企画を幹太に説明する。
「…何それ、最高かよ」
「えぇ、幹太さん。
私もこの案を思いついた自分が怖いぐらいです」
「よし!じゃあ今晩にでもさっそく…」
「ダメだよ!幹ちゃん!」
「そそ、そうよ!
ラーメンを作るのは向こうに帰ってからでいいじゃない!」
「けどクレア、キッチンワゴンがあればどこでも…」
そう言って首を傾げるアンナの肩に、シャノンが手を置いた。
「アナ、とりあえずこの場所でやる意味を考えてみて下さい」
「意味…意味ですか?
ん〜?早くやってみたいというぐらいですかね…」
「いいですか、早く作ったところでお披露目は向こう帰ってからなんですよ?」
「それはそうかもしれないですけど…でも、もう幹太さんが…」
と、アンナは隣で手をワキワキさせる幹太に目をやる。
「あぁ、お姫様二人のラーメンかぁ〜。作りたすぎる…」
「ねぇ、幹ちゃん♪」
そんな幹太の肩を、由紀がトントンと叩いた。
「まずはスーパーに行って具を…って、どうした由紀?」
「ここで新しいラーメンを作るのと、帰ってから落ち着いて作るのとならどっちがいいと思う?」
「どっちって…そうか!帰ってからの方が何かと都合がいいな!」
それが判るほどのギリギリの理性を、幹太はかろうじて保っていた。
「だったらまずは東京に帰らないとでしょ♪」
「おう」
やはりこの辺りの幹太の扱いは、幼馴染である由紀が一番長けているようだ。
「よーし!じゃあまずはホテルに戻るよー!
みんなー!ちゃーんと付いてきてね〜♪」
「「「「「はーい♪」」」」」
そうして一行はホテルに預けていた荷物と車を取りに戻り、夜のうちに京都を出発した。




