閑話 芹沢家狂想曲 後編
お気に入りのキャラクターだけあって、長い後編になってしまいました。
ぜひお楽しみ下さい。
よろしくお願い致します。
それから数時間後、
あれからしっかりラーメンを食べ、一度準備のため家に帰った澪と亜里沙は、芹沢家までやって来ていた。
「まだ明かりが点いてないね?」
「まぁまだ閉店したばっかの時間だし…でも澪、なんで芹沢ん家知ってんの?」
「芹沢君が覚えてるかわからないけど、私、昔遊びに来たことがあるんだ♪」
「あっ!そっか、あんた達って…」
「あれ?亜里沙、澪?」
とそこへ、大学の部活を終えた由紀が帰ってきた。
「二人ともこんな時間にどしたの?」
「あ、あのね、由紀ちゃん…」
「…あ〜私ら、今日芹沢んとこに泊まるから」
と、言いにくそうな澪の代わりに亜里沙がそう言う。
「えぇっ!」
「つっても勘違いすんなよ!
あたしゃ芹沢ってか、由紀に会いに来たんだからね!」
「そーだよ、由紀ちゃん!」
「あ、あ〜なるほど…」
と、由紀は申し訳なさそうに頬を掻く。
アンナが来てからの状況を説明しづらかった由紀は、なんとなく二人と顔を合わさないようにしていたのだ。
「それは…ごめんなさい…」
由紀は二人に向かって、しっかり頭を下げて謝った。
「ならよし!な、澪?」
「うん♪」
「…って、ちょっと待って!
亜里沙はともかく、澪は幹ちゃんに会いに来たんじゃないの?」
「そ、それは…」
「やっぱりバレたか…」
「そんなのバレバレだよ!
だって私、澪のそんな服見たことないもんっ!」
「うん。そりゃわかる…実は私もビックリしてたんだよね」
「えっ!えっ!私、なんか変だった?」
「変っていうか…攻めてるって感じ?」
と、由紀は亜里沙に確認する。
「あぁ…ぜったい落としてみせる感満載って感じ…」
「なるほど…確かに幹ちゃんの好きそうな服かも…?」
「もしかして…だから由紀も普段ショートパンツが多いの?」
「ち、ちがうよ!わ、私は動きやすいからで…」
とはいえ、由紀が幹太と出掛ける時は、ほぼ百パーショートパンツである。
「現に芹沢も、今日の澪の服は気に入ってたみたいだし…」
実は先ほど店を出る時、
『そういや広川さん、今日の格好、すっごくよく似合うな』
と、澪は幹太に褒められていたのだ。
「亜里沙ちゃんだって褒められてたじゃん!」
親友たちに下心がバレバレだった澪は、精一杯の反抗を試みた。
「あ〜?あの大人ってぽくていいなってやつ…?
芹沢のあれって、ホントに褒めてんの?単にババくさいって言いたかっただけじゃない?」
「そんなっ!芹沢君はそんなこと言わないよ!」
「そうそう、幹ちゃんに限ってそりゃないよ。
フフッ♪幹ちゃんって、ちょっと大人っぽい人も好きだからね〜♪」
「…そうかよ」
尻つぼみにそう言って、亜里沙は真っ赤に染まった顔を伏せる。
「あ♪亜里沙もテレてる?」
「う、うるせー!」
「ふふっ〜ん♪そういえば、亜里沙って前に幹ちゃんにスタイルいいって褒められて…」
「い、いつの話してんだよっ!もうっ!由紀っ!」
「あっ!」
と、亜里沙と由紀がじゃれ合い始めたところで、澪が声を上げた。
「そうだ!それどころじゃないんだよ!」
「そ、それどころじゃないって…ちょっと澪さん?」
「問題はアンナちゃんだよ!」
そんな澪の叫びを聞いた由紀と亜里沙は、ピタリと動きを止める。
「そっか、二人ともアレを見ちゃったか…」
「あぁ…ありゃすげぇな。
一体どこの国のお姫様なんだって感じだわ」
「そうなんだよね…アンナって自分のことあんま話さないから、実はお姫様でした〜ってのもありそうな気がしちゃう」
「アンナちゃん、性格も良かった…」
「その上、頑張り屋さんだしね。
あれこそ非の打ち所がないって…」
とそこで由紀は急に話すのをやめ、家の前にある坂道の向こうに目をやった。
「由紀…?」
「どうしたの由紀ちゃん?」
「幹ちゃん、そろそろ帰ってくるかも…」
「「えっ?」」
そう由紀は言うものの、亜里沙と澪には遠く離れた国道を行き来する車のライトしか見えない。
「えっと〜ちょっと待ってね。
三、二、一…はいっ!」
と、由紀が言った瞬間、本当に国道の角を曲がってくる屋台が見えた。
「澪、今のって…?」
「う、うん。ひょっとして、音とかした?」
「そんなのあたしにゃぜんぜん聞こえなかったぞ…」
「私もだよ…ねぇ由紀ちゃん、どうしてわかったの?」
「ん〜?なんか幹ちゃんの足音がするなって思って。
おーい♪幹ちゃ〜ん♪アンナ〜♪」
呆然とする二人を置いて、由紀は坂を上がって来る屋台に向かって駆けていく。
「ただいまです♪」
「おかえりアンナ♪幹ちゃんもおかえり♪」
「ただいま。そうだ由紀!広川さんと臼井さんがウチに…」
「うん、知ってる。もう来てるよ♪」
「…まぁそういうことだから、よろしくな」
どうやら開店直後のやりとりから、幹太の方も諸々の覚悟が決まっているようだ。
「うん♪任せて!
楽しもうね、アンナ♪」
「ハイ♪」
そうして五人は、ひとまず芹沢家へと入った。
「由紀さ〜ん、お風呂上がりましたよ〜♪」
この幹太の家で同居している三人は、本来お隣に住んでいる由紀も含めてこの家で風呂に入っていた。
「は〜い♪じゃあ次私〜♪」
なので、このようなやり取りが毎日行われている。
「由紀が風呂入ってる間に準備しちゃう?」
「あ、うん。遅くなっちゃうからそうしてて。
準備したら先に始めちゃってていいよ♪」
「そうね…じゃ、そうしますか♪」
「うん♪それじゃあ…」
「澪…それなに?」
と、亜里沙は澪がエコバッグから取り出した酒瓶に目を止める。
「えっ?もちろん芋焼酎だよ♪」
「げっ!なんでお泊り会に芋なのっ!?
なんかおっさんみたいじゃん!」
「えぇっ!ひどいっ!そんなこと…あるかもしれないけど…」
そう言いつつ、澪は手早く芋ロックを作って幹太の前に置く。
「芹沢君、ちょっと飲んでみる?」
「おぉ、ありがとう。いただきます」
仕事上がりで喉が乾いていた幹太は、グビッと勢いよく飲んだ。
「あ、これ美味い…」
「ホントに?」
「うん。俺、焼酎って初めて飲んだけど、こんな感じなんだ…」
「私、ほとんどジュースしか買ってきてないけど大丈夫かな?」
「臼井さん、酒は苦手なのか?」
「あぁ、辛かったり苦いアルコールってなんか合わないんだよな。
だから今日はアンナとおとなしくしてるよ」
「私とおとなしく…?なぜです?」
「なぜって…アンナは未成年じゃないの?」
「ミセイネン?なんです、それ?」
「もしかして、アンナちゃんの国って成人年齢がないのかな?」
「そうなの?
じゃあ、アンナの国で大人になるっていくつから?」
「えっと…明確な年齢は決まってないんですけど、たぶんお仕事を始めたら大人って感じだと思います」
「そうなんだ。そんじゃお酒がオッケーになるのは?」
「それは各家庭ごとに違います♪」
シェルブルック王国の飲酒年齢は、各家庭の親が決めるものなのだ。
「じゃあアンナちゃんは自分の国で…」
「はい♪ワインなら頂いてましたよ♪」
つまりアンナの国、シェルブルック王国では、澪の言う通り明確な成人年齢がないのである。
「そういや…アンナっていくつなんだっけ?」
「フフッ♪幹太さん、それは乙女の秘密です♪」
とりあえず、この国のお酒を飲んでみたかったアンナは、ひとまずそういうことにしておいた。
「おし!じゃあお言葉に甘えて、由紀が上がる前に乾杯だけしとくか?」
「うん」
「だな♪」
「それでは僭越ながら私が…」
そう言って、アンナは澪の作った芋の水割りを持って立ち上がる。
アンナは王女という立場上、こういう時に自然に体が動くようになっているのだ。
「では!異世界の新しい友人との出会いを祝して!カンパーイ♪」
「あ…まぁいいや!はい!カンパーイ!」
「「…?カンパーイ!」」
後になって考えてみれば、これがこの後訪れる混沌の始まりであった。
「そういや芹沢、ここんちの風呂の順番っていつもこんななの?」
と、亜里沙はポテチの袋を開けながら聞いた。
「うん。だって、俺の後に二人を入れるわけにはいかくないか?」
「そう…だよね。
けど、あたしにゃ二人の後にあんたってのも微妙な気がするけど?」
「だったらどーせいっちゅーのっ!?」
「おぉ…そっか。ゴメン、芹沢」
「アンナちゃん、やっぱり髪の毛綺麗…」
「ありがとうございます、澪さん♪」
「生まれつき…だよね?」
「はい♪
わたしの家系独特のものらしいんですけどね♪」
「…いいなぁ」
「髪の毛と言えば、私、この国に来た時にビックリしたんですよ♪」
「えっ、なにを?」
「奇抜な髪の色に染めた方がたくさんいるって…」
「お、そりゃあたしのこと?」
「えっ?亜里沙さん、そうなんですか?」
「うん。抜いて染めてるよ♪」
「抜く…?綺麗な金髪なので地毛かと思ってました。
亜里沙さん、なんだかお姉様みたいです♪」
「えっ!アンナ、お姉さんいるの?」
「ハイ♪姉が二人います♪」
「そりゃまた…」
「うん。すっごい美人さんっぽいね…」
「確かに…ビクトリアお姉様もシャノンも美人ですね」
と、アンナは二人の顔を思い浮かべながら言う。
「ねぇ澪、アンナが美人って言うってヤバくない?」
「うん」
「もしかして…なぁ芹沢、あんたはアンナのお姉さんたちに…って、寝てんじゃん!?」
まだ始まったばかりにもかかわらず、女子三人が夢中で話している横で、幹太はグラスを持ったままうつらうつらとしていた。
「はぁ、またですか…」
「またって…アンナちゃん、芹沢君が寝ちゃうのってよくあることなの?」
「はい!それはもう、二日にいっぺんはこんな感じです!」
「そうなんだ…フフッ♪芹沢君、なんかカワイイ♪」
「笑い事じゃないです!
幹太さん、こうしていつも寝てしまって、晩ご飯もまともに食べないんですよ!」
「えぇっ!それは良くないかも…」
「見てください!だからこんなに痩せてちゃってます!」
そう言って、アンナは仰向けに寝ころがる幹太のTシャツを思いっきりめくり上げた。
「「!!」」
「ほぇ?アンナ、なにしてんの?」
とそこで、タオルを頭に巻いた由紀がリビングに戻ってきた。
「あ、由紀さん、幹太さんがまた…」
「寝ちゃった?」
「えぇ、寝ちゃいました」
と、アンナが幹太のTシャツをめくったまま、二人は平然と会話を続ける。
「二人とも、あのさ…」
「はい」
「なに、亜里沙?」
「なんで芹沢のお腹見てなんともないわけ?」
「「なんともって…?」」
「…そっか。それじゃ二人とも、とりあえずこっちのお嬢さんを見てみよっか?」
亜里沙はそう言って、真っ赤になりつつも幹太のお腹から目を離さない澪を親指で指差した。
「…澪?どうして?アンナはわかる?」
「わかりません…」
幹太と初めて会った時に、彼の裸を見て恥ずかしがっていたアンナはもうどこにもいないのだ。
「よし!そんじゃ次ね!
澪!私が許す!芹沢のお腹を触っちゃいなさい!」
「えぇっ!あ、亜里沙ちゃん…わ、私…」
恋する乙女は、恥ずかしがりながらも興味津々な様子だ。
「いいからいっちゃいなさい!」
「ハイッ♪」
と、今日一番のいい返事をして、澪はゆっくりと幹太のシックスパックのお腹に手を伸ばす。
『せ、芹沢君のお腹、芹沢君のお腹、芹沢君のお腹…』
しかし、震える指先が触れるか触れないかというところで、
「や、やっぱりムリっ!」
と言って、パッと手を引っ込めた。
「お二人とも、わかりましたか?
これが乙女の恥じらいってやつです」
「「……?」」
「はぁ〜やっぱり伝わんないか。
仕方ない…だったら最後の手段!由紀!芹沢のお腹さわってみて!」
「ほ〜い♪」
亜里沙にそう言われた由紀は、なんの迷いもなく幹太のお腹をさする。
「じゃあ次は〜お腹にキス!」
「えぇっ!亜里沙ちゃん、それは…」
「ダメよ、澪。この子たちには、この機会にちゃんと教えておかないと」
「は〜い♪…って、あれ?」
と、由紀は先ほどと同じように間髪入れずに行動に移そうとしたが、なぜか途中でその動きが止まった。
「あれ…?おかしいな、なんでだろ?」
「フフフッ♪それ見なさい!もうできないでしょ?」
「けど、どうして…?
私、ちっちゃい頃から幹ちゃんのお腹に噛み付いたりしてたのに…」
「ゆ、由紀ちゃん…芹沢君にそんなことしてたんだ…」
ちなみに澪は、幹太と由紀の小学生の頃からの幼馴染である。
「次はアンナよ!
さぁアンナ!芹沢のお腹にさわっ…」
「ふぁい!」
と、アンナは即座に幹太のお腹に噛み付いた。
「「「えぇっ!?」」」
「ふぉ、ふぉれでいいですふぁ?」
どうやらこれでいいですかと聞いているらしい。
「ちょ、ちょっと待って!さすがの私もここまでは予想してなかったわ。
触る前に噛み付いちゃうって、どういう心理なの?」
「うん。だけど由紀ちゃん以上って、私、どうしよう…?」
「アンナって、お肉好きなんだよね…」
「ひょっひりひょっぱいです」
アンナ曰く、幹太の腹は汗で塩っぱいようだった。
「わ、私もちょっと頑張ってみようかな…」
そんなアンナに触発されたのか、澪は四つん這いになって幹太に近づいていく。
「いくよ…せーのっ!ハムッ!」
そしてそのまま、なぜか彼の右乳首に噛み付いた。
「「澪っ!?」」
「フヘッ?」
「あ、あんたどこに噛み付いてんの!?」
「ふぇ〜ふふってふふぁらふぁふぁんない」
どうやら澪は、目をつぶって幹太に噛み付いたようだ。
「よーし!それじゃあ私もっ♪」
さらに先ほどまで躊躇していた由紀までもが、嬉しそうに幹太の脇腹に噛み付く。
「えぇっ!これって一体どういう状況なのっ!?」
そう亜里沙が叫ぶのも無理はない。
いま彼女の目の前あるのは、スヤスヤと眠る男の子に、三人もの女の子が噛み付いているという、かなりマニアックな状況なのだ。
「もー!いい加減にしなさいっ!」
亜里沙はそう言いながら、食いつく三匹のサメを幹太の体から引っ剥がす。
「ハァ…ハァ…ちょっと…みんな酔っ払うの早くない?」
「うん♪なんだか澪が作ってくれたお酒が美味しくて♪」
「はい♪日本のお酒、最高ですっ♪」
そう言う由紀とアンナの顔は、風呂上がりとはいえ赤すぎる。
「美味しいってマジ…?澪、ちょっと貰える?」
「うん♪どうぞ亜里沙ちゃん♪」
「ありがと…」
と、亜里沙は二人と同じく真っ赤な顔の澪からグラスを受け取り、クピっと一口飲んだ。
「ブッ!濃っ!なにこれ!?
澪!あんたこれどのぐらいで割ったの!?」
「どのぐらいって…みんな女の子だから9・1ぐらいだよ♪」
「ま、まさか…水が9よね?」
「ううん♪芋9だよ♪」
「なんでモロキュウっぽく言ったっ!?」
「アハハッ♪亜里沙ちゃん♪おやじギャグ〜♪」
「おやじはあんただわっ!」
そう。
一見するとこの中で一番女の子らしく見える澪は、酔うとかなりオッサンくさいのである。
「もーいいわ…こんな中で一人だけシラフなんてやってらんない…」
亜里沙はそう言うと、先ほどのジュースの入った袋から、念のため買っておいたカクテルの缶を取り出す。
「よーし!今日は飲むよー!」
「「「おー♪」」」
そうして最後の砦であった亜里沙までもが飲み始め、芹沢家の夜は更けていった。
そして翌朝。
「ふぁ〜よく寝た…って、おわっ!なんで裸!?」
目が覚めた幹太は、自分がマッパであることに気がついた。
正確に言うと、なぜか大事なところだけはタオルで隠されている。
「うわっ!広川さんっ!?」
裸で横になっていた幹太の腰の辺りには、つま先までショートパンツがズリ下がり、ピンクのパンツ丸出しの澪がしがみついて寝ていた。
「ちょっ…あれ?どうなったんだっけ?」
と、しがみつく澪の体を慎重にどかしながら記憶を辿ってみるが、すぐに寝てしまった幹太が思い出せるものなど何も無い。
「アンナは…?」
そう言って辺りを見回してみると、キッチンの入り口から伸びる白い足を見つけた。
幹太はタオルを押さえる手に細心の注意を払いつつキッチンに向かう。
「む〜、おニク、美味しいです…♪」
「…なぜチャーシューを?」
やはりキッチンで大の字になって寝ていたのは、丸々一本のチャーシューにカブりついたまま眠るアンナだった。
ひとまず幸せそうなアンナは放っておくことにして、幹太はリビングに戻る。
「…由紀はいいとして…後は…臼井さんか…?」
これまでの経験から、幹太はたぶん自分の部屋のベッドに由紀がいるだろうと予想していた。
「ほら、やっぱり…」
「ムニャムニャ…幹ちゃんのここ、柔らかくて面白い…♪」
そう思って二階に上がると、予想通り由紀は幹太のベッドでスヤスヤと眠ていた。
「う、臼井さ〜ん?」
そうしてなぜか裸のまま、幹太は捜査を開始する。
「…どこにもいないな?」
しかし、芹沢家にある全ての部屋を探してみても亜里沙は見つからない。
「ひょっとして、帰ったかな?
あ〜いかん、まずは…」
とそこで、起きてからすこし時間が経ったこともあり、尿意に襲われた幹太はトイレに向かう。
「しっかし臼井さん、一人で帰って大丈…ブッ!?」
と、トイレの扉を開けた幹太が見たものは、黒いレースの下着姿で便器に持たれかかる亜里沙の後ろ姿だった。
「う、臼井さん、お、お尻が…」
どういう訳で半裸になったのかはわからないが、切羽詰まった状態でトイレに駆け込んだであろう彼女のパンツは、がっつり割れ目に食い込んでいる。
「う…あ…誰…?」
とその時、目を覚ました亜里沙が振り返った。
「…芹沢…?な、なんで裸なの?」
そんな亜里沙の問いに、テンパりの極地にあった幹太は思わず質問で返してしまう。
「う、臼井さんこそ…」
「…えっ?私…?」
とそこで、ようやく亜里沙は自分が下着姿であることに気がつく。
「えっ?やだっ!うそっ!?え!えぇー!?」
自分の姿に気づいた亜里沙は、必死に片手で胸を隠し、もう片手でお尻を隠した。
「芹沢!お願いだから目をつぶってっ!」
「ハイッ!」
幹太は言われた通り、両手で目を隠す。
と同時に、どうにか今まで彼の股間を隠していたタオルがハラリと床に落ちた。
「キャー!」
「ご、ごめんなさーい!」
と、叫ぶように謝った幹太は、あちこちにぶつかりながら自室へと戻っていった。
それから数十分後、
「…で、なにがあったの?」
五人は再びリビングに集合していた。
もちろん先ほどまで半裸や全裸だった者たちはきっちり服を着ている。
「由紀…ホントに気がつかなかったのか?」
「うん。幹ちゃんが部屋に来たのもぜんぜんわかんなかったよ♪」
「…そりゃなにより」
あの後焦った幹太が部屋に駆け込んでも、由紀はまったく目覚めなかったのである。
「わ、私、芹沢君と一緒に…」
幹太の正面で真っ赤な顔をして俯く澪は、どうやらうっすら記憶があるようだ。
「幹太さん…あのチャーシューはもしかして今日の分の…?」
そう言うアンナの顔は、隣に座る澪とは正反対に青ざめていた。
「いや、あれはアンナ用だから大丈夫…」
今朝アンナが咥えていたチャーシューは、仕事中にどうしてもつまみ食いしてしまうアンナの為に別で仕込んだものだった。
「…亜里沙?」
「はいっ!」
「なんか変だよ?どうしたの?」
「い、いや、由紀…それはさ…」
「臼井さん!け、今朝具合が悪くなったんだよ!」
「…そうなの?大丈夫、亜里沙?」
「うん!大丈夫!大丈夫!」
「…亜里沙ちゃん?もしかして芹沢君となんかあった?」
と、明らかに様子のおかしい二人に、恋する乙女、澪のセンサーが反応する。
「な、何にもないって!な、芹沢っ?」
「そうそう!臼井さん、トイレで寝ちゃってただけで…」
「あ!バカっ!芹沢っ!」
「…なんでそれを芹沢君が知ってるの?」
幹太をそう問い詰める澪の瞳は、昨日と同じく瞳孔がガン開きである。
「そ、それは…」
「まさか…亜里沙ちゃんのトイレしてるとこ見たの?」
「見てない見てないっ!」
「そそそ、そうですわっ!な、何を言ってますの?澪さん!」
「……」
「あ、そうですっ♪」
とそこで、アンナがパンッと手を合わせた。
「亜里沙さん♪先ほどの着ていらした下着の売っている場所、教えて下さいませんか?」
「げっ!ア、アンナ!?」
「下着?アンナちゃん♪どういうこと?」
澪はグリンっとアンナの方を向き、ニッコリ笑ってそう聞いた。
「さっき部屋に戻って来た時に、亜里沙さんが着てらした下着がとっても可愛いかったんです♪」
「へ〜♪部屋に戻って来た時の下着ですか♪」
「あ、あの澪…?」
「亜里沙ちゃんは…どこから戻ってきたの?」
そう聞く澪の顔からは、一瞬で笑顔が消えていた。
「い、いや〜どこだったかなぁ〜?」
「亜〜里〜沙〜ちゃ〜ん?」
「…ごめんなさいっ!お邪魔しましたっ!」
澪からのプレッシャーに耐えきれなかった亜里沙は、芹沢家の玄関に向かって走り出す。
「あ!ちょっと亜里沙ちゃん!」
澪もそれを追いかけ、リビングを出ていく。
「えっ?ちょっと、二人とも朝ご飯はっ!?」
「あ!亜里沙さん、お店の場所を…」
「広川さんっ!荷物荷物っ!」
と、三人が引き留める間も無く、二人は家を出ていった。
「あ〜行っちゃったね…」
「残念です…すっごく可愛いかったのに…」
「まぁ、荷物は置いときゃいいか…」
そう言って三人は振り返り、いつもの食卓に座った。
「フフッ♪でも、楽しかったね、アンナ♪」
「ハイ♪ぜひまたやりましょう♪」
「勘弁してくれ…」
と言う幹太の思いとは裏腹に、このメンバーによる芹沢家における宴は、この後定期的に開催されることとなったのである。




