第155話 two for all
そして翌日、昨夜のうちに京都へと到着した幹太たち七人は、烏丸御池駅近くにあるホテルで朝を迎えた。
「幹ちゃん、きょ、今日はよろしくお願いします」
「こ、こちらこそっ!」
朝食後、ホテルのロビーで待ち合わせをした幹太と由紀は、かなりギクシャクしながら手を繋いでホテルを出ていく。
「行きましたね♪」
「私たちも行くわよ、アンナ!」
「いけませんっ!アナ!」
「クレア様!ダメです!」
そんな二人の様子を、アンナ、クレア、シャノン、ゾーイの四人がロビーにある花壇の裏から眺めていた。
「もう少しだけゆっくりしませんか〜?」
そう声をかけたのは、四人が隠れる花壇の後ろのソファーに座ってお茶を飲んでいるソフィアだ。
「とってもおいしいですよ〜♪
皆さんで一緒にいただきましょう〜」
と言って、ソフィアは人数分の緑茶を備え付けのポットから入れ始めた。
「けど…それではお二人を見失ってしまいます」
「フフッ♪それでいいじゃないですか〜♪」
「えっ?でしたら私たちは何をするんです?」
この王女は、本気で出歯亀に一日を費やすつもりだったのだ。
「もちろん観光ですよ〜♪」
「ソフィア様…?それは私たち五人だけでするということですか?」
と、ゾーイは背もたれの裏からヒョコっと顔を出してソフィアに聞いた。
ゾーイもはじめから二人について行く気は無かったが、ホテルでおとなしく待つものと思っていたのだ。
「はい♪ここはよその国の方がたくさんいらっしゃる街らしいので、私たちだけでも大丈夫そうですし〜♪」
「そっか…それもいいわね♪」
そんなソフィアの考えに、速攻で賛成したのはクレアだった。
「はい♪私もクレア様とこの街を見てみたいです♪」
クレアに続いてゾーイも賛成する。
「えー!お二人がどんなデートするのか見なくていいんですか?」
「アナ…」
「はい?」
「今日は私たちだけで観光しましょう」
「へっ?シャノンがそんなこと言うなんて珍しいですね?
いつもだったら、少し離れていても日本人のお二人といた方が安全って言いそうですけど?」
「そ、そうでしゅか?」
「ぜったい変ですっ!
お姉様、なにか隠してませんか?」
「いえ、私はただ…」
「ただ…なんです?」
「し、親友の大切な時間を邪魔したくないと…」
アンナに問い詰められたシャノンは、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらそう答えた。
「あぁ…そういうことですか。
フフッ♪お姉様のそんな顔、久しぶりに見ました♪」
「そ、そんなことは…」
「それにしても、お姉様が親友ですか…。
自分からおっしゃっるなんて、本当に由紀さんのことが大好きなんですね♪」
「あ、あんまり姉をからかうんじゃありませんっ!」
恥ずかしさの限界に達したシャノンは、アンナの口を塞ごうと飛びかかる。
「フフッ♪その顔も懐かしいですっ♪」
「もうっ!アナっ!」
「それじゃ、私たちは私たちで観光するってことでいいわね?」
「ふぁい。ふぉうしまふぉう、クレア」
両手でシャノンに頬を挟まれながらも、アンナはなんとかそう返事をする。
「決まりね♪じゃ、次はどこに行くかよ♪
ソフィアはなにか調べたりしてる?」
「はい♪これです〜♪」
そう返事をしたソフィアは、胸の谷間から一枚の地図を取り出す。
「あ、もう印がしてあるわ♪」
「ソフィア様、いつの間になさったんですか?」
クレア、ソフィアと同室だったゾーイの記憶では、昨晩は旅の疲れからか、二人はすぐに寝ていたはずである。
「これは由紀さんが用意してくれたんです〜♪」
実は昨晩、翌日のデートの相談で幹太の部屋を訪れた由紀は、自分たちがいなくてもみんなが京都を楽しめるように、彼と共に異世界人向けの観光プランを立てていたのだ。
「由紀様らしいですね♪」
「えぇ。さすがお姉様の親…」
「アナっ!そろそろ本気で怒りますよ!」
「はう!ご、ごめんなさいお姉様っ!」
「さて♪由紀はどこを選んでくれたのかしら?」
「フフッ♪クレア様、楽しそうです♪」
「あなただってそうよ、ゾーイ♪
えっと…ギオン…キヨミズデラ?」
「まだまだたくさんありますね♪」
「でも、この翻訳魔法って本当に便利なのね。
だってこれって、他の言語で書いてあるんでしょ?」
そう言いながら、クレアは地図の裏表を見せる。
B4版のその地図は、表は日本語で、そして裏側は英語で印刷されていた。
「ほ、本当です…文字の形は違うのに、頭に入ってくる訳は一緒なんですね」
リーズ公国から来た二人は、改めてシェルブルックの持つ偉大な魔法使いの実力を目の当たりにする。
「ん〜?ほとんどが史跡なのね…」
「クレア様、この矢印はなんです?」
「たぶん回るルートなんだと思うけど…」
「…すいません」
とそこで、ホテルの案内係が五人の前にやって来た。
「芹沢様のお連れの方でいらっしゃいますか?」
「はい、そうですけど…」
もちろん先ほど翻訳魔法により、アンナはあっさりと返事を返す。
「芹沢様より、これをお渡しするよう頼まれておりました…」
そう言って、ホテルの案内係はアンナに数枚のカードを手渡した。
「これは…?」
「バスと地下鉄のカードです。
これでバスと地下鉄ならば、ほぼ全てに乗車できますので…」
「わかりました。どうもありがとうございます♪」
「それでは失礼致します」
深々と礼をして、案内係はフロントへと戻っていく。
「バスと地下鉄?確か…乗り合いの車でしたか?」
そう聞きつつ、シャノンはアンナの手からカードを一枚引き抜く。
「はい。前回も幹太さんと東京巡りをした時に乗りましたね♪」
「じゃあこの数字はその乗り物の番号かしら?」
と、クレアは地図に書き加えられたアルフベッドと数字に目をとめた。
「えぇ、たぶんそうです。
こちら世界の乗り合いの乗り物には、ぜんぶ番号が割り振られているというお話でしたから…」
前回日本に来たとき、アンナは幹太の家の最寄りの駅にもJC11という番号が振られていると、彼に聞いたことがあった。
「由紀様、すごい…」
「はい♪それも昨日調べていてくれたんですね〜♪」
ソフィアの言う通り、由紀は五人が観光しやすいように、この地図に完璧なルート案内まで書き加えていたのだ。
「しかもこれ…よく見たら大陸公用語です…」
アンナはその地図に加えられている乗り換えなどの注意書きが、自分たちの国の文字で書かれていることに気がついた。
大陸公用語というのは、アンナの国シェルブルック王国と、クレアの国リーズ公国、さらにはヘルガソン一家の住むクレイグ公国に共通する言語である。
「…もしかして知らなかったんですか?
由紀さん、ずいぶん前から大陸公用語を話してますよ」
「えぇっ!そうなんですかっ!?」
「えぇ。あれは…衛士隊の訓練に参加するちょっと前ぐらいでしたかね…?
由紀さん、ムーア導師に翻訳魔法を一時的に解いてもらって、大陸公用語を習ってるんです」
「…それでもう文字までですか?」
「はい」
「…ねぇアンナ、結婚した後でいいから、由紀をリーズに貸してもらえないかしら?」
「ダ、ダメですっ!
由紀さんはシェルブルック衛士隊の有能な教官なんですからっ!」
「そんなのシャノンに任せなさいよ!
あ〜もったいない。私だったら、由紀にはもっと重要なポストで働いてもらうのに…」
「そ、それは、私だってゆくゆくはそう思って…」
「どちらもダメですね。
今の衛士隊にとって、由紀さんはなくてはならない存在ですから…」
「皆さ〜ん♪」
とそこで、由紀を奪い合う三人にソフィアが声をかけた。
「幹太さんたちが出かけてずいぶん経ちますし、そろそろ出かけましょう〜♪
シャノンさん、最初はどこですか〜?」
「あ、あぁ…すいません。
最初、最初ですか…」
「ふ〜ん、最初はフシミイナリタイシャですって♪」
「なるほど…離れた場所から回っていく計画なんですね♪」
二人のプリンセスはシャノンの持つ地図を覗き込み、楽しそうにルートの確認をする。
どうやら幹太と由紀の後を追うことは、すっかり忘れているようだった。
「では、行きましょう♪
シャノン、地図はあなたが…」
「はい、アナ。
まずは…ここを出てすぐの駅ですね」
シャノンの手にした地図には、ホテルから地下鉄の駅に至る道順までも詳細に書き込みがしてあった。
「…ねぇ、本当にダメ?」
クレアは先ほどより本気の目つきで、有能すぎるラクロス日本代表の司令塔の獲得を再度試みる。
「「絶対にダメですっ!」」
アンナとシャノンは、下手をすれば国の中枢を担うポストへのベッドハントを、本人には無断で断った。




