第154話 all for two
「…お待たせしました」
幹太とアンナが落ち着くまでしばらく待ち、ようやく一行は出発した。
「い、いえ、芹沢様に喜んでもらえてなによりです」
「そうね♪」
「私も着てみたいです〜♪」
幹太の運転するキッチンワゴンにはゾーイ、クレア、ソフィアの三人が乗っていた。
一方、由紀の運転するダッジチャレンジャーには、アンナとシャノンが乗っている。
「ちょっと気合いを入れていかないとだな〜♪」
「あの由紀さん…この車、早すぎませんか…?」
「アナ、ドラちゃんでこの速度は遅いほうです」
「わ、私、今からでも幹太さんの方に…」
「アナはできるだけ私と一緒にいてください」
「えぇ!今さらっ!?
で、でしたらクレアたちと代わって…」
「…あの車はダメです」
「なぜですっ!?」
「フフフッ♪ドラちゃんの助手席はすっかりシャノンのものになっちゃったね〜♪」
「えぇ、日に日にフィット感が増している気がします…」
「はぁ…まったく仕方ありませんね。
それで由紀さん、今日はどこまで行くんです?」
「えっとね〜とりあえずは本州…この国で一番おっきな島ね、そこに渡るの」
「そうですか…それまでにどこか寄り道は?」
「そこまではないけど、その先はちょっと寄り道しようって幹ちゃんと話して…そうだ!アンナはどこか寄りたいとこはある?」
「私ですか…?」
「うん♪」
「どこかと言われても…さすがにこの国の名所は知りませんからね…」
「ん〜でも、このままだとラーメン食べ歩きツアーになっちゃいそうなんだよなぁ〜」
「あぁ…それは残念ですね」
「でしょ〜シャノン」
「はい」
「…なぜです?それでいいんじゃないですか?」
そう聞くアンナは、本気でそれの何がいけないのかといった風である。
「やっぱりそうなるか…」
「…いいですかアナ、二度とここへは来れないかもしれないんですよ?」
「えぇ。それはわかってますけど…」
「わかってるんだ…それでもラーメンでいいんだ…」
「ダ、ダメでしょうか?」
「アンナは完全に幹ちゃんに毒されてるね〜」
「もう完全に手遅れです」
「そ、そんなにですかっ!?」
そんな話をしているうちに二台の車は本州へと渡り、そのまま兵庫県まで一気に走り続けた。
「ん〜!あー疲れたっ!」
車から降りた由紀は、たどり着いた明石サービスエリアでバキバキに凝った体を思いっきり伸ばす。
「ハハッ♪お疲れ様、由紀」
「うん♪幹ちゃんもお疲れ様♪
さて、どうしましょう?」
「…俺、行こうと思ってるとこがあるんだけど…」
「そうなの?」
「うん。実はそう思って、ちょっと急いでここまで来たんだよ」
「ふ〜ん、それであんまり休憩取らなかったんだ?」
「そう」
いま幹太たちがいる明石サービスエリアは、真っ直ぐ東京に向かう阪神高速ではなく、第二神明道路という海側を走る有料道路にある。
「こっちだと淡路島とか?」
ここから戻る形にはなるが、そっち方面に行きたいのだろうと由紀は当たりをつけた。
「うんにゃ、こっちに来たのは、ここに変わったご当地ラーメンがあるって聞いてたからだよ。
俺が行きたいのは京都」
「あ〜だから急いでたんだね」
このルートで京都に行くのには、最短ルートを通るよりもかなり時間がかかる。
「確かに…それならみんな喜びそう♪」
「うん。やっぱり日本を知ってもらうには京都がいいかなって」
「っていうか、私たちも中学の修学旅行でしか行ったことないしねぇ〜」
「あぁ。それに…」
「それに…?」
「あの時、もう一度行ってみたいって言ってたろ…」
「あー!そういえば言ってたかも!」
中学の修学旅行で京都を訪れた時、二人は別々の班だった。
なので次に来る時は一緒に京都の街を巡りたいと、修学旅行の帰りに由紀が言っていたのを幹太は覚えていたのである。
「うん…」
「どしたの幹ちゃん?」
この話を始めてから、幹太はなぜか恥ずかしそうにしていた。
「いや…こっちで初めての親のいない旅行だし…だから新婚旅行の前借りって感じで…」
幹太が恥ずかしがっていたのは、そういう理由があったのだ。
「も〜♪幹ちゃん♪」
そんな幹太に、思わず由紀は抱きつく。
「…そんなこと考えてくれてたんだ」
「ま、まぁな…アンナとソフィアさんとはあっちでさんざん旅をしてるし、ゾーイさんとは結婚の挨拶で故郷の国まで行きそうだろ?」
「うん♪」
「だったら由紀との旅行は日本がいいと思ったし、これが最後のチャンスになるかもしれないから…」
「…ありがとう。
すっごい嬉しいよ♪幹ちゃん♪」
本音を言えば、向こうの世界だろうとこっちの世界だろうと、幹太と一緒であればどこでもいい由紀ではあるのだが、キチンと自分の言ったことを覚えていてくれて、そこまで考えてくれたことがなりよりも嬉しかった。
「ん?でも、もう長崎にも博多にも行ってるんじゃ…」
「うっ、そういやそうだった…」
「フフッ♪まぁどちらかと言うと長崎はソフィアさんだし、博多は幹ちゃんの希望だよね♪」
「そ、そう思ってもらえるとありがたい…」
「了解♪じゃあそうするね♪」
「お、おう」
一方その頃、二人以外の異世界組は、サービスエリア内のスナックコーナーで昼食をとっていた。
「ふへ?ゆきふぁんとふぁんふぁさんに二人の時間をですか…?」
煮干し吟醸ラーメンというこのサービスエリアのご当地ラーメンを食べていたアンナは、いつも通りチャーシューにかぶりつきながらソフィアに聞いた。
「はい〜♪」
「なるほど…」
そう言って頷くゾーイは、これまた明石焼きの入った、この場所のご当地ラーメンを食べている。
「どうでしょうか〜?」
「さすがはソフィアさんですっ!」
「はい、アンナ様♪さすがはソフィア様ですね!」
「なによ?大声出してどうしたの?」
「アナ、ちゃんと飲み込んでから話しなさい」
とそこへ、アンナと同じラーメンを持ったクレアとシャノンがやって来る。
「クレア様、シャノン様、どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
「ありがとゾーイ♪それで、なにがあったの?」
クレアはゾーイの引いてくれたイスに座り、再び三人に聞いた。
「ソフィア様が、芹沢様と由紀様を二人にしてあげたいとおっしゃっているんです」
「あぁ…そういうこと。
いいんじゃない♪次はいつになるかわからないんだから」
「でしたら、あとはどういった形にするかです。
シャノンはどう思います?」
「そうですね…丸々一日お二人で過ごしてもらうというのはどうでしょう?」
「あ!いいですね♪それでいきましょう♪」
「お二人も喜んでくれそうです〜♪」
「はい♪」
「まぁ、それが一番良さそうね♪」
アンナたちは、その提案をすぐに二人に伝えた。
「か、幹ちゃんと二人か〜」
「由紀と二人…」
「あら?もしかして嫌なの?」
「そ、そんなことないよっ!」
「そ、そうだぞ、クレア様っ!」
「フフッ♪じゃあなんで顔がこわばってるの?
変な二人ね♪」
クレアの言う通り、二人きりの一日を提案された幹太と由紀は、なぜか極度に緊張していた。
『す、少しは由紀と二人の時間を取るつもりだったけど、一日デートってなるとどうしたらいいんだ…?』
『あれ…?私、幹ちゃんとの初デートっていつだっけ?』
二人はそんな驚きの事実に今さら気がつく。
「由紀さん…?もしかして、お二人はちゃんとデートしたことがないのですか?」
親友の様子を見たシャノンは、なんとなくそんな気がした。
「い、いや!一緒にお出かけ自体ははそれこそ数え切れないぐらいあるよっ!」
「そ、そうだよ!由紀もよくデートって言ってたし…」
「い、言ってた、言ってた!」
確かに由紀は、おちゃらけで何度もそう言ったことはある。
しかし、世間一般のカップルのように、デートというトキメキがメインのお出掛けを、実際に幹太とした記憶はなかった。
「では早速、目的地に向かいましょう」
そう言って、シャノンは一足先にドラちゃんへと歩き出す。
「…ということは、私はまたドラちゃんですか?」
「そーよ。頑張ってね、アンナ♪
じゃあゾーイ、ソフィア、私たちは幹太の車に行きましょ♪」
「はい」
「アンナさん、それでは〜♪」
と、呆然とする二人を置いて、異世界組はそれぞれ車に乗り込んでいった。
この話に出てくる明石サービスエリアのご当地ラーメンはかなり美味しいです。
大きな高速からは少し離れていて地元の人以外は行きにくいのですが、近くに行った時は必ず寄っています。




