第148話 天然塩
閉店間際の道の駅で始まった試食会ということもあり、なぜか並んでるアンナたちを含めてもお客は十人とちょっと。
百戦錬磨のソフィアに厨房の手伝いをお願いすれば、スープがなくなる量のラーメンを作るのにそれほど時間はかからない。
幹太はあっという間に全てのラーメンを作り終え、ソフィアと共に車外へ出た。
「ありがとう、ゾーイさん。おつかれ様」
幹太は次々と出来上がるラーメンをお客に運んでくれていたゾーイに、そう声をかけた。
「いえ、今回は楽でしたから…」
「しかし、なんでアンナ達まで並んでんだよ…」
「…あの芹沢様、私とソフィア様の分は…?」
「あぁ、大丈夫だよ。
ちゃーんと残してある」
「よかったです〜♪」
「はい♪ソフィア様♪」
「ハハッ♪そりゃそうだよ。
元々はみんなのために作ったんだから」
幹太はそう言って、公園のような一角にあるテーブルに目を向ける。
そこには由紀、アンナ、シャノン、クレアの四人が座り、それぞれにラーメンを食べていた。
「あぁ〜久しぶりの日本ラーメン…めっちゃ美味しい♪」
元々豚骨よりも鳥ガラスープが好みの由紀は、茶色く透き通るスープのラーメンを食べている。
「えぇ、やっぱり向こうで作るのとは違う気がします♪」
一方、コッテリ系が好みのアンナは、やはり白濁した豚骨スープだった。
「これが幹太の…自分の世界でのラーメンなのね」
そう言いつつ麺を啜るクレアは、アンナと同じく豚骨ラーメンを食べている。
「美味しいですね…」
その隣に座るシャノンは、鶏ガラスープのラーメンだった。
「アンナの方もすっごい美味しそうだね♪」
「はい♪最高ですよ♪由紀さん、ちょっと食べてみますか?」
「え、いいの?やたっ♪」
由紀はアンナから差し出された丼を受けとり、まずはスープを一口飲んだ。
「わぁ〜すっごい濃厚♪」
「ですよね♪」
幹太が今回仕込んだ豚骨スープは、スープの量と煮出す時間と考え、最大限に濃厚に作ったものだ。
「ちょっと待って…私たちと離れている間にこれだけのスープが作れるって、あいつがリーズで悩んでいた時間ってなんだったの?」
「そ、それはしょうがないよ、クレア様。
やっぱり日本の方がラーメンの材料は豊富だし…」
由紀の言う通り、豚骨や鶏ガラでもない限り、ラーメンに使う食材は日本中にある一般的なスーパーで簡単に手に入る。
さらにタレに使う醤油や油などに至っては、ラーメン店で使うものより質が良いものも揃っている場合もある。
「確かに、向こうじゃお醤油もそれに似た調味料を使ってますし…あぁっ!だったら…」
「だったらこっちでそのショウユの作り方を覚えて帰ればいいのよ!」
と、アンナがなにかを言う前に、クレアが立ち上がってそう叫んだ。
「ク、クレア!私が先に言おうとしたのにっ!」
「おっ!二人がやってくれるなら、本当に向こうで出来るかもな♪」
とそこへ、先ほどまでキッチンワゴンの前にいた幹太たちがやって来た。
「三人ともおつかれ様♪」
「うん。えっと、由紀は…やっぱりガラの方なんだな」
「うん♪すごーく美味しいよ♪」
「ハハッ♪ありがとう。
そんでアンナは…」
「私はトンコツ一択ですっ♪」
「だよな。それで、どうかな?」
「こっちもとっても美味しいですっ♪
幹太さん、これってタレはなんなんです?」
幹太が向こうの世界で豚骨に合わせていたのは、すべて醤油ダレか味噌ダレである。
アンナは今回の豚骨ラーメンが、いままでと違うことに気がついていた。
「おぉ!さすがだな!
そうそう!今回のトンコツスープは塩を合わせてみたんだよ」
「塩ですか?」
アンナはそう言って、もう一口スープを飲んだ。
「…その割にはすごく風味が強いような?」
アンナの記憶にある塩ラーメンは、ソフィアの故郷、ジャクソンケイブのご当地塩タンメンである。
「ジャクソンケイブのラーメンの塩風味が濃かったのは、塩湖の岩塩だからですよね?」
「うん。あとは豚骨だけじゃなくて、鶏ガラとの合わせスープだったからってのもあるな…」
豚骨と鶏ガラの合わせスープは、純粋な豚骨スープよりもさっぱりしたスープになる。
「でもこのスープ、ジャクソンケイブの塩湖よりも塩気が強くないですか?」
「えぇっ!そうなんですか〜?」
「えぇ、ソフィアさんもちょっと食べてみてください」
「は、はい、いただきます〜」
と、ソフィアはアンナから丼を受け取ってスープを飲む。
「すごいです…こんなに濃いスープなのに、しっかり塩味がわかります〜」
「ですよね!ソフィアさんが言うなら間違いないです!
幹太さん、このお塩はどこから?」
「その塩は長崎…ここの海の塩なんだよ」
長崎には、いまだに昔ながらの方法で海水から塩を作っている職人がいる。
「はじめに塩田って言って、海水を砂浜に撒いて作るんだけど…」
そうしてまずは塩を結晶化させ、それをろ過してから大鍋で煮込むのである。
「しかも、その工程でかん水もできるんだ」
現在の日本で天然のかん水を使うことなどまずないが、元々の語源はここからきている。
それから更にいくつかの工程を経て、この天然塩は完成するのだ。
「前から一度使ってみたかったんだよなぁ〜」
もちろんラーメン馬鹿の幹太は、最初からそのような塩があることを知っていた。
「ちょ、ちょっと待って幹太!つまり…海と砂浜があれば、その塩ができるの?」
リーズの塩も海水から出来ているが、海水を煮立てて精製するだけの単純なものだ。
「そうだよ、クレア様。
だからきっと、この塩はリーズでも作れる」
「ほ、本当に…?」
「うん。レイブルストークならたぶん…」
「よっしゃー!」
幹太の言葉を聞いたクレアは、拳を天に突き上げる。
この紅蓮の姫は、むこうに帰ったらさっそくやってみるつもりだった。
「塩湖と海ですか…我が国とリーズで塩ラーメンの覇権を争うことになりそうですね」
というシャノンの呟きは後に現実となるのだが、それはまた別のお話である。
「それで幹ちゃん、このラーメンはどうするの?」
「ん?どうするって?」
「いや、どっかでメニューにするのかなって…」
これだけのラーメンを作ったのならば、何らかの目的があるのだろうと由紀は思っていた。
「う〜ん、どうかな?
これは完全に趣味のラーメンだからなぁ〜」
そう言って、幹太は頭を掻く。
「しゅ、趣味のラーメンってなに…?
幹ちゃん、できたらなんか別な趣味も考えた方がいいよ…」
さすがの由紀にも、幹太のその趣味は理解できなかった。




