第139話 キッチンワゴン
「どうだ?すごいもんだろ?
ちゃーんと動くし、車検も保険も入ってるぞ」
英治は車体後ろの観音扉を開き、幹太を中へと招いた。
「…すごい」
「ははっ♪そうだろう。
これを作った時は色々とこだわったからな」
車の中の厨房は普通の店舗使われる設備を使っており、すべてがホシタニという一流の会社のものであった。
「おじさん、もしかしてこれを俺に…?」
「あぁ、おまえが持って行ってくれれば助かる。
こんな田舎じゃ売りに出したこところで買い叩かれちまうし、どうしょうかと思ってたんだ。
それに…」
英治はそこで少し言葉を止めて幹太を見た。
「姉さんに幹太をよろしくって頼まれてたしな…」
幹太が遠方に住んでいたこともあり、英治はいままで幹太に何もしてあげられなかったことがずっと気がかりだった。
「おじさん…」
「もともとウチの鰹節を使ったうどんの販売をするために作った車だから、ちょっと改良すればラーメン屋だってできるだろう?」
「う、うん。鍋さえ変えればこのままでも大丈夫そうだけど…でも、これってとんでもない値段だったんじゃないの?」
新車のキッチンカーはそのほとんどがオーダーメードであり、それぞれの商売に合わせて都合よくつくられている。
そのため、全てをきっちり作り込んだ場合の費用は一千万近くにもなるのだ。
「ははっ♪まぁそうだな、高級車ぐらいなもんだったが、子供がそんな心配するな」
「こ、子供って…」
とっくに成人式を迎えた幹太ではあるが、英治にとってはまだ遠い昔に姉が連れてきた幼い子供という印象のままらしい。
「あ、そういや幹太、おまえ免許は?」
「あるよ。ちゃんと持ってる…」
幹太はポケットの財布から免許を取り出して英治に見せた。
「そうか、なら乗って帰れるな」
「うん。でもおじさん、俺…本当にこんなもの貰っちゃっていいのかな?」
「だからさっきから言ってるだろ、こっちはおまえが貰ってくれない方が困るんだよ」
そう言って、英治は今となっては懐かしい鉄製のキーを幹太の手に握らせた。
「うん…ありがとう、英治おじさん」
「あぁ、これまであまり動かせなかったからな、思いっきり使ってあげてくれ。
あ〜!スッキリした!
これで姉さんにも顔が立つし、倉庫のスペースも広くなるってもんだ♪」
英治はその言葉通り、スッキリとした笑顔で幹太の背中を叩く。
「よし幹太!さっそくエンジンをかけてみろ!」
「うん!」
幹太は厨房を抜け、ベンチシートの運転席に座った。
「それじゃいくよ」
久しぶりに車の運転席に座った幹太は、緊張気味にキーを刺し、ゆっくりと捻る。
キュルキュル、キュッキュッキュッ!ブォーン!
さすがに整備されているだけあり、キッチンカーのエンジンはあっさりとかかった。
幹太はディーゼルエンジンのガラガラという荒っぽい音に圧倒されつつも、ギヤを一速に入れて慎重にクラッチを繋ぐ。
「おっ!動いた!」
「おぉっ!ちゃんと運転できてるじゃないか、幹太」
英治は一人前に成長した甥っ子の背中にそう声をかける。
そのままキッチンカーは倉庫の出口に向かい、この家の広い庭に出たところで止まった。
「どうだ、大丈夫そうか?」
「大丈夫っ!最っ高だよっ!」
「そうか、なら良かった」
とそこで、家の中にいたアンナたちが外へと出てきた。
「幹太さん?叔父様とお出かけですか?」
「もうっ!うるさくて起きちゃったじゃない!」
「おっきなクルマです〜♪」
「良かったわ〜♪その車ちゃーんと動いたのね♪」
「起きちゃったって…クレア様、もしかしてまた寝てたのか?」
「ちょ、ちょっとウトウトしてただけよっ!
それで幹太、その…クルマ?はどうしたの?」
「いや、おじさんが乗って行っていいって…」
「ホントにっ!?
やった!私、ちょっと乗ってみたかったのよ!」
と、幹太の言葉で一気に目が覚めたクレアは、背伸びして運転席を覗き込む。
「えぇっと…幹太さん、これってもしかして?」
一方、アンナはその車の見た目で何かピンときたようだった。
「うん。馬車じゃないけどキッチンワゴンだよ」
「やっぱりですか♪
ということは、この車でラーメン屋台をやるんですね?」
「そりゃもちろん!」
「ふぁ〜素敵ですっ♪
しかも、これで帰れますか?」
「あぁ、そのつもりだよ」
「イヤッホゥ!やりました!だそうですよ、ソフィアさん♪」
「はい♪これで由紀さんたちとも会えます〜♪」
「良かったわね、幹太ちゃん♪」
「うん。おばさんもありがとう」
「いいのよ。
私もずっと倉庫に置いてあって可哀想だなって思ってたの。
そうよね、あなた?」
輝子は助手席から降りてきた英治にそう聞いた。
「あぁ」
「うん。大事に使わせてもらうよ」
「幹太、名義変更なんかは大丈夫か?」
「たぶん…親父の相続やなんかで手続きは色々してきから大丈夫」
「幹太っ!ちょっと動かしてみてっ!」
二人の会話を遮るようにそう言ったのは、いつの間にか助手席に乗っていたクレアだった。
「えっ!?クレア様、いつからそこにっ!?」
「あっ!ズルイですよ、クレアっ!」
「私も乗りたいです〜♪」
このキッチンカーは運転席が三人乗りのベンチシートであり、後ろにも一人乗れるようになってる。
なのでアンナはグイグイとお尻でクレアを押してベンチシートの端に座り、ソフィアはベンチシートの横の通路を通って後ろの席に座った。
「出発よっ!幹太っ!」
「行きましょう!幹太さん!」
「幹太さんのお家まで〜.♪」
「いや、まだ準備とかあるから…」
「いいじゃない♪
まずは一周してらっしゃいな、幹太ちゃん」
「そうよ!テルコの言う通りだわ!」
「う、うん。そうだな、久しぶりのマニュアルだし、ちょっと行ってみるか…」
「じゃ決まりね♪」
そうして二人の王女と二人の一般市民は大興奮の試乗会をした後、改めて東京へ向かって出発することとなった。
「英治おじさん、輝子おばさん、お世話になりました。
本当にありがとう」
「あぁ、気をつけて帰りなさい」
「うん。おじさん達も体には気をつけてね」
「アンナちゃん、ソフィアちゃん、これから幹太ちゃんをよろしくね。
何人で結婚するにしても、みんなで仲良くするのよ♪
クレアちゃんも、また来てちょうだい」
「任せて下さい!アンナ、頑張ります!」
「はい♪みんなで幸せになります〜♪」
「ありがとう、テルコ、エイジ。
もし次にこっちに来ることができたら、必ずここに寄るわ」
幹太たちはそう言って、それぞれキッチンカーに乗った。
「それじゃあ行くよ。
英治おじさん、輝子おばさん、またいつか。
ずっと元気でいてね」
「あぁ…なるべく長生きするよ」
「幹太ちゃんも元気でね」
「うん」
幹太が静かにアクセルを踏み、車はゆっくりと車道へと進んで行く。
「「「さようなら〜!」」」
そう大きな声で別れを告げ、アンナたちは二人に向かって窓から大きく手を振った。
「お〜い!あんまり乗り出しちゃ危ないぞ〜!」
「はいはい♪さようなら〜♪」
英治と輝子はそんな四人を笑顔で見送る。
そして、アンナたちの振る手が見えなくなった頃、英治は輝子に穏やかな声で話しかけた。
「おまえ…よく頑張ったな」
「えぇ、幹太ちゃんたちの門出なんだもの…涙なんて見せられないわ…」
そう言った輝子は、瞳からボロボロと大粒の涙を流している。
「…しかし、姉さんにそっくりだったな」
「えぇ…異性にモテるところもそっくり」
「姉さんが?そうなのか…?」
「そうよ。あなた、やっぱり知らなかったのね」
「まぁ姉さん分も、あの子が幸せになるといいが…」
「それなら心配いらないわ。あんなに素敵な子たちに囲まれているんだもの♪」
「そうか…そうだな」
そうして優しい叔父と叔母は、幹太たちの乗る車が見えなくなってもしばらくその場に残り、若い彼らの幸せを心から願った。




