第126話 紅姫襲来
間が空いてしまって申し訳ありません。
先日、東京ラーメンショーに行ってまいりました。
夢のような時間を過ごしながら、世の中にはまだまだ食べたことのないラーメンがあるのだとしみじみ思いました。
また来年も楽しみです。
「ク、クレア、どうしてここに?
まさか…仕事をほっぽらかしてまでマーカスを追いかけて来たんですか?」
「違うわよっ!元からレイブルブルーの輸入の件で、ローラ様にお会いする予定だったの!」
「えっ、そうなんですか?
でもさっきの手紙には、会いに来てねって…」
「そ、それはちょっと驚かそうと思って…」
「でしたらなぜ別々に?
最初からマーカスと一緒に来ればよかったんじゃないですか?」
「私だってそう思ってたわよっ!
でも、気がついたらお兄様は先に出た後で…」
そう言って、クレアはちょっぴり唇を尖らせてマーカスの方を見る。
「マーカス…」
「マーカス様…」
「い、いや、それは…その…すまない、クレア」
幼馴染二人から冷たい視線を浴びせられ、マーカスは素直にクレアに謝った。
「いいの、お兄様。
お兄様が一人でこっちに来たがってたのは、何となくわかってたから…」
「マーカス…」
「マーカス様…」
「確かにちょっと必死っぽかったよね、マーカス様♪」
「えぇ。いつもの余裕がありませんでした〜♪」
「えぇっ!?そ、そんなにかいっ!?」
一般女性の二人にまでそう言われ、マーカスはガックリとうなだれた。
「それでクレア、ローラお母様とはもう会ったのですか?」
「いいえ、それは明日の予定よ。
まだ着いたばかりだし、ローラ様が気を使って下さったの」
「なるほど、それでこっちに…」
とそこで、マーカスは妹が珍しく一人でいることに気がついた。
「…クレア、ゾーイはどうしたんだい?」
「この城までは一緒に来たんですけど、なぜだか恥ずかしがって馬車から降りてこないんです」
「ゾーイが恥ずかしい?
あ!もしかして、さっきの手紙かな?」
「まぁそうでしょうね…」
と言って、アンナはため息を吐いた。
「あぁ、あれね♪
手紙には恥ずかしいって書いたけど、あれってゾーイが幹太の縫いぐるみを作って、夜な夜な名前を呼びながら抱きしめてるだけよ♪」
「だけって、クレア様…それは…」
「なぁに由紀?何か変かしら?」
「それは十分すぎるほど秘密にすべき事柄ですよ、クレア」
「あら、そうなの?」
「はぁ…まったく仕方ありませんね。
幹太さん、後でゾーイさんを迎えに行ってあげてくれませんか?」
「う、うん。そりゃもちろんいいけど…」
「そうね♪それが一番だわ♪」
まったく悪びれることもなく、クレアは笑顔でそう言い放つ。
「…クレア様」
とそこで、シャノンがクレアに話しかけた。
「なにかしら?」
「本当にこの魔石は頂いていいんですか?」
「もちろんよ♪ね、お兄様?」
「そうだね。さっきも言ったけど、それは本当に問題ないよ。
もし何かあったとしても、その責任は僕が取るから」
もちろん本気でそうは言ったものの、自分が責任を取るような事態にはならないだろうとマーカスは考えていた。
『ビクトリア様やアンナだから許してもらっているけど、事が明るみに出て困るのはうちの方だからね…』
自国の王女による隣国の王女の婚約者誘拐は、本来なら魔石一つで済むような事件ではないのだ。
『僕とクレアは本心からお祝いと思っているけれど、父上にとってはそうではないだろうし…』
これはマーカスの推測ではあるが、たぶんリーズ公国公爵は今回の魔石の持ち出しに気づいている。
『…大方、これで済めば安いものだとでも思っているだろうな…』
厳格な父と奔放な妹に挟まれた長男は、何かと気苦労が多いのだ。
「でしたら、これは幹太さんと由紀さんのために使いましょう。
シャノンもそれでいいですね?」
「えぇ、私もそれがいいと思います」
二人はそう言って、幹太と由紀の顔を見る。
「えっと…どうしようか、幹ちゃん?」
「そ、そうだな…」
あまりの急展開に、幹太と由紀は混乱していた。
「アンナ、とりあえず異世界に行く魔法はまだ使えるのか…?」
「…もちろん、それはできますけど…」
アンナは少しだけ迷いながらそう答える。
「…こっちに帰ってくるのも大丈夫だよな?」
「はい♪」
と、次の質問にアンナは笑顔で即答した。
『幹太さん、こっちに帰って来るって言いました♪』
正直、幹太と一緒に居られるならば、アンナは日本に住むことも辞さない覚悟ではある。
しかし、自分はこのシェルブルックという国でまだまだやらなければいけない事があるのだ。
「そっか…だったら帰ろうか、幹ちゃん?」
「って言うか、そうしないとダメだよな」
「うん。そうだね」
「あとはいつにするかってことだけど…」
「それだけじゃないですよ〜♪」
そう言って、ソフィアは幹太と由紀の手を取った。
「誰が一緒に行くかも大事です〜♪」
「まさにそれですっ!ソフィアさん!」
「…アナ、まさかもう一度行く気ですか?」
「もちろんですっ!そうでないと幹太さん達が戻って来れません!」
「あ、なるほど…それは確かに」
「えっ?こちらで全ての魔法を発動させることは出来ないのかい?」
「マーカス様、それって一体どういう…?」
「簡単に言うと、往復の魔法をかけられないかってことだよ、幹太君」
「あぁ、そういうことですか…」
「残念ながら、私とアナが習った魔法の中にそのような物はありません」
「ですね。そんなことができるのなら、前回の時もシャノンは私を迎えに来ずに済んだはずです」
「そっか、シャノンが日本に来た理由ってそれだったんだよね」
「そういやそうだったな…あまりに色々ありすぎて、俺もすっかり忘れてたよ」
「ちょ、ちょっと待ってアンナ。
確か前回の魔法の暴走って、あなたが幹太達の世界から帰って来る時に起こったのよね?」
「そうですけど…それがどうかしましたか、クレア?」
「だったら、また暴走が起こるってこともあるんじゃない?」
「「「「「あ…」」」」」
クレアとマーカス以外の全員が、その可能性を考えていなかった。
「で、でも、一応ちゃんとこちらの世界には着きましたし…」
「ちゃんとって…あなたと幹太はサースフェー島に着いたんでしょ?」
「えぇ、まぁ…それはそうなんですけど…」
「それで、シャノンと由紀だけがここに着いた…のよね?」
「そうですね」
「あの時はビックリしたよ…」
由紀とシャノンは、幹太の家の一部と共にこの王宮の中庭に飛ばされてきた。
隣にいたはずの幹太とアンナがいなくなっていた時の光景を、由紀は今でも鮮明に覚えている。
「もしまた同じことになって、幹太と由紀だけになったらどうするの?」
この世界に来ていくらか時間が経ったとはいえ、土地勘のない由紀と幹太がどこか遠くの国に飛ばされてしまったとしたら、シェルブルック王国に戻ってくるのはかなり困難な道のりになるだろう。
「確実に全員が帰って来れる魔法…シャノン、何か心当たりはありませんか?」
「つまりは魔石の力の調整ですか…?
しかし、これだけ大きな物だとどうすればいいのか…」
前回の転移の失敗は、シャノンとアンナが魔石の持つ強力な魔力をコントロール出来なかったことが原因だった。
しかも今回の魔石は、確実に前回以上の魔力を持っている。
「だったらムーア様に…」
「え?なんですか、クレア」
「だったらムーア導師様に聞いてみたらどう?
こういう時の為に、ムーア様はここにいるんでしょ?」
「「そういえばそうですね…」」
アンナとシャノンにとって、ムーア導師はすでにこの国の魔法協会の最高責任者ではなく、一日中城内ウロウロするちょっとボケたおじいちゃんという認識になっていた。
「あなた達…ムーア様はリーズでも偉大な導師として尊敬されているのよ…」
「「偉大…?」」
と、ムーアから全ての魔法を習ったはずの二人は仲良く首を傾げる。
「アンナ…ムーア様は僕たちの国でも魔法署の特別顧問をされているんだよ」
「そうなんですか…?
ムーア、昨日は午前中ずっと噴水のお魚を見てましたけど…」
「それってけっこうヤバいんじゃ…」
午前中だけというリアルさに、幹太は何かしらのタイムリミットを感じた。
「と、とりあえず急ごうっ!
シャノンさん、ムーア導師はどこにいるのかなっ!?」
「まだ午前ですからたぶん…」
「よし、噴水だなっ!」
手遅れでないことを祈りつつ、幹太達は急いで中庭へと向った。




