第125話 心のこり
マーカスが手にしているのは、この大陸一の魔石の産出量を誇るシェルブルック国内でも、なかなかお目にかかれないサイズの魔石であった。
「これは…以前私が使った物より遥かに大きいです」
シャノンが以前使った魔石とは、日本にいるアンナこの世界に帰って来るために使った国宝級の魔石である。
「…私もここまでの物は見たことがありません」
「フフッ♪すごいだろう、アンナ」
「えぇ…でもマーカス、これはどうしたんです?」
「実はクレアが見つけたんだ」
「クレアが?あの子、魔石も探してるんですか?」
「いや、職人たちとガラスの原料を探している時に偶然みつけたらしいよ」
「…さすがは幸運の紅姫ですね」
どうやら最近のクレア王女は、リーズ公国国民の間でそう呼ばれているらしいのだ。
「本当は幸運じゃなくて、努力の結果なんだけどね…」
「それは、もちろんそうでしょうけど…」
アンナ同様、クレアも自国の為に以前から様々な努力していた。
特に最近では、リーズ国内に矢継ぎ早に数店舗が開店した紅姫屋はもちろん、リーズの名物、レイブルブルーの食器が海外に輸出されるようになったのも、ブルーラグーン温泉に他国から人々が観光に来るようになったのもクレアが方々に働きかけたからなのだ。
しかし、新聞以外に情報のないこの世界では、クレアがどの程度その事業に関わっているかまではキチンと詳細には報道されてはいない。
「それでいいのです、マーカス。
私たち王女にとっては、国民の皆さんに親しみを持ってもらえることが最高の評価なんですから」
「そうなのかい…?」
「はい♪」
アンナはニッコリ笑ってそう言い切る。
「ですから幸運の紅姫なんて、ちょっとクレアが羨ましいです♪」
「そうか…なら良かったよ」
マーカスは内心、クレアが実際とは違う国民からの評価に落ち込んでいるのではないかと心配していたのだ。
「それでマーカス、この魔石は…?」
「あ、あぁ、すまない、アンナ。
これは君たちに贈ろうと思って持ってきたんだよ」
「「えぇっ!!」」
と、その魔石の価値を知るアンナとシャノンが大きな声を上げて驚いた。
「…ソフィアさん、アレってそんなにすごいの?」
「すごい…とは思いますけど、どれほどの価値があるかまでは〜」
魔法などない地球の世界出身の由紀はもちろん、こちらの世界出身のソフィアでさえ、普段の生活で使う魔石以外は見たことがないのだ。
「でも由紀、前に見たのは紫…いや赤だったか?」
「えっと…たぶんそんなだったよーな?
少なくともあんな風に虹色じゃなかったと思うよ」
日本で使っていたの物でさえアンナは秘宝と言っていたはずだが、マーカスが持っている魔石は見るからにそれ以上の魔力を秘めていそうだ。
「しゃ、謝罪じゃなくてお祝いとして受け取ってくれないかな、アンナ?」
マーカスはそう言って、アンナに魔石を手渡す。
しかし、なにかいつもとは違うマーカスの様子に、アンナは嫌な予感がした。
「…マーカス、これってちゃんと話は通してますか?」
「えっ!?ももも、もちろんだよっ!」
と、あからさまに怪しいリアクションをとるマーカスは、額から大量の冷や汗を流している。
「マーカス…?」
「な、なんだいシャノン?」
「本当のことを言いなさい!」
「ひうっ!シャノンちゃん、こ、怖いよっ!」
「いいから言いなさいっ!」
「はいっ!」
改めて言うが、二人は幼馴染である。
「実はクレアに持って行けって言われたんだ…」
「マーカス…この後に及んでクレア様のせいに…」
「ち、違うよ、シャノンちゃん!
本当にクレアがそう言ったんだ!」
「でも…クレアがなぜそんなことを?」
必死で国を盛り上げようとしているクレアならば、この魔石の使いようはいくらでもあるはずなのだ。
「そ、それなんだけど、手紙を預かってるんだよ」
マーカスは先ほどカバンから手紙を取り出し、アンナに渡す。
「えっと…」
『久しぶりね、アンナ♪
相変わらず騒いでばかりで、幹太に愛想をつかされてない?
由紀とソフィアは元気かしら?
さっそくだけど、その魔石はあなた達へのお祝いよ♪
私が見つけてお兄様に渡したものだから、お父様達は知らないわ。
だからちゃんと受け取ってちょうだい。
これはあなたじゃなくて、由紀には絶対必要なものだから決して返したりはしないように!
あ!あとこれは幹太にだけど、毎晩のようにゾーイの部屋からあなたの名前を呼ぶ声が聞こえるの。
何をしてるかは恥ずかしくて書けないけど、できたら早めに会いにきてあげてね♪
では最後に、
由紀、幹太、無事を祈っているわ。
気をつけて行ってらっしゃい。
クレア・ローズナイト』
「もしかしてクレアは…」
「なるほど、クレア様らしいですね」
「うん。僕もそう思うよ♪」
手紙を読み終えた後、アンナ、シャノン、マーカスの三人は手紙の内容に何やら心当たりがあるようだった。
「どういうことですか〜?」
「いや、俺にもわからん…」
一方、幹太とソフィアには、なぜクレアが魔石をくれたのかさっぱりわからない。
「…クレア様、覚えててくれだんだ…」
そして二人の隣にいた由紀は、リーズの宮殿での出来事を思い出していた。
「由紀、どういうことだ?」
「あのね幹ちゃん、私、クレア様に話したことがあったの…」
それは由紀がクレアに出会ってすぐのことだ。
「ねぇ由紀、やっぱりダメ?」
「も、申し訳ありません、クレア様。
やっぱりアンナ達とは一緒にいたいんで…」
この頃のクレアは、なんとか由紀たちをリーズ公国に住ませようとしていた。
「それに私、まだ両親にもどこにいるか報告ができてないんです…」
「えぇっ!そうなのっ!?」
「はい。こちらに来たのは事故だったんで…」
「事故って…一体どういうこと?
ねぇ由紀、よかったら詳しく話してくれない?」
クレアは幹太からざっくりとこちらへ来た事情は聞いてはいたのだが、詳しい話は聞いていなかったのだ。
「えぇ、大丈夫ですよ。では最初からお話しますね…」
そして由紀は、アンナが日本に来てから自分がここへ来るまでの詳細ををクレアに話して伝えた。
「…それってまったくアンナのせいじゃない」
話しを聞き終えたクレアは、不機嫌そうにそう呟いた。
「せいっていうか…確かにあれは事故だったと思います」
「それはダメよ、由紀!
信じられないわっ!転移なんて危険なことに巻き込んでおいて、今だに家族と連絡も取らせてないなんてっ!」
「でも、向こうに行くには膨大な魔力が必要だって言ってましたし…」
「だったら!どんな手を使ってでも強力な魔石を手に入れなさいって話よっ!」
クレアは珍しく本気でアンナに腹を立てていた。
「だいたい家族ってものはね、居たいだけ一緒にいるべきなのよ!」
クレアは幼い頃に両親を亡くしている。
もちろん今の家族のことは大好きだが、実の両親といられたらと、一度も思わなかったわけではない。
「ありがとうございます、クレア様。
でも、私はこちらに来れてとっても幸せだから、あんまりアンナに怒らないで下さい」
「…まぁ由紀がそう言うならそうするけど…」
と言いつつも、クレアはまったく納得いった様子ではなかった。
「そんなことがあったんだ…」
「うん。だからたぶん、私達が一度帰れるようにって、魔石をくれたんじゃないかな…」
「…由紀さん、もしかして辛かったですか?」
由紀の話を聞いたアンナは、今さらながら自分の至らなさに気づく。
「ううん、それはないよ。
クレア様にも話したけど、私はこっちに来れて幸せだし、辛かったことなんて本当にないの。
けど…」
「…おじさんとおばさんは心配してるだろうからな。
正直、俺もそこはずっと気になってたよ」
由紀はもちろん、幹太も常々そう思っていた。
とそこで、
「だったら帰ればじゃない♪」
という、全員に聞き覚えがある声が聞こえた。
「「クレアっ!?」」
「「「「クレア様っ!?」」」」
「大正解〜♪」
そう、客間の扉を開けて入ってきたのは、レイブルストークにいるはずの王女クレアであった。




