第百二十話 お姫様の疑問
月末より出張で二週間ほど関西へ行ってきます。
少し間隔が空くかもしれませんが、必ず更新は致しますのでよろしくお願いします。
久しぶりに関西地方のラーメンを味わってきます。
「きのうも食べたけど、おにいちゃんのラーメン、すっごいおいしいんだよ、おとうさんっ♪」
「そうか、そりゃ楽しみだな♪」
そう言って、ニコラはリンネの頭を撫でる。
屋台村に着いたアンナ達一行は、姫屋のカウンターに座って昼食を待っていた。
先ほどまでアンナ達の後ろに控えていたシャノンは、四人が座るテーブルの隣に座り、辺りを警戒をしている。
「みなさ〜ん、お待ちどうさまです〜♪」
「お〜来た来た!」
「わ〜い♪」
「なんだかこちら側にいるのって新鮮です♪」
「うん。私もゆっくり幹ちゃんのラーメンを食べるのは久しぶりだなぁ〜♪」
「ごゆっくりどうぞ〜♪」
「ありがとう、ソフィアちゃん。
よし、そんじゃ頂くかな♪」
「「「いただきま〜す♪」」」
四人はさっそくラーメンを食べ始めた。
「おぉ…さすがに美味いな」
「やっぱりおいしい〜♪
おとうさん、ウチのラーメンとちがうね♪」
ニコラが小姫屋で作っているのは、以前幹太がサースフェー島で作ったパイコー麺だ。
パイコー麺はトンカツをラーメンに載せるということもあり、本格中華料理店ラーメンのようにさっぱり系のスープで作るのが一般的である。
「すごいなリンネちゃん。ちゃーんと違いがわかるんだね」
「うん♪」
「リンネちゃん、そのラーメンはブリッケンリッジのご当地ラーメンなんだ。
リンネちゃんのお店のラーメンとはスープが全然違うんだよ♪」
「そうなんだ♪」
リンネ達が食べているのは、王都ブリッケンリッジのご当地ラーメン、刻みチャーシューの豚骨醤油ラーメンである。
「なぁ幹太、こりゃどうやってこんなに濃いスープにしてんだ?
俺も向こうで色々工夫してんだけど、なかなかここまで濃厚にはならないんだよなぁ」
「あっ、教えてませんでしたっけ。
単純に豚骨の量を増やすだけじゃなくて、いくつか骨を割るんです」
「あぁっ!割るのかっ!
なるほど、そりゃ気づかないわ」
「あとは臭み消しにも特徴があって、セロリと玉ねぎを…」
「幹太さん、お店が終わるまではガマンですよ〜♪」
「ご、ごめん、ソフィアさん!
ま、まぁ帰ったら詳しく教えます」
「おぉ、よろしく頼むよ」
お昼の時間が過ぎていたこともあり、ニコラ達一行がラーメンを食べ終わる頃には、屋台村にいるお客さんの数もだいぶ落ち着いてきていた。
「アンナさん、市場は全部回ったんですか〜?」
「いえ、まだ来たばかりです♪」
「アンナおねぇちゃん、リンネぜんぶまわりたい♪」
「こら、リンネ。あんまりお姉ちゃんたちを連れ回しちゃダメだぞ」
「そっか…ごめんなさい」
「ごめんなアンナちゃん、またルナと来るから、今日はほどほどでいいからな」
「いいえ、私たちはまだまだぜんぜん大丈夫ですよ♪
ね、由紀さん?」
「うん。だからぜーんぶ回っちゃおう、リンネちゃん♪」
「やった〜♪」
「まぁ二人がそう言うなら…って、そうだ!そういや二人とも幹太と結婚すんだよな?」
「三人ですよ〜♪」
「あ〜そうだった。ごめんな、ソフィアちゃん。
しっかし、あの幹太がねぇ〜うちゃリンネだけだからわからないけど、男の子の成長ってのは早いもんだよなぁ〜」
晩婚気味だったニコラにとって、二十歳そこそこの幹太は息子という感覚なのだ。
「ハハッ♪そうやって並んでると、ソフィアちゃんなんかもうすっかりお嫁さんって感じだもんな♪」
「あら〜♪幹太さん、私、お嫁さんっぽいんですって〜♪」
と、珍しくテレたソフィアが幹太の背中をバンバン叩く。
「う、うん。いだっ!ソ、ソフィアさん、わかったから!ちょっ!危ないって!」
しかしその一方で、
「「ニコラさん…?」」
ニコラの前に座る二人の周りの空気が、どんよりと不穏なものに変わった。
なぜおっさんは、このように不用意な発言をするのかは永遠の謎である。
「あ、あれ?ふ、二人ともどうしたのかな〜?」
「ニコラさん…?すっかりお嫁さんなのは、ソフィアさんだけですか…?」
「い、いや、そりゃいま並んで働いてるってだけで…」
「じゃあ私、幹ちゃんとは隣同士に住んでましたけど…お嫁さんっぽい?」
と、瞳孔が開きっぱなしでニコラに迫る由紀に至っては、すでに支離滅裂である。
「あ〜えっと…」
さすがのイケメンも、ここまで年の離れた女性の扱いには慣れていない。
ニコラは冷や汗を流し、グイグイ迫ってくる二人から必死で目を逸らす。
「ホントだぁ〜♪ソフィアおねぇちゃん、お嫁さんみたい♪」
「「ええっ!リンネちゃん!?」」
思いもよらないピュアな少女の一言に、アンナと由紀は愕然とする。
「リ、リンネちゃん…」
「なぁに?アンナおねぇちゃん♪」
「こ、この中で、一番お嫁さんっぽいのは誰ですか…?」
そしてよりにもよって、アンナは自ら死地へと飛び込む。
「ん〜?だれかなぁ…?」
まずリンネが思い浮かべたのは、家に置いてあるニコラとルナの結婚式の写真だった。
『たぶん…およめさんのカッコがいちばん似合うのはアンナおねぇちゃんだよね…?
けど、お母さんみたいなエプロンだったら、やっぱりソフィアおねぇちゃんかも…?
由紀おねぇちゃんは…なんだっけ…あの…そう、海できてたのがすっごく似合ってた♪」
まだ子供であるリンネは、アンナの言葉通りに見た目のお嫁さんっぽさを比べたのだ。
「…およめさんだったら、ソフィアおねぇちゃんかも…」
やはりリンネの中では、母のようにエプロンを着けてキッチンに立つのがお嫁さんなのだ。
「えぇっ!なぜです!リンネちゃん!?」
「あぁ…やっぱりかぁ〜」
自分の予想通りの結果に、由紀はガックリと肩を落とす。
しかし、そんな由紀の姿を見たリンネが慌てて言葉を続けた。
「ち、ちがうよ!あのね!由紀おねぇちゃんは、島の海で着てたのがとっても似合ってたよっ!」
「あ、競泳水着ね…」
「競泳水着って…由紀、そんなんこっちにもあったの?」
「ううん、一緒に飛ばされてきたバッグにトレーニング用のが入ってたの」
「あぁ、なるほど…」
「あとリンネ…由紀おねぇちゃんは、幹太おにいちゃんの大切な女の子って感じがする…」
「…お姉ちゃんが幹ちゃんをじゃなくて?」
いまだショックの抜けきらない由紀は、テーブルにアゴを乗せたままリンネに聞いた。
「うん。幹太おにいちゃんが由紀おねぇちゃんをってこと…」
「ホントにっ♪」
そんなリンネの一言で、由紀は一瞬で元気を取り戻す。
「だって幹太おにいちゃんって、由紀おねぇちゃんと一緒にいる時だけすっごくお顔がちかいの。
だから、由紀おねぇちゃんのこと大好きなんだって思って…」
「でも、それはお姉ちゃんだって近づいてない?」
「ううん。いっつも幹太おにいちゃんから近づいてる…」
それはまだ幼く、純粋なリンネだからこその発見だったのであろう。
「あぁ…そりゃあるかも…」
いくら鈍感な幹太であっても、幼馴染の自分と由紀の距離が、精神的にも実際にも近いことは自覚していた。
それは決して他の婚約者よりも愛情が深いという意味ではないが、幹太にとって由紀の近くにいることが、一種の精神安定剤になっているのである。
「ふ〜ん♪幹ちゃん、私の近くにいたいんだ♪」
「う〜ん、なんでだろうな?
なぜか由紀の近くにいると落ち着くんだよ…」
それはそうだろう。
一人だけ他国にいるゾーイはさて置き、アンナはこの世界で一番落ち着きのないプリンセスであるし、ソフィアはいつだって幹太をソワソワさせるエロス山盛りお姉さんなのだ。
オギャーと生まれた日から一緒にいる幼馴染の由紀に、幹太が安らぎを求めるのも当然である。
「フフッ♪じゃあ大好きってとこは?」
「そ、そりゃ結婚すんだから…い、言わなくてもわかるだろっ!」
「え〜♪ちゃんと言ってよ〜幹ちゃん♪」
「では私は…?リンネちゃん、私はなぜ外れたんです?」
と、イチャつき始めた幼馴染ズにも構わず、アンナがリンネに聞いた。
「アンナおねぇちゃんはお姫様だから…」
「ハハッ♪なるほど、そりゃ奥さんって感じじゃないな…って、アンナちゃん?何…ブッハッ!」
空気を読まずに余計なことを言ったニコラに、アンナがプリンセス頭突きを喰らわせる。
「ふう〜。で、リンネちゃん、最近のお姫様は家庭に入ってもなかなかの活躍をしますよ♪」
そう言いつつ、アンナは何事も無かったかのようにリンネの頭を撫でた。
「そうなの…?」
まだまだ夢見る少女のリンネにとって、お姫様というのは綺麗なドレスを着て馬車の中から手を振るとびきり可愛い女の子なのだ。
「ん〜でも、もう私の中じゃお姫様っていうよりラーメン屋さんかなぁ〜。
だよね、幹ちゃん?」
「あぁ、そうだな。
もうずっと麺も任せてるし、今さらお姫様家業に戻るって言われても、正直困るかも…」
幹太はそう言って、困った顔で腕を組む。
アンナがあまりに普通にラーメン屋として馴染んでしまったために、今までそういった可能性を全く想像していなかったのだ。
「アンナ、もしかしてだけど、そうなる可能性もある?」
「それはないです」
アンナはそう即答した。
「えぇっ!?ア、アンナ…ちゃんと考えてる?」
「えぇ、由紀さん。たぶん…」
「アンナさん、昔みたいに各国を回ったりは〜?」
ソフィアはその昔、トラヴィス国王の視察について来た幼いアンナを見たことがあったのだ。
「あ〜その辺りはビクトリアお姉様にお任せすることになるでしょうし、それに…」
「それに…?アンナさん、他に何かあるんですか〜?」
「いえ…私、このままお姫様でもいいんでしょうか?」
「「「「「えぇーっ!!」」」」」
国民から絶大な人気を誇る王女の唐突な発言に、そこに居合わせた全員が驚きの声を上げた。




