第百十四話 南の島から
「なんか…昨日も見た人達だな」
「えぇ…周りのお店の人達です。」
開店してすぐ、姫屋のカウンターは周りの店の店主でいっぱいになった。
「…またすっごい見られてます」
「アンナがお姫様だからじゃないよな?」
「皆さん私の手元しか見てないです」
「だよな…」
「はい…」
当たり前のことだが、店主達は姫屋の味を盗みにきていた。
『まぁ直で聞かない分だけマシかなぁ〜』
飲食店店主のプライドというのは、どの世界でも変わらないらしい。
「でも幹太さん、食べただけで分かるものなんですか?
私、日本ではスープの種類ぐらいしかわかりませんでしたけど…」
アンナは久しぶりに醤油ラーメンのスープとタレを混ぜながら、幹太の耳元に顔を寄せて聞いた。
「どーだろ?
俺の場合、基本を親父に習ったからちょっとはわかるけど、イチからやるってなるとなかなか難しいだろうな」
「麺に入ってるものなんてかなり難しいですよね?」
「うん。
日本だと、そういう分析を専門でやってる会社があるんだけどな…」
「分析ですか…?」
「そう。どうにかして気になるメニューを持ち帰って、科学的に分析してもらうんだよ。
詳しく調べてもらうと、調味料のブランドまで分かるらしい」
「えぇっ!それっていいんですかっ!?」
「「「「!?」」」」
と、突然大きな声を出したアンナに店主達の視線が集中する。
「し、失礼しました〜。
あの…さすがにそれはズルいんじゃ?」
「いや、詳しくは知らないけど、ズルじゃないやり方があるみたいだよ。
ラーメンはともかく、持ち帰りがある店なんかだったら…」
「あ〜それなら簡単に持って帰れますね」
「だよなぁ。
はい、これで最後。
おまたせしました〜!豚骨醤油の刻みチャーシュー麺でーす!」
「おまたせです〜♪」
幹太とアンナは、カウンターの上に出来上がったラーメンをガンガン載せていく。
今日は姫屋は二人しかいないため、かなりセルフ寄りの営業なのだ。
カウンターに座る店主たちも慣れたもので、真ん中に座る店主がラーメンを受け取り、一つづつ順番に回していた。
そして受け取った店主達は、黙々とラーメンを食べ始める。
『『ゴクリ…』』
真剣にラーメンを食べる店主達を前に、幹太とアンナは息を呑む。
何故だかわからないが、姫屋は張り詰めた緊張感に包まれていた。
「…本当に美味いな」
一番に食べ終えたのは、麺のバーンズの店主、バーンズだ。
「ありがとうございます♪」
アンナが笑顔でそう答え、ムダに張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
「改めて食べてみると、こりゃ難しい…」
「バーンズ、違いがわかるか?」
また一人、ラーメンを食べ終えた店主がバーンズに聞く。
「まず麺だな。
やっぱり小麦粉じゃないとダメそうだ」
「しかしバーンズ、俺のとこは小麦粉で作ってるがこんなにモチモチしてないぞ?」
「俺のとこもだ…」
一応小声ではあるが、大胆にも店主達は幹太の目の前でラーメンの考察を始めた。
「ここまでスープに雑味がないってどういうことだ?」
「おぉ…それは俺も気になった」
「あの、皆さん」
と、そこでアンナが店主達に声をかける。
「「「「はい。なんでしょう、姫様?」」」」
「その…ここで話し合うのは…」
「おぉ、それはそうですな。
よし、みんなとりあえず帰るぞ!」
「あぁ」
「そうだな」
「だったら今日の閉店後に…」
「わかった。そうしよう」
バーンズの掛け声と共に、店主達はそれぞれの店に帰って行く。
「「ありがとうございました〜♪」」
幹太とアンナは、帰って行く店主達の背中に向かって頭を下げた。
「ふぅ〜ありがとう、アンナ。
俺が言ってたら、たぶんカドが立ってたよ」
「まぁ、さすがにあれはないです…」
「うん。でもけっこうみんな貪欲なんだな」
「ラーメンの新しい効果ですかね〜♪」
「だといいけど」
「そういえば幹太さん、今回は皆さんにラーメンの基本を教えないんですか?」
「おぉ、そういやそうだな…」
今回と同様に、彼の作ったものを真似してラーメンを作ったダニエルに対しては、幹太はラーメンのイロハを教えていた。
「ダニエルさんはなぁ〜勝負させられるのをぜんぜん知らなかったり、メーガンさんが必死だったりで、なんだか教えたくなっちゃったんだよなぁ〜」
「フフッ♪その気持ち、なんとなくわかります♪」
「同じシェルブルックってのもあるけど、ここの市場の人には挑戦してきて欲しいってのもあるし…」
「その気になれば、毎日のように姫屋のラーメンを食べられますしね♪」
「それだ!売り上げも伸びるってもんだな♪」
それから先は、いつものように市場で働いている人達や、一般のお客が次々と姫屋にやってくる。
「そうだ、これだよ。
自分の店にお客が来るってのは、やっぱ嬉しいもんだな…」
「はい♪なんだか二人だと、サースフェー島を思い出しますね♪」
よく考えてみれば、ソフィアに会って以来、アンナと幹太の二人で営業した記憶などほとんどなかった。
「まぁこのペースなら二人でもなんとかなりそうだな」
「ですね。麺もそろそろおしまいです。
えっと〜イチ、ニ…」
アンナはそう言って、最後の麺箱に残った麺を数える。
「幹太さん、あと二十です」
「はいよ〜」
結局この日の姫屋の営業は、夕方前に全ての麺を売り切って終了した。
「あ〜やっぱり疲れるわ〜」
「久しぶりですからね〜。
私も今はちょっと動けません」
片付けを終えたアンナと幹太は、夕焼けに染まる市場のベンチでへたり込んでいた。
「夕方にシャノンが手伝いに来てくれるって言ってましたけど…まだ来ませんね」
「うん。まぁ来るまでゆっくりしてよう」
「はい♪」
幹太がしばらくそのまま暮れ行く夕日を眺めていると、隣に座るアンナが彼の膝に手を置いた。
「幹太さん、私、幹太さんに相談があって…」
「あぁ」
「とは言え、男の人にはちょっと難しそうな話しでして…」
「でも、悩んでるんだろ?」
「はい」
「だったらとりあえず話してくれよ」
「わ、わかりました。でしたら…」
アンナは俯いていた顔を上げ、可愛らしく困った顔で幹太を見つめた。
「その…結婚式、どうしましょう?」
「えぇー!!」
軽い気持ちで聞いた自分の想像をはるかに超える相談に、幹太は大声で驚く。
もしかしたら、こちらに来て最大の声だったかもしれない。
「そ、それは王家の方でやってくれるんじゃないのっ!?」
言葉だけ聞けば情けない話だが、幹太は心底そう思っていた。
それもそうであろう。
アンナは末っ子とはいえ王女なのだ。
王家の結婚式うんぬんに、一般人の幹太が関わるはずもないと思っていたのは当然である。
「『アナタ達の好きにしていいわよ〜♪』って、ジュリアお母様が…」
「あぁ〜言いそう…めっちゃ言いそう」
幹太の脳裏に、満面の笑みでアンナにそう告げるジュリア王妃が思い浮かぶ。
「と、とりあえずシャノンさんに相談ってのは…?」
「えぇ、私もそう思ったんですけど、未婚の姉に結婚式の相談をするってどうなんでしょう?」
「おおぅ…確かになんだか微妙な感じもするな…」
「今朝言われたばかりなので、まだ由紀さんとソフィアさんにも相談してなくて…」
「そっか、そんじゃまずは二人に相談だな」
「そうですね…まずはそこからですね」
「おーい、幹ちゃ〜ん!」
「アナー!」
とそこへ、馬車に乗った由紀と未婚の姉がやって来た。
「おー!由紀ー!
すまんがもう片付けも終わっちまったよ!」
「そっか。遅れてゴメンね、幹ちゃん♪」
「いいや、いいんだけど…。
もしかしてなんか良いことあったか?」
幹太は、由紀の様子が朝と違うことに気づいた。
「あ、やっぱわかっちゃう♪」
わかりやすく言うと、今の由紀は全身から喜びのオーラを発している。
「うん。そりゃわかるけど、一体どうしたんだ?」
「それはなぜかというと…」
由紀はそう言って、ジーンズの後ろポケットから一通の手紙を取り出した。
「じゃーん!リンネちゃんからお手紙が来ましたー♪」




