第百五話 ツンデレおじさん
「ジェイク、君は負けたんだ。つまりラーメンの独占の話はこれで終わりだよ」
「くっ!それは仕方ないとしても、今後の参入まで禁止とは…」
「えぇっ!」
ジェイクの言葉に驚いたのは、先ほどまでの敵である幹太だ。
「マ、マーカス様、参入までとはラーメン店の出店も禁止と言う事ですか?」
「あぁ…そろそろ彼には強引な手段をやめてもらわないとね…。
だから今回は厳しい条件を付けることにしたんだ」
「そうですか…でもマーカス様、それでは…」
「…お前、なんの心配をしているんだ…?」
なぜか困った様子で話しを続けようとする幹太に、ジェイクが割って入る。
「クレア様の目論み通りになるんだから貴様がそんな顔をする必要はあるまい…。
私の商会だって、ラーメンなんぞなくとも潰れはしないぞ…」
ジェイクはそこでハッと気付く。
「ははっ♪そうか…お前、あのダニエルが作るラーメンが惜しいのだなっ!」
「…はい」
「そうだな、確かにクレア様の店だけではいつか廃れてしまうかもしれないな…」
「そうか…独占するのではなく、競争する相手か…」
ここへきてマーカスも幹太の真意に気付く。
「たぶんジェイクさんがやらなくても、そのうち誰かがやると思います…。
でも、ダニエルさんのラーメンは現時点でかなりの物になってる。
あれを今、無くしてしまうのはあまりに惜しい…」
その料理が進歩していくためには、他の店舗との競争が欠かせない。
それはクレアが広めていくであろう紅姫屋だけでなく、シェルブルックの姫屋にも必要な要素だ。
そしてダニエルのラーメンは、すでに紅姫屋のラーメンのライバルと言っていい存在にまでなっていた。
「しかし…なんの取り決めもしないということにはできないな…」
一方で、マーカスの言う事ももっともである。
ジェイクは自分が勝った時の条件としてラーメンの独占を望んだのだ。
負けた場合の条件もあって然るべきだろう。
「あっ!では、ダニエルさん達の独立を認めるというのはどうです?」
そう言って、アンナがパンッと手を叩く。
「ア、アンナ様っ!いくら王族とはいえ、そのような事を勝手に決められては困ります!」
「ん〜?いいのではないのですか?
先ほどラーメンなんか無くてもいいとおっしゃられてましたよね?」
「くっ!そ、それはっ!」
「問題ありませんよね♪」
「あ、まぁそうですが…」
「良かったです♪」
ジェイクはさっそく自分の言ったことを後悔した。
彼は地球で言う叩き上げの経営者である。
彼の商会でも、一つの事業を諦め、またすぐに新たな事業を始めるのはよくある事だ。
実際に日本の有名な丼物チェーンの創業者も、一度ラーメン店経営を諦めている。
とはいえ、新しく事業を始めるに当たって優秀な人材だけは欠かせない。
『と、隣の国の姫の癖に!
アイツにはこれからラーメンに極め近い、つけ麺…だったか…?あれを作らせるはずだったのに…』
ジェイクはすでに幹太の屋台のつけ麺を調査していた。
「ジェイクの商会でラーメンの販売はなしとして…ダニエルさん達には自由にしてもらう。
マーカスもクレアもそれでいいですか?」
「うん。僕はそれでいいと思うよ♪」
「そうね、わたしもそれで文句ないわ♪
うん!ライバルがいるほうが気合いが入るってものよね♪」
「では、お二人にも聞いてみないとですね♪」
アンナの機転で話は決まり、早速マーカスはダニエルとメーガンを部屋に呼んだ。
「そんな…ジェイク様はそれで良いのですか?」
ダニエルは申し訳なさそうにジェイクに聞く。
「フンッ!仕方ないだろう、お前が負けてしまったからこうなってしまったのだっ!」
「も、申し訳ありませんっ!」
「申し訳ありません!ジェイク様っ!」
「そもそもどうして最初に人手が足りなそうだとっ…」
自分の前で頭を下げ青ざめる若い夫婦を見て、ジェイクは言葉を止めた。
「…ま、まぁ言いたくはないが今回は私の落ち度もある…。
そうだな…一番は貴様を買い被りすぎたことだろう…」
「は、はい…も、申し訳ありません…」
「…フンッ、まぁいい…どうあれ私には王族に刃向かうことなどできんからな…」
「でも…今、ジェイク様の元を離れたら僕らはどうしたらいいのか…」
「そ、そうだわ…や、屋台も住む場所もなくなっちゃうのよね…」
ダニエルとメーガンは、ジェイクが所有している既婚者用のアパートに住んでいる。
もちろん二人が使っているラーメン屋台もジェイクの商会の物だ。
「それなら問題ないわよ♪
だってジェイクはもうラーメンの屋台を使わないもの♪
そうよね、ジェイク?」
クレアがニヤニヤしながらジェイクにウィンクする。
「あぁそうですなっ!
くそっ!屋台など見たくもないっ!」
「部屋は…そうね、いま幹太が使ってる宮殿の離れにいらっしゃい♪」
「宮殿に…ぼ、僕らが…」
「ダ、ダニエル…」
ダニエルとメーガンはより一層青ざめる。
「懐かしいです〜♪」
彼らと同じく村人から城住まいになったソフィアは、震える二人に少し前の自分を重ねた。
「…と、とりあえずは私のアパートにいてもかまわん…」
「あらジェイク、なんだかすごく優しいじゃない♪」
「うっ…ま、まぁ田舎から連れ出した責任ってものがありますからな…」
「それにしたって…?ん〜?」
クレアは必要以上にラ・フォンテ夫妻に手厚いジェイクを不思議に思っていた。
『この紅姫…いちいちカンに障るなっ!
しかし、本当になぜ…?』
ジェイクは身体の後ろで手を握り合うダニエルとメーガンを見つめる。
『あぁ…そうだ、私たちにもこんな頃が…』
ジェイクは妻と手を繋ぎ、二人で村を出た日のことを思い出す。
「…まぁ、貴様らが居づらいならばクレア様のお世話になるがいい…」
「…はい。メーガンと考えてみます」
「それじゃあ独立するっていうのは大丈夫ね♪」
クレアは笑顔でラ・フォンテ夫妻の手を握る。
「そうね…ライバルだけど、いい関係でいましょ♪」
「「はい…よろしくお願いします」」
二人は少し戸惑いながらも、クレアにそう返事をした。
「…久しぶりに家に帰るか」
マーカス達との話し合いを終えたジェイクは、宮殿の正面に停められた馬車に向かいながらそう呟いた。
商会の様々な仕事で忙しい彼は、ここ二カ月ほど屋敷に帰っていない。
「ジェイク様っ!」
と、馬車に乗り込もうとするジェイクを引き止めたのはダニエルだ。
その後ろには必死で彼の後を追いかけるメーガンの姿が見える。
「み、短い間でしたけどっ、ありがとうございました!
このご恩はいつか必ず返します!」
「ハァッ!ハァッ!あ、ありがとうございましたっ!ジェイク様っ!」
馬車のステップに足をかけていたジェイクは振り返り、荒く息をする二人に近づく。
「そうだなダニエル、恩は必ず返せ。
まぁ…お咎めを受けない程度で、新メニューあたりでも作ってもらおうか…」
「はいっ!」
「では、その為にも腕を磨け」
「はい!わかりました!」
必死な表情でそう言う夫の背中に、メーガンがピタリと寄り添っていた。
「ハハッ♪ダニエル、お前も良い妻を持ったな!」
そう言って、ジェイクは会心の笑みでダニエルの肩を叩き、馬車へと乗り込む。
「よし、行け」
そして、呆然とする二人を置いて馬車は宮殿を離れて行った。
「…メーガン、今の見た?」
「えぇ、ダニエル…。
ジェイク様、すっごく優しい笑顔だったわ…。
あれってなんだか…」
「うん。そうだね…」
とそこで、二人は改めて遠ざかって行く馬車を見つめる。
「父さんみたいだった…」
「ウチの父みたいだったわ…」




