第百二話 完成形
以前の話に合わせて、この話を一部改定いたしました。 よろしくお願い致します。
パーティーが始まってしばらく経ち、来客がすべて揃ったところで会場奥の壇上にマーカスが現れた。
「皆様、この度はこのリーズでの経済交流会議にお集まりいただいてありがとうございます。
開会式からの数日を経て、ついに明日、会議を迎えることとなりました。
これだけ多くの国々に参加していただけたこともあり、明日からの会議はかなりの長時間にわたって行われることが予想されます。
今晩はごゆるりと英気をやしなって下さい」
そこでマーカスは一度言葉を区切り、幹太とダニエルのブースに視線を送った。
「また、本日は余興として料理の対決を行います。
対決する料理はラーメン…最近になって生まれた新しい麺料理です。
一方はシェルブルック王家、アンナ・バーンサイド様の婚約者、芹沢幹太様が中心となって作ったラーメン。
そしてもう一方は、リーズ公国のダベンポート商会のラーメンとなります。
投票はパーティ終了後に行われる予定です。
興味のある方はぜひご参加ください。
それでは皆さま、引き続きパーティーをお楽しみ下さい」
マーカスは最後にニコリと笑い、壇上から降りた。
超絶イケメンなマーカスの笑顔に数名のご婦人達が頬を赤く染め、ため息をついている。
「えっと…興味がある人だけでいいの幹ちゃん…?」
「うん。たぶん…」
「ぜったい大丈夫ね♪」
と、そこでクレアが調理ブースの前やってくる。
彼女は真紅のスパンコールのドレスを着ていた。
「ね、ゾーイ?」
「はい」
彼女の後ろには、なぜか軍服でなく白いチャイナ服のようなドレスを着たゾーイが立っている。
「経済交流のために集まった人たちが、新しい麺料理って聞いて食べないわけがないわ」
「あぁ、確かにそうだ」
「それで幹太、勝算はどうなの?」
「う〜ん、ここに来るまでは九対一って感じだったけど…今はわからん!」
「えぇ!そんなんで大丈夫なのっ!?」
「…まぁ、とりあえずやってみるしかないだろ。
よし!クレア様も来たしちょうどいい!
アンナ、そこにある暖簾かけてくれ!」
幹太はゾーイに頼み、暖簾と調理ブースに軒を作ってもらっていた。
分かりやすく言うと、夜店の屋台のような形である。
「えっと…これですか?」
アンナは調理ブースの端に置かれた赤い暖簾を手に取る
「そう、それ」
「では…ん〜こうやって…ハイ♪できまし…って、あぁっ!幹太さん、これって!?」
「どうだ?最高だろ♪」
「か、幹太…これって私のこと?」
アンナが掛けた暖簾には、「紅姫屋」と赤地に白で書かれていた。
「もちろんだよ♪
なんたってこのラーメンはクレア様がいなきゃできなかったんだから♪
まぁ後は、クレア様の人気にあやかるってのもあるし…」
そうなのだ。
幹太はこちらでラーメンを作り始めて以来、屋号をどうするかずっと悩んでいた。
このブレイブブルーのガラス細工やブルーラグーンという名物や名所から、青関連の屋号にすることも考えたのだが、やはり屋号は幹太を攫ってまでラーメンを作ろうとしたクレアのイメージカラーである赤関連がふさわしいと、この名前にしたのだ。
「なんていうか…クレア様の容姿と情熱を表す屋号としては一番じゃないかなって」
「そ、そうなんだ…。
ど、どうしよう…い、いいのかしら?
もしかしたらリーズ公国中に広がるかもしれないのに…」
クレアがこれまで頑張ってきたのは、愛すべき国民やこの国に発展に悩むマーカスのためである。
養子である彼女が、そのために頑張るのは当然の事と思いやっていることで、それは決して人に評価されたり、好かれたりするためにしていたわけではない。
「でも…なんだかとっても嬉しいわ…」
「ふふっ♪クレア…あなた泣いてますよ」
すっかりラーメン屋仕様になったアンナが、首にかけたタオルでクレアの頬に流れる涙を拭う。
「えっ?やだっ!本当っ!?」
「もう…国民の皆さんがあなたをどれだけ支持しているか、わかってなかったんですか?」
「だ、だって…私、正当な公爵家の血筋じゃないし…」
「…そんな事、誰も気にしていませんよ」
「ゾーイ…本当に?」
「えぇ、クレア様」
「そうだね♪クレアは僕より人気があると思うよ♪」
とそこへ、挨拶を終えたマーカスもやって来た。
「お兄様まで…」
「クレア…君は僕の裏方としてやっているつもりかもしれないけど、君の頑張りはもう国中の人が知ってるんだよ」
「そ、そうなの…?」
「あのね…当たり前だよ。
そうだな…埋もれていたブレイブブルーのガラス製品を外国に売れるようにまでしたのは誰だい?」
「そ、それは職人のみんなの腕が良かっただけで…」
「クレア…あの職人達は皆、君のおかげだと言っているよ…」
「そんな!そんな事…」
「はぁ〜まったく…いつもは態度が大きいのに、こういう時だけは自信がないんですね」
アンナは大げさに両手を広げてため息をつく。
「なっ!なによっ、アンナ!」
「いいですか、クレア。
あなたがもっと表舞台に立てば、リーズ公国を盛り上げるのに大いに役に立ちます。
性格はともかく、見た目だけはいいんですから、もっとおおっぴらにやってしまいなさい!」
「せ、性格はともかくは余計じゃないっ!?」
「だな。でも、それにはまずこの勝負に勝たなきゃだ。
ほら…」
そう言って、幹太はダニエルの調理ブースを指差した。
すでにダニエルのブースは、人垣に囲まれている。
王家のアンナや公爵家の二人がブースにいたことで、幹太達の紅姫屋には人が集まりにくくなっていたのだ。
「そろそろ開店しないと本当に…」
「お、お待たせしました〜!」
と、幹太が少し焦り始めたところで、ソフィアがパーティ会場の裏手から駆け込んで来た。
「ハッ!ハァッ!ハァッ!か、幹太さん、これで大丈夫ですか〜?」
ソフィアは両手で抱えてた薄い木箱を幹太の前で開く。
「おぉ!ありがとう、ソフィアさん!完璧だよ!」
木箱の中には数枚が重ねられた形で、いくつかの葉っぱの束が入っている。
「よし!じゃあ始めよう!アンナ!よろしく頼む!」
「はい!では皆さんいきますよ!」
「「「「いらっしゃいませ〜♪紅姫屋、開店でーす♪」」」」
幹太達の威勢の良い声とともに、紅姫屋はこのパーティ会場で初出店を迎えた。
「それじゃ幹太、最初のお客は私達よ♪
後でゾーイはお手伝いするのよね?」
「はい。一杯づつ食べ終えたら着替えに戻ります」
「そっ。じゃあ幹太、私とお兄様とゾーイの分でお願い」
「はいよー!三人前ね」
幹太は手ぬぐいをサッと頭に巻き、調理を始める。
「おおっ!完璧だよっ♪アンナ」
麺を揉みながら熱湯へと入れた幹太は、笑顔でアンナにそう言った。
「もちろんです!アンナ、頑張りました!」
今回の麺は、アンナが幹太のスープに合わせて一人で作り上げたものだ。
辛い魚介系のスープがしっかり麺に絡むようにと、アンナが出した答えは極太の縮れ麺である。
「あっ!幹太さん、茹で時間はじっくり目でお願いします」
「了解!
ははっ♪まさかお姫様に茹で時間を指示されるようになるとはねぇ〜」
幹太が麺を茹でる間に、ソフィアが先ほど急いで買ってきた葉を刻む。
「やっぱりいい香りです〜♪」
ソフィアが刻んでいるのは日本で言う大葉である。
「そんじゃスープ入れるね〜♪」
そして、幹太が麺ザルを手に取ったところで、由紀がタイミングよくどんぶりにスープを入れる。
それと同時に魚介類のダシと辛味味噌の合わさった香りが、紅姫屋のブースを包み込む。
幹太は具をホタテから牡蠣に変えたことで、ベースの辛味ダレを醤油から味噌に変更していた。
「やっぱミルキーな牡蠣には味噌バターでってのは正解だったな!
そろそろいくよ!アンナ、そっちは?」
「はい!いい感じですっ!」
アンナは由紀の後ろのグリルで一度蒸した牡蠣、こちらで言うオストーラをバター焼きにしていた。
「よし!そんじゃ麺あがりますっ!」
幹太は勢いよく湯切りをして、麺を由紀の準備したどんぶりに、折り畳むよう素早く入れる。
すかさず由紀がアンナの焼いた牡蠣を三つラーメンの上に並べ、最後にソフィアの刻んだ大葉を、さらにその上にちょこんと載せた。
「はい!紅姫屋の辛味牡蠣ラーメンっ!お待たせしましたー!」
と言って、幹太がクレア達の目の前に置いたのは、ブレイブブルーのどんぶりに入った、バターと魚介スープの香りがする真っ赤な味噌ラーメンであった。
「うわっ!すっごい美味しそうね♪」
「ゾーイ…これはオストーラなのかな…?」
「えぇ。そうです、マーカス様」
「そうか…ではさっそくいただこう…」
なぜかマーカスは少し残念そうな顔をして、まずはオストーラのバター焼きを口にする。
「あぁ…美味い…。
これは…本当にオストーラなのか?」
そう言うマーカスの表情は一変していた。
オストーラはリーズ公国、特にこの港町、レイブルストークの市民達にとっては食べ飽きるほど食べている食材である。
幹太はそれをバター焼きにし、辛味味噌ラーメンの具にすることで、この町で生まれたマーカスでさえ食べた事の無い、新しい味わいを作り出したのだ。
「フゥ〜フゥ〜、お兄様…麺も最高よ…ハフッ、ハフッ!」
そんな感動に震えるマーカスの隣では、クレアが麺を一心不乱に食べていた。
「そうでしょう、クレア♪
それ、私の作った麺ですよ♪」
「くっ!くやしいけど…美味しいわ、アンナ」
「この刻んだ葉を食べるとなんだかサッパリしますね…?
芹沢様、この葉は…私がお手伝いしていたのた時は無かったものですよね?」
ゾーイは千切りにされた大葉をひとつまみ摘んで聞く。
「俺と由紀のいた世界じゃオオバっていうんだけど、葉っぱの形と香りを説明したら、ソフィアさんがこっちにもあるって言っててさ」
「ウチの庭にもありますから〜♪」
「濃い魚介のスープに辛味味噌だろ。
それだけじゃ飽きるかもって思ったからね。
大葉の香りと食感で、ほんのちょっと爽やかさを加えてみたんだ」
「うん。少なくとも日本人の私には嬉しいひと手間だったよ♪」
「シェルブルック人にも合いました〜♪」
幹太は今回のラーメンを作る過程で、濃い魚介のダシに辛味味噌という、ともすれば重すぎるラーメンスープを選択した。
さらに言ってしまえば、焼き牡蠣もかなり濃厚な具である。
濃い味に染まった口の中をサッパリとさせるには、大葉は確かにベストな選択であった。
「…どうかな、クレア様?
この町のご当地ラーメンにこのラーメンはふさわしいか?」
幹太は今だスープを飲み続けるクレアに聞いた。
「…そうね、文句のつけようがないわ。
うん…これはレイブルストークのご当地ラーメンに充分なり得るラーメンよ」
クレアはそう言って、レイブルブルーのレンゲをどんぶりに置く。
「やった!」
「やりましね!幹太さんっ!」
「やったね、幹ちゃん!」
「これで国に帰れます〜♪」
「もう!時間かかりすぎよ、幹太!
そろそろ本気でこっちに住んでもらおうと思ったわっ!
ね、ゾーイ?」
「は、はい…。そうすればクレア様とも離れずに済みますし…」
ゾーイはプロポーズの結果がどうなろうと、幹太について行くつもりであった。
「でも、今後の憂いなくご当地ラーメンになるためには、ダニエルさんに勝たないとダメだな…」
「えぇ、もちろんよ」
と言う幹太とクレアの視線の先には、額に汗をかきながら懸命にラーメンを作り続けるラ・フォンテ夫妻の姿があった。




