第九十九話 門出
明日からの出張先の国では、この時代だというのにラーメン屋が一軒もないことがわかりました。
とても残念です。
とはいったものの、十代での結婚が珍しくないこの村とはいえまだ蓄えもない二人は、まずはダニエルの実家に同居し、正式な入籍はお金が貯まってからということなった。
もともと狭い村なので同居にあまり意味はないのだが、ダニエルの実家の家業を覚えるにはちょうどいいと、婚約の時点で一緒に暮らすことにしたのだ。
「母さん…ちょっと早いけど、俺、引退した方がいいかな…?」
「…そうね、私も最近ちょっと考えるわ…」
ダニエルとメーガンが働くようになり、ラ・フォンテ家の経営する食堂はかなりの繁盛をみせていた。
「はい♪牛テールのスープ三つですね♪かしこまりました♪
ダニエルー!スープ三つよー!」
「はーい!」
もともと美味しいと評判だった食堂ではあったが、ダニエルの天才的な料理センスでさらに味に磨きがかかり、それを村一番の美人であるメーガンがテーブルに運ぶのだ。
これで人気が出ないわけがない。
「でも、本当は…」
「ははっ♪ダニエル達に広い世界を見てほしいってんだろ♪」
「あら、やっぱりわかる?」
「あったりめぇだ。何年お前と夫婦やってると思ってんだよ♪」
ダニエルの両親は、自分の息子の料理の味がこの村で収まるようなものでないと早くから気づいていた。
「何かキッカケがありゃなぁ〜」
「そうね…」
そしてそんなキッカケは、ダニエル達が働き始めてしばらく経った頃に訪れる。
「おいっ!ここの料理人に会わせてくれ」
と言ってメーガンを呼び止めたのは、取り引きに向かう途中に馬車を壊し、この村に足留めをくった商人であった。
「は、はい…すぐに」
商人のあまりの迫力に、メーガンはちょっと怯えつつキッチンへ向かった。
「ダ、ダニエル…」
「ん?どうしたのメーガン?」
「あちらのお客様がすぐに来てくれって…」
ダニエルがそちらを向くと、いかにも金持ちそうな男がこちらを睨みつけていた。
「ん〜?なんかあったのかなぁ?」
「ダニエル…」
「大丈夫だよ、メーガン。
君はここにいて」
ダニエルはほんの一瞬だけメーガンの手を握って、急いで男のテーブルに向かった。
「お待たせ致しました。
僕がこの料理を作った者ですが…何かありましたか?」
ダニエルは極力丁寧に、不機嫌そうな男に話しかける。
「お前がこれを…?あっちのガタイの良い方ではないのか?」
彼は持っていたスプーンで、ダニエルの父親を指した。
「もともとはそうだったんですけど、最近になって僕が改良を…」
「そうか…お前のような若い者がこれを…」
男はそう呟き、ダニエルを上から下までじっくりと観察する。
「…よし!お前、私のレストランで働け!」
「えぇっ!な、何を突然っ!?」
「お前、名前は?」
「ダ、ダニエル・ラ・フォンテ…」
「ダニエル、私はジェイク・ダベンポート。
このリーズ公国で一番の商売人だ!」
「は、はあ」
「いいか、ダニエル。この食堂に食べに来るのはほとんど毎日同じ人間だろう?」
「そうですけど…」
「お前の作った料理は美味い…けどな、この村にいてはそれは限られた人にしか提供できないのだ。
私はレイブルストークにいくつもレストランを持っている。
お前、そこで働いてみないか?」
「でも、そんな急に…」
「そうか…それじゃ明後日の朝まで待ってやる。
私の馬車もその日には直るようだからな。
おい、それじゃ会計を頼む」
「は、はい」
ジェイクはそれだけ言って、心配そうに事の次第を見守っていたメーガンにお金を払い、さっさと宿に帰ってしまった。
「明後日か…」
一日の仕事を終え、ダニエルは家の裏にある小川のほとりで悩んでいた。
「ダニエル…行ってみたい?」
「あ、メーガン。
どうかな…今は君とこの村で暮らしたいって思ってるか…な」
メーガンはどう?」
「そうね…私はダニエルさえ一緒ならどこで暮らしてもいいかなぁ〜」
「えぇっ!そうなの?」
先ほどのダニエルの発言は、結婚が決まった途端、メーガンが両親と離れるのは嫌だろうと思ってのことだ。
「うん。私がいなくてもお父さんとお母さんはまだまだ大丈夫そうだし、村に住むのは私達がおじいちゃんとおばあちゃんになってもできるでしょ♪」
「そう…なのかな?確かにウチの父さんと母さんもまた若いけど…」
そもそもダニエルとメーガンはまだ十代だ。
早婚気味なこの村に住む両親が現役なのは当たり前である。
「そうだよ♪
私はね、ずっと昔からダニエルが近くにいてくれるってことが一番大切なの♪」
「そ、それは僕もそうだよ」
「じゃあいいじゃない♪
たぶんだけど…あの商人さんも見た目ほど悪い人じゃないわ♪」
「えぇっ!それは本当かなぁ…?」
愛するメーガンの言葉でも、さすがにそれはどうだろうと考えたその時、
「ははっ♪なに迷ってんだ!行ってくればいいじゃないか!」
「そうよ♪メーガンちゃんが一緒なら問題ないじゃない♪」
と、ダニエルの両親が後ろから二人に声をかけた。
「ふ、二人はそれで大丈夫なの?」
「何がだ?言っとくがダニエル、ウチの店は父さんと母さんのもんだ。
ありゃお前の店じゃないんだぞ」
「ふふっ♪そうよ。勝手に取らないでちょうだい♪」
ダニエルの母は父の腕に手を回し、笑顔でそう言った。
「そっか、そうだよね…」
今の今まで、ダニエルはこれから先、自分が両親の店を引き継ぎ、この村で一緒を過ごすのだと考えていた。
しかし、それはいままで一生懸命築き上げてきた両親の人生を奪いかねない行為なのだ。
「僕は僕の…いや、僕たちは僕たちの人生を進まなきゃいけないんだね、メーガン」
「えぇ、そうよ♪ダニエル」
その日の夜、ダニエルは宿屋にいるジェイクの元を訪れ、彼の会社で働きたいと伝えた。
「あの少年、そうか…一緒に」
ダニエルが部屋から去った後、ジェイクは窓際で一人、外を眺めていた。
夜景というには暗すぎる宿からの景色は、自分が生まれた村の景色とほとんど変わらない。
「さて、ちゃんとものになるか…」
ジェイクはここと大差のない、過疎の村の出身だった。
その村の農家で生まれた彼は、成人してすぐに料理人になるという夢を抱いて村を離れ、リーズ公国の首都レイブルストークで働き始めたのだ。
「…俺には才能ってヤツがなかったから仕方なかったが…」
リーズに出てきてすぐ、ジェイクは自分に料理では周りの人間に太刀打ちできないことを自覚する。
それは閉鎖的な村に住んでいたという、圧倒的な経験不足からくるものであった。
「アイツの才能はこのまま埋もれてしまうにはもったいない…」
早くに料理人への道を断念したジェイクではあったが、幸いにして人の才能を見抜く天性の目を持っていた。
彼はそれを大いに役立て、いくつものレストランを経営する大商人として成り上がったのだ。
「まぁ、もちろんそれなりの対価はもらうがな」
実のところ、ジェイクは会社の人間にはそれなりに尊敬されている。
金儲けに関してはかなりブラックな手を使うが、それは自分や自分の家族とも呼べる会社の人間達を豊かするためには仕方ないことだと彼は本気で思っているのだ。
そして翌日、
朝一番でダニエルとメーガンは村の若者達に攫われた。
「み、みんなどうしたのっ!?」
「ダ、ダニエルー!」
メーガンはダニエルの目の前で、幼馴染の女子達に連れ去られていく。
「えぇっ!ちょっとみんな!?な、なんで僕の服をっ!?」
そして混乱するダニエル自身もその場で身包みを剥がされ、なぜか日本の着物に複雑な刺繍を施したようなこの地方の民族衣装を着せられた。
「あ…これって?」
「そうだよ、ダニエル。
これからお前達の結婚式だ…」
そう言って、ダニエルに肩を掴んだ親友は喜びの涙を精一杯堪えていた。
「あぁ…ありがとう、みんな」
速攻でもらい泣きしたダニエルが連れて行かれたのは、村の中央にある式場であった。
これといった宗教のないこの国では、役場や式場で冠婚葬祭を行うのが通例なのだ。
ダニエルが式場に入ると、正面のテーブルには同じく民族衣装を着た両親が座っていた。
「あれ?父さん、母さんも?」
「そうよ、ダニエル♪
皆さんが式を挙げてくれるって、私達を呼んでくれたの♪」
「いい友達を持ったな、ダニエル♪」
「そっか、だから二人とも居なかったんだ。
えっと…それで、メーガンは?」
「ふふっ♪後ろよ、ダニエル♪」
「後ろって…っつ!」
ニヤニヤする母にそう言われ、振り返ったダニエルは息を呑む。
「ダニエル…どうかな…?」
そこには真っ白な花嫁衣装を着て、頬を赤く染めたメーガンが両親と共に立っていた。
「すごい…綺麗だよ、メーガン…」
「ほ、ほんとに…?」
「…うん。メーガンが綺麗すぎて、僕、気を失うかと思った…」
伏し目だったメーガンは気づかなかったが、実際にダニエルは一瞬だが気を失って白目をむいていた。
「ダニエル君、メーガンをよろしくな…」
「ダニエルちゃん、たまには帰ってくるのよ」
「は、はい!」
娘と急な別れになるにもかかわらず、メーガンの両親は笑顔でダニエルと挨拶を交わす。
「よし!それじゃあ式を始めようっ!」
「「「「「おー!」」」」」
と、メーガンの両親への挨拶を終えたタイミングで友人達が音頭をとり、若い二人の結婚式が始まった。
明日より二週間ほど出張で日本を離れます。
更新が少し遅れると思いますが、引き続きよろしくお願い致します。




