第九十八話 ダニエルの事情
ラ・フォンテ夫妻サイドのお話です。
前後編になる予定です。
よろしくお願い致します。
「のちのちお前には新しい店舗を任せたい」
数ヶ月前、ジェイクから呼び出しを受けたダニエルは、彼の豪華な仕事部屋でそう告げられた。
「も、もちろんやらせて頂きます!」
そもそもまだレイブルストークに来たばかりのダニエルにジェイクからの命令を断れるはずもなく、また彼自身としても、新しいチャレンジは望むところであった。
「そうか、ではさっそく準備を始めよう」
「それでジェイク様、僕はなんの店をやれば…?」
「それはな…」
ダニエルがジェイク任されたのは、隣国シェルブルックで流行りつつある、新しい麺料理の店であった。
「とりあえず数ヶ月後に屋台を開く。
お前はそれまでに、そのラーメンとやらを作れるようにしておけ」
「は、はい!」
ジェイクからの指示を受け、ダニエルはさっそくシェルブルックに向かった。
そしてシェルブルックに入った彼が初めに訪れたのは、ソフィアの村であるジャクソンケイブだった。
「す、すごい…」
偶然にも休日にジャクソンケイブ村を訪れたダニエルとメーガンは、その活気に驚いた。
「見た感じ、僕とメーガンの村と変わらないのに…」
「そうね…人の数が全然違うわ」
ダニエルとメーガンは、ここジャクソンケイブと大差のない山深い村の出身であった。
「でも…懐かしい空気だ…」
「やっぱり山の空気っていいわね♪」
リーズでもとりわけ険しい山岳地帯にある彼らの村は、村民以外の人間は近寄らない過疎地である。
『そっか…僕が頑張ればあの村もこうなるチャンスが…』
そんな村の中で、ダニエルは才能に恵まれた存在であった。
それはまだ彼が六歳の頃、
「おかあさん、ボク、おりょうりをしてみたよ♪」
ダニエルはそう言って、母をキッチンに連れていった。
「あら、ダニエル♪何を作ったの?」
「…みて」
「ふふっ♪内緒なの…えっ…?」
キッチンに入った母が見たのは、自分が作ったのと遜色ない目玉焼きとパンの朝食だった。
「ダニエル…誰に教えてもらったの?」
「おかあさんのマネをしたの…」
見たところ、目玉焼きにはキチンと塩胡椒が振ってある。
「それでこんなにちゃんと?」
「うん。たべてみて…」
「わ、わかったわ…」
ダニエルの母は動揺しつつもイスに座り、彼の作った目玉焼きをパクリと一口食べる。
「まぁ♪美味しいじゃない♪」
ダニエルの作った目玉焼きは火の通りが絶妙であり、ヘタをすると自分が作った物より美味しい。
「パンも…」
「そうね。いただくわ」
ダニエルの焼いたパンはいい感じに小麦色に焼け、これまた絶妙な焼き具合である。
「お、美味しいわ♪ダニエル♪」
「…よかった♪」
母の感想を聞いたダニエルは、幼い子供ならではのあどけない笑顔を見せた。
「ダニエル…これを見ただけで作ったの?」
「うん。おかあさんのやってるのをみてたら、どんなあじになるのかわかったから…」
どうやらダニエルは、見ただけで料理の味の想像がつくようだ。
「ダニエル、それはお野菜とかお肉でもわかるの?」
「うん。ボク、ぜんぶわかる…。
おかあさんのつくってるおりょうりなら、おいしいか…そ、そうじゃないかも…。
あ、あとなにをつかっておりょうりしたかもわかるよ…」
「まぁ!」
ダニエルの母は驚愕した。
夫と二人で食堂を開いている自分であればそれはわかる。
それは経験からくる味の想像というものだ。
しかし、ダニエルはまだ六歳。
経験値も毎日料理をする自分とは比べ物にならない。
「お、おかあさん…これ、メーガンにたべてもらってだいじょうぶ?」
どうやら息子は母である自分のためではなく、大好きな女の子のために初めての料理を作ったようだ。
「えぇ♪大丈夫よ、ダニエル♪」
「…よかったぁ♪」
メーガンとダニエルは幼馴染である。
二人とも小さな村で同じ時期に生まれ、ずっと一緒に過ごしてきた。
「おはよう、ダニエル♪」
「おはよう、メーガン♪」
ダニエルが初めて朝食を作った日の朝も、二人は一緒に学校へと向かう。
二人は手を繋ぎ、森の中の通学路を歩いて登校していた。
「ダニエル♪わたし、きのうここでこグマさんにあったのよ♪」
「えぇっ!メーガン、それ、だいじょうぶだったの!?」
そして、この頃のメーガンはちょっとおてんばだった。
「きょうもクマさんいないかなぁ〜♪」
「メ、メーガン…こグマさんのちかくにはおかあさんが…」
その直後、ダニエルの予感は的中する。
「あっ!いた!ほら、ダニエル」
「ほ、ほんとうだ…」
確かに自分達とそう離れていない木の間に子ぐまが座っている。
そして、子ぐまに夢中なメーガンは気づいていないが、子ぐまの後ろでは母グマが木の皮をめくって何かを食べていた。
「ダニエル♪だっこしにいきましょ♪」
「ダ、ダメだよっ!メーガンっ!
は、はやくにげようっ!」
と、子ぐまに向かって駆け出そうとするメーガンをダニエルは必死で抑えた。
そんなことが毎日のように起こり、ダニエルの中にある一つの強い思いが生まれたのだ。
『メ、メーガンはボクがまもってあげないとダメだ…』
そんな幼いダニエルの思いは、二人が思春期になっても続いていた。
すでにダニエルは村では有名な料理名人になっており、おてんばだったメーガンも村一番の美少女へと成長していた。
「メーガン、そろそろ帰ろう…」
「うん♪」
この世界にしては珍しく、リーズ公国では日本における中学校のような教育機関が存在している。
十五歳になった二人は、いまだ幼い頃と同じく一緒に登下校をしていた。
そんなある日のこと、
「ダニエル…私、告白されちゃった…」
「ええっ!」
「だ、大丈夫っ!すぐ断ったからっ!」
「そ、そうなんだ…」
この頃の二人は、同じような境遇の幹太と由紀とは違い、すでにお互いの気持ちに気付いていた。
「ダニエル…私、結婚するのはダニエルがいい…」
学校の卒業を間近にして、想いを先に告げたのはメーガンであった。
「…うん。僕だってそうだよ」
この村では、学校の卒業と同時にほとんどの人間が働くことになる。
ダニエルのように実家の食堂を継ぐ予定の者もいれば、村を離れる者もいる。
今日、メーガンが告白されたのは、村を離れる予定の男子だった。
「卒業したら結婚しよう、メーガン」
「うん♪」
そうして二人はあっさりと結婚する事を決めたのだ。
「あぁ、やっとなの…」
「あぁ、やっとか…」
その後、送り届けたメーガンの家でダニエルは彼女の両親に呆れ顔でそう言われた。
「だって、メーガンは昔っからダニエルちゃんの話しかしないし…」
「確か…ダニエルとずっと一緒に働くの〜♪って寝言も言ってたな…」
「えぇっ!わ、私、そんなこと言ってたのっ!?」
「言ってたわね」
「言ってたな。あとは…」
「…メーガン、そんなに僕のことを…」
「ダ、ダニエルっ!き、聞かないでっ!これ以上聞いちゃダメぇ〜!」
ダニエルとメーガンはそのあと訪れたダニエルの家でも同じような反応をされ、二人の結婚はお互いの両親に認められることとなったのだ。




