殺し屋ちゃん
自分はライトノベル作家になりたいと思い頑張っている学生です!!
萌のすばらしさを一人でも多くの人達に送れるような作家になりたくてこれから毎日頑張っていく所存です!!!
つまんねぇの感想お待ちしています!!!!
こうすれば良いんじゃないの指摘更にお待ちしてます!!!!
ガラステーブルの上にはコーヒーカップ。湯気はもう立ち上らなくて黒い水面が静かに揺らいでる。
向こうには少女。
西洋人形のような布を重ねて着飾った真っ黒い格好をした彼女は両手で持った、その手にはやけに大きい望遠鏡を少し開けた窓の間に突き刺して何かを覗いてる。
コーヒーカップの横には履歴書。僕の写真、僕の履歴、僕が彼女の元へと来た理由が消えかかった鉛筆と強く刻まれた黒インキで書き連ねられている。
開け放たれた窓から強い風が吹いてくる。重しが置かれた紙片は苦しそうに手足でガラスを叩く。
時計の針は短針で少しずれた四を、長針では丁度に七を示していた。今は刺してなくて刻々と時間は進んでいる。
「ねぇ、早く決めてくれないかな。やらないならやらないを。やるのならやるを。どっちでも良いから、決めてくれないかな。もう珈琲も冷めちゃったよ」
宙に刺していた望遠鏡を僕の方へと向けて。筒を伸ばしたり縮めたり。五メートルと離れていない僕にピントを合わせながら透明な声でゆっくりと彼女は僕に言う。
薄暗い部屋に僕等は居た。赤い布地のソファがぼんやりと浮かび上がり、影が物隅にこっそりと隠れて、やたらに彼女の黒色が強調される薄暗い部屋に。
皮膚の内側をのぞき込まれているような視線から逃れるために俯く。履歴書を指で撫でる。窓から入り込んでくる光を受けてちろちろと舞ってる埃が落ちて履歴書に薄く積もっている。
書いた字の凹凸を感じた。ざらついていた。
名前を撫でた今までを撫でた憎しみを撫でた。
顔を知らない誰かを思った。
視線が離れた。
彼女はまた窓ガラスの方へ向き返り望遠鏡のピントを誰かに合わせている。望遠鏡が伸びたり縮んだりしている。
指先を履歴書から上げた。
指先は汚れている。
履歴書の上には真っ黒い物体。触れるととても冷たい物体。
「決めました」
ゆっくりと僕は大きな染みの目立つソファから立ち上がる。
「どっちを」
トントンと、つま先が鳴る。
雲が太陽を隠す。
薄暗い部屋が真っ暗になる。
点滅する電灯が時々に薄い彼女の輪郭を照らす。
真っ黒い物体を手に取る。
彼女が振り返る。
破裂音が聞こえる。静かに揺らいでいた液面が跳ねる。宙を舞う埃が散る。焦げたパンに少し似た匂いが薫る。ゆっくりと彼女が倒れていく。転がる望遠鏡がからからと転げて笑う。
僕の右手には拳銃が握られている。
彼女にゆっくりと近づいていく。
雲が太陽から離れていく。
窓から光がまた入り込んでくる。
乱れた前髪を綺麗に直しながら真っ暗に浮んだまっ白い顔を見つめる。
きれいな彼女の額には小さな穴が一つ開いている。先が見えない真っ暗な穴。
光が彼女の顔に近づいてくる。照らし始める。穴が消えていく。音もなく光に合わせるように、彼女のまっ白な額が僅かばかりの緋色を取り戻っていく。
「いいよ」
ぱちぱちと音を立てて瞬きを彼女がする。
倒れた彼女が手を伸ばす。僕は拳銃をガラ床に置いて蝋細工に似た手へと手を伸ばす。
酷く冷たい。
「採用して上げる。だってね」
さっきまでのやりとり全てが何もなかったかの様に望遠鏡を拾い上げて、
「とっても苦しくて」
彼女が僕に柔らかく笑いかける。 「とっても優しかったもの」
強い光でも彼女は見えなくなる。
……先日、株式会社小山特殊鋼前代表取締役である小山祐二さんが頭部を銃弾で撃た……
目玉焼きを二つ焼きウィンナーを焼いてちぎり取ったレタスと共に皿に載せる。
トーストは食べる気にならなかったから目玉を一つ増やした。
テレビから聞こえてくる小山さんは昨日彼女が殺した人だろう。
面接会場の住所と同じ場所で僕が彼女を撃ち殺したぐらいの時間に見付からない弾丸で貫かれているからだ。
目玉を潰しウィンナーにレタスに破れた薄膜から溢れる黄身を絡ませて食べる。
噛みしめながら昨日銃を握り今は箸を握っている右手を左手で触れた。
……警察では勤務時間内の取締役室で起こった事から会社内部の犯行ではないかと…… 冬の水は冷たく皿と箸を洗う手の感覚が薄れていく。
冷たいから痛い変わっていき不意に何も無く瞬間が好きだった。だからずっと前には綺麗になっている皿をまだ洗っている。
多分時間が来るまで洗ってる。
……それでね。私は思うんですよ、これはきっと社内不倫をして捨てられた社員の犯…… 何か必要な物は有りますかと尋ねた時に何も要らないと彼女は応えた。
鞄の中には財布と筆記具と文庫本を一冊だけ入れた。
鞄は軽く、それが余計に今までのとの違いを感じさせる。
何を着ていけば良いかと尋ねたときに正装ってあると思うと彼女は応えた。
「スーツを着ることは未練なのだろうか」
消臭剤を何度も吹き付けて、けれど硝煙の匂いが切れないスーツに身を通しながら鏡に映る自分に尋ねる。
スーツのポケットを探ると、昨日別れ際に渡された紙片がある。
「そりゃそうさ」
僕は笑う。
紙片を頼りに昨日とは違う場所に着いた。
それには住所と橋の下に朝の十一時とだけ整形された字で書かれていた。
迷うかと思って早めに家を出たけれど、大きな川とそれに掛かる長い橋は直ぐに見付かり、時計を確かめればまだ十時にもなっていなかった。
急な階段を降りながら日差しが流れる川を見下ろしている。
芒の穂が風に合わせて一斉に揺れている。
大きな鷺が一羽水面から見ている。
水の音が聞こえる。
土に靴先が触れる。
草を踏み固めながら橋の下へ歩く。
橋の下には煉瓦が積み上げてあった。
「あれっ。早いね」
煉瓦には少女が座っていた。
足を宙で遊ばせながら雇い主の少女は手に持ったパンを食べていた。
「何。食べたいの? 上げないよ」
煉瓦に座った彼女は今日はありふれた白いワンピースを着ていてそれが不自然だった。
季節は夏で気温は高い。湿り気を帯びた風は身体に纏わり付いて、スーツの中は熱気で満ちている。
「せっかく。それも一時間も早く来てくれた殊勝な君には悪いんだけどさ、よくよく考えて見たら今日は君にやって貰う事無いんだよね」
「そうですか」
だけど、まるで彼女が普通の子供で有るようなそのはためく布地は余計に印象深く思い起こさせた。
「それでもさぁ、来た端から帰れって言うのも上司としては駄目でしょやっぱり」
「はい」
暗闇で浮んだ穴の開いた額をそこから流れてこなかった血を。
「だからさぁ。今日は見学って事で」
「分りました」
積み上げられた煉瓦を蹴り跳ねるようにして降りる。
煉瓦は崩れた。
「少し早いけどそろそろ行こっか。君、何にも応えてくれないし」
「……はい」
橋の下の影から彼女が出て行く。
薄暗いところから光に溢れた所へと移ろっていく彼女の背をじっと見ていると次第に不安が身を潜めていく。
そうかただこの薄暗さが原因だと思えてくる僕に彼女が振り返る。
口角が僅かに上がり、目を細めたその笑顔を見た。
何かが違うことがはっきりと分った。
「ほら、早く仕事しに行くよ」
彼女は人殺しで僕も人殺しだ。
「はい」
殺し屋もバスを使う。
自販機で買ってきたジュースを飲み口元に水滴を付ける。
「それでね。その人とは病院の喫茶店で待ち合わせることになってるから」
昼前のバスは人もまばらだった。
人が少ないと静かだった。
病院はバスの終点にあるから静けさは要らなかった。
なのに、不必要に静寂だった。
「それでお仕事するのがお昼過ぎの予定。あぁ、お昼は仕事の後に奢って上げるから喫茶店では頼まないでね」
汗をかいたペットボトルに蓋をして隣に座る僕へ手渡す。受け取ったペットボトルを鞄に仕舞おうとした僕に
「喉渇いてないの?」
そう、不思議そうな顔をする。
まるで人を思う心を持っているみたいに。
「……大丈夫です」
「そう」
窓際に座った彼女は汚れた窓越しの景色を見始める。
「ここに来るの二回目なんだ」
頬杖をついた手の平から延びる小指で唇を弾きながら独り言の様に呟く。
目線は変わり続ける景色に刺さり続けている。
「そうですか」
窓を見る彼女を見ていると言葉が口から出た。
「あんがい変わらないよね」
トンネルを通る時にはバスは薄暗くなった。
「店とかですか」
僕は苦しくなる。だけど、違う気もしてくる。
「うん。そこらへん」
もっと単純だったら良いのに。
「嬉しかったりしますか」
殺し屋らしく最低だったら良かったのに。
「普通かな。……ねぇ君って何が好き」
目の前の少女は簡単に人を殺すのに。
「これと言った物はないです」
まるで普通に振る舞う。
「嫌いな物は有る」
狂っていないかの様に。
「多分無いです」
バスが止まり振動が無くなる。
「そう。じゃあ、何処かで適当に」
終点に付いた僕等は席から立ち、二つの前の席に座って居た女性の後に続く。
彼女が払う二百五十円を不思議そうに運転手がただ見てる。
バスから降りれば空は青く雲は一つ二つだけ。
病院へと続く道を歩きながら誰を殺すのだろうかと考える。
「ねぇ。あそこの雑木林、人来ないかな」
「奥だったら」
病院にいる人なのだろう。
「そうだよね。うん。あそこにしよっか」
医者だろうか、患者だろうか。
その人は何故殺したいと願われたのだろうか。
「じゃあ。お仕事は挨拶から始めよっか」
そう言うと、彼女は前を歩く女性に駆け寄り背を軽く叩いた。
女性は立ち止まる。
「初めまして。殺し屋です」
そう言った彼女はきっと笑いかけているんだろう。
「あなたの殺したい人を殺しに来ました」
喫茶店で僕等はコーヒーを飲んでいる。
僕の隣には人を殺す彼女がいて、溢れそうに掬った砂糖を何杯もカップに落としている。
目の前には人を殺して欲しい女性が居る。
街を歩けば幾らでもいそうなありふれた人。
「では。まず、お電話でお伝えした物は持ってきて頂けたでしょうか」
砂糖え跳ねたコーヒーで針先ほどの黒い染みを作りながら彼女が尋ねる。
「あの……この子は?」
女性は不安そうな顔を僕に向け。
何でこんな少女がここに居るのかと、そして自分に話しかけているのかと表情で伝える。
どう伝えれば良いのだろう。
この子が貴方が雇った殺し屋で、今から貴方の殺したい人を殺しますと言えば信じるのだろうか。
「自己紹介がまだでしたね、――さん。私はMKサービス代表の飯島です。そして、隣の彼は助手の時田です。今回はご依頼頂きありがとうございます」
カップに軽く口を付けた彼女はすらすらと嘘を並べていく。
「あなたが? やっぱり冗談だったの?」
自分の娘と言われた方がまだ信用できる少女からの言葉に女性は困惑を深めているようだった。
「冗談ではございませんよ。安心してください。我々は貴方のご依頼をきちんと叶えて差し上げますし、料金はお伝えした成功報酬のみでございます。もちろん、個人情報の保護もしっかりと」
カチャリとソーサーが鳴る。
何度となく同じ会話を繰返してきたことが、よどみの無い言葉の流れから分った。
「……」
女性はちらりと彼女の目を見つめると直ぐに顔を伏せ、耳を澄ませなければ聞こえない程に小さくうめき声を上げた。
それは、ありふれた容姿を持つ普通の人でしか無かったはずの彼女からは想像できない音だった。
「今すぐに証拠をお見せする……と言う訳にはいかないことは――様にも分って頂けると思います。その代わり、我々は考えて頂く時間を出来る限りご提供したいと考えています。また、依頼金と言った形を一切取らない形にしております。ですので今日直ぐで無くとも、一ヶ月二ヶ月と考えて頂いてからでも結構です」
テーブルが振動している。
コーヒーの黒い水面が微かに波打っている。
「……私どもには証拠をお見せすることは出来ません。だから、不安を感じていらっしゃる――様に言えるのは、良くお考えになってから、良ければもう一度ご依頼御願い致します。ただ、それだけなのです」
依頼人は震えを強める。
伝票を手に取った殺し屋は席を立つ。
「さぁ。行こっか」
促された僕も立ち上がり、依頼人から離れていく。
直ぐに聞こえなくなるはずだった音が耳にこびり付いていた。
「こう言った事は結構あるんだ」
本当の事をそのまんま言っちゃうとさ、と彼女は割れた階段の破片を蹴りながらに言った。
「ほら。私の見た目ってこんなのじゃない」
破片は階段を転がり落ちていく。
見えなくなる。
「まあ……大体はこんな感じで顔合わせの時にはお仕事すること無いの」
嬌声が聞こえてくる。
僕は病室の家族を尋ねる少年を想像する。
「ほとんどの人がそうなんだけどね。お客さんの目の前には黒いスーツに身を隠して、不穏な空気を漂わせる男が尋ねてくるはずだったんだね。それで、まるで映画のような雰囲気に酔いながら誰かを殺してもらうつもりだったの。現実の延長線上には無い非現実として。心に傷も痣も残さないためにね。けど、お客さんの目の前には思い描いた映画とはかけ離れた白いワンピースを来た可愛らしい私が来ちゃったった。だから、みんなあんな風になっちゃう」
コンクリートの階段から靴底が離れる。
土の道に靴先が触れる。
「だから、映画が壊れても連絡をくれたら。その時に始めて仕事をするって感じ。聞くとめんどくさいって思うかも知れないけど。結構便利なんだよ。仕事中にお客さん自身に邪魔されるって事がまず起こらなくなるし」
「あの人からは連絡が来ると思いますか?
「あの人は多分、きっと、必ず。連絡をくれるよ」
「どうしてですか?」
「だって。小さな声でだけど死んで貰わなきゃって言ってたもの。きっと、こんな可憐な少女が殺し屋だったとしても。どうしても殺して欲しい人が居るって事でしょ。だから、後は時間が転がしてくれるよ」
バス停がすぐ側に有り、振り返ると遠くなった病院が有る。
喫茶店に彼女はまだ居るのだろうか。
それとも、嬌声の誰かと同じく誰かの側に居るのだろうか。
依頼人の彼女はこの病院に居る誰を殺して欲しいのだろうかと思った。
嬌声の中の人やその近くに居る人で無ければ良いなとも思った。
「彼女は誰を殺して欲しいんですか」
「ん? 気になるの?」
「はい」
「個人情報って最近五月蠅いからねぇ」
「駄目ですか」
「いや、別に良いよ。えっとね……あれ。誰だっけ」
ベンチに腰掛けた彼女は唇を結んで額を小突き始める。
「えっと。なんだっけ。……えっとね。あぁ、そう、あれあれ」
ベンチの背に手を乗せて立っていた私の方を向き、
「そうそう、自分の母親だよ。やっと思い出した」
そう言った。
「明日は事務所に来てくれる?」
陽が天頂から少し落下した頃に待ち合わせた場所へ着いた。
彼女は崩れた煉瓦の上に腰掛けると、何か書く物は持ってるかと僕に尋ねた。
鞄を探ると小説とボールペンが有った。
小説を手に取り、一瞥の後にペンと渡した。
「いいの? これに書いても」
「はい。もう良いんです」
「そう。じゃあ、紙表紙に住所書いとくね。明日事務所に着いたら塗りつぶして貰うから、しっかり覚えてね。もちろんメモとかに書き写しても駄目だから」
小さな手から本を受け取りながらに聞いた。
「それは個人情報の保護ですか?」
くすりと彼女は笑い。
君も冗談の一つくらいは言えるんだねと目を細めると。
「こうすると、殺し屋っぽいでしょ」
新入社員へのサービスだよ、と煉瓦から顔を覗かせていた蒲公英の首を摘み取り、煉瓦から立上がり、スーツのポケットに入れた。
「これも上げる。ほら。私って良い上司でしょ」
笑顔が目に映る。
「そうかもしれないですね」
街灯が光り始めた頃に家へ着いた。
部屋には灯が付いていて、それを見ると擦りつけて進んでいた足が跳ね上がった。
そして、直ぐに弾みは無くなった。
鞄を探り、鍵を取出そうとして本に触れた。
鍵の代わりに取出したそれの紙表紙を見ると小さな文字で住所と簡易的な地図が描かれている。
「おかえり」
文字と絵へと首を折る僕に声が掛けられた気がした。
慌てて扉を見ても閉じられている。
足下でただいまの声が反響する。
扉が閉まる。
本を鞄へとしまい鍵を取出して家へ帰る。
「ただいま」
消費されない光で埋め尽くされたがらんどうへと呟く。
――区――町――ビル三〇七号室。
本に書かれた場所は一昨日に面接をした場所と似た、埃の足跡が出来る雑居ビルだった。
北関東探偵事務所。
扉の上に掛けられた看板に一瞬の躊躇をし、上司の文字を見返してからノックをした。
「入ってますよ」
扉を開けると学生服に身を包んだ殺し屋が一人、入り口に向かう様に置かれた四人掛けソファの青色の布地に身を沈めている。
「おはようございます」
「……とりあえずそっち座ってよ」
指先が示した、向かい合わせで置かれたソファの一方に座る。
「今日は誰かを殺しに行くんですか?」
「今日は依頼が無いから、特に殺す人は居ないね。明日には有るけど」
「じゃあ。今日は何をすればいいですか?」
「特にはないね。まぁ、そこら辺で待機しておいてよ。今すぐに誰かを殺して欲しいって依頼が何時来るかも知れないし」
今まで来たこと無いけどね、そう言いながら彼女はソファの肘置きに顔を預けてリモコンで操作し続けている。
テレビは忙しなく画面を切り替えていき、決して新しい物とは言えないそれのスピーカーからはざらついた音に混じった声が聞こえてくる。
窓は開かれている。
くすんだ黄色のカーテンが揺れて影を時々に小さな頭へ落とす。
雲の少ない空は翳りで部屋を染め上げることは無く、灯を点けていない部屋も仄かに明るい。
陽を浴びた埃の匂いがする。
僕と彼女との間に置かれたテーブルの板を指でなぞり、指先を日だまりに差し出してみる。
ちりちりと牛耳の奥で想像の擬音が聞こえて来て、より一層強いそれを鼻腔で感じる。
指先を指先で払いながらに殺し屋を見下ろす。
真新しいブレザーを着て、くすみの無いローファーを履いている。
彼女の体躯よりも一回り大きい制服は、幼さを強調させる。
「暇だねぇ」
テレビから音が聞こえなくなり、リモコンがテーブルに投げ出される。
「とっても暇だねぇ」
ボタンの印字が擦り切れたリモコンを手に取る。
「ねぇ、君。もしかして。何か聞きたいこととか有るんじゃ無いかな?」
リモコンをそっと置き直す。
「もしかしなくても見えてない? 目の前とか、ほら、君の目線の先」
ほら。ほら。ほら。
起こした身をクッションの背に預けた彼女が制服、ズボン、ローファーと手の平を弾ませる。
「ドアに掛かっていた看板は本当を隠すためですか?」
「ん? そっち? まぁいいけど」
肘置きに肘を立てて弾ませていた手の平で
頬杖を付く。
「あれはね、前にここを借りてた人達の看板。前と言っても一つ前か二つ前か、それともずっと前かは分らないけど」
「誰かが誤解して尋ねてくるかも知れませんよ」
「うん。もしも、その誰かが来てくれて。その人が看板の頃を知っているのなら話してみたいな」
彼女が首を傾けると、長く黒い髪が柔らかくたゆたう。
「ここで生きてきた人はどんなカーテンを掛けていたのかとか、その人の周りにはどんな人が息づいていたのかとか、その人はどんな風に笑うのとか」
「何故ですか?」
「もしもその人が幸せだったのなら、想像の中でその人になりたいの」
目を細めて手で髪を梳きながら陶酔した表情を浮かべる彼女は可哀想だった。
「きっと嬉しいよ」
「……明日は何かする事は有りますか?」
「明日もこんな感じだね。君の仕事は私とお喋り。でも、明後日には有るよ、依頼。学生を殺すの」
「だから制服を?」
「やっと触れてくれたね。うん。学校に入るためにそこの制服を着るって、それっぽいでしょ」
だからわざわざ本物を取り寄せたんだよ、と言いながら彼女は立上がる。
サイズの合っていないローファーと踵が音を立てる。
「その服を着て殺すんですか?」
「うん。だから、汚れちゃって捨てちゃう前に着て上げたいなって。ただ、汚されるだけじゃ可哀想でしょ」
くるりと回る彼女の髪からは強く焼けた埃の匂いがした。
「ごめんね。君の分の制服を買うの忘れてた」
依頼をした少年が待つという学校は事務所から一時間ほど離れた場所に有った。
「大丈夫ですよ」
両手で持った学生鞄を彼女の膝が蹴る度に中に入れられたビニルシートが音を立てる。
「けど……せっかくだから着てみたいとかは無かった? ほら、私って従業員は大切にしたい人だから」
「いえ」
「そう。まぁ、そうなら良いんだけど……言っておくけど後で貸してって言っても駄目だからね」
校門からは入らないらしい。
学校を囲うフェンスの一つに人が通れる位の穴が開いていることを教えてもらったのだと、車中で楽しげに彼女は語っていた。
昼前の周囲は静かだった。
住宅街に囲まれた学校には人通りが少なく。
時々に車道を通る車は前を走る車が居ないから勢いよく過ぎていく。
野良猫が歩道の中心で陽を浴びている気付いた彼女が駆け寄ると飛び起き逃げていく。
野良猫は僕達をちらちらと確かめながら僕等が行く道の先を跳ねていく。
「まるで案内してくれてるみたい」
彼女が独りごちる。
「ここで待ち合わせのはずなんだけどな」
錆びて腐ったフェンスの穴から彼女は入り込んだ。僕も穴を拡げてから校内へと入った。入る前につま先で蹴れば軽く崩れた。
「今って十一時十二分だよね?」
腕時計を見ながらに彼女が尋ねる。
退屈そうに蹴り上げた土が草を隠す。
「それから十分くらい過ぎてますね」
「……ああそう。じゃあ、お客さん待ち合わせ時間から三十分以上遅れてるね」
腕時計の針を直しながら彼女は背を預けていたフェンスから校舎へと進み出す。
「どうかしましたか?」
「暇だし探検してみようよ。大丈夫、何処で殺すかはもう決めてるから。うん、そこに行けば大丈夫だよ」
靴裏でフェンスを蹴り、軋み断面から錆を溢すそれの音を聞く。
――少年は教室の隅で授業が終るチャイムがなる音が教室で響くことを待っている。心では待ってはいない。掃除用具入れに閉じ込められた彼の未来が待っている。チャイムが鳴りドアが開き、閉じる。喧噪が徐々に湧上がる。楽しげな声が箒とちりとりの合間に詰め込まれた彼にも聞こえてくる。ひときわに大きな声が近づいてくる。にやにやと笑う顔が唯一光が紛れ込んでくる細長い四本の横穴から見えた。戸が開かれて急に彼の視界は明るさを取り戻して転げ落ちる。
少年は六人の背に囲われているのに視線はその背中をすり抜けて彼に刺さる。三十二の人の六十四の目から視線が刺さる。何時までも起きようとしない彼は腕を掴まれて起こされる。何度か蹴って確かめられた後に起こされる。じゃんけんで誰が彼に触れるかが決まった。六人で最後まで負けた一人が廊下から雑巾を持ってきてそれを少年と自分の手の平との間になるようにして起こす。起こされながらに彼の目だけは懸命に動き、一人を探す。
立上がった少年は少年達に促されながら教室を出て廊下を歩く。廊下を進むにつれて一人、一人と少年達は増えていく。やがて少年達は自分たちの教室が有る校舎からは別の校舎に入り、人通りが極端に減ったそこのトイレへと少年を押込んだ。押込んだ後に少年達も入っていく。少し遅れてもう一人の少年も入っていく――
「ねぇ、授業ってどんな感じなの?」
誰も居ない教室が有った。そこの一席に座った彼女が、側に立つ僕に聞いた。
「どうって……教科書を読んで、教師から教えられて。そんな感じです」
両手で頬杖を付いた彼女は指先で自分の唇を撫でながら僕を見上げる。
「それは知ってるの。ドラマで見たこと有るから。ねぇ、授業って楽しい?」
「どうなんでしょうか。当たり前だったので。面倒とは思いましたが」
「そっか。当たり前だったんだ。じゃあ、きっと幸せだよね。大体の当たり前は幸せだもの」
――チャイムが鳴るなかを少年達がトイレから出てくる。これからの授業の宿題をやってきていないことを互いに笑い合う少年達も居る。少年は涙と鼻水と水道水が混じり有って濡れた顔を拭いながらじっと見下ろすもう一人の少年に話しかける。「こうちゃん」見下ろす少年はドアを見る。誰も居ない。見下ろされる少年を見下ろしながら「二度と呼ぶなって言ったろ」そう言って足を振り上げて蹴ろうとする。そして少年をじっと見下ろして、蹴らずに振り下ろして、入り口へと歩いて行く。見上げる少年はその背中をじっと見ている――
「そろそろ行こっか」
尋ねた後、ぼんやりと黒板を眺めていた彼女が言う。
「はい」
消したチョークの白い跡を彼女の指先がなぞり一本の線が描かれた。
僕等は階段を降りる。
「フェンスの目の前にある校舎の一階にあるトイレが、授業中は絶対に人が来ないからそこでしたいって言ってたの」
トイレの戸を開けながらに彼女は言い。
「こちらのお客様が」
汚れた少年を手の平で示した。
「すみません。待ち合わせには行けなくて」
色を混ぜすぎた絵の具を浸した紙くずの様な彼は、その見た目とは違ってふらつくことも無く立上がった。
「少し、じっとしたくて」
彼は自分が座り込んでいた個室トイレの一室から出ると、部屋の端、用具入れまで歩き扉を開く。
「いえ、大丈夫ですよ。おかげで学校を見ることが出来ましたから」
扉を開けた彼の手には僕の手に有る学生鞄とよく似た物が握られていた。
「これが、お支払いするお金です」
「はい……大丈夫です」
鞄から取出された茶封筒を受け取った彼女は中身を確かめずに軽く振った後少年に返した。
不思議そうな顔をした彼に彼女は、約束の物は持ってきたかと尋ねる。
少年は一冊の雑誌と卒業アルバムを鞄から取出し渡す。
「名前は小倉浩一です」
そう言いながら。
「君。これ持っててくれる?」
水で萎れてページどうしが張付き開けなくなっている成年雑誌を僕に手渡した彼女はアルバムを手繰る。
「この人ですね」
彼女は一人の少年を指さし、依頼人もはいと応える。
中学生の頃のこれから殺される少年の首から上が青い背景の前に写っている。
アルバムに傾けていた顔を上げて。
「じゃあ、殺しましょうか」
アルバムを閉じた彼女がにこりと言った。
「……はい」
つられて少年もぎこちなく笑った。
「ねぇ。君、ビニルシート敷いてくれる? ほら、制服を汚しちゃうのも嫌だしさ」
雑誌を胸の上に置いた少女がアルバムの写真をじっと見つめている。
鞄から取出したビニルシートを個室を覆う形で敷き、四隅には小さな手で脱がれた靴が置かれていく。
踏みしめるとがさがさと擦れた音のする狭い空間に少年と少女は居る。
「こいよ秀一」
手に持っていたアルバムと胸の上の雑誌を頭の横へ置いた彼女の口から聞き覚えの無い名前が聞こえる。
その声色は彼女の物では無かった。
「……うん、こうちゃん」
驚いた表情を見せた少年は直ぐに嬉しそうな顔になってズボンのポケットから鋏を取り出す。
仰向けの小倉浩一にまたがる。
「でもさ、不思議だよな。二年前までは何にもなかったのに。馬鹿みたいなことして笑ってたのに」
彼女の顔は分からなくなって、代わりにちらりと見た小倉と言う少年の顔が有る。
その顔が口を動かし喋る。
「そうだね。訳わかんないね」
鋏を持った少年が笑う。
「なぁ覚えてるか? 境内の下の猫、あいつ子供産んだぜ」
「たまって雌だったの?」
「今更それかよ。そうだよ。それ三匹の子供産んでた。変てこな毛色で笑えるから今度見てみろよ」
「うん。ねぇ、知ってる? 駄菓子屋潰れたよ。代わりに肉屋が出来て、そこのコロッケがおいしいんだ」
「知ってるよ。あそこは俺がしゅんに教えたんだから知らなはずないだろ」
「そっか、そうだったね。来月には花火大会があるね」
「あぁ。それで夏休みだ」
「打ち上げ花火面白かったね。海の中へ打ち込んだやつ」
「おれは楽しくねぇよ。近所のおっさんに捕まって散々怒られたんだから。お前が俺をおとりにして逃げて」
「だからわざとじゃないってずっと言ってるじゃん。それに、こうちゃんの方がよっぽど僕を置いて逃げてるじゃん。蜜柑を盗んだときだって、窓を割ったときだって……」
手に挟んだ鋏の存在を少年は思い出す。
鉄とプラスチックの重みが意識に伝わる。
「ねぇ。来月の……」
「……さぁ、そろそろ始めるか。駄目だな。久しぶりだからだな。つい話したくなる」
「こうちゃん……」
「俺を殺すんだろ?」
「だけど」
「分かるだろ。こうしてお前と笑い合って話せる俺は、お前の苦しみを分かることのできる俺は、この瞬間の仮初に過ぎないって。俺はお前の友達としての俺だけじゃなくて無数の俺で出来てるって」
少年の手には鋏が有る。
殺される少年は、殺す少年の頬を優しく撫でる。
「だから、な」
茶色い錆が浮いた刃先が彼の胸元に近づいていく。
「……うん。殺す。僕、こうちゃんを殺す」
「大丈夫か。さっきまで俺に虐められて泣いてた奴が」
「うん、大丈夫」
「そっか」
「うん」
軽い口づけの様に刃先を左胸へ触れさせて、少年は鋏の刃を彼に向けて掲げる。
「今からそれを辞める。こうちゃんを殺して、泣くことも辞める」
「あぁ」
殺される彼は微笑んでいた。
「こうちゃん……ずっと借りてた鋏返すね」
「もう約束破ってるのかよ。泣くな、みっともないから」
「うん。分かった」
震えの消えた両手で固く握りしめられた鋏の切っ先が振り下ろされてかれの胸元に突き立てられていく。
「そういやさ。覚えてるか。秘密基地」
刺さる音は聞こえてこなかった。
遠くで響く寂しげな足音の方が、擦れるビニルシートの音の方が遙かに鮮明で大きかった。
「覚えてるよ」
鋏が抜かれて少年の頭上で掲げられる。
彼の身体が震動する。
「二人で作った秘密基地」
胸から湧き出る血に刃先が掬った血の一滴が落ちて赤く小さな華が咲く。
少年からこぼれ落ちる涙でも同じ華を咲かせる。
「とっても嬉しかった」
刃先が血に沈み胸に新しい穴を開ける。
血に押し出された空気が破裂する。
「まだ山の奥、僕等だけの場所に有るよ」
紺色に赤い血が浸みていき、夜に似た色が彼を覆っていく。
「こうちゃんが誕生日に拾ってきたエロ本も」
胸元に鋏が埋まる。
何度も重なった刃先が彼の肌を穿つ。
「雨で読めなくなったけどまだ持ってるよ」
固まり掛けた血の上に血が流れる。
咲いた華の散った花弁が彼の頬に膜を作る。
「こうちゃんが始めて僕にくれた物だから」
鋏を握る手は肌色を残していない。
爪先まで全て赤黒い。
「何時までも持ってる」
血にまみれた少年が崩れる。
べしゃりと重なる。
「僕は君の友達だから」
やっぱり、彼は笑っていた。
頬の赤い膜が割れてビニルシートの上に粉が落ちた。
空気は弾けなくなり、血は溢れなくなり、震動は止んだ。
「血は大丈夫ですか」
息づかいが聞こえてこない少年に僕は話しかける。
瞳に血を被せた少年が顔を上げる。
少年の映画が逆再生を始める。
流れ出た血が胸元に流れ込んでいく。固まった血が液体へと還っていく。夜に似たブレザーは海の底に似た色を取り戻し。少年の瞳から血が奪われる。鋏は錆び付いた黄土色で鈍く灯を反射する。彼の笑顔の理由は白色を取り戻した彼女からは見付からず。
青いビニルシートの上には殺し屋の少女と、彼女にまたがり僕に笑う少年が映画が始まる少し前のように居る。
ビニルシートを畳んで学生鞄のなかへ押込んだ。
「貴方が殺したいと願った彼は死にました」
殺し屋の彼女は余り使われていない便器の蓋に腰掛けて、重ねた手の平の内に刃先を挟み込んで立つ少年を見上げながらに言った。
「ありがとうございました」
笑みを浮かべたままの少年がお礼を言う
幾つもの声が混ざり合った巨大な悲鳴が遠い校舎のトイレの中にも届いて響いていた。
「……では」
「あぁ。そうですね。少し待って頂けますか」
鋏をズボンのポケットに入れて、洗面台の上に置いてた自分の鞄を探り、取出した分厚い封筒を彼女へ手渡す。
「これが、約束のお金です」
封筒の中を確かめずに受け取ったそれを僕に手渡す。
「これで、お客様のご依頼は完了致しました。今後も、途方も無く誰かを殺したいとお思いになられた時には是非私共をお捜し下さい。それでは」
立上がった彼女が通れるように、少年が開け放たれた扉の脇へと動く。
鋏の柄が覗けた。
彼女はちらりと僕と目線を合わせるとトイレの出入り口へと歩いて行く。
小さな彼女の背を見る。
「鋏は、こちらで処理致しましょうか?」 先のことなど何も考えずに口から言葉が出た。
一瞬の間を置いて。
「あなたは優しいんですね」
そう彼は言った。
そして、その後に続けて。
「でも大丈夫です。これは僕の痛みです。貴方の痛みじゃ無いです。だから、大丈夫です」
そう言って、違う笑みを見せた。
「うるさいね」
悲鳴は止んでは泣いた。
印象的だった足音も悲鳴と無数の足音に埋もれている。
「これからもっとうるさくなるでしょうね」
僕等は旧校舎の薄く明るい廊下を歩いている。
「曇ってるね」
窓を見る。
トイレの曇りガラスでは分らなかったけれど、雲は晴れていた。
「雨、降りそうです」
靴先が固い何かを蹴る。
見下ろすと虫が仰向けで宙をかいていた。 見上げると同じ虫がフィラメントに触れようと蛍光灯にぶつかっていた。
「そろそろお昼だね」
「そういえば、そうですね」
「この学校の近くにさ美味しいパン屋さんがあるらしいんだけど行かない?」
「いいですね」
「パンは好き?」
「嫌いでは無いです」
「じゃあ、私と一緒だ」
彼女が彼女の笑みで笑った。
旧校舎から出ると雲一つ無い空の下に出た。
踏みしめる土の感覚がやけに他人行儀だった。
空を見上げながらに穴の開いたフェンスまで歩いた。
フェンスを抜けて、学校脇の歩道を進む。
「そういやさ、私って高校生に見える?」
段々と悲鳴が聞こえなくなっていく。
「見えないです。全然」
何の気なしに通り過ぎていくバイクの排気音が聞こえる。
「やっぱり、男物じゃ分らないもんね」
そよ風で街路樹の影が揺れている。
「体型が子供です」
彼女が手で指し示す先にあるパン屋へと向かう。
「……言うね」
途中でパトカーにすれ違う。
何か聞かれるかと思ったが、まだ彼の死は多くの人へとは伝わっていないらしい。
「奢って上げようかと思ったけど、辞めた。君は自分のお金で買えば良いよ」
離れていくパトカーを見ていれば学校の近くに駐車された車にステッカーを貼っていた。
「……とっても大人っぽいですよ」
パン屋さんは歩いて直ぐに有った。
「やっぱりそうかな」
満足げな顔をする彼女後に続いて店に入るとき、道の先にある校門をちらりと見た。
慌てた様子で学校へ掛けていく青い制服が小さく有った。
「私は甘いパンが好きだな。ねぇ、君はどう?」
最後まで読んでくださってありがとうございました!
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