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バッドエンド・餓死

 最早殆ど動く力が残っていない極度の空腹を感じながら、俺は目を覚ました。

 喉の渇きと空腹、加えて休んだはずだと言うの殆ど抜けていない疲労。手足に感じるだるさは、生きるための活力が足りていない明らかな証拠だと感じられる。その「限界」と言う言葉をひしひしと感じながら、しかし俺は生きるために立ち上がった。


 ――既に日は高く昇っているが、日陰になる場所に移動したおかげで太陽に焼かれて体力を奪われずには済んだようだ。


 それを狙ってはいたのだが、久しぶりに予想通りに事が進んだ事に僅かな幸運をかみ締めながら、俺は周囲を見回した。

 ……とは言え、特に変わった事はないのだが。


 潮の満引き(海の状態)は気を失った時から殆ど変わっておらず、周囲に生い茂った植物に関してもそれは同じ。動物の影も見えず、何をするにもこの場から動かないと始まりはしない。

 ……だから俺は、俺が意識を落とす前にそうしようと思ったように――動物を狩るために、森の中へと足を踏み入れた。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 森の中を幽鬼の様な足取りで歩きながら、俺は動くものにだけ注意を払っていた。

 どの草が食えるかなど知らず、ぱっと見た時に食えそうだと思えるような果物もない。

 もしかすれば探せば見つかったのかもしれないが、もはやそうして幾つかの事を思考する気力すら俺には残っていなかった。


 ――食い物(動物)だ。それさえ見つける事が出来れば、まだ生きられる。


 二週間以上まともなものを食わないまま森の中を歩き続けた俺が持っている物は、極限と言ってよい空腹だけであった。

 腹が減っているはずなのに胃が重く感じられ、何も入っていないはずの胃が裏返りそうになる。思考は纏まる事が無く、段々と何も考えていない時間が増えているのが自覚できる。ぼんやりとした思考に合わせるように視界が悪くなり、自分が何処を見ているのかさえ定かではなくなってきていた。


 ……動く事を拒否する体を無理やりに動かして前に進んでいく己の行為が、己の命をすり減らす愚行に思えて仕方ない。


 ――しかしそれでも、獲物さえ見つけることが出来れば……と。


 そう己に言い聞かせ、ふらつきながらも草を掻き分け、動物が移動した後を探しながらゆるゆると森を進んでいくのだが……生き物は見つからない。

 掻き分けても掻き分けても視界に映るのは草ばかりであり、動物は思うように見つからない。だと言うのに、歩き回っている所為で疲労と空腹だけは確実に蓄積していく。

 ……このままでは、どう考えてもまずい。


 ――ならば、どうするか。


 成果の出ない探索を一度切り上げ、少し湿っている地面に体を投げ出してぼんやりと霞んでいきそうになる思考を必死で纏める。

 動き回る事は、最早不可能だ。

 元気が有り余っていた頃ならばまだしも、今の状況では得物を見つけるために足を動かす事が辛い。そもそも、現状自体が空腹と疲労が蓄積しすぎてどうしようもないようにも思う。長時間の移動はもちろんとして、足場が悪い森の中では中距離の全力疾走すら怪しいだろう。……あまり考えたくない事ではあるが、もしかすれば全力で剣を振る事さえ回数を重ねると厳しい可能性もある。

 しかしそうなれば……俺が動物を見つけたところで無意味に終わる可能性が高い。


 ――……そうだ。良く考えれば、そうではないか。


 森で動き回って体力を消耗してしまえば、いざ獲物を見つけた時に得物を狩る体力がないなどと言う、どうしようもないほど本末転倒な結果になってしまう。

 その結果を何とかしたいのであれば……俺自身は出来るだけ動き回る必要がないようにした上で、得物を狩るための「ナニカ」が必要になるだろう。

 動き回る必要がなく、獲物を狩る事が可能。そんな条件を満たす「ナニカ」

 俺の手持ちの道具と知識でそれが可能である可能性があるもの……


 ……

 …………今俺が思いつく限りでは、人間の男から奪った剣を使用した罠ぐらいしか浮かばない。

 しかしそれも、冷静に考えてみれば確実性には欠けそうだ。

 まず、罠を何処に仕掛ければいいのかが分からない。俺は動物がどの様なルートを通るのかを知らないし、獣道を見つけたところでその道をどの様な動物が通るのかも分からない。

 以前川で見つけた鹿のような動物であればそれで効果的かもしれないが、猪のような皮膚と肉の分厚い相手では即席の罠では役に立たないだろう。

 ……それにそもそもの話、罠の作り方が分からない。

 縄も弾力性のある木も、何も見つけることが出来ていない。役に立ちそうな毒であれば見つけることが出来たが……その毒も、今では俺の腹に収まって既に体外に出て行った後だ。これもどうしようもない。


 ……

 …………そうなると……俺に残された狩りの方法としては、ひたすら得物が現れる事を待つというものぐらいだろうか。

 もしその方法を選ぶのであれば……待つ場所として選択肢に入るのは、海に繋がる大きな川だろう。

 あそこは以前、意図していないまま鹿のような動物と遭遇する事が出来た実績がある。ずっと張っていれば、何かしらの動物を見つけることが出来る可能性は高いはずだ。

 体力的にも手持ちの現状的にも、それが一番現実的だろう。


 方針は決まった。

 後は……訪れるであろうそのチャンスのために、今のうちに最善を尽くすだけだ。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 一度海辺まで戻った俺は暖かな白い砂浜の上に移動し、手持ちの道具を全てその場に並べた。


 ――白銀の剣と男から奪った剣。

 ――皮で出来た袋とそれに入っている樹液玉の元……だと思われるもの。

 ――空になった瓶とロープに使おうと考えていた蔦。

 ――そして……背後に広がる深い森と目の前に広がる大海原。


 ――これらを使って、一体何が作れるだろうか?


 ぼんやりとした頭を動かし、動物を狩るために――ひいては生き残るために、持てる知識を最大限に振り絞る。


 まず武器となりそうな物は……やはり、剣だろうか。

 白銀の剣は剣のまま使うつもりなので弄るつもりはないが、男から奪った剣は弄りようがある。

 例えば……適当な木の枝を切ってしまい、袋と蔦を使って槍のような形状には出来ないだろうか?

 ……不可能ではないように思える。

 白銀の剣であれば、枝を切り、削る事を可能とする切れ味ぐらいは備えているはずだし……蔦の性質を利用すれば、袋を使ってうまくやれば何とかなるかもしれない。


 ――やってみるか。



 森に生えた木から適当な太さの枝を切り落とし、枝を持った時に親指と人差し指が触れ合わない程度の太さまで削っていく。

 細すぎれば槍として機能を果たすための強度が足りないのは明白であり、しかし太すぎれば握力が伝わらず力が入りにくく、それはそれで役に立たない。……とは言え、これから行おうとしているのは動物を狩る行為であるため、強度に重きを置きたいのだが。

 なので俺がその槍を作る際に目指したイメージは、脇に構え、全体重を使って刺す事を目的とした長く太いものだった。そのような形状のものを使用するのであれば、槍を使用するつもりの場所()との相性が悪くなり、振り回すなどと言った行為は不可能になるだろう。だが俺の脚力(長所)を最大限に利用したければ、振り回す事よりも突き刺した方が絶対に効果的だと思った。槍を扱う練習などなくとも、狙った場所に体ごと突っ込む位は可能だろうと判断した事も理由の一つである。


 そんな事を考えながら作った木の棒は、俺の身長よりも幾らか大きなものになった。

 正確な長さはわからないが、感覚的には2メートル程度はあるだろう。

 そして次に、先ほど作った木の棒の片方に男から奪った剣を括りつけようとしたのだが……結局、これは行わなかった。

 先端を削れば十分尖ったもの(殺せる形)になったという事もあるのだが……余計な手間が増えないという部分が大きかったからだ。この槍を大量に揃える理由が――体力や気力もだが――ないが、所詮は素人作の即席品でしかない。

 壊れない事を前提に手間をかけても、いざ使えば壊れましたとなる可能性は高いと思う。

 第一材料は大量にあるのだから、どうせ壊れるものを最高の出来に仕上げるより、使えるものを手早く用意できるようになった方が今後に役立つ。

 一応この槍で貫けない皮膚を持つ動物と出会う可能性もあるが……その場合は諦めたほうが安全だろう。どうしても殺したければ、ゴブリンの時のように白銀の剣で不意打ちからの必殺を狙った方が良い。



 とりあえず棒を振り回してみようとしたが……予想していた通り、思ったようには振るう事はできなかった。それほど重くはないはずなのだが、重くないから早く振れるなどと言った道理はないという事だろうか。

 重くはないが長くはある棒に振り回されるようになってしまい、しっかりと踏ん張らなければまともに振る事が出来ない。その上棒を振るたびに手元に感じる僅かなしなり、この木の棒が乾いていない木から削りだした「生」の棒なのだと、そう自己主張している。返しや止めの動きが上手くいかないのだ。

 ……腹が減って力が出ない所為もあるのかもしれないが、こればかりはどうしようもない。それに現状の俺の腕力で――武器の重さなどを考えれば――木の棒を振ったとしても、大した一撃にはならないだろう。そういった事がしたければ、もっと短い物を用意しなければいけなくなる。

 とは言え……予想していた通り、突きであれば問題なかったわけだが。

 元々その為に作ったのだから出来てくれないと困るのだが、俺の全力の踏み込みと共に繰り出される突きは、常人であればまず間違いなく避けられない速度だと思う。

 棒の中ほどの部分をしっかりと持ち、腰を落として力を溜め、突進の要領で体全体でぶつかるように踏み込み、突き出す。

 俺でも出来る簡単な動きだが、常人とはかけ離れた俺の脚力でそれを行えば十分に“技”と言えるものとなる。

 ……五回しか使えないだとか、まっすぐしか進めないだとか、逃げるための保険が消えるだとか色々と問題があるようにも思うが……まあ、そのあたりのどうしようもない事は気にしても仕方ないだろう。


 ……

 …………出来る事はやったと思う。

 後は動物が現れてくれればいい。……俺の体力が尽きる前に。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 木の槍を作り終えた俺は川辺に移動し、適当な茂みに隠れひたすら獲物が現れるのを待った。


 森を歩き回る必要がなくなったので体力への――主に俺の空腹への――ダメージはかなり少なくなったが……それでも、きついものはきつい。

 海に来る道筋でかなり消耗していたし、まともな物を食っていないので体調も万全とは言いがたい。

 そんな状態の俺にできる事と言えば、体を動かさず目と耳に意識を集中させ、殆ど動く事無く静かに獲物を待つことだけだ。喉が渇いた時には水を飲む程度の事はするが、余計な事を考える気力はなく、本当にそれだけしかしていない。



 ……


 …………


 ………………



 その状態のまま一日が経過した。

 獲物が現れることはなかった。だが無駄な動きをしなかった俺の空腹は、限界に近いがまだ大丈夫だ。それに最近では空腹に慣れてしまったのか、腹が減ったと言う感覚自体が薄くなっている。

 ……とりあえず、早く何かが現れて欲しい。



 …………


 ……………………


 ………………………………



 あれから二日が経過した。


 既に目を開けていることさえ辛く感じられ、体は動く事を拒否している。

 少し前には絶えず空腹を訴えかけてきていた腹は、今ではもう何も感じない。手足の先がぴりぴりと痺れたような感覚に襲われ、指は細かい動きどころかまともに動かす事すら難しくなっていた。気持ち的に、何となく呼吸もし難くなったような感覚さえ感じられる。


 ――ここ二日で何度か体験した感覚である。


 こういう時は寝るに限る。

 寝れば、起きた時にはこの不快な感覚は抜けている。

 自身の体調を思い返し、まだ日の高いうちから俺は目を瞑り、意識を…………



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



(…………)


 女の――否、女の姿をした強大な力を持つ悪魔は、新たな宿主の命の鼓動が完全に失われた事を感じ取っていた。

 しかし最初はどうやって生き返るのか? 蘇った後は人の形を取っているのだろうか? と様々な想像をめぐらせる余裕があった。しかし……日が暮れ、男が起き上がる事がないと悟った瞬間、男のあまりに呆気ない幕切れに虚を突かれてしまった。


 あれ程力のある死の悪魔を召喚し使役する力を持ちながら、英雄や暴君として壮絶な死を遂げるわけではない。

 だからといって、欲望を剥き出しにして卑しく生きるわけでもない。

 この男が選んだ「死」の形は…………よりにもよって、餓死である。


 それは数多くの生物が通る()ではある。

 だが多くの生物がその道を通ると言う事は……その死に様は、美しい“白銀の剣”の持ち主には相応しくないと言えることであった。


 ――それは無論、この悪魔()の主としても。



(……ふふ)


 生きる者の居なくなった森の中、闇に溶け込むように女の笑い声が妖しく響く。


(その結末は予想していたものではありませんでしたが……まあ予想外という点では、それなりに面白かったですよ?)


 死体となった男に話しかけている、女の声を発していた闇に蒼い炎が灯る。

 蒼い炎は闇を飲み込むように燃え上がり、見る者を魅了する美しい女人の形を取った。

 しかし、女の姿を取ったのは一瞬。美しい女に見惚れて呆けた、その程度の一瞬で蒼い炎で出来た女は内側から食い破られるように炎の勢いを増し、巨大な火の玉となって炎に触れた周辺の木々だけを焼き尽くしていく。

 そうして燃え尽きた木々は灰へと変わり、蒼い炎の周囲を舞いながら人の形を取っていった。


 そして次の瞬間、大地を踏みしめる音と共に蒼い炎から現れたのは、一頭の巨大な馬であった。

 漆黒に溶け込むような黒い毛並みを持ち、蹄や尻尾、鬣などに力強く燃え盛る蒼い炎を纏っている。特に鬣と尻尾の炎はかなりの長さであり、風がないはずでありながらゆらゆらと揺れながら夜の闇に靡いていた。


 神秘的でありながら、見る者に漠然とした恐怖を感じさせる蒼い炎を纏った馬が、産声を上げるように戦慄く。すると灰から作られた人型は、男の死体が握っていた“白銀の剣”を拾い上げた。

 その行為には落ちていたから拾ったという以上の意味はなく、灰の人型は何の感情も浮かべていない。

 対して蒼い炎を纏った馬は、少しだけおかしそうに、僅かな親しみを込めて“女”の声で死体に話しかける。


(結局、一度も私に乗りたいと言わなかったですね。願わず、求めず……私を解放しただけ。正直に言えばつまらないとは思いましたが……ほんの少しだけ新鮮ではありましたよ)


 そう言い蒼い炎を纏った馬は、白銀の剣を携えている灰で出来た人型をその背に乗せる。

 そして何事も無かったかのように空を駆け、川の流れに逆らうように凄まじい速度で移動を開始した。



 ――悪魔の巨馬が駆けるその方向は……強大な悪魔に怯えた女が逃げた、人間の街が存在していた。







餓死のバッドエンドになりました。


ですがバッドエンドが二度目になりますから、今回やり直しはなしです。

なのでここで完結とさせてもらいます。

お付き合いいただいた方はありがとうございました。



次回作でこの世界をこんな感じに冒険する話を作るかも知れませんが、とりあえず予定は未定です。要望があったらやるかも、程度です。



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