捕食者との遭遇
前半と後半で考え方が凄まじいほど変わってますが、同一人物です
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失敗した。
太郎は、日が落ちるまで空腹を我慢してから評価ポイントを確認した。そして、そのポイントは全てを現している。
物語の登場人物のように、約束された成功など何もないのだと言うことを、己の書いた小説のポイントが何より雄弁に物語っていた。
「総合評価100にすら、届かなかったのか…」
彼が最初に感じたのはその思いだった。
彼はもっとも重要な最初の選択を、完全にミスしたのだ。
最初に、どのような物語を投稿するべきか。
面白い話を探してからよくよく考えて、練りに練って投稿するか。
それとも、とにかく早く話を投稿することでポイントを得て、ほんの少しでもいいので生き残るための能力を覚醒させるべきか。
この二択に迫られた時、太郎は後者を選択した。
その理由は至極簡単なものだ。
見知らぬ場所に放り出された不安、そこで身を守らなければいけないという恐怖、そして何より、この状況を少しでも多くの人に知って欲しい、共感してほしいという願望。
それが太郎に、この選択を選ばせる決断を後押しした。
そして、その結果は失敗。
総合ポイントが100に届かなかったことによって、とてつもなく貴重な、能力を更新する機会と言うものをどぶに捨ててしまったその選択を、太郎は後悔することしかできない。
しかもポイントの伸びを見る限りでは、今日中に100ポイントは期待できないだろう。
いや、もう考えるのはやめよう。この失敗を次に生かすため、さっさと次の行動に移るべきだ。
失敗に引きずられ、ウジウジと悩むのをやめる。思考を切り替えて、どうすれば生き残れるのか…ひいては、次の二週間後まで、一般人のままでどうすれば生き残れるのかを考え始めた。
アプリに書かれたルールを思い出しながら、太郎は取るべき行動を考える。
まず思い浮かんだのは、とにかく文量を書くこと。
1万字を超えることができれば、異世界人に会ったとしても元の世界の言動で不振に思われることはなくなる。それに、文量が多ければ、それだけで見てくれる者もいるかもしれない。そうなれば、その中の何人かが評価してくれるかもしれない。
そうすれば身体能力強化(小)くらいは覚醒できる…はずだ。
しかし、この考えには問題もあった。
まず、更新は絶対に二週間後までできないというルールがあること。
このルールは、凄まじい枷となって太郎を縛っている。
なぜならどれだけ面白い物を書いても、どれだけ評価されようとも、二週間後まで太郎は一般人と変わらないからだ。
異世界特有の面白さを探すこともできるだろうが、その探す期間が長ければ長いほど太郎は一般人として生活しなくていけない。それはつまり、太郎が死ぬ確率がどんどん上がることと同義なのだ。
死なないために能力がほしいと言うのに、能力を得るために死ぬ思いをしなければならないというのは本末転倒だ。
やるべきことと問題点。この二つをよく吟味し、太郎が導き出した答えは、更新速度を上げることであった。
面白いことなど、二週間もあれば見つけられるはずだ。
それに今の評価点を考えれば、1万字を超えると能力が覚醒するといのも罠にしか見えない。
何故なら、評価者数が100を超えることなどこのペースを見るに当分は無理そうだからだ。
わざわざ覚醒の能力に異世界言語とあるぐらいなのだから、この世界の住人と普通に話すことは無理なのだろう。
元の世界特有の言動をしても不審に思われないという能力は、言葉が通じなければ何の意味もない。そう割り切って、今日中に更新する決意を固める。
そして、今日の晩飯を探しとネタを探すため、夜の森をさまよい始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あなたは、夜の森を歩いたことがあるだろうか?
もっと言えば、光のない場所を、目的を定めることなく移動したことがあるだろうか?
おそらく、多くの人はないと答えるはずだ。
俺、田中太郎もそうだった。
夜に歩いても、街灯がある。
明かりがないなんて、どんな田舎から来たんだと馬鹿にすらしたものだ。
しかし、自ら体験してみることで、ようやく闇の恐ろしさを知った。
GOSで手元を照らすことが辛うじてできるという闇の中、己が踏みしめた草の音にさえびくびくしながら先へ進む。
木は暗く佇み、僅かに吹く風でほんの僅かに葉が擦れて音が出る。
静寂が支配する空間の中で、その音は大きく響く気がする。実際そうではないのかもしれないが、俺にはそう聞こえるのだから仕方ない。
僅かな音に怯え、神経質なまでにあたりを見回す俺は、見るものが見ればさぞや滑稽に映ったことだろう。
元の世界…地球に居たころでは考えられないことだが、木々の間から降り注ぐ月の光が、まるで天からの祝福のようにすら感じてしまう。
なるほど、これを実際に見、体験すれば昔の人間が月を神聖視した気持がよく理解できる。
闇の中に浮かび夜道を照らす月は、生き物に平等な祝福を与える神そのものだ。
……ただ、その祝福があまりにも平等すぎると言うのが考えものであったが。
がさりと。すでに通り過ぎたはずの後ろから、自分ではない足音が聞こえた気がした。
その音を聞いた俺は、反射的にあたりを見回し暗がりを探す。
大きな木を見つけ、その根元の部分に少しだけ空間が存在しているのを確認すると、一も二もなくその空間に向かって飛び込んだ。
湿った土の匂いが鼻の中を満たし、着ていた服が土で汚れる。地面に触れている腹と足の部分が少し冷たく感じたが、そんなものを気にしている余裕などない。
息を殺し、考えるのをやめる。体を動かさず、しばらくの間じっと過ごす。
しかし、何も現れない。
考えすぎだったか?と思い体を木の隙間から出すために動かそうとし、月明かりに照らされた影を見て再度動きを止めた。
現れたのは、緑色の肌をした腰巻しか身につけていない小人だった。
ただしその小人には鋭い牙と爪が生えており、その小柄な肉体に見合わぬ醜く膨れ上がった筋肉は恐ろしいの一言だ。
あまりの恐ろしさに、俺は息をすることを忘れた。
今までやっていたような気配を殺すだの息を殺すだなんてお遊びじゃない。その【敵】から感じるあまりの恐怖に、肉体が…忘れていた動物としての本能が、息をすることをやめる方が生存率が高いと理解しているが故の行動であった。
その小人…ゴブリンと呼ぶと決めたそいつは、俺の後をつけていたのか何かを探すように周囲を見回している。
やばいやばいやばいやばい。
肉体が息を止めたこととは正反対に、極度の緊張からか心臓は、口から飛び出るのではないかと言うほどうるさくその鼓動を刻んでいる。
内臓ごと吐き出しそうになりながら、必死の思いで己の無事を祈る。
気付くな、気付かないでくれ。お願いだからそのままどこかに行ってくれ。
しかし、現実は無常だ。
俺がそうしたよ様に、ゴブリンも周囲を見回しているのだ。
隠れることができるような場所など多くは存在しないのだから、ゴブリンの注意がここに向かうのは当然のことであった。
小さく短い足を使い、一歩一歩ゆっくりとこちらに移動してくる。
向こうは光の関係でまだ俺に気づいていないようだが、こうなってしまえば時間の問題だ。
祈るのをやめ、どうすれば助かることができるのかを考える。
飛び出して逃げるか?
…体は小さいが、筋肉で覆われたあの体は脅威だ。碌に運動もしていない俺では、逃げ切れるとは思えない。
戦うか?
…論外だ。
ならば、取るべき行動は一つ。逃げるしかない。
息を殺し、逃げるべきタイミングを窺う。
この期に及んでも尚、今すぐ逃げ出せばいいというのに、タイミングを窺うと言う言い訳をしている自分が恥ずかしくなった。
だが、この行動は結果的に大正解だった。
俺よりも小さなゴブリンは歩くと言う行為だけで語るのならば、当然のように俺よりも小さな一歩になる。それはつまり、俺が歩かなかった空間を歩いたということだ。
ゴブリンが木に近付こうとして歩みを進める時、空中で何かがきらりと光った気がした。
そして、そう思った次の瞬間にゴブリンの体は空に縫いあげられていた。
巨木の枝のように大きな、蜘蛛の足によって。
そしてその蜘蛛の足はゴブリンの背後の木から生えており、その根元には八つの赤く輝く球体が存在した。
いつの間に現れたのか、全く理解できなかった。
そう思ったのも一瞬。次の瞬間には蜘蛛は地面に降り、月明かりに照らされその姿を余す所なく見せつける。
その容姿は、体中に黒い毛を生やした巨大なもの。足の先は鋭く尖り、あんなもので触れられたら自重だけで骨まですっぱり切り裂かれそうだ。
ゴブリンを口に運びうまそうに食っている口は驚くほど大きい。小柄であるとはいっても子どもよりは大きいであろうゴブリンを一呑みにしてしまっている。
巨大な牙が生え揃っているその口は、明らかにそういうもの(・・・・・・)を食うことに特化しているのが容易に理解できる。
さらに、その口の周りを覆うような形に横に向かって並び、暗闇の中で尚輝いている八つの赤い目。
そして何よりも特徴的なのは、蜘蛛の背中から上半身が生えるように存在している女。
女は美しい肉体を余すところなく見せているが、黒い長髪に隠れて顔を見ることはできない。
しかし、嬉しさなど欠片もない。
先ほどのゴブリンよりも圧倒的な、ここまで匂ってきそうな死の気配。
生まれついての捕食者として、絶対的な強者としての存在感。
己がただの餌であることを一瞬で理解してしまい、恐怖で体が冷えていくことを感じながらこの災厄が目の前から去ることを願う。
祈りが通じた…とは思わないが、ゴブリンを食い終わった蜘蛛女は、満足したのか再び目にも留まらぬ速度で木に飛びつく。
俺の目から見れば、十分に巨大な木がぎしりと音をたてて揺れたと言うことしか理解できなかったが、闇に蠢く赤い目を見逃すなどあり得ない。
血を連想させる赤い目が俺の視界から消えた時、あまりの安堵に俺は気を失った。
朝になり、まぶしい光が俺に目覚めを提供した。
目を覚まし、思考が働き始め、あまりの恐怖に大声を上げそうになりなる。あわてて口を押さえ、絶叫を抑え込むと共に目を見開き、記憶の中にこびり付く恐怖の存在を探す。
しかし、その恐ろしい姿はどこにもない。
第三者であれば、生きているのだから見つかっているわけないだろう、なんて言えるだろうが…そんな思考などあの存在を見れば吹き飛んでしまった。
俺の視界には、太陽に照らされながら、夜の恐怖の残留であるように黒く存在感を放つ少量の染みのみが存在するだけであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
恐怖との接触。それは、太郎にすさまじい衝撃を与えた。
ここが異世界だと…あんな馬鹿げたアプリで説明する必要などないほど鮮明に、誰に言われるでもなく理解できる絶対的な存在感。
そして、その存在を目にしながら生き残った幸運。
その事を噛みしめながら、太郎はその体験を書き殴った。
もはや、先ほどのようにポイントがどうのこうのと考える余裕も迷いも欠片たりとも存在しない。
生き残った幸運を、感じた思いを、ただただ誰かに伝えたかった。
……もしかすると、更新しようと思った次の瞬間には死んでいるかもしれないのだ。…死んでしまえば、この体験は誰の目にも触れることなく消えてしまうだろう。
それだけは、我慢できなかった。この世界に迷い込んだ己を、誰も知ることなく…あのゴブリンのように死んでいくなど嫌だった。
一日目でこれなのだ。二週間後まで生き残っていれば、きっと面白い…とは言えないが、そんな体験をしているだろう。
英雄としては失敗したかもしれないが、文字道理の意味であるこの異世界での迷い人としては成功した。
太郎は、自信を持ってこの体験を書きこんだ。
今後はルールに従って二週間で更新します。
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