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最終話 明日へ

 武者小路研究所が燃えている。今まで彼らと共に在った人が、物が、場所が、思い出が、何もかもが紅蓮の炎に飲み込まれて行く。炎の海と瓦礫の山の中に立つ鋼の巨躯。漆黒の装甲を持つ皇帝機エンペラードに太刀打ちする術は、彼らには無かった。

 エンペラードが行う破壊活動は、まさに蹂躙と言う言葉が相応しい。圧倒的な力の差、覆らない決定的な壁をもって、何もかもを強引に叩き潰す。大刀を構えるエンペラードの足元に、既に満身創痍となった巨人が倒れこんでいる。


「うぅっ……ぐっ、ああっ……!」


 辛うじて意識を保っていた一輝は、コクピットの中で呻き声をあげた。だがあるいは、気を失っていた方が幸せであったかもしれない。こうして激痛に苛まれることも、目の前に広がる地獄を見ることもせずに済んだのだから。

 だが、そんなことは許されないとわかっている。


「みんな……大丈夫か、おい! お……ぐぅっ!」


 他の搭乗者達に無線で呼びかけるが返事が無い。肩が酷く痛んだ。


「くそっ……システムは……生きてるのか? グレートヴァルサンダー、立てるのか?」


 コンソールパネルに触れ、一輝は駆動系の確認をする。損傷は酷いが、動かないほどではない。ジェネレーターもスラスターもだ。立ち上がり、エンペラードの横っ面を張り倒すことくらいはできるだろう。

 一輝が操縦桿を握る。グレートヴァルサンダーの巨躯に再び力が入り、鋼の巨人が駆動音と共にゆっくりと立ち上がった。


『…………』


 闇に紅く光るエンペラードのデュアルアイが、静かにグレートヴァルサンダーを、そして一輝を睨みつける。


「畜生……ネメシスの奴ら、よくも研究所を……! 博士を……! みんなを……!」


『…………』


 一輝の闘志に呼応するかのように、グレートヴァルサンダーのジュピターエンジンが唸りを挙げる。鋼の巨躯がまとう蒼き電流が、オーラのように空気を焦がした。

 対するエンペラードはあくまで冷徹な態度を崩さない。装飾の少ない大刀を構え、悠然と立ちはだかる姿はまるで処刑人だ。あらゆる意味で力の差は歴然としているが、それでもなお一輝の闘志は折れていない。だが、決意を固めた顔に漂うある種の悲壮感が、見るものに危うさを感じさせただろう。

 そう、一輝はグレートヴァルサンダーで、エンペラードと刺し違える覚悟すらあった。

 拳を固め、エンペラードに相対するヴァルサンダーの動きを止めたのは、エンペラードの背後から漆黒の機体を羽交い絞めにするように現れた、一機の小型ロボットだった。


「プロトサンダー!?」


 そう、武者小路研究所の格納庫に眠っていたはずの、ヴァルサンダー試作機である。


「一体誰が……」


『私だ、一輝くん!』


 突如として開いた通信回線、ホログラフディスプレイに映し出されたのは、満身創痍となった武者小路博士の髭面だった。額に大きな裂傷、血がとめどなく流れている博士の姿に、一輝は思わず息を呑む。


「ダメだ博士! プロトサンダーじゃ太刀打ちできねぇ、退いてくれ!」


『百も承知だ!』


 一輝の叫びを、博士はぴしゃりと切り捨てる。


『……だがそれはこちらの台詞だ。今のキミ達の状態では、この強敵相手に生き延びることはできない』


 突きつけられる冷たい現実。誰よりもグレートヴァルサンダーのことを知り尽くし、そして誰よりも、一輝達が重ねてきた戦いの日々のことを知っている博士の台詞だからこそ、その事実は重く彼の身に圧し掛かった。

 掠れた声で、一輝は呟く。


「じゃあ……どうすれば……」


『生き延びるんだ……!』


 そう言う博士の言葉に漂う匂いを、感じ取り、一輝はハッと顔をあげる。ディスプレイに映し出された博士の表情、それは、おそらく今まで一輝が自身に浮かべていたものとまったく同じ種類のものだった。


「……ダメだ、博士! そんなの、ダメだ!」


 少年は泣きそうな声で叫ぶ。


『甘ったれるな、一輝くん!』


「ッ……!!」


『ここでグレートヴァルサンダーが、ヴァルサンダーチームが力尽きては、一体誰がネメシスの暴走を止められると言うんだ! キミ達は生き延びなければならない。どんなに重く、過酷な未来であっても、子供であるキミ達は背負わなければならないんだ!』


 纏わりつくプロトサンダーを鬱陶しく思ったのか、エンペラードはその腕を、腰にへばりつくロボットへと向けた。みしり、と言う嫌な音がして、確かな握力が超合金製の装甲を握りつぶしていく。


『一輝くん……お父さんが、見つかると良いな……』


「は、博士ーッ!」


 一輝は思わずグレートヴァルサンダーを走らせようと操縦桿を傾ける。だが、巨人は彼の意思に反し、仇敵である漆黒の処刑人に背を向けた。


『一輝、しっかりしなさい!』


 内部回線が開き、気丈な少女の声が飛び込んでくる。


「光……ッ!」


『博士のやってることを無駄にする気!? こんなところで命とグレートヴァルサンダーを粗末にするようなら、一輝! あたしはあなたを地獄の底まで軽蔑するわ!!』


 光の声は途中から震えていた。彼女も、自分たちのやろうとしていることの残酷さを、そして、これから来るであろうもっと残酷な現実を、気丈なままでは受け止めきれないのだ。

 一輝は、ぎり、と唇を噛む。


「ちくしょうッ……! ちくしょおおおおおおおおッ!!」


 グレートヴァルサンダーは、スラスターにありったけの炎を噴かせて空へと飛翔する。燃え盛る研究所を後に、彼らは逃げ出したのだ。

 教え子たちの無事を確認し、プロトサンダーの中で武者小路博士は安堵の溜め息をついた。


「そうだ、世界を……頼んだぞ……。一輝くん、光くん、雷斗くん、そしてゴリラ……」


 エンペラードの拳が、コクピットを粉々に握りつぶした。





「……そうか、武者小路研究所は壊滅したか」


 皇帝ネメシスは、玉座の上で報告を聞き、感慨を漏らさぬ声でそう呟いた。

 神聖帝国ネメシスが発動した『世界12ヵ所同時侵攻作戦』。その過程で唯一懸念のあった極東地ですら、虎の子とも言える皇帝機〝エンペラード〟の手によってあっさりと掌握を完了した。世界全土が神聖帝国の軍門に下るのも、もはや時間の問題だろう。


「皇帝、浮かない顔をしていらっしゃいますが」


 玉座の脇で静かに佇むセクレタリスがたずねる。銀色の仮面が、相変わらず表情を悟らせない。


「……セクレタリス、手ごたえが無さ過ぎると思わんか」


「同感です」


 アンニュイな皇帝の物言いに、セクレタリスは即座に同意した。彼女は常に皇帝の考えを読み取り、その真意を把握する。この男が神聖帝国を立ち上げたそのときから、ずっと付き従ってきた彼女だからこそ理解できるのだ。

 つまり、セクレタリスは皇帝ネメシスが、その言葉の奥にどのような真意を漂わせているかも、すぐに把握した。


「……グレートヴァルサンダーは、撤退したそうです」


「あの機体は100%を出し切ってはいない」


 ネメシスは断言した。


「……本来ならば、皇帝機エンペラードと言えど、易々と撃退できるような敵ではないはずなのだ。あの機体の……ヴァルサンダーのポテンシャルはな」


「ですが……」


 神聖帝国で唯一、皇帝ネメシスに反論することのできる人物、セクレタリス。

 そんな彼女であるからこそ、皇帝の言葉を遮り、自分の意見を正しく述べることができた。


「ですが、かといって侵攻作戦を停止させることではない。それはおわかりでしょう?」


「無論だ」


 ネメシスは溜め息をつく。


「ヴァルサンダーが、再び闘志の炎を燃やして我々の前に立ちはだかればそれでよし。もしそうでなければ……世界は我々の手中に納まる。それだけのことだな」


 同意を示すかのように、セクレタリスは恭しく頷いた。

 皇帝ネメシスは、待っているのだ。目の前に最強の敵が降り立つ、その一瞬のことを。


「…………」


 ならばその瞬間の為に、自分は最大限の努力をするだけだ。

 セクレタリスもまた、皇帝の横顔を見て、彼女なりの決心を固めていた。






 神聖帝国ネメシスの同時侵攻作戦により、行き場を追われた人々は、大半が地下シェルターに避難していた。新宿区にある日本最大級の地下シェルターには、一万人を越える難民が、ネメシスの攻撃に怯えながら日々を過ごしている。

 武者小路研究所から撤退したヴァルサンダーチームも、現在はその難民に紛れ、息を潜めていた。


「一輝の様子はどうだ?」


 椅子に腰掛けた雷斗が、光に尋ねる。少女は浮かない顔で首を横に振った。


「……まだショックから立ち直れないみたい。ずっと塞ぎこんだままなの」


「そうか……」


 雷斗の声も沈んでいる。


「仕方ないのよ。一輝、まだ子供だもの。立ち直るには、時間がかかるわ」


 神聖帝国の地球侵攻が始まったときより、ヴァルサンダーのパイロットとして天才的な技能を次々と開花させていった火刈一輝も、その実はたった10歳の少年でしかない。この数日に連続して起きた事件の数々は、幼い彼の心にはあまりにも重く、過酷すぎた。

 特に致命的だったのは武者小路研究所の壊滅。そして何より武者小路博士との死別だろう。行方不明となっている父の代わりに、ここ一年の間、実の家族のように接してきた博士は、一輝達の目の前で散った。それも、彼らを助けるためにだ。本当は一輝達が、研究所のみんなや、博士を守ってやらなければならなかったのに。

 あるいは、それら総てが傲慢であったにせよ、彼らの掌は、それら総てを救えるほどに広くなかったとしても、それは結局一輝にとって受け入れがたい現実であるのは変わりなかった。

 幼いが故に露呈する、一輝の心の弱さ。


「ウホ、ウホウホ。ウホッ、ウホホホッ」


 だがそれに横槍を入れるように、壁に背を預けていたゴリラが言った。聞いた光は、思わず顔を俯かせる。


「……それはそうだけど」


 確かにゴリラの言うことは間違いなく真実だ。だが、それを正面からそうだと受け入れてしまえば、光は、今まで築いてきた一輝との時間を否定することになってしまう。光だけではない、雷斗だってそうだ。

 おそらくゴリラもわかっているのだろう。自分の発言が、いったいどのように捉えられてしまうかを。それでも、彼は黙らなかった。


「ウホウホッ。ウッホホ。ウッホホホホホ」


「おいゴリラ、それは流石に冷たすぎるんじゃないのか?」


 流石にカチンときたのだろうか、雷斗はがたんと椅子を蹴るように立ち上がった。ゴリラは、フンと鼻を鳴らして、雷斗に冷たい視線を送る。


「ウホホーイ」


「ッ……てめぇっ!」


 そのひとことが引き金になった。雷斗は、湧き上がる怒りを隠そうともしないでゴリラに掴みかかる。だが、力の差は歴然としていた。ゴリラはいとも簡単に雷斗を地面に叩きつけ、威嚇をするかのようにドラミングをしてみせた。雷斗は再び立ち上がり、ゴリラの頬を殴りぬける。


「この野郎っ……てめぇ、それでもアイツの……俺達の仲間かよ! なんでそんなことが言えるんだよ!」


「ウッホ……」


「やめてよ!」


 光の声で、取っ組み合っていた二人はぴたりと動きを止めた。視線を彼女に向けたあと、再び互いをにらみ合い、どちらからともなく、気まずそうに手を放した。


「……あたし達が喧嘩したって、仕方ないじゃない」


「そうだな……悪ぃ」


「ウッホホホ……ウホッ」


 雷斗が謝ると、ゴリラも視線を落として謝罪の意を表す。おそらくゴリラも本意ではないのだ。だがそれでも、彼の言ったことは間違いなく事実で、歴然とした現実として受け止めなければならない。あえてヨゴレ役を買って出るようなことを、ゴリラはしたのだ。

 それを素直に認めて、ゴリラに対しても謝ることは、雷斗にはできなかったが。当初からいがみ合いは耐えなかったが、最後の最後まで、この類人猿にはなかなか素直になれない。そんな自分をもどかしくも感じる。


「ウホッ」


 ぽん、とゴリラが肩を叩いてくる。


「あっ、てめっ……!」


 フン、と鼻を鳴らして勝ち誇ったような表情をしたのがまた癪に障る。だが不思議と今回は、それほどドロドロとした怒りは湧かなかった。

 その様子を見て、光はくすりと笑い、そしてすぐに浮かない表情に戻った。


「……一輝、本当にダメになっちゃうのかな」


「そんなわけあるかよ!」


 雷斗が、今度は光に振り向いて反論する。その愚直なほど真っ直ぐな態度を見て、ゴリラは軽く肩を竦めた。まるで人間のような動作だ。 雷斗は光の肩をつかみ、正面から目を見据える。


「ら、雷斗……」


「アイツは……一輝は……俺が認めた唯一の男だ! こんなところで転んで、立ち上がれないような男じゃないんだよ! 俺が……俺達が信じてやらなくて、誰が一輝を信じてやれるって言うんだ!」


 この男はいつもこうだ。どんなときでも、自分が信じたこと、信じた思いは最後まで貫き通す。時にはそれが迷惑になることも、重責になることもあった。今こうして一輝のことを一直線に信じているのも、ひょっとしたら、一輝にとっては重荷となってしまうのかもしれない。

 だがそれでも、雷斗は、信じることを諦めない。諦念を踏破することしかできない。この男は人一倍熱い心を持っていながら、人一倍人間の無力さを知っている。だからこそ、ただ我武者羅に、闇雲に、信じ続けることしかできない。

 それこそが天源寺雷斗の魅力だということを、光もゴリラも知っている。


「ウッホホ」


 ゴリラがぷつりと切り出した。


「ウホホッホイ。ウホホイ」


「……そうね」


 光も頷く。確かに、一輝の脆弱なメンタリティを支えてやれる大人が今ひとりもいないのは辛い状況だった。一輝の父である火刈大輝が消息不明になってから一年、大輝の代わりに彼を支え続けた武者小路博士ももういない。


「一輝のオヤジさん……今何やってんだろうな……」


 雷斗が疑問を口に出した瞬間、光の顔に暗い影が落ちた。ゴリラの視線が鋭くそれを拾うが、この類人猿はそれ以上彼女に追求しようとはしない。火刈大輝の話題になると、光の表情が変わるのはいつものことだ。だがゴリラはあくまで、彼女が自分の口から喋りだすのを待つつもりだった。

 再び部屋を暗い雰囲気が支配し始める。ゴリラは顔を天井に向けて、小さく呟いた。


「ウッホゥ」






「………博士……、みんな……」


 締め切った部屋の中で、一輝は膝を抱えてうずくまっていた。胸に真ん中にぽっかり空いた穴を、風が冷たく吹き抜けていく。  自分は、彼らを救うことができなかった。ネメシス皇帝が送り込んだ最強の刺客、皇帝機エンペラード。あの漆黒の処刑人に、太刀打ちすることすらできず、たくさんの大切なものを奪われてしまった。

 いや、奪われたのではない。

 奪わせてしまったのだ。一輝の弱さが。彼の大切なものを、根こそぎに。

 あの場所は、武者小路研究所は、あんな無慈悲に、あっさりと蹂躙されて良い場所ではなかった。

 想い出が次々と甦る。初めて研究所に足を踏み入れた日のことを。失踪した父の置手紙に従い、たずねた研究所。初めてヴァルサンダーに乗ったとき。光との出会い、雷斗との出会い、ゴリラとの出会い。

 そして初めてヴァルサンダーが負けた日。猛特訓。ウイングサンダー、ドリルサンダー、ゴリラダンサーの完成。そしてグレートヴァルサンダーへの合体。

 総ての想い出が、炎と共に蹂躙され、瓦礫の山に葬られてしまったのだ。


「オレ、どうすればいいんだよ……」


 こんな甘ったれたことを言っていては、おそらく博士は自分を叱るだろう。だが、それも生きていればの話だ。博士はもういない。

 その事実が、一輝の心を虚空で塗りつぶしていた。頭の片隅で、そんな自分に警鐘を鳴らしているもう一人の自分がいるのも確かなのだが、それすらも、心にあいた穴が飲み込んでいく。止まらない負の連鎖だ。


―――総てを失ったと考えるのは早計だ。オレにはまだ、ヴァルサンダーがあるじゃないか。


 ヴァルサンダーで一体何ができると言うのだろう。事実、自分はエンペラードに負けた。無論敗北そのものは初めての体験ではない。だが、今回の敗北は、それまでのものとはまったく違う。

 愕然とするほどの力の壁。そして研究所と博士を失ったことにより、更なるパワーアップも期待できない。パイロットの特訓だけで補える分には限界がある。


―――仲間達だっている。光も雷斗もゴリラも、まだ諦めてはいない。一緒に戦うこともできる。


 今度挑めば、次に失うのは彼らだ。あの三人まで失ってしまったら、もう自分には何も残らない。


「………オヤジ、どこにいるんだよ……」


 搾り出す一輝の声は震えていた。

 一年前に手紙を残して失踪した父親。ほぼ同時期に始まった皇帝ネメシスの地球侵攻作戦。あの手紙に書いてあった内容は、今にして思えばネメシスの侵略作戦のことを予期しているものだった。父の失踪は、神聖帝国ネメシスと関係がある。

 では今、父親は一体何をやっているのか?

 支えて欲しい。慰めて欲しい。いや、叱ってくれるのでも構わない。一輝はまだ、ほんの小さな子供なのだ。虚ろで不安定な心を、信頼していた父親に近くにいて欲しいと思うのは、自然なことでもあった。

 マイナス感情の袋小路。火刈一輝は今、自分の心が生み出した闇の迷宮から抜け出せずにいた。 地下シェルターを衝撃が襲ったのは、ちょうどそんなときだった。






「クソッ、ネメシスの奴ら、ここをかぎつけやがったのか!」


 シェルター内に特設された格納庫へ向かう通路中、雷斗は毒づいた。


「ウホッ、ウホホホイ。ウホホホッ」


 確かにゴリラの言う通り、時間の問題ではあったかもしれない。今まで見つからなかったのが幸運と言うべきなのだ。

 震動と轟音は、徐々に大きくなってきている。地上で暴れているでろう神聖帝国の造世獣が、地下の方まで手を伸ばしている証拠だ。シェルターそのものに傷をつけられる前に、ナントカして撃退しなければならない。

 シェルターに避難してから一週間、応急処置は施したが、完璧な修繕には程遠い。加えて、ヴァルサンダーのパイロットである一輝がいない今では、グレートヴァルサンダーへの合体もできないのだ。ウイングサンダー、ドリルサンダー、ゴリラダンサーの分離形態で応戦するしかない。

 その途中、光だけが未だに浮かない顔をしていた。


「……光!」


 走りながら、雷斗が叫ぶ。


「え、な、なに!?」


「しっかりしろよ、もう一度グレートになる前に死んだら承知しねぇからな!」


「……うん!」


 決意に表情を固め、前を見据える光。ゴリラはそれを横に見て『フッ』と小さく鼻を鳴らした。

 やがて三人は格納庫へと到着する。ヴァルサンダーを含めた四機のマシンが、ブルーシートを剥されて静かに鎮座している。技術者代わりに整備を担当していた町工場の従業員たちが、三人に親指を立ててみせた。


「……ありがとうございます!」


 頭を下げ、それぞれの愛機に乗り込む三人。計器類をチェックし、システムを立ち上げる。コクピットブロックの中に眠る電子の要塞が目を醒まし、翼に、ドリルに、そしてゴリラに力を与えていく。

 光は操縦桿をぐっと握り、前を見据える。ステージが徐々に地上に向けてせりあがっていった。

 やがて、造世獣の手によって廃墟と化した新宿の街並みが、視界に広がる。跋扈し、暴虐の限りを振るっていた獣たちが、気づいたようにこちらに視線をやってきた。


「……ウイングサンダー、テイクオフ!」


 叫びと共にレバーを倒すと、スラスターが大きく火を噴き、電撃の翼を空へと持ち上げる。次いでドリルサンダー、ゴリラダンサーが大地を駆け始めた。


「(……一輝、早く……早く戻って来い……!)」


 唇をぎゅっと噛み締め、光は天に祈る気持ちでいた。






 部屋から出た一輝は、避難民たちが集うシェルター内の中央広場にやってきた。一万人の難民の三割近くがここに集まり、備え付けられたモニターを心配そうに眺めている。ときおり襲い来る衝撃に、一部の人々は恐れるように身を縮ませていた。

 モニターの中で、三機のマシンが造世獣相手に戦いを繰り広げている。ウイングサンダー、ドリルサンダー、ゴリラダンサー。パイロットは考えるまでもなくあの三人だ。有象無象の造世獣相手に戦う彼らの動きは、決して危なげのあるものではなかったが、それでもなお、一輝の幼い心を苛んだ。


「やめてくれよ……もう、戦うのはやめてくれよ……」


 掠れる声で、泣きだしそうな声で、搾り出すような声で呟く。

 これ以上勝ち目の無い戦いを続けて、一体何が残ると言うのか。確かに座していても敗北を待つだけかもしれない。だがそれでも、もうあんな思いをするのは嫌なのだ。何故、自分から苦痛の中に飛び込む必要があると言うのか。

 視線を反らすと、怯える群衆の中に自分と同じ、10歳くらいの少女が、母親に抱かれて怯えている姿が目に付いた。


―――オレは、ここまでよくやっただろ?


 弱い心がかまくびをもたげ、一輝を浸食していく。


―――あれが普通なんだよ。子供は子供らしくしていても良いじゃないか。こんな小さな肩に、世界の命運なんて乗せないでくれよ。


 仲間達はまだ自分たちを信じているとでも言うのだろうか?

 だとすればそんなのはもう止めて欲しい。今の自分にはそんな力なんか残っていない。戦うことはできない。いっそ見捨ててくれれば、こっちだってすっきりとできるのに。

 どうしてここまで自分を追い詰めるのだ。

 問いに対して答えは出ない。モニターの中で戦う三機のマシンは、あくまでも愚直に、先の見えない戦いに身を投じていく。造世獣そのものは決して強くないが、数が違う。このままではいずれ彼らは―――、

 それでも、一輝は動くことができなかった。


「………ッ!」


 逃げるように背を向け、再び通路を駆け抜けていく。もうあんなものは見たくない。逃げ出してしまいたかった。

 そこに、かつて何度も戦い世界の危機を救ってきた勇ましい少年の姿は、どこにもなかった。






「サンダァァァァァッ、トルネェェェェェェェドォッ!」


 ウイングサンダーに備え付けられた二門の砲口から、電撃の嵐が迸る。大地に蔓延る造世獣たちが、衝撃に耐え切れず無惨にも吹き飛ばされていった。


「………っ! はぁっ……はぁっ……」


 だが、立ち止まることは許されない。光は操縦桿を握り締めたまま、空中から造世獣たちの大群を眺める。

 地上では、ドリルサンダーとゴリラダンサーが造世獣相手に接近戦を仕掛けていた。こちらの方が圧倒的に強いとは言えたが、数という戦力差は覆らない。広範囲に渡って一気に敵を殲滅するような兵装は、この三機には備わっていないのだ。グレートヴァルサンダーなら、あるいは、だが、今は無い物ねだりをしても仕方が無い。


『だが、一輝は必ず来る!』


 雷斗が叫ぶ。一直線に仲間を信じようとする彼の姿勢に、光は勇気付けられた。


『ウホ! ウッホホホ! ウホホッ!』


「ええ、そうね……!」


 頷き、ウイングサンダーによる空中支援を再開する。

 だが、精神論だけではどうしても追いつかない部分はある。三機のエネルギーは確実に消耗を強いられていた。敵の数は限りなく、このままでは何れ競り負けてしまう。状況を打開する一撃が欲しかった。

 そのとき、


『グランドゥ・ジュワース・ルミエェェェェェルッ!』


 光り輝くエネルギーの奔流が、天空から造世獣たちを飲み込んでく。光はハッと顔をあげた。曇天を引き裂き、薄暗かった空から陽光が覗く。太陽を背景に、ひとつの巨影が腕組みをして立っていた。


「あれは……!」


『ウホッ……!』


『シュヴァリエ・ローゼス……!?』


 繊細な花を思わせる可憐な造型は、戦闘用ロボットには相応しくなかったかもしれない。だが、だからこそわかる。外見に反し、強力な戦闘能力を備えた、フランス製のスーパーロボット!

 シャルロッテ・ノワールの愛機、シュヴァリエ・ローゼスがそこにいた。


『ボン・ジュール、ヴァルサンダーチームの諸君、ごきげんよう』


 以前と相変わらず余裕をかもし出すシャルロッテの声が、無線越しに響いた。


『ウホッ、ウッホホホ!』


『おいおいご挨拶だなァ。キミ達が大変な目に合ってるって言うから、助けに来てやったんじゃないか。感謝されこそすれ、どうして憎まれ口を叩かれなきゃいけないんだい?』


『大変な目に合っているのは、お前のフランスも同じことだがな』


 更に通信に割り込む声。同時に雲を裂き、白銀の流星が姿を見せた。戦闘機に人型を無理矢理押し込めたようなシルエットが、空中で華麗に変形し、完全なヒューマノイドタイプとなって瓦礫のアスファルトに着地する。

 雷斗が驚きの声をあげた。


『ヴァイス・ズィルバーン・コメート!?』


「バロン、あなたも来たの!?」


『グーテン・ターク。俺達だけじゃないぜ、ヒカリ』


 バロン・ヴィルヘルムのヴァイス・ズィルバーン・コメートは、親指を背後に向ける。光の瞳が驚愕に見開かれた。

 シュヴァリエ・ローゼスの美しいフォルム、ヴァイス・ズィルバーン・コメートの洗練されたシルエットに加え、廃墟と化した都庁の上で三機のマシンが腕を組んで立っている。それはいずれも、彼女にも、雷斗にも、そしてゴリラにも見覚えのあるものだった。


「クイーンズ・ユニオン・ジャック!」


『ウホッ、ウホホホッウホゥ!』


『ボンジュール・セニョール・セニョリータ!』


 フランスの誇る真紅の薔薇騎士シュヴァリエ・ローゼス、ドイツが生んだ白銀の流星ヴァイス・ズィルバーン・コメート、イギリス生まれの黒騎士クイーンズ・ユニオン・ジャック、イタリアからやってきた青き情熱サンタルチア・シチリアーノ・パッショーネ、スペインの闘牛王ボンジュール・セニョール・セニョリータ。


 そう、そこには、ヨーロッパ連合の誇る五機のスーパーロボットが勢ぞろいしていた。


『積もる話は後だ、ヒカリ、ライト、ゴリラ、行けるな?』


 アーサー・ザ・グレートブリテンの冷静な声が届く。一輝がこの場にいないことは、EUスーパーロボット軍団の誰もが口にはしようとしなかった。自分たちの置かれている情報は、あるいはもはや海を渡り彼らの耳にも届いているのかもしれない。

 光はすぐに自分の頭に浮かんだ様々な考えを振り払った。今は戦うことを考えなければならない。造世獣たちは、再びぞろぞろと集まってくる。コマンダー・ユニットの搭載された造世機がどこかに存在しているはずだ。それを探し出し、破壊しない限りは連中の増殖は止まらない。こちらの戦力は八機になったが、如何せんまだ敵の方が多い。


『答えるまでもねぇぜ!』


 ヴァルサンダーチームを代表し、雷斗が大声をあげる。


『そいつを聞けてよかったネッサンス!』


『相変わらず元気だなアミーゴ!』


 パス太とマタドールも次々に頷く。


『さぁてゴリラ、ボクとキミ、どちらが多く落とせるか、勝負といきましょうか?』


『ウホッ、ウッホホホッ!』


『ははっ、言ったな! 今度こそボクが勝つ!』


 シャルロッテの挑発的な声に応じるゴリラの声も、心なしか弾んでいるように聞こえた。そう、数ならば未だに圧倒的不利ではあったが、風は着実にこちらに吹いてきている。マシンの消耗は激しいが、攻撃の手を休める理由は一切なかった。

 シュヴァリエ・ローゼスとゴリラダンサーが同時に大地を蹴ったとき、その追い風を象徴するかのように、大音量の雄叫びが瓦礫の新宿にこだまする。


『おぉっとぉ! 勝手にパーティを始めてもらっちゃ困るぜ!』


『その通りッス! ウチらも混ぜてもらわにゃつまんないッス!』


『…………!!』


 更に三つの閃光が戦線に加わり、シャルロッテとゴリラが迎撃しようとした造世獣の群れを、木っ端微塵に撃ち砕く。


『くっ、誰だッ!』


 シャルロッテの問いには、獲物を取られた悔しさが滲んでいた。

 造世獣の血飛沫を浴び、降り立つ三機のマシン。雷気を纏い立ち上がる、ひときわ巨大なマシンには、背中に大きく『USA』とペインティングされている。巨大なマシンは、シュヴァリエ・ローゼスの腕ほどの太さがある指を天に掲げ、パイロットが大声をあげた。


『このダニエル・アメリカン様とグローリィ・ストライプス・スターズを差し置いて大暴れは許さねぇぜ!』


『ダニエルさんだけじゃないッス! ウチらもいるッス!』


『…………!!』


「ダニエル! シャオ! ミハエル!」


 光は嬉しそうに叫んでいた。

 ダニエルの駆るグローリィ・ストライプス・スターズに並んでいるのは天帝神龍機とピロシキ・コレシキ・チャイコフスキー。そう、シャオ・ロンポーとミハエル・コサックも来たのだ。

 着々とそろいつつある戦力を前に、造世獣たちが一歩ずつあとずさる。


 だが、


『お前達だけに良いカッコはさせないパゴス!』


 造世獣たちの背後から更に響く声が、彼らの撤退を引き止めた。


「タートルネック・ガラパゴス! まさかイグアナマンも!?」


『ヴァルサンダーチームのピンチと聞いては、黙ってサボテンを食んでもいられんパゴス!』


『ヴァルサンダーとカズキには、世話になったカレーな』


『カズキのことは聞いたコアラ、だが俺達はアイツを信じて戦うだけコアラ』


『その通りラモス!』


『ぱぴるぷ! ぺぽろ、ぱるぺろっぱらっぱ!』


『フッ、力を貸すのは今回だけジャネイロ』


 かつては敵対し、争いあった世界各国のスーパーロボット達が、今ここに集結している。総てヴァルサンダーチームの為に、一輝のために。光は自然と、目頭が熱くなっていくのを感じた。


 一輝、見ているか? 一輝は、一人じゃないんだ。


 敵として戦ったときは手ごわかった彼らが、今、お前の為に、たった一人お前の為に、この新宿に集まってくれているのだ。


「一輝―――あなたは、幸せよ」


『光!』


 無線越しに、雷斗が叫んだ。


『ぼーっとしてんじゃねぇ、やるぞ!』


『―――うん!』






 一輝がその光景を目にすることはなかった。彼は再び自分の部屋に篭り、頭を抱えて震えだしてしまっていたのである。

 立て続けにシェルターを揺らす衝撃に、びくりと身体を動かすだけ。いっそ何もわからないままに崩壊してしまえば、どれほど楽なことかもわからない。誰ももう自分のことをかまわないでくれ。

 そう、思っていたときだ。

 それは果たして現の夢であったのか。


―― 一輝……、


 懐かしくも優しい声が、一輝の脳裏に響いた。


「………オヤジ……!?」


 振り返る。瞬間、暗かった寝室が七色の輝きに包まれた不思議な空間へと変化した。その中に、一輝の視線の先に、精悍な顔立ちに優しげな表情を浮かべた一人の男が、ゆったりと浮かんでいた。

 一輝は知っている。

 いや、一度たりとも忘れたことはなかった。火刈大輝。一輝にとって、たったひとりの父親の姿だ。


『一輝、元気そうだな』


 一年前、失踪する前日のときとなんら変わらない口調で、大輝は言った。

 だが、そんなありふれた挨拶など一輝の耳には入らない。彼はありったけの声を鳴らして、叫んだ。


「オヤジ……どこ行ってたんだよ!」


『………』


「オヤジがいなくなってから一年……俺、仲間達と一緒に頑張って来たんだよ! オヤジの言いつけだってしっかり守って……辛いこともいっぱいあったけど、ずっと耐えて頑張ってきたんだよ! でも……」


 父親は何も言わない。ただ微笑んで一輝を見ているだけだ。


「でももうダメなんだ……オレ、もう独りじゃ頑張れないんだ……。オヤジ、帰ってきてよ……オレ、もうこれ以上何も失くしたくないのに……」


『本当にそう思うのか?』


「え……?」


 大輝は、決して一輝を叱るような表情はしていなかった。優しげに、愛しげに、ただ諭すように、ゆっくりと語りかける。


『父さんは、お前がどれだけ頑張ってきたかちゃんと知ってる。だからこそわかる。確かにお前はまだ小さくて、独りじゃできることも少ないかもしれない。でも一輝は、この一年でたくさんのものを手に入れたよ。それは、決して無くならないものだし。それがある限り、一輝、お前は独りなんかじゃない』


「オヤジ……? 何を言って……」


 光だけの空間に、不意に穴が空き映像が映りこんだ。一輝は目を見開く。


「あれは……!」


 そこには、ウイングサンダー、ドリルサンダー、ゴリラダンサーの三機のほかに、今まで争いあい、しかし時には共に戦ってきたスーパーロボット達が、造世獣を相手に大暴れしていた。

 アメリカのグローリィ・ストライプス・スターズや、イギリスのクイーンズ・ユニオン・ジャック、中国の天帝神龍機やロシアのピロシキ・コレシキ・チャイコフスキーまで機体を連ねていた。そして、そのパイロット達が一様に口にする言葉がある。


――火刈一輝は必ず来る!


 そのひたむきな姿は、空になった一輝の心に数滴ばかりの雫をもたらしたが、乾ききった彼の身体を動かす理由には至らない。


「でも、オレは……」


『一輝、これがお前の得てきたものだ』


 大輝の表情は、そこで初めて真面目なものに変わった。


『一輝、逃げるのは簡単だ。だが、ここで背を向けたら、お前は本当に総てを失ってしまう。失うことを怖れるのなら、決して彼らの期待を裏切らないことだ』


「………キツいよ」


『そうだな、キツいな』


 一輝が弱音を漏らすと、父親は再び穏やかな笑顔を見せてくれる。


『だが一輝、父さんはいつでも傍にいる。直接支えてやることは、今は無理だが、本当はいつもお前の傍でお前を見ているんだ。それだけは忘れないでくれ』


「え……?」


 大輝の気配が急に薄れていき、ふと気がつくと、一輝は薄暗い部屋のベッドの上で横になっていた。


「い、今のは……夢ぇ……?」


「お前が見ていたのは夢だが、タイキの言葉は総て真実だ」


「うおわっ!?」


 眠っていた自分の真横で、壁に背を当て一人の女が立っていた。メリハリのついた豊満な体躯に、しなやかで流れるような銀髪、紅玉の瞳はまるで作り物のようでもある。露出度を抑えた黒いスーツに身を包んでいるが、かえって身体のラインが引き立ち、色気を隠しきれていない。

 一輝は、かつて神聖帝国に属していた彼女の出現に、目を丸くした。


「さっ、サキュバスのねーちゃん!?」


「フッ」


 薔薇色の濡れた唇が緩やかな弧を描く。


「……今の夢って、ねーちゃんが?」


 思わず疑ってしまう。彼女の能力ならば、思うままの夢を一輝に見せることも可能だったはずだ。


「ああ、だがさっきも言った通り、お前の夢に出てきたタイキの言葉に嘘はない」


 腕を組んだまま、サキュバスはあっさり肯定する。一輝は、首を傾げながら、その言葉の意味を考えた。

 彼女の言葉は、相変わらず肝心な部分をぼかしているようで、果たして真意が掴み辛いものである。


「オヤジの言葉に嘘はないって……」


「言ったとおりの意味だが」


 サキュバスの言葉はあくまで冷静だ。しばらく考え込んでいた一輝は、ハッと顔をあげる。


「そうか……そう言うことだったのか!」


「何か掴んだようだな、ヒカリカズキ」


「……ああ!」


 一輝はぐっと拳を握り締める。この一年間積み上げてきた様々な経験と、想い出の数々がパズルピースのようにひとつの答えに繋がっていく。そして先ほどサキュバスによって見せられた夢が、最後のピースとなって、ある『答え』を、一輝の脳裏に導き出した。

 父親の言葉の真意を今、知る。そしてその答えを胸に抱いている限り、この闘志は消えることはないだろう。


「わかったぜ、ねーちゃん。オレは絶対にここでくじけるわけにはいかない! なぜなら……」


「待て」


 いきり立つ一輝の口元に人差し指を当てる。サキュバスは、そのまま指を天井まで持って行き、相変わらずの不敵な物言いでこう告げた。


「続きは他の連中に聞かせてやれ。………世界はヒカリカズキを待っている」






『ぱらっぺるぷる――――ッ!!』


 集団を成した造世獣の集中攻撃を受け、ポコロキラン・パルペ・ポポポーポロが崩れ去った瓦礫の上を転がっていく。受けているダメージは深刻だったが、振り返り駆けつけるだけの余裕は彼らにはなかった。


『くっ、プルペパパランポがやられた!』


『ポッポポポポ星の科学力でも限界があるのか……!』


 コマンダー・コアを搭載していると思しき造世機は、都庁ビルのてっぺんに立ち、腕を組んでこちらを見下ろしていた。全身から伸びるバイオニカル触手が都庁全体を浸食し、造世獣の製造プラントへと作り変えている。ビルの地下から際限なく湧き出す造世獣相手に、彼らは進撃もままならない。

 大地に貼り付けられたスーパーロボット軍団は、もはや敵にとって良い的であると言えた。


『このままでは埒が明かん! ヒカリ、行けるか!』


 ヴァイス・ズィルバーン・コメートのコクピットでバロンが叫ぶ。光も大声で叫び返した。


「いけるわ、バロン!」


『よし!』


 言うや否や、両アームについていた刃で敵を薙ぎ払い、ヴァイス・ズィルバーン・コメートが瓦礫を蹴る。空にふわりと浮かんだ白銀の流星は、一瞬で戦闘機形態へと変形し、凄まじい勢いで曇天へと駆け上がる。ウイングサンダーも追従するように急上昇を開始した。

 都庁のてっぺんで待ち構えていた真紅の造世機は、即座にそれに気づき、禍々しく尖った右腕をスッと差し出す。掌に集約された歪曲エネルギーを、躊躇なく打ち出した。


「……っくぅ!」


 操縦桿を倒しギリギリの回避、ウイングサンダーはそのまま一気に空へと駆け上がり、造世機の上を取る。横目にヴァイス・ズィルバーン・コメートが並んだのを確認した。


「リアクターファン・ターンオンッ!」


 電撃の翼に搭載された二門の砲口が展開し、内部のリアクターファンが急回転を始める。


「サンダァァァァァァァッ! トルネェェェェェェェェェドッ!!」


『ガラクシー・シュヴェールト!』


 ウイングサンダーから雷撃嵐が噴き出すと同時に、ヴァイス・ズィルバーン・コメートも空中でロボット形態に変形し、両腕に備え付けられたウイングからエネルギー刃を発射する。二つの必殺技は、螺旋状のエネルギー破となって造世機に降り注ぐ。


 が、


『…………!!』


 真紅の造世機が右腕を掲げると、周囲の空間が歪曲し、いとも容易くエネルギーの波を掻き消した。


「えっ……!」


『バカなッ!?』


 驚愕の隙を突くかのように、造世機は再び歪曲弾を打ち出す。光はハッとし、即座に操縦桿を切るが、かわしきれず、左翼に被弾、触れた箇所が粉々に弾けとんだ。


「あうぅっ!」


 翼を破壊されたウイングサンダーは、宙を旋回するようにぐるぐると造世獣の群れに落ちていく。ヴァイス・ズィルバーン・コメートが助けに行こうとするが、真紅の造世機はここぞとばかりに単機となったヴァイス・ズィルバーン・コメートを狙い撃ちし、バロンは思う様の行動が取れない。

 光が思わず目を瞑った、そのとき、


『ライジンボルトォォォォォォォォッ!!!』


 空を切るような怒号と共に、一瞬、世界が閃光に包まれる。眩い輝きに思わず目を閉じた光は、次に、眼下に広がる造世獣の群れが、次々と爆発四散していく光景を目にした。

 そしてウイングサンダーが墜落する直前、目の前に飛び出してきた蒼い稲妻が、優しく翼を受け止めて着地する。


「ヴァル……サン……ダー……?」


『ああ、待たせたな』


 自信に満ちた一輝の声が、無線越しに届く。


『一輝、帰ってくるって信じてたぜ!』


『ウッホイ! ウホホホイ!』


 雷斗とゴリラも快哉を叫ぶ。


『ああ、オレは帰ってきたぜ……。オレは絶対ここでくじけるわけにはいかない! なぜなら!』


『よく帰ってきた、カズキ……!』


 二人の喜びを皮切りに、アーサーが打ち震えた声で呟く。


『アーサー……』


 次いで、空からゆっくりと降下してくるヴァイス・ズィルバーン・コメート。


『おかげで助かった、感謝する。カズキ』


『バロン……』


『フッ、相変わらず良いところを持っていくのだけは上手いね、キミは』


『シャルロッテ……』


『お前の情熱、今確かに感じルネッサンス!』


『パス太……』


『それでこそヒカリカズキだぜアミーゴ!』


『マタドール……』


『お前を信じてここまで踏ん張った甲斐もあったってもんだぜ!』


『ダニエル……』


『会いたかったッス! カズキ!』


『シャオ……』


『…………ウラー』


『ミハエル……』


『なんだかんだで最後にキメるのはヴァルサンダーパゴスな』


『イグアナマン……』


『またお前に助けられてしまったカレー』


『カレーキングⅢ世……』


『やはりカズキは倒れる度に甦るコアラ』


『テラコアラ……』


『ぱるっぺらぽろ! ぽろぽろ……!』


『プルペパパランポ……』


『フッ、力を貸すのは今回だけジャネイロ』


『お前誰だっけ』


「おかえり……カズキ……!」


 光が言うと、画面に映ったカズキは顔いっぱいの笑みを浮かべて、


『ああ、ただいま……!』


 ヴァルサンダーは、ゆっくりとウイングサンダーを地面に置き、都庁の上に居座る造世機を睨みつける。今もなお、コマンダー・コアの無事により、製造プラントから造世獣が生み出されていた。このままではジリ貧だ。

 だが、火刈一輝というたったひとりの少年の登場で、この場には間違いなく風が吹いていた。






『パトリオット・パイロブレイザアアアアアアッ!!』


『うおりゃあああっ! 牙城ぉーっ! 崩落ッ!!』


 グローリィ・ストライプス・スターズが火炎を放射し、それに乗じて天帝神龍機が掌底を放つ。かつて世界大会で覇権を争った二機の連携に、さしもの造世機も対応が間に合わない。

 真紅の造世機は、これまでに出現した造世機とは明らかに格が違った。武者小路研究所を襲ったエンペラードとほぼ互角の性能を有している。だが、ここに集っているのは世界が生んだ最強のスーパーロボット達なのだ。劣勢を巻き返し、地上に引きずり降ろした造世機を相手に、状況は少しずつ好転してきていた。


『チィッ、まだ動けるのか!』


『でぇーい、タフっすねぇまったく!』


 ダニエルとシャオの悪態。


『二人ともどけッ! 今度はこちらから行くぞ!』


 そこにアーサーの怒号が割って入る。グローリィ・ストライプス・スターズと天帝神龍機が退くと、空にヨーロッパ連合の生んだ五機のマシンがWの字を描くように編隊をくんでいた。

 クイーンズ・ユニオン・ジャックを中心に浮かんだ五機の機体が七色に発光し、周囲に陽炎を湧き立たせる。


『行くぞみんな! ユーロ・カシオペア・ブラスタァアアアァァァッ!!』


 編隊を組んだ五機から一斉に放射される広範囲の破壊光線。かつてバルガス将軍を葬ったEUスーパーロボット軍団の必殺技だ。

 だが、かの将軍の強固なバリアシステムを突き破ったユーロ・カシオペア・ブラスターですらも、決定打にはなりえない。


『…………!!』


 無言の咆哮と共に、ピロシキ・コレシキ・チャイコフスキーが豪腕を振るい突貫する。鉄球のような拳が、造世機の重厚な装甲を、横合いから思いっきり殴りつけた。


『…………!!』


 寡黙なミハエルはそれ以上言葉を発することはなかったが、吹き荒ぶシベリアのブリザードと、それに耐えて獲物を狙うグリズリーを思わせる無骨なマシンの体躯が、迫力をかもし出していた。

 ピロシキ・コレシキ・チャイコフスキーの首が動き、背後に控える真打に視線を送る。


『……よし、後は任せろ……ッ!』


 快活な一輝の声と共に、ヴァルサンダーが深く頷き、駆け出した。


『飛べるか、光!』


『ええ、大丈夫よ、一輝!』


『よしっ!』


 疾駆するヴァルサンダーに、ドリルサンダーとゴリラダンサーが併走し、背後からウイングサンダーが追従する。

 ヴァルサンダーのサンダーフィストに電撃が走り、イナズマの拳を作り出す。


『うおおおおおおッ! お前ら行くぞォッ!』


 一輝のその声が合図となった。


『サンダァァァァァァッ! トルネェェェェェェドッ!!』


『プラズミックドリルアンカァァァァッ!』


『ウッホホォォォォォイ!!』


 ヴァルサンダーの周囲を固める三機から、一斉に電撃が放射される。青と白に染まった視界の中で、ヴァルサンダーはひるむことなく走り続け、標的となる真紅を見つけ出した。

 たん、と大地を蹴り、放射される稲妻の中でサンダーフィストを高く振り上げる。


『プラズマハイブレイクウウウウウウウッ!!』


 真紅の装甲に突き立てられた拳から、一際強い電流が放出される。行き場を失いつつあったエネルギーは一気に飽和を迎え、造世機を巻き込む形で暴発した。

 爆風の中をくるくると回転し、ヴァルサンダーが軽快な動作で大地に着地する。


『やったか……!?』


 誰がそう言ったかはわからないが、全員が同時に思ったことだろう。

 やがて爆煙の中から、真紅の造世機がゆっくりと姿を見せ、


『―――――』


 瓦礫の山の上に、ゆっくりと崩れ落ちた。

 快哉があがる。無線越しに湧き上がる喜びの声は、まさしくこの時、彼らの勝利を象徴するものであった。心に風が吹き込んでくるのがわかる。掴み取った勝利は反撃の狼煙。火刈一輝、完全復活である。






「最初にキミが引きこもりになったと聞いたときは、驚いたよ」


 椅子に腰掛け、紅茶をすすりながらアーサーが微笑む。

 戦いを終え、地下シェルターの防衛に成功したスーパーロボット軍団は、シェルター内部に降り、改めて久々の再開を喜んでいた。アーサーが自慢の紅茶を全員に配っていたが、甘党のシャオだけが砂糖がないことに憤っている。

 だがそのシャオも、アーサーがそう言った直後に『へへん』と無い胸を張り、


「まぁウチはすぐ復活するってわかってましたけどね。なにせ、カズキっすから」


「へっ、抜かしやがるぜ。俺と合流したときは泣きそうだった癖によ」


「……………(こくり)」


 ダニエルが愉快そうに笑い、ミハエルが無言で頷くと、シャオは顔を真っ赤にして『もー、なんでそんなことココで言うんすかー! もー! もー!』などとダニエルの分厚い胸板をぼかすかと殴り出した。何発かはクリーンヒットしたようで、ダニエルは笑顔のまま床に倒れ臥す。少林拳の秘奥であった。

 そんな様子を見て、一輝は嬉しくなり、ついつい頬が緩んでしまう。


「みんな……心配かけて悪かったな。でも、もう大丈夫だぜ」


「一輝……」


 脇に立っていた光も、口元を抑え、震えた声で呟く。

 一輝は、勢いよく拳を振り上げ、いつも通りの元気な声で叫んだ。


「俺はここでくじけるわけにはいかないからな! なぜなら」


「一輝、ちょっと良いか?」


「おお、なんだ雷斗」


 背後から雷斗が深刻そうな顔つきで呼びかけてきたので、一輝も即座に表情を引き締める。


「実は、先ほどの戦闘でかなり無茶をしたせいか、どの機体もダメージが酷いんだ。グレートに合体するのも難しいかもしれない」


 それは、ちょっとした絶望を、一輝の心に落とした。ヴァルサンダーチームの真価は合体状態でこそ発揮されるものだ。グレートヴァルサンダーになれない状態では、エンペラードに復讐することすらできないかもしれない。

 一輝は、すがるような気持ちでたずね返す。


「どうしてもダメなのか?」


「ウッホィ」


「そうか………」


 ゴリラの冷静な声に、顔を落とす一輝。あのとき、自分がもう少し早く復帰していれば、消耗を抑えることができたのかもしれないと思うと、歯がゆい。

 だが、そんな消沈した一輝の気持ちを吹き飛ばすかのようなハスキーボイスが、片隅から発せられた。


「そんな顔をしないで欲しいですねチャンプ、何の為にボクらが来たと思ってるんですか?」


 ふぁさ、と慣れた仕種で前髪をかき上げるシャルロッテの手付きは、毎度のことながら板についていた。隣に並んだバロンも、腕を組んだまま、仮面の向こうから渋い声を漏らす。


「武者小路研究所が壊滅したと聞いてから一週間、我がEUスーパーロボット連合では、残された数少ないデータからサンダー鋼の開発に成功した」


「なんだって……!?」


 驚いた声をあげるのは雷斗だ。だが、穏やかな表情に自信を讃え頷くアーサーの態度が、それが虚言でないことを表している。


「加工技術に関しては間に合わなかったが……それは、毛沢東研究所とアメリカの国防総省がやっていると聞いてね」


「ええ、バッチリっすよ。ミハエルんとこにも協力してもらったっすけどね」


 ぐっ、と親指を立てるシャオ。強面のミハエルも、目を閉じたまま無言で頷く。


「ここにいる全員が力をあわせれば、ヴァルサンダーの改修は三日で終わる」


 波風立たぬ湖面を思わせるアーサーの物言いは、しかし確かな力と自信に満ちている。その場にいる、世界各国のスーパーロボット乗り達は一様に頷き、ヴァルサンダーチームへの協力の意を示していた。


「まさか……その為にわざわざ日本に……?」


「当然パゴス」


 イグアナマンが何を今更、という表情を浮かべて言った。


「俺達は全員、ヴァルサンダーに助けられたんパゴス。こんな時くらい、力になれなくてどうするパゴス」


「ちょっと待ってください。ボクはまだ助けられたと認めてませんからね」


 食い下がるシャルロッテの様子を見て、ゴリラは愉快そうに『フッ』と息を漏らす。プライドの高い彼女は即座に反応し、威嚇的な視線を送ったが、当の類人猿は気にした様子もなく視線をそらした。

 ぎり、と歯軋りをするシャルロッテ。


「いつかギャフンと言わせてやりますからね……!」


「残念だけどシャルロッテ、ゴリラはギャフンとは言わないゲブゥ」


 雷斗が親切心から忠告して殴られていた。


「まぁ、そういうことネッサンス」


「俺達も酔狂アミーゴ。ま、好きでやってることだし、任せるアミーゴ」


 パス太とマタドールも続けざまに言う。

 夢の中での父親の発言を、一輝は反芻する。これまでの戦いを経て、自分が得てきたもの。それは同時に、自分が与えてきたものでもあった。何も失ってはいないのだ。心の中でつながって、いろいろなものが生き続けている。


「盛り上がってるところ済まないが」


 唐突に、凍て付くような鋭い声がし、彼らの集まっている大部屋にひとりの女性が足を踏み入れた。棚引く流麗な銀髪、紅い瞳、濡れた唇。芸術品のように整えられた美しい女性。男物のスーツが露骨に描き出す豊満な曲線を目の当たりにし、シャルロッテとシャオが「うっ」とたじろぐ。

 その場にいるほぼ全員が、この見知らぬ美女に対して懐疑の視線を向けていた。


「サキュバスのねーちゃん」


「知り合いか?」


 アーサーが慎重な態度で尋ねるが、ヴァルサンダーチームの全員は一様に頷く。


「少なくとも今は味方だ。怖れなくて良い」


 人外の魔性を秘めた瞳を歪め、サキュバスが妖艶に微笑む。


「サキュバス、何か嫌なニュースでも?」


「さすがだオオシロヒカリ、察しが良いな。先ほど、神聖皇帝からこのシェルターに送られてきた映像がある」


 美女の発言に、にわかに部屋の中がざわめき立つ。一輝の心にも波紋が広がったが、少年は極力冷静を装い、サキュバスにたずねた。


「それでねーちゃん、どんな映像なんだ?」


「見た方が早いだろう」


 彼女がパチンと指を鳴らすと、天井から液晶モニターがせり出してきた。モニターはしばらくの間砂嵐を移していたが、唐突に画面が切り替わり、薄暗い空間とそれを照らす緑色のトーチ、そして中央に腰掛ける豪奢な鎧を纏った男を映し出した。

 この男こそが、神聖皇帝ネメシス。

 誰ともなしにごくりと唾を飲む音が聞こえ、部屋にいる全員がモニターに釘付けになる。


『挨拶は省き、まずは造世機クリムゾンメサイアをあっさりと撃破した貴様らの健闘を褒め称えるとしよう』


 神聖皇帝のメッセージは、そんな台詞から始まっていた。


『加えて我が宿敵―――火刈大輝の息子である火刈一輝と、雷帝神ヴァルサンダーが戦線に復帰したことを喜ばしく思う』


 そこでネメシスは、緊張に包まれながらモニターを見つめている全員の面持ちを嘲うかのように、『だが』と切り出す。


『だが――、貴様らは忘れているわけではあるまい。我が世界12ヶ所同時侵攻作戦は、まだ追撃の手を緩めていないことを。貴様らが日本に救援に来ている間も、貴様らの祖国の地は我が造世獣軍団の手により蹂躙されているのだ』


 ぎり、と唇を噛む気配が多数。


『これは私からの貴様らに対する忠告でもある―――。私とヴァルサンダーの対決には、一切の手出しは無用。だが、これより三日後の正午、我が世界12ヶ所同時侵攻作戦は次の段階に入る。それまでにヴァルサンダーが我が作戦を阻止できなければ、世界は神聖帝国の軍門に下ることだろう』


 それだけ告げると、映し出された神聖皇帝の姿は消え、画面には砂嵐だけが残った。


「つまり―――」


 沈黙を破るのはアーサーだ。いつもの冷静沈着な声で、周囲に視線を配り、切り出す。


「つまり、神聖皇帝は何が言いたかったんだ?」


「三日後までに計画の発動を停めてみせろ。ただし、ヴァルサンダー以外とは戦わない」


 サキュバスが解説すると、シャルロッテは露骨に嫌な顔をしてみせた。


「気に入りませんね。ボク達は眼中に無いと言うことですか?」


「あの男は―――神聖皇帝はそういう男だ。お前達を侮っているわけではないだろうが、ヴァルサンダーとの決着に一番重きを置いている」


「ま、いずれにしても―――」


 シャオは頭の後ろに手をやり、気楽に呟いた。


「ウチらがやることに代わりは無いっすよ。ヴァルサンダーを修理して、カズキ達を信じれば良いンすから」


 彼女の言葉に、光は心配そうな顔をする。


「良いの? シャオ……。あなたの故郷だって……」


「中国には師父がいるっす。四千年の歴史と100万の門下生がいるっす。ここでウチが慌てて帰ったら、13億への信頼をドブに捨てることになるっす。だからまだ帰らないっすよ」


 淡々とした口調だが、少女の言葉には強い決意が秘められていた。


「それは我々も同じだ。ヨーロッパユニオンスーパーロボット軍団の精鋭は、ここにいる五機だけではないのだからね」


 頷くアーサー。ミハエルも無言無表情だが、同意の仕種をみせ、他の全員もそれにならう。

 それらを見てサキュバスは頷き、最後、一輝達に向き直った。


「そういうことらしい。ヴァルサンダーチーム、お前はここにいる全員の信頼を背負って、最後の戦いに赴くのだ。覚悟は良いな?」


「へっ、今更何を言ってやがるんだ」


 四人を代表し、一輝が不敵な笑みを浮かべる。


「オレ達は、ここでくじけるわけにはいかないんだぜ! なぜなら!」






 ヴァルサンダーの改修は滞りなく進んだ。ウイングサンダー、ドリルサンダー、ゴリラダンサーに関しても同様だ。EUスーパーロボット軍団が開発したというサンダー鋼は、武者小路研究所が開発したオリジナルのものと比べても遜色のない完成度であった。


 アーサーは言う。


「実は二週間ほど前から一週間前まで、発信元は不明だが、少しずつだがデータが送られてきていてね。武者小路博士は、こうなる可能性を見越していたのかもしれないな」


 そう聞いたとき、一輝の心には再び一抹の寂しさが去来したが、強引に頭を振りそれを拭い去る。

 基本的に改修作業は、ヴァルサンダーチームを代表し、雷斗が中心になって行われた。流石に元研究所のメカニックだったこともあり、手際の良さと判断力には他のみんなも感心していた。ゴリラも持ち前の器用さを活かし、不器用を絵に描いたようなシャルロッテを挑発するかのようにスイスイと作業をこなしている。

 チームの中では、一輝と光だけが、作業組からは外されていた。格納庫で順調に傷を修復されていくヴァルサンダー達を眺めながら、二人で並んで座っている。


「……帰ってきてくれて、ありがとう」


 沈黙を破るように、光が切り出す。一輝はぼーっとした口調で『気にすんなよ』とだけ答えた。

 それからまたすぐに沈黙が戻るかと思われたが、少しもしないうちに一輝は顔だけを光に向け、じっとその両目に視線を合わせた。


「え、な、なに……?」


 動揺する光。


「いや、ずっと気になってたんだけど、光、おまえひょっとしてさ……」


 一輝が何かを尋ねようとした瞬間、『ああああぁぁぁ――――ッ!!』という元気な声が、ふたりの間に飛び込んできた。


「ちょーっとちょっとちょっとーっ! 何いちゃいちゃしてんすかーっ! もー、羨ましいなーっ! もー! もー!」


 まるで牛だ。

 そう言いながら突っ込んできたシャオは、両腕をぶんぶん回しながらであったので、光と一輝はひょいひょいと避けてから彼女に向き直る。


「別にいちゃいちゃはしてない。ちょっと気になることがあったからさ」


 そう言う一輝の声はあくまで冷静だ。


「気になることってー、なんすかー?」


 シャオはチョコレートを頬張りながら聞いてくる。12歳の彼女も作業組からは外されていて、かなり暇を持て余していたようである。

 一輝は、シャオの真っ直ぐな視線を受けて、『んー』と頬を掻く。


「聞こうと思ったけど、良いかなって。どうせ、戦いが終わったらわかることだと思う」


「そうだね」


 くすり、と光は笑う。シャオは釈然としない表情のまま、首だけ光に向き直った。


「ヒカリは、なんかヒミツにしてることでも、あるんすか?」


「あるよー」


 笑顔の光。


「でも、あたしと一輝は、別にそういうんじゃないからね。なりようもないし、だから気にしなくて良いよ」


 光がそう告げると、シャオはしばらくきょとんとしていたが、少しして顔を紅くし、元に戻し、『にへー』と笑うと、


「そっすか、それはよかったっす」


 と言って、踊りながら去っていった。






 三日後、ついにサンダーマシン各機の改修が終了する。ほぼ貫徹の作業を乗り越えたアーサー達の顔は、疲労よりも達成感に満ちていた。雷斗とゴリラはこの後の出撃に備え優先的に休息を貰っていた為、気力も充分である。格納庫で仁王立ちするヴァルサンダーと、三機のサンダーマシンを眺め、雷斗とゴリラは満足そうにしていた。


「ついに最終決戦か……長かったな」


「ウホッ、ウッホホホホ」


 それ以上の言葉は必要ないとでも言うかのように、二人は黙り込んでしまったが、心の内には語りたい言葉がたくさんあったに違いない。初めて出会ったときから今日に至るまでのおよそ一年間、言葉に込めるのは大きすぎる思い出が、このマシン達にはたくさん詰まっている。

 しばらく待っていると、パイロットスーツ姿の一輝と光が歩いてきた。


「よっ」


「おはよう、二人とも」


 短い挨拶。雷斗とゴリラも片手をあげて応じ、四人は横一列に並ぶ。


「できることは総てやった」


 後ろで、アーサーが言う。


「あとはキミ達が全力を尽くすだけだ。私達はヴァルサンダーチームを信頼している。必ずや、世界を救ってくれると」


「任せておけっ!」


 びしり、とサムズアップで返す一輝。アーサーは口元に微笑を浮かべ、いつもの穏やかな笑顔で頷いた。

 続いて、残る面子も思い思いの言葉を投げかけた。『頑張れよ』『生きて帰って来い』。そんな、当たりまえの言葉が、今の彼らには最高級の贈り物である。

 シャルロッテはいつもの気取った足取りで前に踏み出すと、右手でふぁさり、と前髪をかき上げた。


「ゴリラ、帰ってきた後は必ずフランスに挨拶に来るように。決着をつけないことには良い気分で寝られませんからね。ま、勝つのはボクですが」


「ウッホホ、ウホホッホホホ」


「フッ、その減らず口、しっかり覚えておきますよ」


 続いて仮面の男爵バロン・ヴィルヘルムが一歩踏み出し、腕を組んだまま低いバリトンで告げた。


「ヒカリ、俺は、秘密を持った女性を美しいとは思う。だが君は……」


「わかってるわ、バロン。この戦いで、全部明らかにするから」


 バロンは『そうか』とだけ言うと、それ以上何も追求せずに静かに黙り込む。


「ライト! 俺様が生涯出会った中で、お前は最高の男だぜ!」


「ありがとよ、ダニエル! お前もな!」


 がっしり、と熱い握手を交し合う雷斗とダニエル。その様子を見、シャオもおずおずと一歩踏み出し、一輝に向き直る。


 視線を合わせようとして合わせきれず、彼女にしては珍しく歯切れの悪い口調で、


「えー、あー、おほん。カズキ、あの、んーと」


 そんなシャオを見た一輝は、頬を少し掻いた後に、


「シャオ!」


「はっ、はいい!?」


 びくん、と直立不動になるシャオ。


「帰ったら、またロボットvsロボットで対戦しようぜ!」


「………はいっ!」


 少女は、満面の笑みで頷いた。続くように、グラサンにアフロというダンサー崩れのような風貌をした、見ているだけで食傷気味になるような半裸の男が、腰を振りながら一歩前に踏み出してくる。


「フッ、力を貸すのは今回だけジャネイロ」


「だからお前誰だよ」


「一輝、そろそろ行くぞ」


「おう!」


 雷斗の呼びかけに勢いよく答え、一輝はヴァルサンダーのコクピットに乗り込む。メインシステムを起動し、各部チェック。オールグリーン。改修前と比べてなんら遜色の無い手ごたえだ。この三日間と、数多くの仲間達に感謝し、操縦桿を握り締める。


 回線モニターが次々と点燈し、チームメンバー全員の決意と自信に満ちた表情が映し出された。


『ウッホイ、ウッホホホホ』


「ああ、わかってる……」


 ゴリラの冷静な忠告を素直に受け止め、一輝は頷いた。一呼吸の後、自分自身に発破をかけるような大声で、叫ぶ。


「サンダーマシン、全機発進!」






 エンペラードによる研究所襲撃、その直前に武者小路博士が発見した神聖帝国の本拠地は、赤道軌道上を雷雲に覆われて移動している空中要塞であることがわかっている。ヴァルサンダーとウイングサンダーはともかく、ゴリラダンサーとドリルサンダーは飛行が不可能である為、グレートヴァルサンダー形態で敵地に突撃することになっていた。

 眼下に広がる光景は、どこまでも静かだった。既に日本からは神聖帝国軍は撤退しているのか、残るのは瓦礫の山と機械の残骸、謂わば蹂躙の痕跡だけであり、人間の姿はもちろん、活動を行っている造世機、造世獣は一切見当たらなかった。


『………静かね』


 千葉県勝浦市を越え、眼下に海が広がり始めた頃、光が呟いた。

 実際、静かだった。実はもう神聖帝国による世界征服作戦は終了していて、ここはその後の世界なのではないか。そう思わせるほど不気味な静寂が、モニター越しに伝わってくる。


『ウホ』


 ゴリラも同意する。


『なんもしてこねぇのが逆に気になるな』


 と、雷斗。一輝も長い間黙り込んでいたが、海上をしばらく進んだあたりで、口を開いた。


「かえって好都合だぜ。さっさと乗り込んで、この戦いを終わらせてやる」


 通信越しに帰る無言が、彼らの意思を表している。

 世界中の仲間達が、ここまで応援してくれたのだ。その期待に応えなければならない。


「敵として戦った時は、どいつもこいつも手ごわかったり、嫌な奴だったりしたけれど……」


 そう言う一輝の脳裏には、EUスーパーロボット軍団と初めての出会いや、街中のゲームセンターで偶然にも邂逅を果たした世界大会チャンプのシャオ・ロンポー、そのシャオと今年度の大会で激突した思い出、シベリアン・ブリザードと呼ばれたミハエルの豪放な戦い方が、次々と鮮明に描き出される。


『そうね、この一年……いろいろあったものね』


『今となっちゃ、どれもこれも大切な思い出だぜ』


『ウホホ。ウホホホホッ』


 おそらくそう答える仲間達にも、様々な、そして鮮烈な出会いの記憶があるのだろう。


 冷徹なバロン・ヴィルヘルムの言葉に、身を呈してヴァルサンダーチームを庇った光。雷斗は、傲慢なダニエルと世界大会会場の裏で殴りあったこともあるし、ゴリラとシャルロッテの因縁は今なおも深い。


「でも……結局あいつは来なかったな」


 一輝がぽつりと呟いた。


『一輝……』


 心配そうな顔で呼びかける光。

 一輝が誰のことを言っているのか、おおよそ見当はついているのだろう。博士を失い、父が戻らぬ今、彼が一番会いたかった人間のひとりに他ならない存在だ。


『ウホッ……ウホホイホイホホホホイ』


 ここでもゴリラは、あくまで冷徹な言葉を投げかける。本来なら反発してしまいそうになるその言葉だが、一輝は一年を通して、この類人猿が、本当は誰よりも人のことを思いやれるゴリラなのだということを、気がついていた。

 だからこそ、笑顔で言える。


「わかってるさ……。サンキューな、ゴリラ」


『ウホホホ……』


 正面から言われると流石に照れが入るのか、ゴリラはぷいと顔をそらしてしまった。


『よっし、気力は充分! あとは一直線にブッチ切るぜ!』


 景気付けだとばかりに雷斗が叫ぶ。三人は同時に頷き、スラスターの出力を一気に上げる。ジュピターエンジンが咆哮を上げ、グレートヴァルサンダーは蒼穹を切り裂くように天高く飛翔した。






「グレートヴァルサンダーが進路をこちらに取ったそうです」


 玉座の前、恭しく片膝をついたセクレタリスが、神聖皇帝に告げる。銀鎧の皇帝は、腰掛けたまま肘掛に頬杖をつき、その報告を静かに聞いていた。

 そしてひとこと、


「そうか」


 皇帝の言葉には、感慨というものが微塵で感じられなかった。ただ事実のみを享受し、それ以上を得ようとしているようには見えない。

 だが、セクレタリスは皇帝が今、何を求め、何を欲しているのか、十全に心得ている。


「セクレタリスよ」


 神聖皇帝は、深く、重みのある声で言った。


「はい」


「私が戦いたいのは、グレートヴァルサンダーではない。……わかるな?」


「はい。存じ上げております」


 神聖皇帝ネメシスの妄執。セクレタリスが心身を捧げたこの男が異常なまでに拘っている男が、火刈大輝と、その息子・火刈一輝である。何が皇帝をそこまで駆り立てるのか、セクレタリスは知らないが、皇帝の望みが火刈一輝とヴァルサンダーに対する決着にあるのならば、彼女はあらゆる手段を用いてそれを実現させるだけのことだ。

 世界征服などはその次でよい。

 皇帝の瞳はそう告げていた。


「セクレタリス、お前にエンペラードを預ける」


「……は」


 皇帝の言葉を、セクレタリスは冷静に、しかし内心は幾許かの混乱を持って受け止めた。


「無人であそこまでの性能を発揮したエンペラードだが、無人である以上は皇帝機と言えど完璧ではない。セクレタリスよ、有象無象どもは、お前がエンペラードを持って足止めせよ」


「しかし、皇帝……。そうなっては皇帝の乗る機体が……」


「ある」


 動揺を僅かに口に出したセクレタリスを、神聖皇帝はひとこと、ばさりと切り捨てた。


「ある……。封印されし禁断の機体。救世機がな」


「救世機……」


 皇帝が平然と口にした禁忌に、セクレタリスは戦慄を隠せない。

 ヴァルサンダーと火刈一輝……そしてひいては火刈大輝という男は、そうまでして決着をつけねばならない存在なのか。禁断と言われた救世機を持ち出してまで、完膚なきまでに叩き潰さなければならない存在なのか。

 あるいは、そうでなければ万が一にも勝てない可能性があると言うのか。

 もしもセクレタリスが賢明な部下であるのならば、あるいは皇帝の、その暴挙とも言える行動を諫めるべきであったのかもしれない。もっと自愛するよう、身体をいたわるよう、進言すべきであったのかもしれない。それが帝国のためであると、何よりも神聖皇帝ご自身のためであると、懇願するべきであったのかもしれない。

 だが、セクレタリスは愚かだった。愚かであるよう、自分に強いていた。

 彼女の敬愛する神聖皇帝は誰よりも愚直であり、そしてそうあることを望んでいた。自身のためならば何物をも―――そう、自分自身ですら省みない、矛盾した強さを求めていた。

 ならばこそ、セクレタリスもその皇帝の望みに応えるべく、ただ愚直であらねばならないだろう。ただ忠実に、機械の如くつき従うべきなのだろう。


 ゆえに、


「は、セクレタリス……拝命いたします」


 ただ、恭しく頭を下げることしか、彼女は知らなかった。






「ライトニングゥッ……! ガァン……! ブラスタァァァアァアアァァッ!!」


 両腕の握りこぶしから放たれた雷神の咆哮が空を揺るがし、群がる造世獣たちを一網打尽にする。


『なんだこいつら……! ココに来ていきなり元気になりやがって!』


 雷斗が悪態をつく。

 神聖帝国の天空宮殿を視界に捉えたとき、宮殿を覆う雷雲から一斉に飛び出してきたのが、グレートヴァルサンダーに群がる翼の生えた造世獣たちだ。おそらくは武者小路博士の推論通り、宮殿そのものが巨大な造世機の役割を果たし、覆う雷雲が造世プラントとして機能しているのだろう。群がる造世獣たちは、間違いなく宮殿に敵対の意思を示すグレートヴァルサンダーに反応している。


『ウホ! ウホホホイ! ウホホ!』


『ええ、ここまで来たら、あと少しよ!』


 ゴリラと光が発奮するように声をあげる。一輝も頷き、グレートヴァルサンダーの操縦桿を握り締めた。


「その通りだッ! 行くぜぇ、雷ァイ! 神ッ! 剣ぇんッッ!!」


 グレートヴァルサンダーが柄を引き抜くと、電撃が刃を構成し、実体を作り出す。雷神剣の一振りで体液が飛び散り、造世獣たちが甲高い断末魔と共に太平洋へと堕ちていった。

 斬っては進み、斬っては進みを繰り返す。だが、宮殿の入り口はまだ遠い。


「くっそ……! 光! 雷斗! スラスターの出力をめいいっぱい上げろ!」


『了解!』


『任せろ!』


 一輝の叫びに、二人は冷静に応答する。


「ゴリラ! エネルギーの残りを雷神剣に回してくれ! 一気に突破してやる!」


『ウッホォォォォ!!』


 無線越しに聞こえるドラミング音が、一輝の闘争心を鼓舞する。

 直後、雷神剣の刀身が青白く発熱し、同時にスラスターが最大出力で点火される。一輝の小さい身体に相当量のGがかかるが、歯を食いしばって耐え、操縦桿に込める力を一層強くした。


「うおおおおおおッ! 必殺ぁつ! ドライバーレイドォォォォォッ!!」


 電撃を纏い、剣を構えたヴァルサンダーは一筋の雷風となり、造世獣の間を駆け抜ける。

 蒼穹を翔ける電撃は、あえて勢いを殺さず、造世獣たちを眼下の海に叩き落しながら、宮殿の堅牢な扉を叩き破る。破片を撒き散らし、ようやく回転を止め、目前に広がる長く巨大な廊下を滑るように着地した。


「おっしゃぁ! このまま突っ切るぜぇ!」


『邪魔する奴は出て来いッ! 全員叩きのめしてやる!』


 まるで古代ギリシャの建築様式を思わせる神秘的な宮殿は、グレートヴァルサンダーが直立してもなおゆとりのある広大なスペースを有していた。左右に直立するのは、それぞれが独特な形をした不気味な質感の彫像であり、


『―――――』


 無言の咆哮とともに、それらはゆっくりと起動し、爛々と発光するデュアルアイでグレートヴァルサンダーを睨みつけてくる。


『ちょっと雷斗ォ! あんたがあんなこと言うからおきちゃったじゃないのよぉ!』


 ぞろぞろと起立する造世獣を目にし、光が悲鳴をあげる。ゴリラが小さく溜め息をついた。


『知るかよ! 俺のせいか!?』


「どっちでも良いだろ!」


 だが、それを遮る一輝の声は、むしろ弾んでいただろう。


「景気付けに全員ぶっ潰していくぜ! ゴリラ、エネルギー残量は!」


『ホ』


「充分だ!」


 一輝の叫びに応じるかのように、グレートヴァルサンダーは雷神剣を構える。

 目の前にいるのは、今まで蹴散らしてきた造世獣たちとはワケが違う。一機一機がハンドメイドの、帝国秘蔵の造世機たちだ。それぞれがグレートヴァルサンダーに匹敵する能力を持っているはずなのに、今、一輝の心は限りなく無敵であった。

 だが、強気は伝染するものらしい。雷斗は先ほどから息巻いているし、悲鳴をあげていた光も『しょ、しょうがないわね!』と少しずつやる気になっている。ゴリラは、最後に大きな溜め息を吐いて、だが自分自身を奮い立たせるように、一際大きなドラミングをした。


「おーりゃぁっ! ブラックサンダーエンペラークラッシュアタァック!!」


 漆黒の雷気を纏い、雷神剣から繰り出される一撃が造世機を容易く両断する。パイロット達の闘志に応えるかのように、そして、調整に関わった世界中の仲間達の意思を代弁するかのように、グレートヴァルサンダーからは凄まじいまでの気力がわきあがっている。


「シャイニングライトニングクリーニング!!」


 雷神剣を握っていない空いた左腕から、稲妻が放射状に放たれる。


「グレートインデペンデンスフォルテッシモォ!」


「ジャパニーズフレンチエブリワン!」


「ブランディッシュアベレージプレパラート!」


 勢いは留まるところを知らない。雷神剣はまるでバターを切り裂くかのように造世機の装甲を一刀両断し、放たれる雷光放射は、時に敵機のエンジンをあっけなくショートさせ、ときに中枢を破壊し小規模爆発を連鎖的に引き起こした。まさに獅子奮迅、修羅か羅刹かとも見紛う怒涛の進撃である。

 一輝達が異変を察知したのは、進撃開始からおよそ十分ほど、既に数多くの造世機を切り伏せた後のことである。


『ウホ!』


 最初に気づいたのはゴリラだ。その声に、一同は気を引き締める。


―――ぞわり


 瞬時に一輝を包み込んだそれは、無機質であるとは言え『殺気』としか表現できないものであった。

 黒影が視界に割り込む。いや、それは『覆い隠す』と言った方が正しかったかもしれない。黒の巨影は、一瞬にして唐突に、しかしはじめからそこに存在していたかと思わせるような自然さで、宮殿の廊下に介在していた。

 線の少ないシンプルな形状ながら、黒に包まれたシルエットは一切の輝きを反映しない。まるで総ての希望が存在することを許さないかのように、純然たる『絶望』が、装飾の少ない一振りの太刀と共に、こちらへ殺意を向けていた。


『皇帝機―――エンペラード!』


 十日振りに目の当たりにした宿敵を前に、光の声は掠れていた。

 武者小路研究所を焼き、グレートヴァルサンダーを敗北に追い遣り、そして親身になって接してくれた武者小路博士を葬った憎き怨敵。皇帝機エンペラード。その姿はまさしく、あらゆる命を刈り取る処刑人である。


『………グレートヴァルサンダーのパイロット達に告ぐ』


 そして意外にも、エンペラードからグレートヴァルサンダーに向けて、直接の通信が送られてきた。


『私は、神聖皇帝直属護衛騎士セクレタリスである。皇帝の命により、貴様らの命を、ここで断つ』


 体温を感じさせない、冷徹な声は、宣戦布告というよりも単なる状況説明にすら聞こえた。戦いに臨むものが本来持つべき気迫、自信ですらそこには存在しない。以前戦ったときとは違い、エンペラードにはパイロットが乗っているということだが、それなのにこのときのエンペラードには、前回以上の無機質を感じざるを得なかった。

 だが、そのエンペラードの強さを知っているからこそ、ヴァルサンダーチームは慎重にならざるを得ない。


『……どうする? 一輝』


 猪突猛進の雷斗ですら、低い声で、一輝に尋ねてきたほどだ。


「……時間がない」


 一輝は、状況を冷静にそう分析した。


「エンペラードと正面からぶつかれば、いろいろなものを消耗するのは明らかだし……その中にはやっぱり時間もある。正午まであと四時間。オレ達はすぐにでも神聖皇帝と戦って、計画の発動を停めなきゃならない」


『ウホ、ウホホイ』


 ゴリラの意見に、一輝は渋面を作る。


「くっそ、そうなんだよな……!!」


 セクレタリスが、この場をすんなり通してくれるはずがないのだ。いずれにしても、激突は必須。だが、エンペラードと正面からぶつかり合っている時間は無い。状況は、ほとんどチェックメイトに近かった。


『……一輝、行きなさい』


 光が静かな声で告げる。


「え……?」


 一輝は、その意図をつかめずに困惑した声を上げる。

 いや、つかめていないわけではない。むしろ、頭では理解していた。光がどういった決意を込めて、その言葉を口にしたのかを。

 だが、それは決して心では納得したくないものであり、


『エンペラードは、あたし達三機で足止めするわ』


 だがその台詞を聞いた瞬間、総てを納得せざるを得なくなる。

 一輝の脳裏に十日前の光景がフラッシュバックした。エンペラードにすがりつくプロトサンダーと、それに乗っていた武者小路博士の最期を。あの時と同じことを、光はやろうとしているのだ。

 いや、光だけではない。雷斗も、ゴリラも、ただ無言のうちに、その事実を承諾していた。


『相談事は終わったか』


 律儀に待っていたセクレタリスの声が、冷徹にも響き渡る。エンペラードは処刑刀を持って、ゆっくりと歩みだした。


『―――行きなさい、一輝!』


 裂帛するような光の声が、一輝を突き動かしていた。


「サンダーアウトッ!!」


 掛け声と同時に発動する緊急分離装置。グレートヴァルサンダーのひとつの巨影が、四つの稲妻に分離する。それに気づき、エンペラードが一瞬動きを止めるが、それもやはり、一瞬のことだった。

 一輝はヴァルサンダーを走らせる。エンペラードの振り下ろした大刀をすり抜け、蒼い稲妻は通路を一気に駆け抜けた。


「光、雷斗、ゴリラ! また後でな!」






『………ふっ……くく、ふふふふ……』


 それまで一切の感情を見せなかったセクレタリスが、不意に上げた笑い声に、光はギョッとした。


『いやぁ……ここまでコトがあっさり進むとは、ふふ……思わなかったぞ』


 絡み付くようなねっとりとした声は、今まで彼女がかもし出していた空気とは180度異なる、不気味で、それでいて蠱惑的な色合いを秘めている。光は、全身が怖気立つのを感じながら、しかし危機感を優先し、たずねた。


「……どういうこと?」


『皇帝は、ヴァルサンダーと一対一の戦いを望んでいる』


 事態を楽しんでいるかのようなセクレタリスの声。聞いて、光はハッとした。


『その決着には、貴様らのような存在は異分子なのだ。皇帝の望みをかなえるためには、貴様らを分断する必要があったのだが……それがこうもあっさり行くとはな……』


 満足げなセクレタリスの声に、雷斗が舌打ちするのが聞こえる。


『けっ、ハメられたってワケかよ……』


 だが、そういう雷斗の声に絶望感は感じられない。確かに相手の思うままにコトを進めてしまったのは確かだが、元よりあの状況ではあれ以外に選択肢はなかった。皇帝の望みが一対一であるのなら、どう足掻こうとも、ヴァルサンダーと神聖皇帝ネメシスの一騎打ちというシチュエーションに変わりは無い。相手の思い通りに進んでいようがいまいが、事態の進展にはなんら関係がないのだ。

 しかしそうは言うものの、目の前に立ちはだかるエンペラードの存在感と圧迫感は、やはり格別である。大刀を構えた漆黒の処刑人は、もの静かに歩み寄り、確実な『死』の気配を、周囲に振りまいている。


『だが、貴様らの命はここで尽きる。先ほどの私の宣言に、偽りは無い』


 その事実を再確認させるかのように、再び冷徹さを取り戻したセクレタリスの声が告げた。


『ウッホイ!』


 ゴリラの叫びに応じ、ウイングサンダーとドリルサンダーも散開する。エンペラードの掲げた大刀が、勢いよく床を割った。


『この宮殿に逃げ場は無い。―――死を体感せよ』


 エンペラードは、搭乗者の冷たい殺意をそのまま形にするかのように、漆黒の邪気を周囲に立ち上らせた。まるで黒いもやがかかったかのようにぼやけてくるエンペラードの姿は、だがそれ以上に、秘めた邪悪な感情を浮き彫りにさせる。

 戦力差は圧倒的だった。エンペラードの巨躯から繰り出される一撃一撃は非常に重く、分離状態ではほとんど歯が立たない。


『ちぃっ、いけッ! プラズミックドリルアンカー!!』


 ドリルに電撃が迸り、錐状の破壊光線がエンペラードに真っ直ぐ伸びる。圧倒的な掘削力を誇る雷撃は、しかしあっさり、エンペラードの右腕に発現した歪曲場によって掻き消された。


『くそッ』


『甘い』


 その場を逃げようとしたドリルサンダーは、しかし攻撃によって崩れた体勢を立て直す前に、エンペラードに追いすがられる。


「雷斗ッ!」


 ウイングサンダーの援護により、エンペラードは僅かに姿勢を崩し、大刀はドリルサンダーをかすかに外れた。だが、勢いよくわられた床の破片と、剣圧の余波が周囲を揺らし、ドリルサンダーの機体が横倒しになる。


『うがっ!』


『ウッホォゥ!!』


 ゴリラダンサーも、果敢な態度で攻勢に転じる。動きに見合わぬ軽快な動作でかく乱するように跳ね回り、隙を突いて豪腕を振るう。拳がエンペラードに届くかと思われた瞬間、しかしエンペラードの腕がゴリラダンサーの拳を軽々と掴み返した。


『ウホホッ!?』


「ゴリラ!!」


 光の悲鳴。だが、エンペラードは実に冷酷にゴリラダンサーを振りかぶり、今度はウイングサンダーに向けて投げ飛ばしてくる。光は息を呑み回避行動を試みるが、間に合わずに両者が激突する。


「うああっ!」


 衝撃により一時的に浮力を失い、ウイングサンダーはゴリラダンサーと縺れるように落下した。視界に黒い影が落ち、大刀を構えたエンペラードが、確実な死を届けにやってくる。


 だが、光の目から決意と希望の炎が消えることはない。揺ぎ無い闘志を湛えた瞳が、キャノピー越しにエンペラードを睨みつける。


「ねぇ……セクレタリス」


 気づけば、自然と言葉が出ていた。


『命乞いは聞かん』


「あなた、どうして神聖皇帝ネメシスが、ヴァルサンダーと一輝に拘るのか、知っているの?」


 ぴくり、とエンペラードの動きが止まった。一瞬のことだ。だがその一瞬に、光は確かな手ごたえを感じる。

 思うにこのセクレタリスは、神聖皇帝に絶対に忠義を誓い、心身を捧げたつもりでいる。いや、おそらく実際に、彼女は常人の理解が及ばぬほどの献身を、皇帝に対してしてきたのだろう。一体どうしてそうまでして皇帝に忠義を誓えるのかは、光の及び知るところではないし、知ろうとも思わない。

 だが、その忠義は堅く、それ故に弱点に成り得る。

 セクレタリスは、自分が神聖皇帝にとって都合の良い駒であると信じきっている。そうであろうとしている。だが、忠義を捧げた男から、僅かな信頼を得られていないという事実を突きつけられたとき、果たして冷静でいられるだろうか。


『貴様には関係のないことだ』


「そう、知らされていないのね」


 あくまで冷静を装うセクレタリスを挑発するように、光は言った。

 あたしは知っているわ。その事実を、言外に潜ませる。


『…………』


 沈黙の向こうに、セクレタリスの苛立ちを、光は感じ取った。トドメとばかりに、告げてやる。


「あなたは、皇帝には信頼されていないのね」


『黙れッ!!』


 セクレタリスの感情が爆発し、大刀が振り上げられる。理性と計算を失ったその一撃を見切るには、光には容易だった。


「ゴリラ!」


『ウホッ!』


 即座にエンジンを唸らせ、ウイングサンダーは空中へと飛翔する。ゴリラダンサーも跳ねるように大刀を回避し、姿勢を立て直した。


 窮地は脱した。だが、状況は好転していない。


「(さて、どうしたものか……)」


 光が唇を噛み、状況を案じていると、エンペラードは再びこちらに向き直り、まっすぐに大刀を振りかぶる。さきほどの精神攻撃がよほど効いたらしい。怒りを殺しきれず、こちらに向けた感情を消そうともしない。ウイングサンダーが再び回避を試みた瞬間、


『カイザーボルトォッ!』


 真紅の稲妻が空気を引き裂いた。


『………ッ!!』


 予想だにしない方向からの攻撃に、エンペラードは思わず大刀を取り落とす。光が視線をやると、高い場所に開いた窓に背を預けるように、一台の人型が、ボロ切れのようなマントをたなびかせて立っていた。

 それは、ヴァルサンダーによく似ているが、違う。

 ヴァルサンダーが正義と勇気を示す青色ならば、この機体は憤怒と情熱を示す赤色。その性質をまったく違える存在。全身から立ち上がる雷気は、ヴァルサンダーのものよりも遥に苛烈で、危険に満ちていた。


「ヴァルカイザー……勇輝!?」


『フン』


 通信越しに、素っ気無い返事が帰ってくる。

 火刈一輝の実兄・火刈勇輝と、ヴァルサンダーの兄弟機ヴァルカイザーが、間違いなくそこにいた。


『ウホッ、ウッホホイ』


『手を貸してやる。どうせこのままでは埒があかんのだろう?』


 勇輝の口調は、以前と変わらずアンニュイで、面倒臭そうな雰囲気をかもし出している。だが、その力強い紅の登場に、光とゴリラは言いようもない高揚感を覚えていた。


『余計な邪魔を……!』


 体勢を立て直したエンペラードは、大刀を拾い上げると、あいた左腕を掲げて歪曲エネルギー弾を打ち出す。それは、先ほどまでに比べれば確実に冷静で、狙いすました一撃ではあったが、


『照準動作に深刻な誤差があるようだな』


 何気なく踏み出した一歩で、ヴァルカイザーはいとも容易くそれを回避した。


『きさっ……!』


『今度はこちらから行く』


 反撃に転じるのは一瞬だった。羽織っていたマントを脱ぎ捨て、ヴァルカイザーは壁を蹴る。構えた拳に真紅の稲妻が宿り、無言の気迫と共にエンペラードの正面からぶつかっていく。攻勢を弾こうと展開された歪曲バリアを強引に突き破り、拳の衝撃と雷撃がエンペラードの頭部を直撃した。

 ヴァルカイザーは空中で一回転し、床を滑るように着地すると、ひらりと舞うように降りてきたマントを手に取り、ウイングサンダーを見上げてくる。


『……光』


「え……?」


『ヴァルカイザー単騎では出力に限界がある。さっさと済ませたい。お前のウイングサンダーを貸せ』


「それって……」


 ヴァルサンダーの兄弟機であるヴァルカイザーは、その驚異的な出力を賄うインフェルノエンジン以外においては、ほぼ100%同一の規格により製作されている。本来ならば『真のヴァルサンダー』として、神聖帝国に対する日本防衛の要となりうるはずだったヴァルカイザーは、当然のごとく、ヴァルサンダーと同一の、最終兵器ともいえる機構を備えているはずだった。

 それ自体はさして不思議なことではなかったが、その事実をいともあっさり、勇輝が口に出したことが、光にとっては意外だった。馴れ合いを良しとしないこの男が、自分だけでは力不足であることを認め、共に戦えと言っているのだ。


『やれやれ、相変わらずつっけんどんな男だぜ』


 軽口と共に、通信の向こうで雷斗が起き上がる。瓦礫を跳ね除け、頑強なドリルサンダーの装甲が、心なしか輝いているように見えた。


『ウホ。ウッホホホホホ』


 ゴリラも同意するように溜め息をつく。だが、ゴリラダンサーもドリルサンダーも即座にフォーメーションのスタンバイを整える。

 同時に、エンペラードが立ち上がり、漆黒の殺意をヴァルカイザーに合わせる。勇輝は一切動じる素振りを見せなかったが、光に向けてただひとこと、『早くしろ』とだけ告げた。

 光は頷き、ウイングサンダーに備え付けられたシステムから、総てのサンダーマシン、及びヴァルカイザーに向けて指令プログラムを発信する。


「4.5.6.V......プロテクト解除! グレートフォーメーションッ!」


 指令プログラムを受けたヴァルカイザーのデュアルアイが、真紅の炎を宿す。立ち上がる苛烈な雷気は、ヴァルサンダーが合神時に発するものと比べて、咆哮を挙げるかのように荒々しい。プログラムに応じ、三機のサンダーマシンが皇帝の鎧と化し、ヴァルカイザーを覆うように組みあがっていった。


―――轟帝合神!


 怒りの真紅を、理性の青が包み込む、ちぐはぐなカラーリング。勇気という気高い強さを、憤怒の雷炎が照らし出すかのように、ひとつの巨影が雷気を纏い、宮殿の床に降り立つ。エンペラードは、否、セクレタリスは、威圧的に過ぎるその立ち姿に対し、致命的な攻撃の隙すらも見逃すことになる。

 ぐっ、と握り締めた拳に紅い電撃を纏わせ、それは猛るように咆哮をあげた。


 グレートヴァルカイザー!


 それはまさに、すべてを焼き尽くす轟雷の化身である!


『ま、初めての合体にしちゃ上出来だぜ、勇輝』


『素直に受け取っておこう』


 雷斗と軽口を叩き合ったあと、勇輝は光に向けて言った。


『アンタに言いたいことは山ほどあるが……後にしておいてやる。今はライトスピーダーで一輝のところへ行ってやれ』


「勇輝……」


 光は、勇輝がその言葉の言外に潜ませたあらゆる感情を、敏感に感じ取る。


「……気づいてるの?」


『当然だ』


 素っ気無い言葉だが、かすかに苛立ちに似た震えが混じっていた。


『だが、だからこそわかる。今の一輝にはアンタが必要だ。飾ってない本当のアンタが。あの場には、アンタがいなきゃ話にならない。そうだろ』


「………勇輝」


 本当は彼も、秘めた思いがあるのだろう。言いたいこと、ぶつけたい感情、そういったものがあるのだろう。

 だがそれらを総て殺してまで、勇輝はそう言っていた。自分の意思を殺してまで、幼い弟の心身を案じていた。粗暴で自分勝手だった火刈勇輝に、兄としての自覚が芽生えていた。

 それを嬉しくも思い、同時に、申し訳なくも思った。


「勇輝……ごめんね。帰ってきたら、一年分の愚痴とか、全部、聞くから」


『ああ』


『光』


 雷斗も声をかけてきた。


「雷斗……」


『よくわかんねぇが詳しい話は後で聞くぜ。行って来いよ』


『ウホ、ウホホホッ』


「うん……二人とも、ありがと」


 短い会話の後、光は緊急脱出コックを引く。サンダーマシンに搭載された移動用空中バイク『ライトスピーダー』。コクピットとも兼用になっているそれが、グレートヴァルカイザーの胸部から跳ねるように飛び出し、ふわりと宙に浮かんだ。


『行かせるかッ!』


 セクレタリスの声にあわせ、エンペラードが大刀を振りかぶる。だが、それを阻止せんと踏み出したグレートヴァルカイザーが、エンペラードと組み合う。


『くっ……火刈勇輝……貴様がいたか……!』


『フン、忘れているようでは、貴様はやはり優秀な部下ではなかったということだな』


 勇輝は挑発的な言葉を投げかけたあと、強引にエンペラードを床に叩き伏せる。


『がっ!』


 そしてグレートヴァルカイザーの胸をそらし、宣言するようにこう告げた。


『五分でカタをつけよう』






『火刈一輝……よく来たな』


 中央の間には、玉座に腰掛けた神聖皇帝が、護衛もつけずにひとりで一輝を待っていた。


「神聖皇帝……ネメシス……!!」


 ヴァルサンダーに搭乗しているとは言え、こうして直接顔を合わせるのはこれが初めてだった。

 見たところ、身体的特徴は普通の人間とさほど変わりが無い。白銀の豪奢な鎧を身に纏い、仮面で顔を隠しているため、表情は極めて読み難いが、それでもこの男がかもし出す闘気の量は、尋常なものではなかった。

 全長12メートルのヴァルサンダーを相手取ったところで、なんら引けを取らない迫力を、この2メートル足らずの男は全身から発散している。

 だがそれでも、ここまで来た以上、一輝の心に怖気づくような弱さは、これっぽっちも残っていなかった。


「博士の仇だ……! 覚悟しろ、ネメシス!」


 一輝が声を荒げると、神聖皇帝は玉座に腰掛けたまま、くつくつと震えだした。

 笑っているのだ。


『ふふ……そう急くな、火刈一輝……。私はお前と一対一で決着をつけたかった。もう少し、互いに理解を深めても良かろう?』


「うるせぇっ! そういうスカした態度の奴はブン殴るに限るってオヤジが言ってたんだよ!」


 怒鳴り散らしてみせると、ぴくり、とネメシスの震えが止まった。


『父親……火刈大輝のことか……』


 それは、何かを懐かしむかのような色を孕んだ、とても深みのある呟きだ。

 一輝にはそれが、悪魔の甘いささやきのようにも見えたが、この皇帝が一瞬たりとも垣間見せた、今は行方の知れない父親とのつながりを、詮索したいという気持ちが一気に込み上げてくる。

 だが目の前にいるのは敵だ。その考えを振り払おうとしたとき、神聖皇帝ネメシスは、それより早くこう切り出した。


『貴様の搭乗しているヴァルサンダー……それは、火刈大輝の置き土産とも言える』


「……ッ! どういうことだ……?」


 まるで謎かけのように語りだす神聖皇帝に、一輝は思わず聞き返していた。


『武者小路研究所で開発されたヴァルサンダー、ヴァルカイザー、三機のサンダーマシンは、武者小路博士ではなく、総て、とある男の手によって設計された。それが、火刈大輝。かつて電撃神ライサンダーに乗って犯罪組織『マッドネスカーニバル』と戦った、世界の英雄だ』


「オヤジが……このヴァルサンダーを作ったって……!?」


 それは一輝が、誰からも聞かされていなかったことだった。

 一輝の父親は一年前、突然失踪している。父子家庭だった火刈家は早々にして大黒柱を失い、どういうわけか兄である勇輝も同時に姿を消していた。一輝は机の上に置かれた父親の置手紙を頼りに、武者小路研究所の扉を叩き、博士とその場にいた大城光の懇願によってヴァルサンダーに搭乗した。

 父は、明らかに神聖帝国の襲来を予見していたし、それに対するカウンターとして武者小路研究所にヴァルサンダーが用意されていたことも知っていた。そして、そのヴァルサンダーのパイロットとして、一輝が一番適していることも何故か知っていた。実兄である勇輝が駆るヴァルカイザーの存在も、兄弟対決という衝突を通して知った。

 だが、それら総てが、父・大輝によって用意されていたものだとは、知らなかった。


 いや、だが、それ以前に、


「どうしてアンタは……それを知ってるんだ……!?」


『ふ、くくく……ふふふふふ……』


 神聖皇帝は、再びくつくつと震えだす。


『火刈大輝は……あの男は……私の宿敵なのだ。私のあらゆる野望を阻止してきたあの男を……私はあと一歩のところまで追い詰めた……だが、奴は姿を消したのだ! 深手を負った奴が、今どこで何をしているのかは知らないが、だが用意周到なあの男は、私が次に予定していた計画を見越して、ヴァルサンダーとヴァルカイザーを作っていた……!』


 新事実の応酬だった。めまぐるしく露呈される新たなる事実に、一輝の頭はぐるぐると回る。

 火刈大輝が、かつてライサンダーを駆り世界を救った事実は、一輝も知っているし、それを誇りにも思っている。だが、今この時点に至るまで続く、長い因縁があったことは、初めて知らされた。

 そして、神聖皇帝と直接対決を行った火刈大輝は、追い詰められ重傷を負ったという。


「つまり、オヤジは自分の代わりにオレと兄貴を神聖帝国と戦わせるつもりだったのか……」


 身勝手な父親だ、とは思う。だが、それ以上に妙な清々しさが、一輝の心中に訪れていた。

 総ての謎が氷解しつつあった。

 何の憂いもなく戦える。何の疑問もなく戦える。神聖皇帝との会話を通して、一輝の心は、まるで雲ひとつ無い青空のように晴れ渡っていた。


「感謝するぜ……神聖皇帝!」


『何……?』


「アンタのおかげで、全部スッキリした! さぁ、早く決着と行こうぜ!」


 急かすように言う一輝に対し、神聖皇帝は明らかに不機嫌な空気をかもし出していたが、ゆっくりと玉座から立ち上がると、右腕を掲げた。


『いでよッ……! 救世機……ネメシス!!』


 震動が中央の間を揺らす。同時に、玉座の背後に鎮座していた彫像から、メッキがはがれるように、ぱらぱらと瓦礫が落ちていった。彫像の中に眠る、純白に輝く最後の敵が、その姿を現す。

 まるで生物を思わせるような有機的な輝きを湛えた『ソレ』は、確かに造世機とも造世獣とも違う、たったひとつの新しい存在であると言えた。純白の体躯に、不気味に灯る血球のような双眸。背から映える三対六枚の翼、そして右腕に持つ長い剣。

 神々しさと禍々しさを同時に備えた存在。それが救世機ネメシスであった。


「おーおー、ようやくおでましってわけだな!」


 一輝が嬉しそうに叫ぶと、神聖皇帝は救世機の中に吸い込まれるようにして飛び乗った。


 12メートルのヴァルサンダーに対し、救世機ネメシスは巨大だった。グレートヴァルサンダーよりも一回り二回り大きい機体だが、一輝はやはり怖気づいていない。


『―――ひとつ尋ねるが』


 救世機ネメシスから響く神聖皇帝の声は、エコーがかかったようにくぐもっていた。


『火刈一輝、お前は先ほどの話を聞いて、何も疑問に感じなかったのか?』


「なんのことだよ?」


『火刈大輝は、お前とお前の兄に途方も無い重責を押し付けて逃げたのだぞ? それに対して何も感じないのか?』


 それを聞いた瞬間、一輝には目の前に立つ救世機ネメシスが、いきなりとても矮小な存在に見えてきた。まるでおかしくて堪らないとでも言うかのように、いきなり爆発する。

 その笑い声を聞き、ぎょっとしたのは神聖皇帝のほうだ。


「ハッ……アンタって、せっけぇ男だなァ……」


『何だと……?』


 かすかに苛立ちの混じった声で聞き返してくる。


「だってそうだろ?」


 逆に、一輝の声はうきうきと弾んでいた。


「一対一で決着とか言っておきながら、そんな精神的な揺さぶりをかけてこないと、不安で不安で戦えないって顔をしてるように見えるぜ? オヤジが見つからないからって息子のオレに八つ当たりするみたいなこと言い出してさ、ホント、ちっちぇ男だぜ」


 これを聞き、神聖皇帝がどう思ったかは定かではない。だが、一輝は追い討ちをかけるようにこう続けた。


「そしてあえて言おう。アンタはオレのオヤジがどっかに逃げたとか言ってるけど、そんなことはない!」


『どういう意味だ……?』


 ふっ、と一輝は口元に好戦的な笑みを浮かべる。


「オレのオヤジは……オレのオヤジは……いつだって! オレを見守り続けてくれているんだあああああああああッ!!」


 ヴァルサンダーのまとう雷気が一気に活性化し、蒼い電流が広い中央の間にスパークする。

 同時にヴァルサンダーは駆け出していた。拳を掲げ、一気に救世機ネメシスに殴りかかる。


『そんな根拠の無い言葉に何の意味がある!』


 ヴァルサンダーの拳を容易く受け止める救世機。


「違うね! 意味があるから根拠なんだ!!」


 だが、それ以上に一輝の発する言葉は力強く、力強く、そして力強かった。性能差に関して言えば、それは絶望的なまでに開いていたと言って良いだろう。ヴァルサンダーと救世機ネメシスの間には、到底埋めきれない壁がある。

 しかしそれすらも知ったことではないと言うかのように、メチャクチャに拳を振りかざして飛び掛ってくるヴァルサンダーは、神聖皇帝にとってはちょっとした恐怖の対象に成り得た。

 そして、神聖皇帝に更なる不幸があったとするならば、


『その通りよ、一輝!』


 ライトスピーダーに跨り、この戦場に飛び込んできた闖入者の存在であろう。


『大城光か!?』


 ヴァルサンダーが無数の雷光を放射する中、まるで危なげもなく駆け寄ってくる光。


「待ってたぜ、光!」


 嬉しそうに声をあげる一輝。だが、これが神聖皇帝にとって面白い事態のはずがなかった。


『くっ、これは一対一の勝負……邪魔をするな、大城光ィ!』


 救世機ネメシスの片腕から、閃光弾が発射されるが、光を乗せたライトスピーダーはそれを軽々と回避する。かすかに焦燥を見せ始めた神聖皇帝だったが、それに畳み掛けるかのように、一輝は意気揚々と叫んで見せた。


「おっと、そいつは違うね、神聖皇帝ネメシス!」


『どういうことだ、火刈一輝……!』


「へっ……」


 自慢げに口元を釣り上げる一輝。そのままカメラ越しに光にアイコンタクトを取ると、彼女は肩を竦めて見せた。気づかれているなら仕方ないわね。そう言っているように見える。


 ヴァルサンダーは改めて救世機ネメシスに向き直り、びしりと人差し指を突きつけた。


「大城光の苗字を……音読みにして読んでみなッッ!」


 ぴくり、と動きが止まる救世機ネメシス。それは、受け入れがたい事実に打ち震えているかのように見えた。


『タイキ・ヒカリ………。ま、まさか……!』


『そう……私がッ!』


 その低く男らしい声は、ライトスピーダーに跨った少女から発せられていた。


『私が、火刈大輝だッ!!』


 光は、自分の顔を―――正確には、それを覆っていたゴム製の変装マスクをべりりと剥ぎ取り、同時にカツラを宙に放り投げる。180センチを越える体躯と、精悍な顔立ち、短く切り揃えた頭髪が外気に触れ、年齢をまるで感じさせない火刈大輝その人の姿を現した。


『どこから気づいていた? 一輝』


 大輝の問いかけに、一輝は『んー』と頬を掻き、


「三日前だよ。サキュバスのねーちゃんに言われてさ」


『そうか……。長い間、本当にすまなかったな』


 優しい語りかけは、まさしく一輝が一年間待ち望んでいた、父親の声そのものだった。


『火刈大輝……貴様……その姿で一年を……!?』


 神聖皇帝の声は驚愕に打ち震えている。


『ああ、女子高生の真似をするのもかなり苦労したがな。おかげで傷はすっかり癒えた。総てはこの日の為だ。長かったぞ、神聖皇帝ネメシス!』


 大輝はそう口上を述べると、ライトスピーダーに跨ったまま、拳を天高く掲げた。


『来ォいッ! サンダーガルーダッ!!』


 主の呼び声に応じ、宮殿の天井を割って一機の航空マシンが姿を見せる。それはウイングサンダーに似ているが、それよりは遥に有機的な猛禽を象った姿。まさしく真なる電撃の翼と呼ぶに相応しい。

 大輝がライトスピーダーごとサンダーガルーダのコクピットに収まると、雷の猛禽は双眸を光らせ、空を裂いて一影の人型へと姿を変える。


『ラァイッ! サンッ! ダァァァァァァッ!!』


「オヤジッ!」


 一輝が嬉しそうに呼びかけると、大輝は大きく頷いて見せた。


『やるぞ、一輝!』


「おうっ!!」


 ライサンダーとヴァルサンダー、二代の英雄が肩を並べる。両者が放つ雷気の量は、既に宮殿全体を振るわせるほどの域にまで達していた。両者が放つ気迫は、まさに無敵の域にあると言っても過言ではあるまい。


『ふ、ふははははは……!!』


 だが、この状況において、まだ大笑するだけの精神的余裕が、神聖皇帝ネメシスには存在した。


『ここで火刈大輝と決着をつけられるなら、むしろ望むところ! 貴様ら親子まとm』


「ファイナルライトニング!!」


『ダブルコレダァァァァァァァッ!!』


 高く跳躍した二機。ヴァルサンダーの右腕とライサンダーの左腕が青白くスパークし、雷撃の拳が救世機ネメシスの頭部に直撃する。叩きつけられた拳から放たれる壮絶な量のエネルギー派はもはや行き場を失い、暴走とすら呼べるほどにまで膨れ上がっていた。

 救世機の装甲を蹴り、二機は同時に着地する。ヴァルサンダーは右腕を、ライサンダーは左腕を、それぞれ親指を立てたまま突き出し、


「ブレイク!」


『アウトォッ!』


 行き場を失った雷気が、掛け声と同時に一気に爆発する。救世機ネメシスは、溜め込まれたエネルギー総量に耐え切れず、爆煙の中へと飲み込まれて行った。

 燃え立つ背景をバックに、二機の英雄は、熱い握手を交わす。


 かくして、長きに渡る戦いに、終止符が打たれたのであった。


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