原山蘭、臨
おばあさんからもらった傘をさし、ぼくたちはおうちに帰った。
おかあさんは、ぼくたちが帰ってくるのがおそかったから、しんぱいしていた。
とちゅうからはれてきたことも、しんぱいしていたみたいだった。
「臨くん、その傘はどうしたの?」
とつぜん、おかあさんは、ぼくがおりたたんでいた傘をゆびさした。
「このかさ、おばあさんがかしてくれたんだ。ひがさにするといいよって」
おかあさんは、たたみおわった傘をいつものかさたてにおいた。
おかあさんはすこしこまったかおをして、
「じゃあ、後で返しに行かなきゃね」
といった。
ぼくはおばあさんがいっていたことをおもいだして、おかあさんにいった。
「ううん、いいんだって。かえさなくて。
このかさはこまっている人たちのもとだから、もうおばあさんにはしつようないんだって」
「だから、傘がなくて、こまっているひとをみかけたら、その人にあげてっていわれたのー」
おかあさんのうしろにいた蘭ちゃんが、ぼくのことばにつづけていった。
「そうなのね。わかったわ
こんな優しい人がいるなんてね…」
おかあさんは、とてもうれしそうにわらっていた。
そのえがおをみて、蘭ちゃんもにこにことわらっていた。
……次の日。
ぼくと蘭ちゃんはいつものようにさんぽにでかけた。
きょうとてもはれていて、たいようがぎらぎらしていた。
そんな日は、いつも家のなかにいるけれども、傘があるからへいきだった。
傘をさして、ちかくのこうえんにいく。
ちょうど、木の下にベンチがあったのでぼくたちはそのにすわっていた。
目のまえにはブランコやシーソー、ジャングルジムやてつぼうがあったけれど、ぼくたちはあそべない。
ぼくたちはたいようの下にはいけないから。
「……」
たのしそうなこえがひびくたび、蘭ちゃんはさびしそうなかおをする。
きっと、みんなと同じようにあそびたいんだ。
「…蘭ちゃん」
「りんくん、だいじょーぶだよ」
「…………」
蘭ちゃんのだいじょうぶは、いつもだいじょうぶじゃないことをしってる。
ほんとうはかなしいのに、さみしいのに、欄ちゃんはそれをいわないんだ。
「蘭ちゃん、おばあさんがいってたよ。
いつかおそとにでれるよって」
「…そうだよね。おばあさん、いってたもんね」
蘭ちゃんはちょっとだけわらって、またブランコであそぶおんなのこたちをみていた。
きゅうにそらがくもって、ゴロゴロとかみなりがなりはじめた。
あそんでいた子たちは、あそぶのをやめて、いそいでかえっていった。
そらをみると、どんどんくろくなっていって、いまにもあめがふりそうだ。
「蘭ちゃん、かえる?」
蘭ちゃんはだまったまま、よこをよこにふった。
「そっか、わかった」
みんながきらいなあめのひは、蘭ちゃんのすきなひ。
「あ、あそこ…」
らんちゃんが、小さな声で言った。
らんちゃんのゆびさすほうこうをみると、あめのふるなか、ひとりのおんなのひとがこうえんのすみにしゃがみこんでいた。
「ないてる……」
蘭ちゃんはそう言うと、ぱっと立ちあがり、走り出した。
「あ、らんちゃんっ」
傘をさして、ぼくはらんちゃんのあとをはしる。
蘭ちゃんは、おんなのひとに話しかけた。
「おねえさん、どうしてないているの?どこかいたいの?」
「……こんにちは、あなたはどうしたの?」
「りんくんとこうえんにさんぽにきたのー」
あとからきたぼくをみて、またらんちゃんをみる。
「とても…よく、似ているね」
「ふたごだから」
ぼくはおねえさんにむかっていった。
おねえさんのめはあかくて、まぶたがはれていた。
「そう…」
「おねえさん、かぜひいちゃう。
きのしたにベンチがあるから、いっしょにいこー?」
らんちゃんがおねえさんのてをひっぱり、つれていこうとする。
おねえさんは、ちょっとだけわらってたちあがった。そして、蘭ちゃんのてにひかれてベンチにすわった。
「おねえさん、さむくなぁい?
あたし、ハンカチあるよー」
蘭ちゃんはかたからさげていたピンク色のバックから、ハンカチをとりだした。
それをおねえさんのひざにかけて、蘭ちゃんはおねえさんのみぎがわにすわった。
「ありがとう。名前、なんて言うの?」
「あたしのなまえはおはなの蘭だよー」
「ぼくのなまえはりんきおーへんの臨」
ぼくは、蘭ちゃんのとなりにすわりながらいった。
「おねえさんのなまえはー?」
「わたしは理美。こうやって書くのよ」
おねえさんはすこしかがんで、じめんにおちていた木のえだをひろって、なまえをかいてくれた。
「…おねえさん、どうしてないていたの?」
蘭ちゃんがふたたびきく。
ぼくは、おねえさんがかなしくなるんじゃないかとしんぱいになった。
「なんでだと思う?」
「おなかすいていたの?」
「ふふ、違うよ。
…大切な人を傷つけてしまったの」
おねえさんはかなしそうにわらった。
「たいせつな人ー?」
「そう、いつも一緒にいてくれたのにね…
わたしは悲しませてしまったの」
「お姉さんはその人のこと、きらいなの?」
「違うよ。とても大切なの。
……大好きだったのに…
あまりにも近くにいすぎて、自分の気持ちがわかなくなってしまったの」
お姉さんはまた泣きだしてしまった。
蘭ちゃんもしょんぼりして、お姉さんの顔をみる。
「お姉さん……」
「ごめんね、また泣いちゃった。大丈夫だよ、心配させちゃったね」
「ないていーよ、お姉さん。
あのね、いっぱい泣くと、とてもね、すっきりするんだって。
がまんしなくてもいいんだよって、おかあさんがいつも言ってるよ」
ぼくたちのおばあちゃんがしんじゃったときに、おかあさんはそう言って頭をなでてくれたんだ。
「そしたらね、いつかつよくなれるよーって」
蘭ちゃんはわらう。
かなしいときも、つらいときも…
それは、たぶん、つよくなりたいからだと思う。
蘭ちゃんは、あの日のおかあさんになりたいんだ。
おばぁちゃんがしんじゃっても泣かなかったおかあさんみたいに…
お姉さんは、はっとした顔でぼくたちをみる。
その顔はとてもびっくりした顔をしていて、さっきまであふれていたなみだも止まっていた。
それから、ゆっくりとほほえんだ。
「蘭ちゃんと臨くんは強いのね…
わたしもあなたたちのようになりたいな」
「なれるよっ!だいじょーぶ!」
蘭ちゃんは、げんきよく言った。
ぼくをつづけて
「だいじょうぶ」
とわらって言った。
お姉さんはうれしそうに笑って、ベンチから立ちあがった。
「じゃあ、頑張ってくる!」
お姉さんは小さくガッツポーズをして、ぼくたちをみつめた。
「ありがとう。蘭ちゃん、臨くん。
あなたたちのおかげだよ。
わたし、伝えにいく」
「がんばれー、理美お姉さん!
あと、傘どうぞー」
「え?いいの?」
お姉さんはおどろいた顔をした。
「雨ふってるし、かぜひいちゃう。
わたしたちの傘つかって」
「でも、そしたら、あなたたちが風邪をひいちゃうよ…」
「だいじょーぶ!ほらっ」
蘭ちゃんはピンク色のバックから、いつもつかってるきみどり色カッパをだした。
ぼくも、蘭ちゃんと同じような形の青色のバックからきみどり色のカッパをだす。
カッパをみると、お姉さんはほっとしたようにわらった。
「でも、この傘……」
と、お姉さんが言いかけたけれど、傘をみて目を丸くした。
おどろいているみたいだった。
お姉さんは、ぼくたちに聞く。
「もしかして……この傘、困った人に回すもの?」
「うん!そうだよ!
お姉さん、なんでしってるのー?」
「この傘、本当はわたしの物なの。
ふふふ。おかしいわね。一周、回ってわたしのところに来ちゃったみたい」
「えー!?そうなのー?」
蘭ちゃんが声をあげる。
お姉さんはおかしそうにわらうと、蘭ちゃんから傘をうけとった。
「ありがとう、傘。それから、ハンカチも…」
お姉さんは蘭ちゃんにハンカチを返す。
蘭ちゃんは、それをうけとるとバックの中にしまった。
そして、お姉さんは、傘をぽんっと音をたててひらくと、雨の中をかけだしていった。
「……お姉さんっ!」
蘭ちゃんがおおきな声をだす。
そして、ちょっとだけぼくの方をみてわらう。
なんとなく蘭ちゃんがしたいことがわかった。
すうっと、いきをすいこむと、力いっぱい声をだした。
「「がんばってきて」」
「…!」
走っていたお姉さんがぱっとうしろをふり返る。
いっしゅんおどろいていたけれど、とてもうれしそうにほほえんだ。
その顔は、きらきらしていて、ぼくたちのおかあさんのしあわせそうな顔にそっくりだった。
お姉さんはぼくたちに手をふると、雨のなかをぱたぱたとはしっていた。
ぼくたちも、お姉さんのすがたがみえなくなるまで手をふりつづけていた。
お姉さんがみえなくなると、蘭ちゃんはちいさくつぶやいた。
「…臨くん、お姉さんのたいせつな人もお姉さんとおなじきもちだといーね」
「…どういうこと?」
「臨くんはまだまだこどもなんだね」
「…………??」
「もういいよ。帰ろっ」
蘭ちゃんはちょっとだけおこっているみたいだった。
ぼくのきづかないあいだにカッパを着ていて、ベンチからどんどんはなれていってしまう。
「あっ、まってよ!」
ぼくはよくわからないまま、蘭ちゃんの後をついていった。
いつか蘭ちゃんのことばのいみがわかる日がくればいいなと、おもいながら……
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教えてください
あと、一話で終えるつもりなので
どうか、ぐだぐだの話に付き合ってください^^;