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umbrella  作者: 雪野 葵
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加藤瑠依




挿絵(By みてみん)




「はい、傘」


 ずぶ濡れの顔を上げた。

 小さな女の子が僕に青い傘を差しだそうとしているところだった。


「…え?」


「お兄さん、傘がないんでしょ?

はい、どうぞ」


 戸惑いを隠せない僕に、小さな背丈の女の子が背伸びをして僕の手に傘の柄を持たせた。


「君は大丈夫なの?濡れちゃうよ」


「あたしは大丈夫。ママが迎えに来てくれたから」


 小さな蕾が開いたかのように笑い、保育園のそばにある駐車場の白い車を指差した。

 車の中にいる若い女の人が、この子の母親なのだろう。


 「ママが待っているから行くね」


 「えっと、この傘どうすればいいかな?」


 僕は戸惑いながら聞いた。


 「お兄さんが持ってていいよ。これ、ゆみじゃないから」


 「お母さんのってこと?」


 「ううん、違うよ。ゆみのだよ。でもね、本当はお姉さんの傘なの」


 「………?」


 「知らないお姉さんがね、公園で雨がやむのを待っていたあたしに傘を貸してくれたの。

 そしたらね、返さなくていいよって言ってくれたんだ。

 どうしてって聞いたら、これは傘を必要な人のための傘なんだって。

 だから、ゆみが必要ない時は、困っている誰かに貸してあげてって言われたの」


 ゆみちゃんと言う子は、にこっと笑った。

 そうして、言葉を続ける。

 

 「じゃあ、ゆみ、もう行くね

 ばいばい、お兄さん」


 「あ、待って!名前、教えて!」


 「神谷優美かみやゆみ。優しいに美しいって書くの」


 「わかった。ありがとう、優美ちゃん」


 「どういたしまして!」


 小さな手をひらひらさせて、にこにこ嬉しそうに笑った。優美ちゃんは白い車の元へ走る。

 運転席にいたお母さんは、優美ちゃんが助手席に乗り込むのを確認するとすぐに車を発進させた。


 「………」


 ずぶ濡れの僕は、あの小さな女の子の瞳にどんな風に映っていたのだろうか。

 冷めた心にじんわりとその子の優しさが届いて、ほんの少し幸せな気持ちになった。

 僕は、ゆみちゃんからもらった傘を広げる。そして、商店街の屋根下から出て、また歩き始めた。

 傘は青くて、水色と白の点々模様が印刷されていた。

 いかにも女の子が好きそうな柄だ…


 

 少し経って、思い返す。

 ゆみちゃんが言っていた言葉を。


 『 これは傘を必要な人のための傘なんだって。

 だから、ゆみが必要ない時は、困っている誰かに貸してあげてって言われたの 』


 取りあえず、この傘は誰のでもないということか…

 困っている人のための傘。

 ……優先席のようなものか。

 そう自己解釈をして、僕は空を見上げる。

 どんよりとした灰色の空。

 決して晴れることのない空。

 それは、今の僕の心と似ていた。

 

 『理美さとみさ、好きな奴いるんだってさ』


 突然、友人の声が頭の中で木霊する。

 その声と共に、視界の端に映った理美の淡い微笑み。

 理美の視界に僕は入ってない。きっと入ることは出来ない。

 やっとのことでつなぎ合わせた心が悲鳴を上げる。

 強烈な痛みが僕を襲う。

 なんでこんなときに思い出すんだよ…

 忘れなきゃいけない、忘れなきゃ…

 そうじゃないと、


 ……つらいから。


 つらくて苦しくて、胸が張り裂けてしまいそうになるから…



 理美と僕は中学からの付き合いだ。

 たくさん自分のことを話すような子じゃなかったけれど、一緒にいて安心できる存在だった。

 理美となんとか一緒にいたくて、同じ高校を選んだ。

 好きとかそういう気持ちは全然なかった。ただ一緒にいたかっただけなんだ。


 それが今になって、僕をこんな目に遭わせるなんて思いもしないで。




 ぽつぽつと歩いていると、次第に自分の家が近づいていることに気がついた。

 あと少しだ…

 ふと視線をずらす。

 商店街の軒下に杖を持った着物姿のお婆さんが雨宿りをしていた。

 僕はすぐさま駆け寄った。

 

 「…あの、どうされましたか?」


 「あら、学生さん。こんにちは。

 実はね、お爺さんのお墓参りの帰りなのに、雨が降っちゃってね…

 雨、止むかしら?」


 僕は再び空を見上げた。

 雨はどうにも止みそうにない。

 

 「…ちょっと、無理かもしれませんね」


 「困ったわね…」


 お婆さんは困り顔で空を見上げる。

 ふと見ると、深緑色の着物が濡れていることに気がついた。


 「あ、お婆さん、肩…」


 「あぁ、さっき雨にあたってしまってね」


 「これ、どうぞ。あと、これも…」

 

 そう言って僕は鞄からタオルを出し、傘と一緒に手渡した。

 

 「大丈夫よ、気にしないでちょうだい」

 

 「風邪を引いてしまいますし、この傘も使ってください」


 僕はお婆さんに傘の話を一通りした後、心配するお婆さんに笑いかけた。


 「僕は、ここから家に近いので気にしないでください。あと、タオルも返さなくていいので…」


 「親切にどうも。ありがとうね。

 お名前、伺っても良いかしら?」


 「加藤瑠依かとうるいと言います」


 「そう、良い名前ね。私の名前は林文代はやしふみよ

 じゃあね、瑠依君。傘、どうもありがとう。それと、タオルも」


 「いえいえ、それでは気をつけて…」


 僕は、お婆さんに手を振ると急いで雨の中を駆けていった。

 走っている途中、少しだけ振り返る。

 すると、お婆さんはどこか切なそうな顔で、僕を見ていたのだった…

 


 


 


 

 

 



 




 

 

 


大体五話程度で終わる予定です


誤字・脱字がありましたら、お知らせください


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