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メメントキラー  作者: ガンマ
雨の降るド底辺で
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第四話

 雨に阻まれ、月の光は届かない。

 くるんと回る黄色い傘。ウサギ模様の可愛い傘。雨を弾き、水滴を散らし。

 暗い暗い路地裏。

 誰もいない路地裏。

 黄色い傘を差してポツネンと立つマリエルは、缶バッジ型通信機越しの遥かどこかにいる人間に呼びかけた。

「……和束君。覚醒者とは、睡眠がほとんどど必要のない生き物なのか?」

「いや、シロさんがちょっと……いやかなり、アレなだけですよ」

 苦笑交じりに答えた和束の声と、傘の下でたたずむマリエルの視線の先。

 そこには降り注ぐ雨の中で赤いカッターを振るう男が一人。その周囲には悪魔達。

 スカルマスクの覚醒者が形容しがたい咆哮(ひょっとしたら口汚い罵り文句かもしれない)を上げ、躍りかかる悪魔の爪を縫いかわしてはその顔面に気を込めた刃を突き立てた。

 ぐ、とカッターを握る腕に力を込める。そのまま下へ。両断。くずおれんとする悪魔の身体を引っ掴んで別の悪魔が吐いたブレスからの盾にして。次。

 シロの戦い方はなりふり構わずとにかく遮二無二天魔を倒そうとするそれであり――『流麗』や『鮮やか』という言葉からは程遠く、とてもじゃないが見ていて快いものではなかった。

 返り血に塗れ、泥に汚れ、悪魔顔負けの呻り声を上げて。

 それらを、離れた所から見守るのは小さな天使だ。


 あれから二日が経っていた。

 その中でマリエルが知ったのは、シロが事件を追っている事。その為にこの街に来た事。後ろからついて彼の働きをじっと見ていたが、どうやら有益な情報はあいかわらず手に入っていないようだ。

 そして、この街は何かがおかしい事。

 それから、シロが尋常ではなく天魔滅殺に執着している事。その為なら睡眠も食事も休息も二の次三の次とする事。

 今の様に。

「……」

 マリエルは沈黙している。彼を見れば見る程、己の夢がぐらつくのを感じた。

 彼女が想う夢は、人も天魔も笑顔で手を取り合う楽園。

 されど彼は、天魔と手を取り合うぐらいならば自らの手を切り落としかねない人間。

 天使は思うのだ。程度の差こそあれ、シロの様な人間がシロだけであるハズがないと。

(だが――)

 こちらから手を伸ばさなければ、『絶対に』触れ合う事はできない。

 この小さな手は、つかむ事が出来るだろうか?


 ――ぢきぢき。

 カッターナイフのしまわれる音の向こう側で、ついえた悪魔が灰と消える。

 止まっていても何も手に入らない。そう信仰するシロは悪魔を倒し終えるとマリエルへ振り返った。天使は知っている。彼は、戦いの後は真っ先に自分の姿を確認するのだ。

 自分を案じているのか、というマリエルの問いに「逃げていないか確認しただけだ」とそっけなく返されたのは何時間も前の出来事である。

「お怪我はありませんか?」

「ない」

「……マリエルさ~ん」

 和束の呆れた様な声に天使は頷く。歩み寄りつつ傷の臭いを調べた。それから迷わず、手の平をかざす。

「来たれ、癒しの光よ。楽園の木漏れ日よ」

 マリエルの手の平から清らかな光が溢れ、溜息を吐くシロの身体を包み込んだ。失われた細胞の再生を促進する煌めき。確かにシロに重傷の類は無かったが、小さな傷はあちらこちらにできていた。

「……これで良し、他に痛い所はないか?」

「ない」

「シロさぁん、女の子の前だからって強がらなくったっていいんですよ?」

 和束の声にシロは応えず、そのまま路地の更なる暗がりへ足を向け――弾かれたように顔を上げた。

 確かに聞こえた咆哮。低く轟くような、異形の声。


 ――近い。


「い、今のは……」

 不安げにマリエルは周囲を見渡してみるが、暗く濡れた路地ばかり。影の先は良く見えない。

「人間じゃない事は確かだな」

 応えるシロは既にそちらへと脚を向けていた。あいかわらず雨音。されど、その間隙からは再度の咆哮。ケダモノのそれだ。低く唸り、威嚇するような。

「和束」

「……えぇ」

 その音。彼等にはすぐ分かった。何かが戦っている。

 マリエルちゃん、と和束が呼んだ。「走るよ」と。

「えっ」

 天使が気付いたその時にはもう、髑髏の男は走り出す。路地の中を、水を踏みしめる音を響かせて。

 そして、『それ』と出会ったのは間もなくであった。


「……!」


 驚いて立ち止ったのはシロ、驚いて振り返ったのはシロの視線の先に立っていた若い男。傍らには5m程はあろう火をまとう大トカゲ――火炎色の鱗に翼があり、トカゲというよりはドラゴンだ――が。

「……撃退士?」

 シロと男の声が重なった。




「……いやぁ、まさかここで撃退士に会うとは思ってもみなかったな」

 端整な顔に苦笑を浮かべて男――シロと同じく天魔撃退士である彼は言った。

 建物の屋根の下、雨のかからない場所。先の大トカゲは小さなトカゲの姿となって、男の頭頂部を陣取っている。

「お前……召喚獣使い(バハムートテイマー)か」

「えぇ。土谷です。この子はサラマンダーのベルンフリート」

 言いながら土谷は頭頂のトカゲ蜴を指すが、召喚獣は不機嫌そうにジトッとシロを眺めている。再度、土谷の苦笑。

「あ~……ははは、ごめんね、この子水が嫌いで。それでちょっと機嫌が悪いんだ」

「全くであるぞ、なんとかし給え土谷! それでも撃退士か」

「天気絡みの魔法は……陰陽師に頼んで欲しいなぁ」

 キィキィと尊大な物言いをしながら土谷の頭部を爪でひっかくベルンフリート。慣れているのか土谷はまるで動じない。

「召喚獣って喋れるんですねぇ~」

 その様子を見ていた和束が感心したように声を出した。おや、と土谷が僅かに目を丸くしてシロを爪先から頭頂まで見やる。それから不思議そうな顔をして、

「あれ、貴方もバハムートテイマー?」

 に、しては召喚獣の姿が見当たらない。まさか透明の召喚獣? まじまじと目をこらす彼にシロは息を吐いた。

「違う。俺は『スラッシャー』だ。こいつは……話すと長くなって面倒だから言わんが、俺の相棒だ」

「ども、和束です! よろしくですよ土谷さん、ベルンフリートさん」

 明るい少女の声――まさかその正体が本当にただの一般人である事など想像だにしていないだろう――土谷は見えぬ電脳少女に礼儀正しく「こちらこそ」と一礼を、次いでシロの髑髏の顔に視線を移し。

「お会いできて光栄ですよ、シロさん。お噂はかねがね」

「世辞などいらん」

 ニコリと笑う土谷の目にあったのは本当に尊敬の類だった。友好的で紳士的。だが――ハッキリ言ってシロは自分が他の撃退士達から快く思われていない事を知っている。『触れるな危険』そのものだと。

 だからこそ、変な奴だ、と思った。

「で、そっちは……」

「天使であるな?」

 そんな彼らの視線は、シロのやや後ろにいるマリエルに注がれていた。土谷の頭上にいたベルンフリートが羽をパタパタさせて彼女の傍に飛んでいく。

 まずい――スバリ言い当てられシロはマスクの下で顔を顰めた。土谷は撃退士。マリエルを討伐するかもしれない。

 だがシロが何かリアクションを起こす前に、マリエルは元気よく彼らへ笑いかけて曰く。

「こんにちは、堕天使のマリエルだ!」

 あぁ、馬鹿、自分で言いやがって。沈黙するシロ。あちゃーとモニターの前で頭を抱える和束。

 しかし彼らの反応はと言えば。

「うん、僕は土谷だよ。よろしくね」

「ベルンフリートである。ベルンと呼び給え、天使よ」

 微笑む土谷はしゃがんで彼女と目線を合わせ、ベルンフリートはマリエルの頭の上にもふんと着地して。

 シロは呆気に取られた。頭部のベルンフリートをもふもふしているマリエルと「ベルンは君を気に入ったみたいだ」と笑っている土谷を交互に見比べる。

「おい……そいつは天使だぞ。驚かないのか?」

「あぁ、僕は久遠ヶ原学園の出なんだけどね」

 久遠ヶ原学園――世界唯一の撃退士養成機関。そこには多くの撃退士の卵達が一人前になるべく鍛錬している学園である。

 少女と召喚獣を見守る視線のまま土谷は言う。

「学園には数こそ少ないけれど、堕天使やはぐれ悪魔が居るんですよ。見習い撃退士として、生徒として」

「……」

 シロは沈黙を返事とした。撃退士――天魔を殺す者を育てる場所に、天魔そのものが居る? 噂として聞いた事はあったが。だが。しかし。

 思う所は多々ある。されど今はその事を論じる場ではない。故に沈黙と曖昧な頷きを返す事にするが――何となく、土谷はシロが『学園に天魔が居る事』を快く思っていないのだろうと感じ取った。土谷としても天魔に激しい憎悪を持つ者など掃いて捨てるほど知っている。学園に天魔がいる事に反対している者もいる。

 その一方で、『我々は分かり合えるのではないか』と邁進する者の存在も知っている。復讐は何も生まないと『許した』者も、天魔と親密な関係を築いている者も、天魔と結婚し子を授かった者すらも知っている。そして彼自身はこちらの考えを持っている者であった。

 それは非常に難しく、答えが出るのかも分からない問題。故に、土谷もやはりそれ以上の言葉を紡がなかった。

 とかく、杞憂にシロは安堵の息を噛み殺す。一間を開け、『本題』を切り出した。

「時に、土谷。俺はお前に会いたかった」

 はっきり言い放った声に土谷は瞠目する。

「え、僕にかい? 一体そりゃどうして」

「『覚醒した少女ばかりが行方を眩ませる事件』を知っているか? 俺はそれを追ってこの街にたどり着いた。それで、『召喚獣を連れた召喚獣使いの撃退士がこの街を探し回っている』とこの街のチンピラから聞いた」

 それに加え、あのチンピラから聞いた話も詳細に伝える。

「ふむ……少女失踪の事件は知らなかったな」

 と、土谷はあごに手を添えて思考の仕草を見せる。

「僕は確かに1週間前からここで調査を行っている。というのは、僕がある凶悪な悪魔を追っているからなんだ。

 そいつの名前は『スマイリー・ジョー』――きまぐれのように現れては天災のように人間の街を潰す。手口もその時々でね、真綿で絞めるようにじわじわなぶる時もあれば、疾風怒濤の勢いで唐突に暴力的に破壊し尽くす時もある」

 今までいくつもの街がその悪魔に潰されてきた、と土谷は言う。あるいは水の底に沈められ、あるいは疫病に閉ざされ、あるいは完膚無きにまで焼き尽くされて。

「この街がおかしい事には気付いているだろう? これは奴の仕業なんじゃないかと僕は踏んでいる。

 で、その失踪事件を追って君がここに辿り着いたって事は――」

「そのスマイリー・ジョーとかいうふざけた悪魔が噛んでいる可能性が高いな。あのチンピラが言っていた『ボス』がそうかもしれん」

「なら、その悪魔さえ倒せれば大解決の大団円ですね!」

 和束が放った言葉に、「しかし」と首を振ったのは、撃退士達を見守るマリエルの頭部をあいかわらず陣取っているベルンフリートだった。

「言葉を吐くのは朝飯を喰らうよりも簡単だがな、問題のスマイリー・ジョーの居場所がいまだに特定できていないのだ」

「短絡的で衝動的……と見せかけてね、奴は相当に狡猾だ。尻尾を掴むどころか、尻尾すら見えていないのが現状でね……」

 まるでこの止まぬ雨に隠された太陽のようだ。土谷が肩をすくめる。

「そうか」

 髑髏の男が頷いた。先程から全く変わらぬ口調。されど――静かに土谷へ手を差し出しながら。

「ならば協力しよう。いくらでも手を貸す。だがその代わり、お前も俺に力を貸してくれ」

「あぁ、もちろんさ」

 まさか『あの』シロから協力しようと申し出てくれるとは――意外な展開に驚きながらも土谷はシロの手を取った。心強い。握手を交わす。一人でやれる事など限られているのだから。

「それから」

 手を離しながらシロが言う。離した手は、マリエルの背へ。

 おや、なんだろう。そう思った天使が振り返る前に、男の手がそっと彼女を土谷の方へと押しやった。

「こいつは先のチンピラから保護したんだがな。お前にこいつを頼みたい」

「え……?」

 驚きの声。土谷と、和束と、マリエル。3つの視線がシロに向かう。男の顔は、表情の無い『髑髏』だった。

「こいつから引き出せる情報は既に全て引き出した。それに……土谷。お前、久遠ヶ原にツテがあるんだろう? そこには堕天使もたくさんいるんだろう? 『天魔と人は分かり合える』という思想を持つ者がいるんだろう?」

「シロく――」

 振り返ったマリエルが何かを言う間に、「カン違いするな」と。

「俺は人間で天魔撃退士だ。子守はガラじゃないし、天魔は好きじゃない」

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、髑髏の奥の目が少女を見やった――気がした。彼は土谷の青い目をじっと見すえている。

 寸の間だけの静寂。だが、マリエルにはどこまでも長く長く感じた、雨音。

「分かったよ。任せてくれ」

 頷いた土谷がマリエルに視線を移した。飛び立ったベルンフリートが空中から全てを見守っている。

「――と僕は答えたけど、マリエルちゃんはどうかな?」

「……」

 全ては君次第だけれど、と問う土谷に天使は黙し、うつむく。靴先。閉じた傘から滴る水滴。じわじわ。ぽつぽつ。何度か口を開きかけて、困惑した目でシロを見上げる。

「どっちがお前にとって利益があるか、考えずとも分かるだろう?」

 一言。とうの昔に背を押した手は離れ、二人の間の距離。視線が合った刹那に踵を返す。

「……俺に答えを求めるな。俺はな、お前が思っている様な『スーパーヒーロー』なんかじゃあないのさ」

 自分は人間。天魔の敵。相容れぬ。そういう定め。今更覆せぬ。

 足音が遠のいていく。雨音の中を歩きだしたシロの靴音はすぐに聞こえなくなる。

 マリエルは何も言えなくて――嗚呼、一体何が言えただろう。「いかないで」? 「ここにいて」? 彼はこう答えるだろう、「断る」と。それはただの、子供っぽくて感情的なワガママに過ぎないのだから。

 突き付けられた現実は苦い。夢を見る事は結構だが、夢だけを見て生きる事はできない。

 今更ながらマリエルは省みる。己の放った「分かり合う」という言葉は、あまりも安易だったのではないか、と。


 ――現実はどこまでも現実的で、絶対的で、とても、とても、苦い。


 やがて、天使の双眸に映っていた男の背中も、雨煙にかすんでぼやけて、見えなくなる。

「思ったよりも」

 その頭をポンと撫でる、土谷の手。

「優しい人だね、シロさんは」

「何処がだ? ただの偏屈ではないか」

 フンと炎混じりの息を吐いたベルンフリートが土谷の肩に留まる。

「そう見えるかもしれないね。でも……本当にマリエルちゃんが嫌いなら。噂によればとんでもなく天魔を憎んでる人だよ? 普通に考えて、マリエルちゃんが生きている事が奇跡なんだよ」

 なぜ彼女をシロが生かしたのかは土谷は知らない。だが彼が、噂よりも人間らしく優しい人物である事は分かった。彼がマリエルを見る目は、何処か――穏やかな色をしていたのだから。

 見やる彼方の街の景色。黒く、灰色。



 シロさん、と和束がようやっと彼の名を呼んだ。あらゆる気持ちをそこに込めて。

 誰も居ない通りを歩く男の足は止まらない。相棒の言葉に応えない。

 だが、ただ、一言だけ。

「……マリ」

 呟いたのは、名前か。

「マリ……?」

「……。俺の妹だ」

 ほんの、ほんの呟き。和束でなければ聞き逃していただろうほど。

 和束が沈黙を促しとすれば、彼はおもむろに口を開いた。

「お前には言った事があったか? 俺は……」

 顔が『無い』。

 顔が無くなる前の記憶がない。

 どんな顔だったのか。どんな名前だったのか。どこに住んでいたのか。

 真っ白に。空白で、白紙。

 されど――そんな中で唯一、思い出せるのが『マリ』という少女。彼女が自分の妹であるという事。

 三つ編みにされた長い髪。そう、あれはいつも自分が編んであげたのだ。

 彼女は折り紙をカッターで切って、紙に張り付けてものを描く事が好きだった。

 ちきちき。赤いカッターナイフ。

 ころころ。彼女は笑うのだ。

 でも、顔だけがどうしても、どうしてもどうしてもどうしても思い出せない。これっぽっちも。

「……マリエルを見ていると、マリを思い出すんだ」

 思い出せないけれど思い出す。

 目の前で死んだ彼女の事を。

 天魔に八つ裂きにされて。

 赤い色。赤いのだ。彼女が握りしめていたカッターナイフのように……

「……」

 気が付いたら立ち止っていた。冷たい雨が降り注ぐ。

 赤い。白い。黒い。赤い。

 目を閉じた。目蓋の裏はどこまでも暗い。

「それがどうしようもなく、辛い。……いや、違うな。怖い。俺には怖ろしい」

 また護れない――また失う――何もかも――消える――また――まただ――結局――

 嗚呼。あおぐ空。雲の腹。溜息すらも雨粒が叩き落とした。

「我ながら脆弱だ」

 全くもって。

 恐怖に、それから、嫉妬もだ。

 マリエルの理想が叶えばどれほど素晴らしいだろう――馬鹿馬鹿しいと言ったが心の中では確かに憧れたのだ。

 そして、それをおじける事なく堂々と言う事が出来る彼女の強さに。

「そうですね、あなたは弱っちい人間かもしれません」

 彼が再度の溜息を吐く前に和束が言う。

「でもね、そんなあなたがどんなあなただろうが、私はあなたの味方ですよ」

 否定はせず。余計な言葉は紡がず。ただ和束は自分の気持ちを粛々と述べる。

 どうも、と軽く返事をして。シロは再び歩き出した。

 前を見すえる髑髏の目。

 上着のポケットに突っ込んでいた手を出せば、そこには赤いカッターが握られていた。

 その手にあるのはただただ敵を駆逐する力。

 悪を、敵を、徹底的に滅ぼす。

 それがシロが示す正義であるが故に。





「ところがどっこい!」

 はしゃぐ声が、部屋に響いた。コンクリートの箱。照らすのはデタラメに壁に埋められた非常灯の緑色。

 それは椅子に座っていた。椅子の前には机があった。窓も無いのにカーテンがあった。カーペットがあった。ソファーがあった。ゴミ箱があった。そしてそれらは全て、人間を加工して造られた物だった。

「まだ役者はそろいきってないんですよぉ。ゴメンナサイね。そろってるっちゃぁそろってるんですよぉ? でも、あなた達はまだ、まだ、見ていない。これからですものぉ。わくわくだね、どきどきだねぇ、うきうきしちゃうねぇ」

 指先でくるくる、バスケットボールの様に回すのは水晶玉。いやに細い指だった。

 それは『こっち』を見る。

 見て、『笑う』。

 笑う。笑う。他に何があるという?

「それでは皆様喝采を! 楽しい楽しいステキなショーがはっじまっるよ~~~ん」

 ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち。

 わー。わー。ひゅー。どんどんぱふぱふ。

 ケタケタケラケラはははのは。


 暗転開幕。

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