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end or start ...?

作者: 十萌



 ――風見鶏が鳴いている。



 麦藁帽子を飛ばされないようにしっかと掴みながら、少女は思った。穏やかな風なのに力強さが在り、ぎゅう、と彼女は慌てて両手に力を込める。それを応援しているのか、嘲笑っているのか、少女の視界に赤いリボンがひらひらと舞っている。



 ――風見鶏は、先程よりも大きく、大きく鳴いている。



 不意に、少女の口元に水が伝った。両手が塞がって居ることを口実に、そのままペロリと舐めとる。


 ……しょっぱい。


 少女にとって初めてに近いそれの味は、美味くは無かった。しかし、不味くもなかった。ただ不思議で、この味を覚えていようと無意識に誓った。



 ――風見鶏は一匹の筈なのに、群れを成すかのように騒々しく鳴いている。



 少女は帽子どころか自分も飛んでいきそうな気分になり、その場にゆっくりとしゃがみ込んだ。目を開けたまま、特に意識するでもなく地面を見詰めていると、黒い影が少女を覆った。

 黒い影が乱暴に、けれども優しく少女を立たせた。支えられたときに見えた太く逞しい腕は、少女にある動物を連想させた。


 ……熊みたい。


 少女は一瞬そう思ったが、すぐに思い直した。本物を見たことが無いのも理由だが、何より少女の持つ熊のぬいぐるみは、ふわふわと柔らかく、彼女の腕にすっぽりと収まるからだ。



 ――風見鶏が群れを成し、大きく鳴いている。



 五月蝿くて、うるさくて、目の前にいる男の声など聞こえないはずなのに、やけに響いて耳に届く。心なしか、口の動きは遅かった。紡がれた言葉は、どれも真実で誰もが知っていることだった。だから少女は、男が念を押すのを待たずに、躊躇することなく、こくん、と両手を麦藁帽子に添えたまま、首肯した。男はそれを見て、長く、深い溜め息を吐いた。その呼気がむわりと少女の鼻に届き、不快を感じる前に懐かしいと思った。それは酒を飲んだ者、特有の臭いだった。勿論、少女は酒を飲んだことは無いが、彼女をつくり出した男と女が毎晩、飽きることなく(アオ)っていたのだ。


 ……きっと、お酒には、さっき自分が舐めた水と同じような魅力が有るのだわ。


 それならば仕方がないと、少女は自分の中で終わらせた。それと同時に、男の武骨な指が少女の首に沿う。反射的に目を瞑ると、冷たいものが首を滑った。カチ、と無機質な音が少女と男の間に流れる。


 ――行くぞ。


 男は言った。少女は目を開けるタイミングが判らず、尚もじっとしている。男の方から、舌打ちとチャリ、という微かな音が洩れた。そして、首を中心に少女の躯が引っ張られる。


 ――熱いッ!


 少女は、痛みよりも先に熱さを感じた。カッと目が見開かれ、生理的なものが零れる。首が多少なりとも絞められた為に、奇しくも少女が案じていたことは解決された。恐る恐る、少女のか細い指が首もとへ誘われる。少女の白く、華奢な首筋を強調するかのように、それはついていた。


 ――首輪だ、よく似合っている。……それは、お前が所有物だという証だよ。


 男は、褒めているわけでも蔑んでいるわけでも無かった。ただ事実を淡々と述べているだけであった。そんな男に、少女は無反応だった。男はそんな少女を見て、先程と同じように長く、深い溜め息を吐き出した。そして、左手の鎖はそのままに、右手は少女の肩を抱き、自分が乗ってきた馬車へと向かった。少女に足並みを揃えたせいか、元々の物理的な距離が有ったせいか、はたまたその両方か。男にとって、そこまでの道は決して短くは無かった。


 突然の男の言動に、少女は動揺しなかった訳ではない。反応が出来なかっただけだ。左手は帽子に、右手は首に添えながら、少女は隣で自分をリードする男に従った。





 男に真実を告げられたとき、少女の心を占めていたのは、怒りでも哀しみでも、増してや喜びでもなかった。ただぼんやりと、自分に似合うというこの首輪は何色だろうと考えていた。

 男を具現化したような黒か、少女がその象徴であると言われ続けてきた赤か。それ以外の色は考えられなかったし、興味も無かった。……少なくとも、さっき擦った皮膚は赤だろうなとヒリヒリするそこを避け、そっと首輪を撫でた。


 そして、最後まで、少女が生家を振り返ることは一度も無かった。



 ――風見鶏は、もう鳴いてはいない。




 正直言って、当時見た夢を書き起こしただけだったり。あなたはどう受け取りましたか?


 よろしければ、少女が幸福になれるか否か……考えた方を教えて頂けたら嬉しいです(=ω=*)

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