勇者御一行
「貴様らはもっと俺様を敬うべきだ」
旅の途中。仲間たちを宿の一室に集め、勇者はそう言い放った。
「何を突然言い出すのですか勇者様!ワタクシはこんなに!こんなに貴方様のことを思っておりますのに~」
白魔道士は目に涙を浮かべながら真っ先に勇者に訴えかける。その言葉だけを聞くと「ああこの人は勇者のことをとても慕っているのだな」と思えるのだが、彼女の手はロッドを放り投げ勇者の胸倉をギリギリと締めあげていた。
勇者はその手から逃れようと必死にもがくが、「何がご不満だったのですかワタクシ今すぐ直しますので申し上げてください~!」とまくしたてながらガクガク揺さぶりだした白魔道士は気付いていない。
そんな二人からは背を向けて、黒魔道士と剣士はティータイムに興じていた。
「このまま放っておいたら死んでくれるかな」
優雅に紅茶を飲みながら黒魔道士は淡々と呟く。彼の物騒な発言に剣士は同調こそしなかったものの諌めもせず笑った。
「あはは、いくら白魔道士さんが怪力だからって無理ですよ。勇者さんは妖精の加護を無駄に受けていますしね」
「じゃーアンタならやれる?」
「あははは、無理ですよ。忠誠の誓いをたてているので、あの人を斬ろうとしたら僕が死んじゃうんです」
大げさに肩をすくめて見せた剣士に、黒魔道士はため息をついて目にかかった前髪をかき上げる。
「それって呪いじゃない?」
「そうとも言いますね」
黒魔道士と剣士が雑談している間に、勇者はなんとか自分から白魔道士を引き剥がした。荒い呼吸を整えもせず、助けてくれなかった二人に「なんで助けねえんだよ!!」と指を突きつける。剣士が応えようとしたが、それを遮り勇者は言葉を続けた。
「いいか、貴様らは俺様のお陰で栄えある勇者様御一行に加われたんだ!貴様らの今の地位も栄誉もすべて俺様の力があってこそのもの!それを理解していれば俺様に叩頭平伏するのは自明の理だろう!」
剣士はフッと息だけで笑って何も言わなかった。白魔道士は口を何回か開閉して、やはり何も言わなかった。黒魔道士はじっと勇者を見つめていたが、椅子を引いて立ち上がる。
「なんだ」
勇者は胸を張って頭一つ分低い彼のことを見下した。黒魔道士は特にこだわりもなく勇者を見上げ、首を傾げる。
「叩頭平伏とか自明の理とか、意味わかってんの?」
質問の意味がわからず、勇者はとりあえず「わかっているに決まっているだろう」と鼻で笑う。黒魔道士の言いたいことがわかった剣士は、口角をあげて笑ったが何も言わなかった。
「ふーん。ならオレ、アンタのこと敬わなきゃかも」
「本当ですか!?ようやく勇者様の素晴らしさがおわかりになったのですね黒魔道士さん!」
白魔道士はパアッと顔を輝かせて彼の手を取り、くるくると回り出す。抵抗することなく彼女とくるくる回っている黒魔道士に、勇者は傲慢に笑った。
「ハッハッハ!そうだ敬え称えよこの俺様を!王に選ばれ妖精の加護を授かり、魔王にさらわれた姫を救い出すこの勇者を!!」
「うん、そうだね」
黒魔道士も笑う。剣士は声を上げて笑った。彼らにつられて白魔道士も笑う。
「ただの村人から、アンタはここまで這いあがってきたんだもんね」
* * *
「いやあ、今日の何様俺様勇者様は最高に面白かったですねー」
剣士はクスクスと思い出し笑いをしながら寝台に腰かけて剣の手入れをしていた。見事な細工と宝石でふんだんに飾られたそれは、魔王討伐の旅に出る際に王が彼に与えたものだ。
「俺様を敬え!ですって。一介の剣士にすぎない僕はともかく、よく貴方にあんな口が聞けますよね。」
「キミって一介の剣士だっけ?」
「ええ。剣士なんて、どんなに登りつめてもつまらないものですよ。血生臭いだけだ」
「ふうん」
黒魔道士はローブを脱ぐと無造作に剣士に渡した。剣士は剣を適当にベッドに放り、ローブを壁に掛ける。
「ねえ、黒魔道士さん」
自分の荷物をさぐっている黒魔道士に、剣士はゆっくり向き直った。
「いつまであんな俺様勇者についていくつもりですか?貴方のような人が、学も教養もない田舎者の下についているなんておかしいですよ」
黒魔道士は黙って荷物から取り出した分厚い本をめくり始める。剣士は数秒の間彼をじっと見つめていたが、諦めて剣の手入れに戻った。
「だって、勇者はアイツなんだ」
「え?」
剣士が目を向けると、黒魔道士は本ではなくどこか別のところを見つめていた。手遊びに本をめくりながら、彼はどこか悔しそうにつぶやく。
「姫を助けられるのは、アイツだ」
「……そうですね」
剣士は寝台から立ち上がり、磨き終わった剣を掲げてみせた。
「ま、魔物しか殺さないでいい今の地位を与えてくれたのはあの人ですから。そう考えると僕も敬ってあげてもいいかもしれません」
「救いようのない馬鹿だけどね。死んでくれないかな」
「あははは。残念ながら僕では殺せませんよ、呪いがありますから」
剣士はわざと鍔を鳴らすと、「どうせなら貴方に誓いをたてたかったですよ」と言う。黒魔道士は「嘘つき」と一蹴した。
「キミほどプライドの高い男は、他にいないって」
剣士は肯定も否定もせず肩を竦めてみせる。
「貴方も結構なものだと思いますけどねえ」
黒魔道士はしばらく押し黙っていたが、懐からロッドを取り出すと口の中で何かつぶやきながら本を軽く叩いた。すると、本はフワリと宙に浮くと淡い光を放ちながらパラララとページがめくれていく。その様子を剣士は慣れた様子で、しかし面白そうにして眺めていた。黒魔道士がロッドを軽く振ると、本はとあるページを開いた状態でピタリと止まる。そのページを確認して、彼はコクンと頷いた。
「……うん、この魔法陣はまだ試してなかった。ちょっと勇者のとこに行ってくる」
「ええ、行ってらっしゃい」
数分後、勇者の怒声と派手な爆発音が隣の部屋から聞こえてくる。剣士は助けに行くこともなく部屋でのんびりくつろいでいた。勇者を敬っていないからではなく、自分と違い誓約はなくても、黒魔道士が決して勇者を殺すことはないとわかっていたからだ。黒魔道士のことを思って、剣士はクスクスと笑い出した。面白くて仕方がなかった。
「ホント、あの人は大物だ。村人が王子を配下にしてしまったのだから」