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ズコーという名の終止符

掲載日:2026/10/17

「ふっ……ついにみつけたぞ」


 俺の目の前に敵がいる。

 宿敵、強敵、仇敵っ!

 こいつこそが、俺が求めていた好敵手。


「おまえがっ! おまえだけがっ! 俺を終わらせてくれる、あるいは満たしてくれる存在っ!」


 ビシッ!


 俺は盛大に腰をひねり、ヤツに、これ以上ないほどに力んだ人差し指を突き付けた。


 そう、ヤツ!


 メダルゲームに!


「ママー。あの人、一人でお話してるよー」

「しっ、見ちゃダメッ、絶対!」


 俺の気迫に、幼子ですら感じたようだ。

 そう、この覚悟をっ!


 俺は、手元のプラスチック籠を覗き込む。残金、メダル三枚。

 震えるぜ。いやこれは武者震いだ。


「当方は既に覚悟完了だ。貴様はどうだ?」


 俺は、未だ無言をつらぬく黒鉄の墓標(見た目は白い筐体だが)を見据える。


 対峙するは、プラスチック製の三つのボタンを持つ、冷徹なる確率の支配者。


 これは絶望。いや、これは神が俺に与えた試練だ。

 四十路を迎えた俺のプライドを賭けた、駄菓子屋の片隅における聖戦。


「ふっ……いつまでその余裕がつらぬけるかな」


 俺は武者震いする右手を左手で抑えながら、コインを一枚つまんで、慎重にヤツの口へと投入した。


 ――瞬間


『じゃーんっ、けーんっ』


 こいつは爆音で、戦いの開始をつげてきやがった。


「いつものように不意打ちかっ、恥を知れっ」


 すでにここまでの数多の死闘を経ていた俺は、奴の過去の出目、筐体の傾き、室内の湿度、すべてを考慮した上で導き出した最適解――最大のカウンターを繰り出す。


「受けよ我が拳をっ! ブロウクンマグナァァム!」


 俺はグー!


『ぽんっ』


 やつも叫ぶ。


 ――刹那の攻防


 やつの「手」を示す画面には「パー」。


 無常にも「パー」。


『ズコー』


「ぐはっ」


 脱力感あふれる音声とともに、俺の魂《メダル》が吸い込まれる。残りは二枚。


「……どうやら、最初からクライマックスのようだな、好敵手」


 そうこれは、最早、勘や根性、クセなどで相手の手を読む、という勝負ではない。


 浅はかだった。

 浅はかな俺は今死んだ。


 そして今、生き返った。


 2度目の戦いだ。


 これは心理戦ではない。ただのデジタル乱数。冷徹なプログラムだ。


 何故気付いたか、スマホで調べたからだっ!


「おまえのロジック、すでに丸裸だ」


 奴は演算している。ならば、その演算をバグらせる。


「いつまで、無言のまま、高見にて座していられるかな」


 俺は二枚目のコインをドロー!

 今度は準備万全。


「当方に迎撃の用意あり」


 俺はそう呟くと、ヤツの深奥なる暗闇の空洞へとコインを投入した。


 くるぞくるぞ……。


『じゃーんっ、けーんっ』


「すでにお見通しぃ」


 ここは男一発! 二度目の意地っ!


「撃滅のぉっ! セカンドブリットォッ!」


 俺はグー!


『ぽんっ』


 やつも叫ぶ。


 ――火花散る一瞬


 やつの「手」を示す画面には「グー」。


「きたぞ、ついに!」


 間髪入れずに「あーいこで、ショ!」と叫びだした、ヤツの焦りがみえた。


「あいこ」になった瞬間、俺の右腕はマッハの領域に達した。


 指が千切れんばかりの超高速・3ボタン同時連打。

 指を痙攣させ、3つのボタンに対して、同じ信号を基盤に流し込む。


 俺はヤツの1つの手に対して、3つの手を同時に出したようなものだ。


 勝確っ!

 俺は心で叫んだ。


「泣けっ、叫べっ、そしてしねぇっ!」


 現実でも叫んだ。


 だが、結果は『ズコー』


「ぐはっ」


 バカな。俺のゴッドフィンガーが通じないだとっ?

 俺がルーザー、俺がスローリィー!?


 再び静まり返る戦場。


 心の中で泣いた。


 戦場で泣くとは男の恥。


 連戦連敗。男が二度も負けたのだ。


 魂《コイン》は1枚。


 敗走が頭によぎった。


 背後。


 振り返ると、十歳ほどのキッズたちが、こちらに視線を送っている。

 恐らく熱い視線だ。

 そうか、お前たちも泣いてくれるのか。


 そして気付いた。


 俺にはこんなにも同志がいたということに。


「まだ……俺を勇者と呼んでくれるのか……」


 心が震えた。


「震えるぞ心臓っ、燃えてくるほどに熱くっ、もっとだ! もっと輝けっっ!」


 俺は三度叫んだ。


「負けることは恥ではないっ! 逃げることが恥なのだっ!」


 そして今、完全に理解した。

 真理に到達した!


 スマホが教えてくれた!

 もっとよくページをみたらよかった!


 そうか……! メダルを入れた瞬間、あるいはボタンを押したその刹那に、すでに内部の乱数は確定しているのだ!


 ならば、その決定のタイミングを狂わせるしかない。


 あらゆる搦め手(からめて)こそが勝利をつかむのだ。


「受けよ、わが最後にして究極の罠をっ」


 俺はメダルを入れるフェイントをかけた。

 入れると見せかけて寸前で止める。

 すなわち、筐体を物理的に騙すのだ!


 焦らしに焦らした上でコインを投入!


『じゃーんっ、けーんっ』


「あわてふためくなよっ、まだ俺のターンは終わりじゃないぜ」


 さらに、人差し指を激しくデンプシーロール(左右の揺さぶり)させながら、残像を残して「チョキ」を押す。


 機械相手のサイコロジカル・ウォー!


 そのあがきが、奇跡的に天井フラグを叩き起こした。


『ぽん!』

『ヤッピー!』


 ファンファーレが鳴り響く。ついに一勝!


 ギャラリーが歓声(に聞こえた)に沸く。



『ピコーン、ピコーン、ピコーン……』



 どういうことだ。

 ヤツめ、泣いているのか。


 俺は不敗を守ってきたヤツの珍しい反応に戸惑った。


「ダブルアップするかな……」


 ギャラリーのキッズが何事かを話している。


 ……そうか!


 ヤツは、初めてにして、完全なる敗北を喫して、俺に再戦を求めてきた。


「くくく……そうか。くやしい、ということだな」


 ヤツは俺に負けたことで敗北の味を知り、そして勝利を欲してきたということだ。


 ヤツも男になったということだ。


「ならばよし! 受けてたつ!」


 悪魔の二者択一《ダブルアップ》が始まった。


 感じるぞ、脳内麻薬がドバドバと分泌され、視界が赤く染まるのを。

 寝不足による充血だ!


「もはや次の一撃が我らの最後の別れとなろう……俺もお前と目指したものは同じだ……その想い、未だ消えずこの心に焼き付いている……」


 残メダルは人質。勝てば大逆転、負ければ完全なる敗北!


「……いくぞっ」


 俺はヤツの心臓たる「スタートボタン」を押す。


『ピピッ!』と受付音が鳴り、即座に次のゲームの『じゃーん、けーん』が鳴り響く。


 最後の勝負。その時。


 俺に天啓が舞い降りた。


 奴は今、全力で俺に「負けフラグ」を引かせようと、冷徹に一秒間に数億回の演算を繰り返している。


 普通に押せば、確実に死ぬ。


 防がねばならん。防がねばならぬのだ!

 奴の思考回路を、力技で狂わせる……!


 俺が導き出した最終結論。


 それは、環境へのダイレクト・アプローチ。狂気の肉体言語。



「うぉぉぉぉぉぉーーーーーッ!!」



 咆哮とともに、俺は筐体に全力で飛びつき、その小さなプラスチックの塊を正面から抱きしめた。

 大人の全体重がかかり、筐体がギギギと不穏な音を立てて六十度傾く。


「ママ! おじさんがっ!おじさんが機械と合体しようとしてる!!」


 キッズたちよ、勘違いするな。

 これも搦め手よ。


 俺の目的はただ一つ。


 人間の体温の伝導。

 そう、これは、密着による、CPUへの熱蓄積だ!

 熱暴走を起こせば、乱数は必ずバグる!


 俺に残されたのは、この身ひとつよぉっ!


「燃え上がれ……! 俺のコスモよぉぉぉぉぉーーーーーッッ!!」


 魂のすべてを熱量に変え、筐体が折れるほど締め付ける。筐体の蛍光灯がチカチカと点滅を始めた。


 バグれ! 狂え! 勝利を吐き出せ!

 おまえが喰らってきた……命!魂っ!そのすべて……吐き出せっ……!


 抱きついた姿勢のまま、よだれを垂らし、「グー」のボタンを渾身の力で踏み込んだ!


「うぉぉぉぉぉぉーーーーーッ!! 俺に祝福をーーー!」


 すべてが光に包まれた


 静寂。


 駄菓子屋の店内の時間が、完全に停止した。


 キッズも、母親も、店主のご老人も、傾いた筐体に抱きついてハァハァと息を荒くしている俺を、ただ呆然と見つめて硬直している。


 数秒の静寂の後、機械は、最後の審判を下した。



『ズコー』



「ぐはっ」


 非情な脱力音が、店内に虚しく響き渡った。


 画面のランプは「パー」。完全なる敗北。


 俺はゆっくりと筐体から体を離した。筐体がガタリと元の位置に戻る。


 服は汗でびしょ濡れ。息は絶え絶え。だが、俺の心は不思議と澄み渡っていた。


 心が泣いている。


 そうだ一服だ。こういう時こそ、男は一服だ。

 俺は懐からタバコを取り出そうとして、俺はノンスモーカーであることを思い出した。


 そして振り返り、魂の同志であるキッズに向かって、なんとか不敵な笑みを浮かべて言い放った。


「ふっ……。いい、勝負だった……」


 俺はやり切った漢の背中で、一歩、また一歩と駄菓子屋を出ていく。


 俺の後ろで、キッズが母親の袖を引っ張って、静かに呟いた。


「ママ……。あのおじさん、結局、何と戦ってたの?」


 母親はキッズの目を両手で覆いながら、ただ一言、


「関わっちゃいけません、ダメ絶対!」


 俺は、光の速さで駆け出した。


(了)


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