第9話 噂話とはあてにならないものです
歪みについては、村に怪異が及ぶ可能性があるという言い方で村長に伝えることにしたのだが。
「それは、ヌシ様のお怒りによるものでしょうか。やはりユウナも嫁入りせよという」
その話をした時の村長の返しは、そんな言葉だった。
「え、ヌシ様は何もお怒りになっていませんよ。前にもいいましたけど、この村のことは大事に思っていますよ。ユウナも関係ないです」
うなだれた村長に灯里はそう告げたのだが、彼は顔を上げない。
「いえ、今まで私共の捧げ物が気に入らなかったとか、花嫁に指名された者が逃げ出したとか。ヌシ様のご機嫌を損ねた折には、様々な怪異が起きたと伝わっています。今回も何か我々が至らなかったのではと」
村長は俯いたまま、苦悶の表情を浮かべた。
「ユウナからアカリ様へと花嫁替えをしたことでお怒りなのではないか、という噂が流れているのです」
どうやら村の中で、ユウナについての噂がチラホラとでてきたという話なのだ。彼女に対してあまり良い話はないのは、ヌシ様のところに本来嫁に行くはずだったのに行かなかったからということもあるそうだ。だがそれは灯里がきちんと行き、なおかつ気に入ってもらっているのだから、問題はないのではと村長などは考えていたらしいのだ。それなのに。
「この頃、直接私どもの方へ歎願に来る者もいるのですよ」
その話を聞いて、灯里は疑問に思う。
「なぜですか? 何か滞りが出ているのですか。そのヌシ様が怒ったと考えられるようなことが」
「いえ、今のところそのような事はないのですが。何やら不穏な雰囲気がするという事で……」
その先は言い淀み、村長の表情は微妙なものだ。
ここ何年も落ち着いた生活を営んでいるが、それ以前はヌシ様からの要求が叶わなかった場合に多岐にわたる不都合が起きていた。それだけでなく、何か村の人がヌシ様の気に障る事をしたのか、天候が不順になったり作物が急に枯れたりという数々の災厄に苦しめられたという。
(ヌシ様が前任者を悪し様に言うのは、こういうことか……)
杜撰な管理の尻拭いをさせられているヌシ様の苦労を思い、灯里は胸を痛めた。しかし、ヌシ様が代わっている事を話すべきかどうか今一度考えたが、やはり躊躇われた。この状況だと余計に話をややこしくしてしまいそうだったからだ。
「あー、私の知る限り、ヌシ様はこの村を非常に大切にしておられます。今回お話した怪異は、禍津者がヌシ様の監視の目をくぐり抜けて入り込んできたらしいのです。実ははっきりしなかったので先にお知らせしていませんでしたが、私が見回っているのも実はそれと関係するのです」
昼夜を問わず、ユグドラシルにかかりっきりなあの人が、この村を大事に思っていないはずがない、そう灯里は確信している。だから、この村でもヌシ様への嫌悪を薄めたいという気持ちもある。
ただ、詳しい話ができるわけでもない。それに空間の歪みで生じたものだと言ってしまえば、同時期に来た灯里自身についても忌避されてしまう恐れがある。それで、このような言い方を選んだ。他所から悪いものが入り込んでいるのを防ぐためだ、という話し方だ。
(あら、でもそれだと私も外から入り込んでいる者という点では、結局変わらないかな)
灯里は言いながらも自分を棚に上げている気がしたが、幸い村長は違った受け取り方をしたようだ。
「なんと。では、もしや村の境界が定められているのは、そうした危険から我々を守るためだったのでしょうか」
村長の縋られるような目で見られて、灯里は困惑した。村人にとってヌシ様とは、自分たちの生殺与奪権を握る絶対的な存在なのだ。だからこそ、自分たちを好んで害する存在だとは思いたくないと思われた。あるいは、外へ出られないという事についてはなにかの罰だと考えていたのかもしれない。
「そうですね。ですから、お気をつけください。ただ目に見える存在とは限りませんので、何か異常な出来事や些細な気がかりでもいいです。あればすぐに教えて下さい」
そう言って、ヌシ様から預かってきた折り紙の束を渡す。何かおかしな事があればこれに書いてツルに折って飛ばしてほしいと伝える。さすが日本昔話、と思ったのは、ツルの折り方は説明しなくても分かっていた事だ。
「子供の時以来ですな」
渡した折り紙を手にして、村長さんは懐かしげな表情を浮かべていた。ヌシ様は大層村長に期待していると灯里が言い添えると、村長は色々と相まってか感極まった様子だった。
村長との話し合いの後、村の見回りへ行くためにセイジュと連れ立った。今日はセイジュと二人だけだ。ユウナは大切な行事の仕事が依頼されたらしい。
「彼女の織る布地は特別なんだ。だから祝の席などの晴れ着には、彼女の品を望む人は多い。今回は、奉納する新しい刀を打つためのものだと聞いているよ」
セイジュはまるで自分の事のように誇らしげに、灯里へと説明をした。その真っ直ぐな想いに、彼女はどこか居心地の悪さを感じたが、それを表には出すことはなかった。
そんな風にして二人で村を回っていると、向こうにカガリの後ろ姿が見えた。誰かと話をしているようで、向こう側を向いている。その右手は先日会ったときと同じように布で巻かれている。酷い怪我でもしているのだろうかそんなふうに思っていると、セイジュは灯里の手を取り彼女とは鉢合わせをしないように道を変えて少し足早で歩く。運良くカガリはセイジュの姿に気が付かなかったのか追われることはなかった。
「セイジュは彼女は苦手なの?」
しばらく進んでから聞いてみた。セイジュは苦い顔をして頷く。
「彼女はザンギの家の娘なのです。ザンギの家ははヌシ様に捧げる刀などを打ったりしているので、村でも一目置かれています。それを鼻にかけたところがあって。彼女自身が鍛冶をしているわけではないのに」
どうにも人柄としても好きではないらしい。先日会った時には、カガリの心がどこにあるのかは明らかだった。
「もしかして、迫られているとか」
なんの気なしに聞いたのだが、セイジュはうんざりした表情になった。




