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その花嫁、代行します! 〜ヌシ様は元プログラマーで、異世界デバッグ生活が始まりました〜  作者: 桃田


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第6話 初仕事です

 翌日から奥座敷の春の野にヌシ様と灯里は共に入る。薫風が香る中、ユグドラシルを見回わって、黒い虫(バグ)を探す。

「今日も見つけました」

 籠の中には今日見つけた二匹が蠢いている。最初に見つけたやつと同じような形態をしているものと新たにトカゲっぽいもの。いずれも黒いのだが、トカゲもどきは赤い筋に彩られている。ひょいっとそれをつまんで見せる。

「これ、トカゲみたいですけど、色合いはアカハライモリみたいですよね」

 そう言ってみせると、ヌシ様の眉間の皺が深くなり、一層嫌そうな表情を浮かべる。どうにも赤い色が混じっている黒い虫(バグ)は、お(いや)らしい。それともイモリとかトカゲがダメなのかしら? と思わなくもない。同じバグでも意味合いが違うのかもしれないが、そこまでは灯里には分からない。

 次に精霊達からの情報収集を行なう。きちんと整列させた後に、灯里が土地の端から一人ずつ話を聞いていく。すると、彼女の指先から虹色の糸が紡ぎ出される。その糸を丁寧に編み上げると、一枚の輝く白銀の葉へと姿を変える。


(不思議。私、本当に変換しているのね)

 精霊たちの話はすべて葉へと変換されるので、ユグドラシルの葉が担っている役割はデータとその入力なんだろうなと感じた。そうやって出来上がった葉は、女官に用意してもらった籠に入れていく。同じ顔をした無表情な女官たちは、依頼すれば何でも完璧に用意してくれた。


土地の区画ごとに分けられた籠がいっぱいになると、小人サイズの女官たちがふよふよとヌシ様のもとへと運んでくいく。白色の衣を身にまとった女官は、三人官女みたいで妖精と言うにはイメージがずれると思いながらも、なにかファンタジーだなと変な感想をもつ。


 ヌシ様のところまで籠が運ばれていき、葉はチェックされると風を纏ったかのように舞い上がって煌めきながら枝々に吸い込まれる。そうやって、次々とユグドラシルの一部になっていく。白銀の葉が陽光を受けて虹色に輝く。その美しさに灯里が見惚れていると、ヌシ様がふと手を止めて彼女の方を見てきたのに気がついて、慌てて作業に戻る。


 そんなふうにして灯里は精霊たちのおしゃべりに耳を傾けながら、データを紡いで葉へと編んでいく。

「あれ?」


 何故か編んでも葉にならない形や、虫食いのような状態になったりするものが出てきた。形は葉になっても虹色に輝く葉にはならずに黒ずんでいる。近くの区画で三箇所ほどそんな不完全な葉が現れた。精霊の話自体は取り立てて奇妙な話ではなかったはずだ。それなのに、形だけが黒ずんだ虫食い状になっている。悪い情報であっても、これまではきちんとした葉に成っているというのに。


「ちょっと待っていてね」

 一旦、聞き取りを止めておかしいなと思った葉をまとめ、ヌシ様の元へと向かう。報連相は仕事の基本だ。分からない事ははっきりさせておかないといけない。


「これ、どうしてこうなるのかわかりますか。他のとは明らかに違って黒ずんでいて虫食い状になっているんですけど。他はみんなきれいな銀色になっているのに」


 ヌシ様はほんの一瞬、はっとしたような表情になる。

「君には、ユグドラシルの葉が銀色にみえるのか」

 ポツリとそんな言葉がこぼれ落ちた。


「はい。綺麗ですよね。ユグドラシルって。銀色の幹が光をまとっていて。葉っぱは陽の光で七色に煌めいていた。見惚れちゃいます」

 楽しげな表情でユグドラシルを見上げている灯里の姿をヌシ様は眩しいものをみるかのように、目を細めた。


「そうか。だから君は見惚れていたのか。ユグドラシルは美しいのか」

 その呟きは灯里の耳には届かなかった。

「そうだな、これは、まあ黒いな。確かに虫食い状だ。うん、データの不備があるようだ」


 手に取った葉の形状を矯めつ眇めつ確認し、ヌシ様が難しい表情で断定した。黒ずんでいるものや虫食いのように変形しているものは、このままでは使えないようだ。データが不足しているということだろうか、と灯里は考えた。それならば。


「場所は分かっているので、現地に行って見てきます」

 ユグドラシルで発現していない現象ならば情報を収集した現場に何かあるはず、そう考えたのだ。彼女は女官に、外出用の服を用意してもらう事にした。


屋敷内では自由な格好で良いと言われ、スニーカーにジーンズ、パーカーを新調して着ていたが、村へ行くなら周囲の服装に合わせる必要があるだろう。


「本来そこにあるものが消失している、あるいは書き換わっている可能性が否定できない。何があるかわからないから、精霊を連れて行ってくれ。村の人間には見えないはずだが、心得のある者には光の玉のように見えるはずだ」


 護衛代わりに数人の精霊が同行することになり、彼らは灯里の周りを賑やかに飛び回る。それだけでなく、万が一のためにと女官に作らせた護衛用の護符を幾つか持たされた。


「そうだ。ウギョウの家にも寄ってきます。心配しているかもしれないですから」

 この場所についてからこっち情報過多でウギョウの家でお世話になっていたのが随分昔のように感じてしまっている。だが、彼らはきっと心配しているだろう。言っていたのだ、「人身御供」だと。彼女はヌシ様を人間の領主だと思い込んでいたが、実際には違った。もしかするとユウナたちは、罪悪感に苛まれているかも知れない。自分の迂闊さに今更ながらに思い至った。


 最初に灯里はウギョウの家へと向かった。ウギョウの家までつくと、丁度外に出ていたユウナが駆け寄ってきた。

「ああ、アカリさん! ご無事だったのですね」

 ユウナに抱きつかれた。やはりひどく心配してくれていたようだ。後で聞いた話では、一度嫁いだ花嫁が再び村に戻ることは、これまでなかったのだという。


「心配かけました。私は大切にしてもらっていますから、大丈夫ですよ」

 わざと明るい調子で告げると、目に涙を溜めたユウナが何度も頷く。中に通されてお茶を御馳走になる。


「本当に、良かった」

 後から出てきた夫妻も、無事な帰還を喜んでくれた。灯里は自分の現状を説明し、ヌシ様は仕事の手伝いしているのだということも話した。


「そうなの。だから今はヌシ様の屋敷に住み込みで働いているわ。今日はその関係で村の様子を見に来たの。これからも顔を出せると思うから、よろしくね」

 灯里が朗らかに話すと、夫妻は安堵の表情を浮かべた。それを黙って見守る様子に、言葉以上の思いやりが感じられて、灯里は胸が熱くなった。


「そうだ、これから村長さんのところにも挨拶に行くのだけれど、手が空いているならユウナさんも一緒に来ない?」

 こうして、ユウナを連れて村長宅を訪ねることになった。


「そうなのか。それはよかった。何よりだ」

 灯里の話を聞いて、穏やかな表情を浮かべた村長はそんな言葉を口にした。彼も思うところはあったのだろう。村長もセイジュもほっと胸をなで下ろしたようだ。


「それで今後のことなのですが、ヌシ様のお手伝いで村のあちらこちらを見て回りたいのですが、よろしいでしょうか。ヌシ様は今後も村の人達が健やかにすごすために、お知りになりたいそうなのです」

「ヌシ様がそんなことを」


 村長に緊張感が走ったのが分かったが、分からぬ素振りで灯里は続けた。

「あの方は、この村を慈しんでおられるのです。そのお手伝いを私はしていきたいと思っています。この村がより良くなるために、そう考えられています。そのためには村をきちんと知ることが必要でしょう? 村長さんからの報告もきちんと目を通していらっしゃいますが、それ以外にも、もっとささやかな日常をお知りになりたいそうです」


 ヌシ様がこの村については何も語ってはいない。それでも、この村を支えるユグドラシルと真剣に対応している姿から灯里はそう思っていた。大切ではないものにあのような表情はしないだろうと。仕事中毒の可能性も否定しないが、それからは目を逸らす。村長は灯里の言葉の真意がどこにあるのか図りかねたようでもあるが。


「もちろん、ヌシ様の御内室であられるお方に異存などありません。村の者にも周知しておきましょう」

 筋を通そうとした灯里に、村長は応じることにしたようだ。システム管理はヌシ様の領分だが、現実の村を束ねているのは村長だ。許可を得ておくのが筋だと判断したのである。


「ならば、俺が案内しよう。いざこざが起きないとも限らないからな」

 セイジュが名乗り出た。

「そうだな。しばらくはセイジュが同行する形が良い。アカリ様は村人に顔を知られているわけではないからな」


 一人で歩き回って不審者扱いされるのは避けたかったので、その申し出はありがたかった。村全体に灯里の事が周知されることになったら、精霊の守りも共にいるので一人で回っても大丈夫だろう。


「ユウナさんも一緒に行ってくれない? その、セイジュさんと二人きりというのも……」

 灯里はユウナを誘った。男女二人で歩くことで、妙な噂がたつのを避けたかったからだ。というかユウナに悪いなという思いのほうが強かった。ユウナは少し躊躇ったものの、小さく頷いてくれた。

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