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その花嫁、代行します! 〜ヌシ様は元プログラマーで、異世界デバッグ生活が始まりました〜  作者: 桃田


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後日譚 打ち上げ

 暖簾をくぐって中に入る。板場だけの小さな寿司屋がそこにはあった。


「いらっしゃい」

 白い寿司職人の衣装を身にまとった大柄な男がにこやかに二人を迎えてくれた。彼は前に紹介された食事番だ。


「うわ、本格的」

 明るい店内に灯里は驚きの声を上げた。


「そりゃ、そうだよ。打ち上げだからね。なんでもネタは揃っているぞ」

 その横に立つヌシ様の声もはずんでいる。今日の彼は、ブルーのシャツに黒いパンツスタイルだ。


 板場の前の椅子に腰掛けと、グラスが前に置かれ、小さな女官がビールをそそぐ。黄金色の輝きが細かい泡の蓋に閉じ込められている。


「まずは、乾杯だ」

 グラスを合わせて、喉を潤す。

「ふわー、すっごく、すっごく久し振りです。ビール」


 きゃいきゃいと嬉しそうな灯里の笑顔に和みながらヌシ様もビールを味わう。彼のビールを口にした記憶は遥か彼方だが、灯里の姿とともに懐かしいという思いをまとめて飲み干した。

「えっと、板場ってマナーがありましたよね。注文とかも順番があるのかしら」

 思い出したように灯里がこぼす。


「今回の功労者はなんといっても、君だ。それを労うための宴なんだから君が好きにすればいい。そんなの気にしないで、好きなネタを思いっきり食べればいいさ。だろう、食事番」

 その言葉につけ場に立つ食事番が頷き、にこやかに添える。


「はい。お気になさらずご注文ください。なんでもお出しできます。寿司以外だって問題ありませんよ」

「え、なんでも良いんですか? それじゃあ、まずはエンガワをお願いします」


 ぱっと左手を高く上げて灯里が注文をする。彼女の左掌の傷は治りかけているが念の為まだ包帯をしたままだ。その左手を見てヌシ様の表情に暗い影がさしたが、食事番の方を見ていた灯里は気が付かなかった。


 早速出されたエンガワを頬張る。コリコリとした食感と濃厚な脂が舌の上で溶けていく。自分のために用意された特別な宴。くすぐったさとともに飲み込めば、自分が形作られていくような感覚がした。


「それじゃ、私は玉子を頼むかな」

「あ、それ聞いたことがあります。通な人の頼み方だって。自分だけ通ぶって、ずるいですよ、ヌシ様」

 灯里が少し膨れて文句を言うと、声を上げてヌシ様が笑う。


「いや、単純に俺は玉子が好きなだけだよ。通ぶってるわけじゃない」

 灯里がきょとんとしてしまったので、どうしたのかと尋ねると。

「え、ヌシ様。俺っていうんだ」


 その言葉を聞いて、思わず苦笑いをしてしまう。昔から仕事上は私で通していた影響で、ずっと私と言い続けてきたことに気がついた。

「そういうこともある。いいじゃないか、無礼講だよ」

 そんな風に誤魔化して、すっと出された玉子を口にする。


「私って言うヌシ様も素敵ですけど、俺っていうヌシ様も格好いいです」


 言われてヌシ様の動きが一瞬止まり、顔をそらした。にへらっと笑った灯里はそれ以上何も言わずに、次のネタを注文する。


空いたグラスに小さな女官がビールを注ぐ。そうして、次々と運ばれる贅を尽くしたネタ。次々と食べて、飲んで。少し、酔いが回ってきたのか灯里の頬に赤みがさしている。


「今回は、本当に君のお陰で助かった」

 ヌシ様の言葉はビールの泡よりも軽く包み込むように、それでいて灯里の胸に重く沈み込んだ。


「お役に立てたんですかね。でも、結局は花嫁の血の威力ですよね」


 灯里はへらりと笑い、包帯に巻かれた自分の左手を眺める。かつて便利に使われていた記憶がすべて無くなったわけではない。血を流してバグを釣り、印を付けた自分。結局はあそこから、一歩も動いていないのではないのか。所詮、道具のままではないかと。


 その時、大きな手が彼女の左手を包みこんだ。


「違う。そんな不快なロジックと一緒くたにするな」

 ヌシ様の目は、いつになく真剣だった。


「赤は嫌いなんだ。最悪のエラーの色だし、痛みの色だ。俺がもっと万能な存在ならば、魔法でも何でも使って、君を傷つけさせなかったのに」


 彼は自嘲気味に笑い、灯里の手を、壊れ物を扱うように撫でた。


「君への報酬だ。この店は今夜だけじゃない。今後、いつでも君が食べたい時にここに来て、お寿司を食べていい」






「それじゃあ、締めと参りましょう」


 にやりと笑った食事番が、二人の前にそれぞれ小さな器を置いた。中には蕎麦の上にエビの天ぷらが乗っている。

「出汁はハマグリです」


 灯里は意味が分からず、「お寿司の締めっておそばだったっけ」と首を傾げた。ヌシ様は食事番を一睨みしてから、ふっと笑った。


「まあ、今後とも細く長くお願いしよう」

 ヌシ様のその言葉に意味が分かっていない彼女の無防備な表情を見て、彼はもう一度、今度は隠さずに吹き出した。


「まあ、なんだ。俺が私に戻る前に、さっさと食え。伸びるぞ」

「あ、はい。いただきます!」


 ズルズルと音を立てて蕎麦を啜る彼女の隣で、ヌシ様は静かに自分の器を手に取る。 二人の前にあるのは、湯気の向こうに広がる穏やかな日常の白銀だった。

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