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その花嫁、代行します! 〜ヌシ様は元プログラマーで、異世界デバッグ生活が始まりました〜  作者: 桃田


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第20話 入浴シーンあります

 離れた場所からカガリを凝視していた灯里は息を呑んだ。

(カガリの右手から溢れた黒い靄が、あの男を包みこんだ? それなのに、なぜ彼女は黒く染まっていないの?)


 カガリの右手には指先まで真っ白い布が隙間無く巻かれている。それを見たセイジュが、絞り出すような声で呟いた。

「あれは、ユウナの織った物では」


 あそこまで純白を極めた布地は、この村では稀だ。特別の儀式、ヌシ様に関わる時にしか許されない色でもある。だから皆の衣服は色とりどりに着こなすが、純白だけはない。灯里が脳裏に浮かべたのはヌシ様への花嫁道中。自身が纏った真っ白な花嫁衣装、それに関わる周囲も白装束だった。


「白装束は、そんなに特別なものなの?」

「ええ。あそこまでの純白を織り上げられるのは今の村ではユウナだけです。糸の質だけでなく、織る者よってその色味が変わると言われています」


 セイジュの説明に、灯里はあの日訪れた機屋の光景を思い出す。ユウナの母親は「今日はまだ誰も来ていない」と言っていた。ユウナは織り上がった布地の織り仕舞いのために機屋にいたはずだと。だが、機織り機が黒い虫(バグ)に変化し、それを回収したあとの室内には、もう《《何も残っていなかった》》。織り上げたはずの物はどこにいった? あの日、屋敷の裏手から森にかけて走り去った女の後ろ姿。


「あの日、白布を持ち出したのは、カガリ?」


 とにかくカガリがマルウェアの本体かどうかを見極めなければならない。灯里は懐から掌大の銀色の立方体の箱を取り出した。ワクチンとしてヌシ様から預かったものだ。これ一つしかないのだから、失敗は許されない。


 カガリはしばらく粘っていたが、結局は家に戻ることにして人々を解散させた。セイジュを捕捉するのは他の方法を取ったほうが良いだろうと思ったからだ。彼女にとってはウギョウの人間はどうでもよいのだが、セイジュが彼らを庇うならば利用できるのではと考えたからにすぎない。

 そんな彼女の後ろをセイジュと灯里が追っている。現在、二人共に隠蔽がかかっていてマルウェアに感染している存在からは捉えにくい状況になっている。


「真っ直ぐ家に帰るようですね」

 セイジュが言う。彼の言う通り、カガリは家に戻っていった。少し離れた場所でそれを見届けながら思案する。


「これからどうしましょう。カガリからは禍津者の気配が感じられないのは、あの布地のせいかもしれない。布を剥がせれば正体が見分けられるかもしれないけれど、彼女も操られているだけという可能性もある。推測ばかりで決め手にかけるわよね」

 灯里は小さくため息をついた。

「私が、囮になりますか」


 セイジュが悲壮な決意を口にするが、灯里は即座に首を振った。

「それは危険ね。もし、あなたまでカガリに取り込まれると、こちらの情報がすべて筒抜けになってしまうもの。今の私にあなたを守り切るだけの手札はないの」


 ひとまず、中央の社に引き返した。小鬼を介してヌシ様と連らを取るため、そして何より、今の村で最も安全な拠点がここだったからだ。


「作戦会議といきますか」


 大棟から降りてきた小鬼を頭に乗せ、灯里は思考を巡らせる。

「あの布を外させさえすれば、カガリが歪みかどうかはわかるはずなのよね。お風呂なら、流石に外すかな」

 カガリの家の間取りをセイジュに確認し、灯里は単身潜入することにした。


 カガリの家の裏手に忍び込み、浴室の外壁へと回る。女官から預かっていた工作用の小刀を使い、木製の壁に音を立てぬよう小さなのぞき穴を穿った。


 穴から中を覗いた灯里は、言葉を失った。カガリは、あの純白の布を身体に巻いたまま湯船に浸かっていたのだ。水を含んで重く垂れ下がるはずの布は、まるでもう一つの肌のようにひたりと身についている。その異常さに息を呑んだ。


 だが、もっと異様に感じたのはお湯をかけてもそれが濡れているようには見えないことだ。弾いている、すり抜けているというのではない。まるでなにか透明な膜に守られているかのような印象をうける。湯気でよく見えないからなのかと疑ったぐらいだ。だが、湯船に浸かった姿も布のある部分だけほんの僅かに水を弾いているように歪みのような隙間が見える。


 湯船で、カガリは自身の右手を凝視していた。あれからずっと体に巻いたままにしてある布のその純白さは変わらない。前のものと比較しても、随分と楽になったのを実感している。だが、その白さが変わらなければ変わらないほど、カガリの中では忌々しげな思いがゆらりと湧き上がるかのようだ。


「憎々しいほど、白いままよね。汚れすら、弾くんだから」


 ボソリと呟きが漏れる。急に顔をしかめると自分の右手を左手で包みこんだ。ほんのわずかに、黒い何かが布地に覆われていない部分に染み出したようにも見えたが、すぐさま布の下へと引きずり込まれる。その刹那、あの匂いが灯里の鼻腔を突いた。あの基盤の焼けたような焦げ臭い甘い匂い。


「そうなの。村が欲しいの」

「私はセイジュさえ手に入れば他はどうでもいいわ。それまでは待っていなさい」


 声色は二つ。話をしているのは一人。その異様な自答自問に、灯里の背筋にすうっと冷たいものが走った。彼女は密かにその場を離れる。中央の社に戻りながらもずっと考えていた。


(完全には見えない。でもあの匂いは、きっと間違いない)


 確固たる現物を押さえた証拠としては弱いかもしれない。だが、カガリがマルウェアであると灯里は確信していた。少なくとも身の内に何かがいる。

「あの布、どうやって引き剥がそう」

 肌にピタリと張り付いているようなあれを。

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