第2話 日本昔話でしょうか
灯里が迷い込んだ家は「ウギョウ」という屋号で、昨夜の娘の名前はユウナだと聞いた。灯里はユウナに連れられて村長のところへ行くことになった。ユウナも村長に用事があるということで、一緒にいきましょうという話になったのだ。
集落の中を行く。道はアスファルトではなく、土が硬く踏み固められている。ローヒールの足裏から伝わる土のやや柔らかい感触が妙な感じがする。家々は日本の古民家を思わせる木造建築だ。板葺の屋根、漆喰の壁、縁側、そして障子戸。塀は整えられた生け垣になっている。灯里は、かつて訪れた古民家カフェのような風景だと思いながら歩を進めた。吹き抜ける穏やかな風には土と緑の匂いがする。あの雑踏や排気ガスの匂いが混じっていない。
遠目で見る人々の服装の色は鮮やかだがシンプルだ。上はチュニックのような衣服を幅広の帯で締め、下はくるぶし丈のタイトなパンツを履いている。靴は革製の編み上げサンダルだ。灯里には、それがいっそ洗練された作務衣のようにおしゃれに感じられた。周囲を興味深そうに見ている灯里を訝しむでもなく、急かすでもなく、ユウナは穏やかな表情で同行してくれている。そうこうしているうちに村長の家に着く。そこは他家よりも一回り大きく、風格漂う造りだった。前庭も広く、多くの人が集まれそうだ。
「ユウナ」
二人が近づくと、一人の青年が駆け寄ってきた。
「セイジュ」
髪を短く刈り込んだ精悍な顔つきの青年は、ユウナの親しい知人のようだ。彼の目にはユウナしか映っていないのか、ユウナの腕を握って焦った口調で言葉を紡ぐ。
「ユウナ。昨日、ウギョウの家に白羽の矢が立ったと聞いたぞ」
「はい……」
言われた彼女は彼から目を逸らしてうつむく。その表情はなにかをこらえているかのようだ。昨夜、泣き腫らしたような顔をしていたのはこのせいだったのか。
「あの、白羽の矢って、なんですか」
ただならぬ空気を感じ、灯里が口を挟んだ。
「白羽の矢が立った家の娘は、ヌシ様の嫁になるという決まりがあるのだ」
家の中から、別の年配の男性が出てきた。セイジュに面差しが似たその男が、村長のようだった。
二人は家の中に通された。居間で茶をいただくことになり、畳の部屋で座布団をすすめられる。村長の真正面に灯里、その左隣にユウナ、ユウナの向かい(村長の右隣)にセイジュという配置だ。セイジュが上座の村長より少し下がって座っていることから、親子であっても立場は明確なようだった。
「霧島灯里といいます。実は昨日……」
灯里は、昨夜気づけばウギョウの家にたどり着いていた経緯を話した。
「なるほど。惑いの森に迷い込みなされたか。ウギョウの者が言う通り、お前さんは『迷い人』であろうな。あの家は、白羽の矢は立つわ、迷い人は呼び込むわ、で中々に忙しいことだ」
村長は腕を組み、ひとつ息を吐いて観察するような目で灯里を見た。
「まず迷い人についてだが、元の場所へ戻る術を我々は知らぬ」
淡々と事実だけが告げられる。
「だが迷い人は外の国から来る人間であり、様々な恩恵をもたらすと言い伝えられている。歓迎しよう」
敵意が感じられない穏やかな表情に、灯里は少し胸をなでおろした。凶兆だと言われて迫害される展開だけは勘弁してほしかったからだ。とはいえ、すぐ戻れないのであれば、当面の生活をどうするかが大きな課題となる。
「この村で暮らしていくために、私にできる仕事はあるでしょうか」
村長は顎に手をやると、少し視線を落とした。
「そうだな。機織り、染物、焼物、あるいは紙漉き……手に覚えがあればだが。あとは耕作の手伝いもある」
灯里が今までしていた仕事は、書類作成、データ処理、業務効率化のためのプログラミングだ。一次・二次産業の経験など、爪の先ほどもない。幼稚園の時に芋掘りをした程度だ。
「まあ、しばらくは様子を見て、自分にできることを見つければよい」
村長がそう言ってはくれたのだが、果たして自分が使い物になるのか不安であった。もう話は終わったとばかりに灯里をおいて、村長は隣にいるユウナに向き直る。
「さて、ユウナ。本題は先日の白羽の矢の件だな」
灯里と話をしていたときとは違い、その声には堅く厳格さが込められている。ユウナは覚悟したように引き締まった顔つきで村長の方をまっすぐ見据えた。
「はい。両親とも話し合い覚悟を決めました」
その言葉に、セイジュはユウナを見つめて悲痛な表情を浮かべる。膝の上の握りこぶしは堅く握りしめられていて、ブルブルと震えている。灯里はたまらず、再び尋ねた。
「あの、さっきの『ヌシ様』というのは、どういう方なんですか?」
村長は、灯里が何も知らないことに今さら気づいた様子で、簡単に説明をしてくれた。
「ヌシ様は、村を司り様々な恩恵をもたらしてくださるお方だ。鍛冶に必要な鉄や機織りの糸を下賜される代わりに、我々も要求に応えねばならぬ。その一つが、花嫁だ」
昨日、その指名である白羽の矢がウギョウの家に下ったのだという。
(まるで日本昔話だわ……)
灯里が呆然としていると、控えていたセイジュが必死の形相で身を乗り出した。
「父上、ユウナのこと、なんとかなりませんか」
「ならぬ。ヌシ様との古からの契約だ。白羽の矢が立った娘は、ヌシの社に差し出さねばならぬ。ユウナ、両親に伝えよ。支度は私が責任を持って整えると。何、花嫁として気に入られれば、何不自由ない生活を送れるだろう」
「……はい。よろしくお願いします」
彼女はしっかりとした声で返した。だが、膝の上の手がわずかに震えているのを、灯里は見逃さなかった。
「父上も知っているはずです。ユウナ、ユウナは俺と約束を交わした娘です」
なおも食い下がるセイジュを、ユウナが静かに止めた。
「セイジュ。私はヌシ様の元へ参ります。昨日、父とも母とも話をしました。これは、私に与えられたお役目なのです」
きっぱりとユウナはそう言い切る。その言葉にセイジュは両眉を寄せて一度ユウナの方を見てうなだれる。そのやり取りを見ながら、灯里は計算していた。ユウナがこのまま嫁入りしたとしても、村を思って泣くだけではなかろうか。泣くだけの彼女がヌシ様のもとへ行っても、相手の要求に呑まれるだけだろう。でも、自分ならどうだろうと。迷い人という事を利用してそのヌシ様と交渉して、うまく立ち回れるんじゃなかろうか。今のまま、ここでは何のスキルのない自分がこの村で居候を続ける不安も考え合わせれば、その方がよっぽど合理的なのでは。そこまで考えて自虐的に笑えてくる。
(まただ、また代理で仕事を引き受けるつもり)
拓馬の資料作成で磨いたスキルは、自分のキャリアには関係がなかった。彼は栄転していったけれど、自分は同じ場所に居続けるだけの替えのきく存在にすぎなかった。でも。
「あの。その家の人間なら、誰でもいいんですよね?」
灯里は、その重苦しい空気に無遠慮に割り込んだ。
「ならば、迷い人の私がウギョウの家の養女になったことにしてください。私が、代わりに花嫁になります」




