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その花嫁、代行します! 〜ヌシ様は元プログラマーで、異世界デバッグ生活が始まりました〜  作者: 桃田


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第19話 

「まずは村の中央にある社に行ってもいいかな」


 灯里の提案で、二人は社へと足を運んでいた。そこはこじっっまりとした近所の神社を思わせる佇まいだった。本殿の後ろには大樹が聳えている。こちらはケヤキと言うよりはエノキに近いだろうか。建物の高さは五メートルほど。灯里はどこか懐かしさを覚えるその口径を眺めた。境内に入り拝殿の前まで来ると、灯里の頭に乗っていた小鬼が、弾かれたように高く飛んだ。屋根瓦の上に着地するなり、するすると拝殿奥の本殿まで登り詰め、その大棟の上でピタリと止まる。灯里はその様子を頼もしげに見守った。


「あの、あれは一体なんなのですか?」

 隣に立つセイジュが、困惑気味に尋ねる。


「中継器の補助、みたいなものかな。ヌシ様との連絡係、と言い換えてもいいわ。今は村とのやり取りが途切れているでしょう? それを修復するためのものよ」


 灯里は軽い調子で答えた。今の今まで黙っていたのは、どこに耳が立っているかわからないという懸念があったからだ。この境内までくれば、その心配もないだろう。この場所は、大丈夫な筈だ。


「奇妙な形をしている精霊だと思ったのですが、ヌシ様のお使いですか」

 二人で大棟の上にちょこんと座っている小鬼を眺めた。

「やはり、ヌシ様とこの村は繋がりが切れていたのでしょうか。あの小鬼でまた繋がるのですか」


 その言葉に、灯里は今後の対応について説明すべきだろうと思った。村が封じられていた事に気がついていたならば、きっとセイジュは不安だったに違いなかったからだ。


「それがね、まだなの。禍津者を封じないと完全にはできないのよ。それを封じたら、ヌシ様と連絡をとって村を浄化する手筈になっているから、大丈夫」

 灯里は、ポンとセイジュの背中を叩いて元気づける。


「そうですね。まずは禍津者を見つけましょう。彼女の家に行ってみますか」

「そうしましょう。セイジュさん、頼りにしてますよ」

 灯里がセイジュに笑顔を向けると、彼は力強く頷いた。

 だが、カガリの家はもぬけの殻だった。そればかりか、村の中を歩いていて誰独りとして姿を見かけない。不審に思ったセイジュの提案で村長宅へ向かうと、そこは熱気に包まれていた。大勢の村人が、さっきだった様子で敷地を取り囲んでいる。


「ウギョウの者を出せ!」

「ヌシ様がお怒りだ。処罰を執行しなければ、村は救われない!」

 彼らは一様に怒号を上げていたが、不思議と敷地内へ一歩も踏み込もうとはしていなかった。暴挙に出ようとする村人たちを前に、セイジュは駆けだそうとするのを灯里が制した。

「セイジュさん。落ち着いて。大丈夫、彼らは中には入れないみたいだから。それに、大本を探すのが先決よ」


 小声でなだめる灯里だったが、内心では今の村の状況に怖気が走った。彼らの周囲に淀んだ黒い霞のようなものが渦巻いているのが見えたからだ。

(マルウェアに感染している……)


 ここに来るまで村人を見かけなかったのは、ここに集められていたからか。果たしてどれほどの人々が汚染されているのか。群衆のほとんどは男性で、女性や子供はいない。周囲を注意深く観察していた灯里の視線が、ふと一人の人物で止まった。人々から少し離れた後ろの方で、じっと玄関を凝視している女。右手には白い布を巻いており、誰かが出てくるのを待ち構えているようにも見える。


(なぜ、彼女だけ黒い靄どころか、何も見えないの?)

 もし、彼女がマルウェアならば、自分には見えるはずだ。現に他の村人たちの汚染ははっきりと視認できている。彼女からは何も感じられない。それが返って彼女の異質さを浮き彫りにしていた。

(なぜ、彼女には何も見えないのだろう)


 マルウェアの影響で歪んでいるであろうその部分にワクチンを投入しなければならない。それなのに、どうして彼女には何も見えないのか。状況的にはカガリだと思っていたのだが。そういえば前にカガリを見た時もおかしな感じはなかった。


(ああ、でも微かに匂いはしたんだったか……)

 ムカデによって感じたあの吐き気がするような匂い。あそこまでは強烈ではなかったが、嫌なものを感じたのは確かだった。だが、このままではワクチンの投入先が分からない。取り敢えず彼女の動向を見守ってみることにした。



「どうしてセイジュは出てこないの」

 カガリは自分の手駒になった男どもを引き連れて、村長宅に来ていた。ここで人々を焚き付ければ、セイジュが現れると考えてのことだ。


 彼女は何故セイジュに会えないのか分からなかった。村長宅は奇妙だ。自分が手駒にした連中は問題なく入れるものの、一度敷地に入ってしまうと呪縛が解けてしまう。この場所に何か自分が関与できない力を感じていた。彼女自身が、ユウナの布によってその力を無軌道に放出するのではなく、制御できるようになっていたが、すでに自分の存在自体が変質していることには気がついていなかったのだ。それゆえに、村長宅の強固な防御障壁に弾かれていることなど、彼女は気づく由もなかった。だが、力の放出が抑えられていること、ユウナの布が巻かれていることによって、カガリの歪みが灯里からは見えない。


「仕方ないわ」

 まずは周囲の男達に村長宅への呼びかけを止めさせた。それから一人の男を呼び、セイジュを呼び出すように命じた。


「村長さんにお話したいと、出てきてほしいとお願いしてきてくれないかしら。代理としてセイジュと話をしたいと」

「わかりました」


 争うようなものではなく、こうした簡単な言伝ならば、問題なく実行してくれる。ただ、出てきた時には、自分が何故そんな事をしたのか分からなくなっているので、きちんと元通りにしなくてはならない。

 頼まれた男は一人、村長宅へと入っていった。しばらくすると、戸惑った様子で戻ってくる。

「あれ、カガリ。皆もこんなところでどうしたんだ?」


 正気に戻った男が驚いた様にそう言うと、即座にカガリの右手が、その男の腕を掴む。

「また、戻っているのね。ねえ、村長さんはなんて言っていたの?」

 掴まれたことで一瞬起動停止したようになり、瞳がふるっと震えた。

「ええ、セイジュは出かけていると言われました」


 感情の抜け落ちた、硬質な音に変わった声が告げる。それを聞いて、カガリは忌々しげに眉をひそめた。

(どこへ行ったというの。私が見つけられないのは、なぜなの)

 手駒たちにもセイジュを見つけ次第報告するように命じてある。だが、有力な情報は一向に上がってこない。


「彼に触れさえすれば。触れてさえしまえば、きっと私のことだけを見てくれるのに」

 カガリはぎゅっと歯噛みし、届かぬ思いを歪ませていった。

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