第16話 不穏です
村ではユウナの一件が広まっていた。
「機織り機をユウナが打ち壊したんだと」
「ヌシ様に祟られたそうだ」
「当然だろう。ヌシ様がお怒りになったらこの村はどうなるんだ」
「やはりあの女は、最初から碌でもない人間だったのだ」
あの日、ウギョウの家に寄ってから来ると言っていた灯里がいつまで経っても現れない。様子を見に来たセイジュは、憔悴しきったウギョウの母親に事の次第を聞かされた。機屋が空になっているのを見て愕然としていたところへ、父親が帰ってきた。だが、彼が口にしたのは「ユウナはヌシ様のところへ行った」というただその一言だけだった。
機織り機はヌシ様から下賜された、いわば村の神聖な共有財産だ。それを破壊したとなれば、誰かがその責を負わねばならない。だが、父親が放った「ユウナはヌシ様のところへ行った」という言葉が何を意味するのか、セイジュには判断がつかなかった。村長は事態を公示することはなかったが、にも関わらず不穏な噂は瞬く間に広がっていた。ウギョウ一家も村長も、セイジュも口を閉ざしているはずなのに。閉ざされた機屋の中の惨状を、まるで見てきたかのような詳細な話が独り歩きしている。
ウギョウの家は封鎖され、夫妻は村長の家の離れに移っていた。今の二人は生気を失い、放っておけばそのまま朽ちてしまいそうなほどに魂が抜けたようになっている。そんな二人の様子から、何かが起きたことは誰の目にも明らかだといえども。
あれから3日が経った。灯里が姿を見せないことが、根も葉もない噂に拍車をかけた。ユウナの安否を両親は口にせず、村の者は好き勝手な憶測を積み上げていく。それも、最悪な方向へと。
ユウナはセイジュと一緒になるという話は誰もが知っていた。つい先日まで、ユウナは村の中で最も信頼される女性の一人だった。気立ても良く、彼女を嫁にと願う男も多かったはずだ。それなのに、今は村人たちは詳細も知らぬまま、彼女を悪しざまに罵っている。まるで、人々の記憶や感情が、何者かによって書き換えられてしまったかのように。
「いや、ヌシ様のところへ罪人として召されたのであれば、それ以前の問題だろう」
知己の村人ですら、冷淡にそう言い放つ始末だ。
「父さん。何か良くないことが起きている。ヌシ様にご報告をしましょう」
灯里から連絡方法を託されていると聞いていたセイジュは、父親に提案した。村長は苦渋に満ちた表情で首を振った。
「それがな、ツルが飛ばんのだ」
村の現状を記し、術を込めて折っても、何の反応もしないのだという。
「場所の問題かと思い、中央の社や境界域でも試したのだが、ピクリとも動かん」
かつてのように飛び立つことなく、ただの紙切れと化して地に落ちるのだという。セイジュには何が起きているのか知る由もなかったが、人々を蝕む得体のしれない悍ましい気配が村を包んでいるのを感じていた。
セイジュは境界域に来ていた。
村長の屋敷に来た村人たちは、ユウナの件、ウギョウの家の者の引き渡し等を言上に来る。ウギョウの者を罰すべきだと。熱に浮かされたように、そう話しながら、外までは来るのだが。敷地に足を踏み入れると、正気に戻ったかのように口籠って何も言わずに帰っていく。
「アカリさんから貰った護符の働きだろうか」
まるで、この敷地内だけが正常になっているような錯覚を覚える。村長の仕事の1つに村の出来事について、まとめて報告書を出すというものがある。これは村の中央にある社に献上する。いつもならばすぐに受理されたかのごとく消えるのだが、ここしばらくは残ったままだという話を聞かされた。村は断絶されたのではないかという不安が拭えない。
昨日今日という間ならば不足するものなどがすぐには現れない。だが、もしかしたら供給されている物がこの先途切れてしまうのではないかという不安もセイジュの中にあった。
「ユウナ、君はどうなったんだ。村では何が起こっているんだ」




