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その花嫁、代行します! 〜ヌシ様は元プログラマーで、異世界デバッグ生活が始まりました〜  作者: 桃田


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第15話

「もっと簡単に採血できないかしら」  そう呟いた瞬間、背後の空気が凍りついた。


「何をしている……! やめろ、今すぐにだ!」


 怒鳴り声とともに、短刀を握る手首を万力のような力で掴まれた。ヌシ様だ。その瞳には、かつて見たこともないほどの激しい動揺――いや、恐怖に近い色が浮かんでいる。


「でも、見てください。私の血はあの黒いミミズ(バグ)を誘き寄せるみたいで。ほら、こんなに」


 あっけらかんと箱を指差す灯里に、ヌシ様は震える声で吐き捨てた。

「馬鹿な。君がやっているのは、前任者のような最悪に筋の悪いスパゲッティ・コードだ。システムの脆弱性を埋めるために、生きたリソースを焼き切るような真似なぞ、私の管理区域で再現するな!」

 彼はSE用語を盾にするようにまくし立てるが、その指先はわずかに震えている。

「早い対処ができれば、ユウナも村も助かります。この方法は、効率的でしょう?」


「効率だと?」

 ヌシ様が声を荒らげる。

「君の血の色は、私にとってはシステムを物理的に焼き切る際の、最悪のクリティカル・エラーログと同じ色だ。網膜に焼き付いて離れない、破滅の予兆なんだよ。それに君にだって破傷風や感染症の心配がある。消毒も、手当も……クソッ、何でもっと上手くやれないんだ!」


 彼は毒づきながら、女官に薬と包帯を用意させて、灯里の傷口の手当をさせた。管理者としてのプライドと、灯里を傷つけたくないという個人のエゴが、彼の中で激しく火花を散らしているのが伝わってくる。

「……しばらく、そこに座っていろ。それは、私が消去する」

 ヌシ様は深い溜息をつくと、箱の側へ歩み寄り、手をかざした。


 箱の中で蠢いていたミミズたちが、彼が手をかざすだけで、サラサラと黒い砂となって消えていく。それと同時に、ユグドラシルに走っていた禍々しい黒い筋がみるみる薄れていった。

 ほんの数分の出来事だった。作業を終えて振り返ったヌシ様の姿を見て、灯里は小さく目を見開く。 彼の髪に混じっていた、あの疲労の象徴のような白髪が一房、元のつややかな黒に戻っていたのだ。


「なんだ。そんなに私の顔に、バグでもついているか?」

 ぶっきらぼうに問うヌシ様に、灯里は思わず吹き出した。


「いえ。やっぱり私のやり方、効率的だったんじゃないかな、と思いまして」

「二度とやるな。夕食のおかずを一品減らされたくなければ」

 そう言って背を向ける彼の耳の先が、少しだけ赤くなっているのを、灯里は見逃さなかった。


「あのムカデの処理が終わった。それで解ったことがある」

  先程までの剣幕が嘘のようにゆったりとした表情を浮かべてヌシ様が灯里に話しかけた。彼の視線の先には、作業場の上の黒い箱と木箱が置いてあった。


「白羽の矢が始まりだった」


 ヌシ様は後悔に濡れた言葉を苦々しく吐き捨てた。彼は自分が浮かれてしまい、初歩的なミスをしてしまったのだろうと考えている。仕事の助手を手に入れて、その助手の有能さに有頂天になった。

「私の初歩的な確認不足(チェックミス)だ。人を寄越せという命令が、精霊たちの古いサブルーチンによって花嫁を求めるという処理に書き換えられたのだと、独り合点していた」


 彼は奥歯を噛み締めた。精霊たちは命じられた通り村の中央の社に書状と共に矢を立てていたのだ。書状という認証を持たせた安心感から、その宛先が物理的に書き換えられる可能性(脆弱性)を無視してしまったのだ。


 灯里は、最初にヌシ様が言っていた言葉を思い出していた。

『白羽の矢は、村の広場にある社に立てるように指示したはずだ。それがなぜ、ウギョウの家に……』


「じゃあ、白羽の矢を動かした人間がおり、今回の事象はそれによって起きているんですか」


「そうだ。人為的な仕様変更(改ざん)、いやクラッキングだ。それが今回の歪みの原因だ。私は、彼らを信じ、論理ではなく期待を選んでたわけだ。その結果がこれだ」

 ヌシ様は吐き捨てるように言った。その犯人は、システムに直接介入し、コードを歪ませるほどの巨大なマルウェアと化したのだ。


 作業台においた黒い箱を手にする。その隣には木箱がある。

「君がウギョウの家に導かれたのも、白羽の矢が動かされたことと、連動していたのだろう」


 木箱の蓋が外された。中にあるのはあの白い玉だ。幾筋かある黒い筋によってまるでひび割れているかのようにも見る。

「この黒い筋も、あのムカデと同質のものだ」


「はい。この者は祟られものと化しました。そのため、このように封じたのです」

 女官がここで初めてユウナの事を語った。

「あのマルウェアの影響下にあるというわけだな」


「僭越ながら、申し上げます。あるじ様、御内室様の血はこれに有用かと存じます」

 ヌシ様は女官を忌々しげに睨めつける。だが、そんな視線に女官はまったく気にした様子もない。


あるじ様。お役目お忘れなきよう」

 女官の言葉は、感情を排したように平坦だった。

「そんな旧式の方法に頼らなくても、論理的に解決できる。必要ない。そのために私の変換(コンバート)能力があるんだ」


 自分に言い聞かせるように、あるいはシステムの警告を振り払うかのように、ヌシ様は吐き捨てた。ヌシ様が何にこれほどまでの怒りを感じているのか。あそこまで血を拒絶するのはなぜなのか。灯里は戸惑いの表情を浮かべるしかなかった。


「対抗策を練る。しばらくは村に行かないでくれ。システムの再構成(リビルド)が必要だ」

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