第14話 後始末は大切です
灯里は自分が見た事実をきちんと説明しようとした。女官が境界まで来てユウナが白玉になるまでを。できるだけ感情を抑えようとはしていたが、彼女自身が混乱していることも相まって上手く説明できない部分もあった。だがヌシ様は根気強く聞き、上手く質問して答えやすく導いたこともあり時間は多少かかったがおおよその経緯を伝えることはできた。
「それで、ユウナにまとわりついていたムカデだけを分けてその袋にいれてあるのか」
灯里が抱え込んだ袋を見ながらヌシ様が言う。
「ここに来た時に嗅いだ匂いがしたんです。焦げ臭くて甘い匂いが絡みついている様な。それと同じ様な匂いがこのムカデにもしたんです」
ぎゅっと縋り付くように握りしめた。
「ユウナは、ユウナはどうなったんですか。彼女は助かるんですか、祟られものってなんですか」
不安が積み重なりながらも、ようやくその事を聞いた。一番聞きたかったけれど、最後に聞くしかなかった事だ。ヌシ様は何も答えない。
「あの女官に、白い玉にされたんです。もとに戻りますよね。なんでそんなことをしたんですか。元に戻してください」
女官に指を指し、捲し立ててくる灯里の肩にヌシ様は手を置く。
「落ち着け。あれは救護措置だ。その状態で放置したままならば、ユウナというデータが消滅していた。一時凍結状態にしてあるだけだ」
「ユウナは、助かるんですか……」
見上げる灯里にこの地の守護者は何も答えない。不確実なことを口にしたくはなかったのだろう。
「そのムカデを見せてもらえるか」
答えがなかったのが答えなのだと思った。おずおずと袋を差し出すとその中からムカデが取り出される。今まで灯里が見つけてきた黒い虫は、ヌシ様に触られると途端に動かなくなり、情報の糸に姿を変えていた。だが、そのムカデは頭部を掴んだヌシ様をまるで脅すかのようにギチギチとその顎肢を鳴らし、長い体節をヌシ様の腕に纏わりつかせようとする。だが、ムカデが如何に足掻こうともヌシ様は全く意に介していない。
「こいつは、マルウェアか……」
ヌシ様はムカデの頭部を掴み、鑑定するように見つめた。
「自己増殖型、それとも遠隔操作か……。クソッ、ただのゴミじゃない。前任者の野郎、バックドアまで放置かよ」
逃れようとヌシ様の腕に絡みつき、ギチギチと顎肢を鳴らし続けているムカデを、彼は全く動じることなく、淡々と観察してから女官を呼んだ。
「こいつを別にしておいてくれて助かった。万が一、あのままシステムへ流し込んでいたら、汚染が取り返しのつかないことになっていたかもしれない」
彼は灯里へ短く、心からの謝辞を伝えた。それは管理者として、最悪のシステムダウンを逃れた安堵の声でもあった。
「作業台を用意してくれ。検体を固定する」
女官がヌシ様の前に無機質な台を置く。その上にムカデをうつ伏せにして載せ、頭部を太い釘で貫き固定した。暴れる体節を真っ直ぐに伸ばし、末端も釘で止める。
「刃を」
手渡された銀色の短刀が、ムカデの頭部へと突き立てられた。ドロリとした黒い粘性の高い液体がこぼれ落ちた。その有り様はまるでタールのようだ。
(どこかで、見たかしら)
灯里は漆黒のそれに何処となく不気味なものを感じながら、黒い液体に対してそう感じた。その闇黒の中に時折光の粒が見える気もする。女官はいつの間にか用意した黒い金属で出来たような箱を取り出し、その粘液を入れていく。
「灯里君、悪いがユグドラシルを見回っていてくれないか」
作業をしながらヌシ様が灯里の方を向くことなく言う。
「バグが出現したら、ここ迄持って来てくれると助かる」
「わかりました」
灯里は頷いてユグドラシルの元へと歩いていった。パンッと灯里は自分の両手で頬を叩く。震える指先をぎゅっと握る。何かをしていなければ、落ち着けそうもない自分に対して気合を入れるように言葉にする。
「さあ、お仕事よ」
きっとこの先にユウナを助ける術がある、そう信じることにした。
ユグドラシルの色合いはまだどこかくすんでいるように見える。黒い筋の中でも太いものには赤い色が縁取っているものも見えた。その赤さがユグドラシルを蝕んでいるように毒々しげに見える。その様相はユグドラシルの歪みのようにも感じられた。だが、周辺を見回しても黒い虫は見えない。ただ、何か地面が気になる。
「移植ゴテを貰えるかしら」
灯里の後ろに控えていた女官にお願いする。地面を掘るとミミズのような黒い虫がワチャワチャと蠢いている。今まで見てきた虫と比べるとねっとりとした悪意のようなものを感じる。
『前任者の残したゴミのようなレガシーコードが、ユグドラシルの根幹を腐らせている』
かつてヌシ様が言っていた言葉が脳裏を過ぎる。表面には現れない、地底に潜んだ負債なのだろうか。それらが今、システムの脆弱性を突き、内側から食い荒らしているのかもしれない。表面的に現れていなかったモノがまだあるのかと思うと、ぞっとした。袋をもらってそのミミズを掴んでは入れていく。ねちゃねちゃとしたその感触に薄気味悪さを感じるが、気にせず作業を続ける。これは溜まってからヌシ様のところへ持っていったほうが良いだろう。
「なにか、もっと効率よく見つけるのに良い方法があればいいのに」
そんな風に考え込んで、地面を掘ってはミミズを袋に入れていくという作業をしていたせいか。移植ゴテの先が灯里の指先を過った。
「いたっ」
落とした移植ゴテにぽたり、ぽたりと血が落ちた。見れば指先が切れている。息を吐き、移植ゴテを拾おうとしたが、その光景に動きが止まった。灯里の血が落ちた移植ゴテにミミズが勢いよく絡みついているのだ。しかも次から次へと土から黒い影が這い出し、まるで血の匂いを目指しているかのように集まってきている。
「刃物はあるかしら。水を入れても漏れない大きめの箱をお願い。たっぷりの水瓶も」
用意してもらった水瓶の水で手を洗って、水は箱の中へ。しばらく見ていたがこの程度では、よってこないみたいだ。まだわちゃちゃと絡まっているのは移植ゴテの方だ。そこで、傷口を親指でぎゅっと押して血を滴らせる。ぽちゃりと溢れた赤が下の水面に落ちる。幾つかの赤い点が水面を彩る。すると、箱の方にむかってくるミミズたちがでてきた。高さは四十センチほどの箱なのに、それを這い上って箱の中に落ちていく。次から次へと箱の側面を幾重にも黒く染めあげていくかのように先を争うように群がり、我先にとその身を水の中へと落としていく。指先の痛みよりも、箱の側面を埋め尽くす黒い影の収集効率の良さに、彼女は奇妙な全能感を覚えていた
「うわー、なんというか」
そうであっても、その悍ましさに思わず灯里はそう呟いてしまった。だが、こんなに効果があるならば使わない手はない。女官にお願いして次の水と箱を用意してもらった。箱の底に薄く水を張る。少し躊躇いはしたものの、女官が持ってきた短刀で傷口を少し広げる。そこから新たにまた血が滴り落とす。赤い点が水に灯れば、黒いミミズたちがそれを目指して蠢いてくる。最初の箱がミミズで満たされはしたものの、まだ地表面から這い出す影は絶えない。どうして、こんなことが起きているのかは灯里には全くわからないが、使えるものは徹底的に使おうと覚悟を決めている。次々と作業を続けて箱の数が5つほどになった。




