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その花嫁、代行します! 〜ヌシ様は元プログラマーで、異世界デバッグ生活が始まりました〜  作者: 桃田


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12/24

第12話 事件です

「嘘よ」

 その話は、彼女の耳にも届いた。


「ユウナが生贄になるはずだったのに」

 ヌシ様の花嫁が再び村に戻ってきたという前例は、今までは無かった。皆、ヌシ様の花嫁とは人身御供だと裏では囁いていたのだ。だから。


「俺はユウナと世帯を持つんだ」

 かつてセイジュはそう言って彼女を拒絶した。だから。


 ユウナという邪魔者がやっと消えると思ったのに。おかしな女がうろちょろしているとは思った。セイジュがあの女とユウナを連れて出歩いていたのを見た時は、まだ迷い人の村案内をしている程度だと思っていたのだ。


だが、現実は違った。迷い人が自ら花嫁となり、ユウナは村に残った。しかもユウナは、ヌシ様に献上する刀を打つために必要な晴れ衣まで依頼された。この仕事を終えれば、次に彼女が織るのは自分の花嫁衣装ではないか、そんな話までもれ聞こえてくる。


(どうしたら良いのか……)

 頭の中に、囁く声がする。言葉ではなく、じわりじわりと染み込むような思念。彼女の中に潜む何かが、思考を侵食し、溶け込んでいく。

「そうね、そうだわ」

 彼女は妖艶に笑った。


 その男は、ユウナに惚れているのは誰もが知っていた。いつだってユウナを優先していた男だった。

「お前は彼女の足元にも及ばない」

 そんな風に、こちらをみて吐き捨てたことがあった男だった。そのくせセイジュに掻っ攫われてしまい臍を噛んだ、そんな男だった。その彼の傍らにその女が立った。


「ねえ、そう思わない?」

 歪んだ笑みを浮かべた女の右手が男に触れる。するりと何かが心のなかに忍び寄り、得体のしれない感覚が身を包む。一瞬感じた「危険だ」という直感は霧散した。

「そうだな。お前の言うことが正しい。ユウナは碌でもない女だ」


 それ以外の感情が消える。ただ、彼女の言う通りに動くべきだと思うのだ。

「そうよね。ああ、それからあの女には近づかないで。嫌な雰囲気がするの」

「え、だってあの方は……」


 僅かな疑問が生まれるが、にっこりと微笑まれるとその先の言葉が霧に消える。

「そうでしょう」

「……そうだな。彼女は、嫌な雰囲気がある。外から来た人間だ。用心しなければ」


 こうして、カガリを起点としたモノが、村の中へと浸食を始めていった。

 男が去った後、彼女は顔を顰めた。右腕が疼く。家にあったあの布ではもう収まらなくなってきたのを感じた。ノイズのような思考がまじる。


「新しい布が必要ね。もっと大きく、力の強いものが」

 彼女はそれがある場所を知っている。それがもうすぐでき上がることも。

「そうね。私が受け取ればいい。そのついでにアレも破滅させればいい」

 ジ、ジジッと彼女の右腕が金属音に近い音をたてる。黒く染まったその腕がノイズのように空に溶け込み、掠れ、歪み、もとに戻る。


 その日、灯里が最初にウギョウの家に向かったのはユウナを誘うためだった。そろそろ仕事も終わりそうだという話を聞いたからだ。ここ数日ユウナは仕事で籠もっている。邪魔をしてはいけないと思い近頃会っていなかったので、久々に会えるので心が弾んで気分はウキウキだ。それと黒い虫(バグ)を見つけるために、ユウナに協力をして欲しいと灯里は考えていたのだ。大型のものならばユウナにも見える。だから、自分が回っていない場所で見かけたら教えてほしいとお願いしようとも思っていた。


 ウギョウの家に近づくと、裏手から森の方へ誰かが走り去る姿が見えた。なんとなく後ろ姿が女性のような気がした。それを見て、灯里の胸の中に得も言われぬ不安がよぎる。玄関まで来ると、中から激しい破壊音が響いた。


「やめなさい、ユウナ!」


 奥から母親の悲鳴が聞こえる。灯里が作業場へ駆け込むと、そこには黒い巨大なムカデに纏わりつかれたユウナが無表情で立っていた。ムカデは漆黒の身体に紅の頭部、無数の足は赤くぎらついてユウナにしがみついている。大きなナタを振り回し、機織り機を打ち付けている。木製のそれは、女の細腕とは思えぬ力で無惨に破壊されていった。


「ユウナ!」

 灯里の呼びかけにピタリと手が止まり、ナタが床に滑り落ちる。まるで糸の切れた操り人形のように、ユウナが力なくその場に崩れ落ちた。ナタを遠くへと蹴飛ばし、黒いムカデは憑いたままだったので駆け寄った灯里がそれを引き剥がす。ムカデを剥がした時に、焼け焦げたような微かな甘い匂いが漂う。灯里に掴まれてムカデの動きはピタリと止まった。ムカデは離れたがユウナの顔色は青白くまるで幽鬼のようでピクリとも動かない。ムカデの頭を掴んで籠に入れると、ムカデは抵抗することなく籠の中に収納される。


「一体、何があったのですか」

 とにかく布団を敷いて気を失ったままのユウナを寝かせる。

「私にもなにがなんだか。ユウナは依頼された布地の最後の仕上げをするために機屋(はたや)にいたのだけれど、大きな物音がしたので部屋に入ってみたら」


 ユウナがナタを振り上げていたのだという。どうも母親は彼女に絡みついた黒いムカデは見えていなかったようだ。

「誰かがここへ訪ねてはきませんでしたか」

 灯里はここに来る途中で見かけた人影を思い出していた。もしかしたら、と思い聞いてみたのだ。

「いえ。誰も来なかったけれど」


 戸惑いながらもそう答えてくれる。ユウナは顔色が悪いだけでなく体温も低くなっている。倒れてから殆ど身動ぎしていないのが不安だ。しかし呼吸はあるし心臓は動いているようなので大丈夫だと思いたかった。この状況はあのムカデのせいだろうか。あの赤黒いムカデは彼女を操って機織り機を壊させたのは何故なのだろうかと考えても分からない。


「ユウナ、一体なにがあったの。今回の仕事がそんなにきつかったの。お前はどうしてしまったの」

 母親は寝込んでいるユウナを見つめながらポツリとこぼす。

「そんなに大変な仕事だったんですか」


 その灯里の言葉をうけて彼女は首を傾げる。

「そうね。急ぎでお願いされたものだったから、それなりとは。でもいつもと変わらないと思っていたのだけれど。昨日出来上がって、今日は納品のはずだったのに」

 セイジュの言ってた通り、神事の為の直垂の布をザンギの鍛冶屋から依頼されていたのだという。


「でも、どうしたら。機織り機はヌシ様からの授かり物。それを打ち壊すなんて。昨日までなんともなかったのに」


 その言葉で灯里は気がつく。これは、この世界のシステムを揺るがす致命的なエラーになりかねないのではないのか。慌てて作業場へ戻ると、そこには目を疑う光景が広がっていた。機織り機があった場所には、様々な形をもつ無数の黒い虫(バグ)が蠢いている。機織り機の残骸はどこにもない。オブジェクトを構成していた全てのデータが、バグへと置換されてしまったのだ。それらが散ってしまわないように、自分が入ってきた母屋との障子戸をまず閉める。見ると裏手の引き戸が開いたままなので、そちらも閉める。窓は障子戸になっているが全部閉められている。


それらを確認してから黒い虫(バグ)を虫網で掴まえては籠に入れていく。虫を入れる籠は見かけよりも多く入る作りになっていると女官からは聞いていたが、すでに巨大なムカデが入っている。それでもまだ入るようなので、入れていく。結局、予備に用意してもらっていた二つの袋も含めて、どうにか黒い虫を収納しきった。隅から隅まで見回して、一匹も逃していないことを確認する。

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