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その花嫁、代行します! 〜ヌシ様は元プログラマーで、異世界デバッグ生活が始まりました〜  作者: 桃田


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第11話 

 社に戻ると、ヌシ様はいつものようにユグドラシルの前で、流れるログのような光の帯を指先で弾いていた。そのたびに光が弾けて煌めきユグドラシルの中に吸い込まれていく。

「お帰り。今日はどうだった?」


  穏やかに迎えてくれたヌシ様に、灯里は真っ直ぐに視線を向けた。仕事をしている最中のヌシ様に色々と聞くのは憚られた。

「アケビ、取ってきました。夕飯時のデザートにしましょう」

 灯里が袋を開けてその中を見せる。そこから紫色のつやつやした美味しそうなアケビを一つ取り出して、ヌシ様に渡す。


「美味しそうでしょう。食事前のちょっとした息抜きにどうぞ。残りは食事番さんに渡してきますね」

 そう言って立ち去る灯里の後ろ姿を見送り、受け取った手の中のアケビを見る。袋の中を見た時は、紫色のポリゴンの塊だった。それが灯里の手を通したことでか、アケビに見える。

「確かに。美味しそうだ。いつか、虹色の葉がそよぐ、白銀色のユグドラシルが見えるんだろうか」

 そのつぶやきは、風に乗って消えた。


「村はどういう状態なんですか?」

 夕飯の後のお茶を淹れる手ももどかしく、灯里はストレートに切り出した。ヌシ様は朝から晩までほとんどユグドラシルの側にいるが、食事の時だけはこうして顔を合わせて話をすることができる。


 仕事として関わる以上、状況把握を蔑ろにする事はできない。自分がどう動けばいいのか、その判断にも関わってくる。問われたヌシ様は、どこか哀しそうな目をした。


「君は、ユグドラシルをみてどう思った? その名前と実際の差異について」


「そうですね。美しい樹だとは思います。でも、ユグドラシルという大層な名前からすれば、少し小さいなと。近所の公園にあった大きなケヤキの木ぐらいなので。名前負け、というか」


 最後の方は灯里の声は小さくなったが、その言葉にヌシ様は頷いた。

「実は、あれの大きさに比例して、司る世界の範囲が変わるんだ。今の状態だと、君の知っている村一つを支えるための資源(リソース)を維持するので精一杯だ」

 ヌシ様はそう言って、お茶を一口飲む。


(下手をすれば、それすらも危ういのだがな)

 彼は、自分がこの場所に連れてこられた時の風景を思い出した。春の野は殺風景な赤茶けた荒れ地で、ユグドラシルというシステム本体は枯死しかけていた。処理落ち寸前のゴミの山の様にみえた。傍らに細く青白い透過光のログが巻き付くか弱い萌芽が伸びているだけ。彼を連れてきた神は簡単な説明をして去っていった。


 あれから残された彼は、ひたすら構造を解析し、システムの再構築に取り掛かった。前任者のログを解析して愕然とした。奴はシステムの脆弱性を埋めるために、生きた人間の情報をパッチとして強制適用していたのが分かったからだ。神も『あいつの女癖の悪さには困ったものだ』と匙を投げていた。


 未だに彼に見えるのは壊れかけの、赤く燃え盛る巨大なサーバーのようなものだ。膨大なログ、その中に潜む赤いエラーメッセージ、流れ続ける冷たい数字の羅列。彼にとって世界は維持すべきコードの塊に過ぎない。そうしてあのか細かった芽は育っていった。それでもこの世界の土台は赤黒い血が染み込んでいる。

 灯里はそれを美しいと言ってくれたが、彼がそれを感じたことはない。


「あの村以外の場所はどうなっているんですか」


 彼の回想は、灯里の声により断ち切られる。彼女はセイジュとヌシ様の話から、昔はもっと世界が広かったのだと推測し、外の世界が存在することを期待していた。


「ユグドラシルが育てば、世界は拡張されていく。他の区画ともつながるだろう。ここは、そういう場所だ」


 ヌシ様は緩く微笑む。それが彼の仕事だ。


 そんなヌシ様を見て、灯里はそれ以上は聞かなかった。隠された不満よりも、説明しにくい事情があるのだと感じたからだ。それは感情的なものか、物理的な制約なのかは分からない。だが、彼はこの地のヌシであり、人とは存在する次元が違う。


(この人は寝る間も惜しんで、システムを構築し続けている。きっと、少しでも早く、本来あるべき世界を取り戻すために)

 詳しい話を聞けなくとも、黙っていることもできなかった。彼が一人で全てを背負っている事だけは伝わったからだ。


「ヌシ様。私、仕事頑張ります。ここをもっと広くして、皆が暮らしやすい場所にするんですよね」

 見当外れかも知れないし、自分ができることは小さいだろう。でも、この人の力になりたいと灯里は純粋に思う。


「そんな顔をしないでくれ」

 対面のヌシ様が少し俯き、片手で自分の顔を覆って小声で呟いたが、それは灯里の耳には届かなかった。

「ありがとう。今だって君には本当に助けてもらっているよ」

 顔を上げたヌシ様が、ふわりと柔らかな笑顔を向けた。


 灯里がセイジュと共に村を回っているといっても、黒い虫が発生する可能性のある場所中心である。一度に村全体を回っているわけでもない。だから、村長は村全体には「ヌシ様の御内室がヌシ様の代理で村を視察している」という話を通していたとは言え、皆がすぐに灯里をそうと認識したわけではない。だから、セイジュはあちこちで村の人達に灯里を紹介して回った。


 ヌシ様の花嫁としてウギョウの家に白羽の矢が立ったという事は知られていた。当初はユウナが花嫁だと認識されることもあった。急な交代が村全域には伝わっておらず、ウギョウの家に白羽の矢が立った以上、娘であるユウナが嫁いだと思い込んでいた者が多かったのである。だが、セイジュが根気強く灯里を紹介して回ったことで、ようやく誰がヌシ様の花嫁になったのかが周知されていった。


「ヌシ様の御内室は、ユウナじゃなかったのか」

「そうだ。ウギョウの家に白羽の矢が立ったと言っていたよな」

「村の見回りでユウナも一緒にいたから、そうだと思ったんだが」

「なんでも、同じ日に迷い人がウギョウに来たらしいぞ」

「それで、その迷い人が花嫁になったという話だ」

「灯里様が自分で望んで花嫁になったとのことだ」

「成程、ヌシ様は迷い人が来られたから、それを召し上げるためにウギョウの家に白羽の矢を立てたのではないか」

「ああ、さすがヌシ様。ご慧眼だ」

「俺はそのアカリさんという人を見たぞ」

「ああ、俺も会った。セイジュと村を回っている時に近所に来られてな。挨拶をしてくれた」

「気さくな方であった」

 狭い村の中の事。実際にセイジュや村長からその話をうけた人間があちこちで話をするのだから、あっという間に話が広がっていった。

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